manebiは、3,000以上のeラーニング教材と自社教材、集合研修を自由に組み合わせ、企業の社員教育を支援するSaaSプラットフォーム「playse. (プレース)」などを展開している。田島氏に事業のミッションや日本のリスキリングの課題、創業のきっかけなどを聞いた。
個人が能動的に、成長・変革していくためには
――御社はどんな社会課題を解決しようと取り組まれているのか、教えていただけますか。
ちょっと大きいところからの話になりますが、当社のビジョン、ミッションに通じることとして「人生開発を当たり前の世の中にしたい」と思っています。
個人が能動的に自分自身の人生や仕事に対する意義を見出して、自ら成長・変革していくことが当たり前の習慣になっていく。そのための企業研修の伴走支援のプラットフォームを構築し、提供しています。その中でリスキリングというキーワードはすごく重要だと思っています。
急速に業態が変わり、仕事の内容がデジタルを中心に変化していく中で、新しいことを覚えざるを得ない時代が訪れています。米国と日本を比較し、生産性を上げるためにも雇用の流動性を高めていくべきだというデータも出てきています。直近では、コロナ禍による働き方自体の変化もあり、あらゆる部分でITやデジタルというキーワードに触れざるを得ない環境です。
そんな変化の中で、幸せに、高い生産性で働く方法を個人がもっと見出していかないと取り残されてしまうという側面もあります。当社の場合は企業研修を支援するプラットフォームという切り口で、こういった課題を解決していこうと考えています。
3,000以上のeラーニング教材と自社教材、集合研修を自由に組み合わせ
――リスキリングやDXという言葉がバズワード化しがちですが、御社はどのような取り組みを重視されていますか。
リスキリングというと、手のスキル、技術的な部分に目が行きがちですけど、マインドやあり方という部分も重要であり、その両方をやっていく必要があります。
DX(デジタルトランスフォーメーション)は「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」に続く、3ステップの最終形態です。ですが、初動である「そもそも会社の中でどのデータがどこにあるのか」「どうやって集めればいいのか」といった業務のデジタル化、情報のデータ管理の部分が最初の障壁になってます。ですので、まずそこから取り組んでいくことが大事だと思っています。
そこでつまずきやすいこととして、デジタル化のツールの使い方の難しさや面倒くささが指摘されます。ツールやシステムに依存すると逆に生産性が下がるのではないかという疑念が生じたり、データを集める作業のスピードが上がらなかったり、途中でやめたりということもあります。DXに向けた理解と実行スピードが、入口の壁になっていると強く感じます。
その導入編の教育や考え方などを取り上げた、当社のプラットフォームのビデオ学習やオンライン研修のワークショップがあります。今後は、導入編に特化した、短期間で集中的に学び、自社で内製化・人材開発していけるようなパッケージの開発についても検討中です。
――御社のラーニングプラットフォーム「playse. (プレース)」について特徴を教えていただけますか。
特徴としてはeラーニングとオンライン研修、そして今後、人的資本経営に繋がっていくような学習のデータマネジメントの構想、これらが組み合わさったプラットフォームです。
ツールはあっても使わなければ宝の持ち腐れになってしまいます。当社のカスタマーサクセスチームが、顧客企業の研修や人材開発担当者の方に向けて、その企業に合った研修の実行提案や伴走支援も展開しています。
例えば、ビデオ学習においても、会社全体で学ぶべきコンプライアンス系の話もあれば、DXの内容、業界別の実務の学習も必要です。これら実務的なものから先端的な内容まで、バランスよく当社は取り揃えています。現在、3,000レッスンありますが、提供して終わりではなく、クライアント企業の目的に沿って、A社の新人研修であれば、こういうタイミングで、こういうコンテンツを学んでいくといいんじゃないか、というような学習ロードマップの設計もシステム上でできるようになっています。
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――導入事例を教えていただけますか。
創業100年以上の老舗企業に導入していただいた事例を紹介します。従業員数1000名規模の食品流通を主に手掛ける企業で、人間力やリーダーシップを重視し、OJTの教育に非常に強みを持って、世界展開をされてきました。その上で、時代の変化において、より人材の多様性やテクノロジーの文脈に力を入れた人材開発が必要だというご相談をいただきました。受身で学ぶのではなく、能動的な学習風土を醸成していきたいというご要望でした。
当社のプロダクトは、実務的な内容からDXの先進的な技術、健康経営まで、バリエーションがあるコンテンツがバランスよくあり、非常に扱いやすいという反響をいただきました。扱いやすいからこそ、社内でも認知させやすいという利点があります。自社の研修をプロダクト上で実施しながら、カスタマーサクセスチームがサポートすることで、研修教育環境のDX化が進み始めました。価格やユーザビリティーの面でも非常に手軽に導入できてすごく良かったと感想をいただいています。今後は、社内のナレッジシェア、ピアラーニングの環境作りという次のステップに進んでいきたいというニーズもいただいています。
――導入企業数は現在どのくらいですか。
稼働中のトータルの企業数は約1700社です。当社には、人材派遣業界に特化したラーニングプラットフォームのプロダクトもあり、全体で見ると人材派遣企業様が割合として多いですが、業界は製造、卸、学術研究系、サービス、IT企業など多岐に渡ります。業界というより、人の採用と育成に力を入れてる会社さん、というのが共通した当社の顧客になっています。
「リスキリングに力を入れる企業で働きたい」というニーズ、中身は…
――御社がビジネスパーソン400人(20歳以上 59歳以下)を対象に実施した「リスキリングに関する調査」(2022年9月発表)では、働きたい企業の特徴のトップ3に、「リスクリングに力を入れている企業」という結果が出ました。働き手から選ばれるためにも、リスキリングが重要と考える企業も広がっているのでしょうか。
岸田内閣が5年間で1兆円をリスキリング支援に投資すると打ち出したことで、世の中の認知が一気に広がったということは正直あると思います。ですが、リスキリングと言っても「何のために、何を学べばいいのか」といった大事な部分は、ほとんど空箱で分かりません、というのが企業の現場感かなと思います。
ですので、当社はお客様ごとの課題を聞きながら、それにフィットする必要な学びを提案します。要は、なんでもかんでもAIを学べば絶対にいい、というわけではありません。国の方針が強く示され、認知度が急に上がった状態から「ところで何をすればいいのか」という状況に進んでいくと思います。
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ただですね、元々米国で言われていたリスキリングという言葉の源泉にある大前提は、企業戦略です。5年、10年といった中長期スパンの中で「どういう会社になるべきか」「どういう事業成長を作り出すべきか」「では今いる人材は誰で、採用すべき人は誰か」「採用できない領域をどうやって育成・強化するのか」という逆算がなされた上で、初めてそこでリスキリングなのです。「まずリスキリングしましょう」ではなく、企業ビジョンと戦略から逆算した人事戦略、教育施策の一環がリスキリングなのです。
ここの紐づけをどれだけ経営と現場でしっかり認識を合わせ、実行できるかが非常に重要だと思います。学ぶ側も「学ぶ意義、目的」をしっかりと理解しない限りは、生産性は上がりません。一貫性を持ってやることが大前提であり、まず、リスキリングありきではないのです。企業の経営サイドが取り組むべきことであり、もちろん現場からの押し上げも必要になります。
政府もよくデータで日米の比較をしますが、例えば研究開発費、教育予算で日米では大きな差があり、そもそもの土壌やカルチャーが違いすぎる部分はあると思います。米国のテック企業の解雇がニュースをにぎわせています。オフィスに戻ってくると自分のデスクがなくなってる、という話もよく聞きます。統計的にも雇用の流動性が高い。
そこは、個人個人で勝負している部分があると思います。会社の看板で生きるのか、自分で生きるのか。自ら学び続けることがDNAに組み込まれ、生存戦略の1つになっているんだと思います。
一方で、日本の場合は1つの会社で長く働き続けるという、ある意味守られている環境にいたからこそ、健全な危機感や学ぶ意欲が失われがちなのではないかと思います。政府がスタートアップの数を増やす、リスキリング支援に予算を投じるなどの方針を掲げる中で、その制度設計や現在の枠組み、法律をどう合わせていくのか。雇用の動向も含めて注目しています。
――終身雇用で守られてきた日本の環境が「このままでは世界で生き残れない」と急速な変化を迫られています。例えば40代、50代という年齢が高い層のリスキリングはどんな状況ですか。
当社でも52歳の役員がまさにリスキリングの実験的な取り組みで得られた効果や実感値などを発信しています。顧客企業からも新人研修だけでなく、年齢が上の層にも機会を提供していきたいというニーズがあります。50代に向けたリスキリング、活躍の道筋作りの上で、結構重要だと思うのは、働く環境をガラッと変えることも1つだと思います。最近、大企業がスタートアップに人を出向させる取り組みもすごく流行ってきていますね。
ある大企業の人事系トップの方からお聞きした話ですが、「大企業内で教えられることにも限界がある。教えられないことや体験はスタートアップで積んできなさい」といった感じで出向をさせるらしいです。必ずしも転職でなくても、出向などで人が行き交うことで「初めての未体験ゾーン」を経験し、健全な内的危機感を感じて成長していく必要があると思います。人生100年時代を考えると、変化せざるを得ない環境に身を置くことはとても大事だと思います。
コンテンツパートナー、OEM的な販路拡大で大企業との連携を
――大企業とのパートナーシップや連携について考えていますか。
はい。すごく大きなところでいうと、先述した出向や転職、雇用の流動性が高まることによって生まれる教育や学習を「掛け算的なプラットフォーム」にし、事業として取り組めないか考えています。どの世代への教育にも強く関心を持っている大企業と連携した企画開発に取り組んでいけたらと思います。
また、より具体的な連携の内容としては、教育内容に強みがある企業との連携、コンテンツパートナーの構築に引き続き力を入れていきたいと思っています。現在、当社の学習コンテンツには、自社開発教材と、パートナー企業が当社に提供してくれてる教材、研修内容があります。例えば、資格取得を強みとする東京リーガルマインド(LEC)さんと現在、連携しています。当社がプラットフォーマーとして教材や研修内容を提供する形です。
もう一つは、学習体験教育環境に力を入れていきたい企業様とOEM的な販路拡大で連携をして、サービス強化を図っていきたいと考えています。
疲れ切った生き方より、輝いている大人に
――2021年11月に、プロサッカー選手で起業家・教育者でもある本田圭佑氏が次世代のためにと立ち上げた投資ファンドKSK Angel Fund LLCからも出資を受けていますね。田島さんご自身が能動的な学びを提供したいという思いで創業した経緯と、今後のビジョンを最後に教えてください。
私自身が元々生きがいとかやる気とか夢が全くない学生生活を送っていました。大学時代、周りのみんなが就活が終わったころに、ようやく尻を叩かれて就活を始めるような感じでした。そこで運良く、輝いている経営者の方々の説明会に行き、「夢を持ち、どう実現すべきか」「お金の価値とは何か。感謝がないとお金はもらえない」などといったお話を聞く機会がありました。
私も社会に出るなら、疲れ切った顔をして満員電車に揺られるのではなく、彼らのような輝いている大人になりたいという憧れができました。そこから起業を志し、経営者などの本を中古も含めてたくさん買って何百冊と読みまくり、起業塾に行ったりもしました。
でも今は起業するネタも人脈もお金もないからいったんは就職しようと会社に入りました。その会社でなるべく短期間で自分を磨き込みたいと思いました。営業職でしたが、読書をはじめ、セールスのCDやDVD教材、先輩の話などを通して、とにかく貪欲に学び始めたんです。すると、実務もうまくいくようになり、人生についてより考えるようになりました。
あんなにネガティブで、勉強もバイトもせずだった自分が、気づいてみると180度違う人生を送っていました。もちろん日々、苦労や喜怒哀楽もありますが、基本的には前向きに物事を捉え、どんなにつらいことがあっても、これは人生の宿題だと思えるようになり、安定的な幸福度を手に入れました。
私自身、別に恵まれた環境だったわけではありません。家業が倒産し、父も早くに亡くなり、経済力もそれほどなかった家だったということも含め、いろんな環境はあるけれども、出会いによって、変わる・変わらないかはその人次第ではありますが、人は大きく変わる可能性は必ずあるという信念ができました。
自分の経験で言うと、貪欲に学んだ期間がすごくよかったので、学べる機会、人や価値観に出会えるような事業体をつくりたいと思いました。
政府も今後5年間でリスキリングに一気に投資していきますし、まずは各企業の目的を達成するための研修、教育、DX化の支援を徹底して取り組むことが当社の今後3年間の目標です。どんどん前に進めば生産性も上がりますし、社員の方々も新しくやれることが増える喜びが手に入り、そういった喜びや時間ができてくると、企業も、個人も、より自分らしく活躍できる。そのための土台作りが、今後3年になると思います。
将来的には、自分たちの知見や経験を広げるために、海外への進出にもチャレンジをしていきたいです。
本田さんもサッカー選手・監督をしながら、投資や教育事業に取り組まれています。教育で貧困をなくすことが彼のミッションで、私達も事業を通じて人々を豊かにしていくという方向性の話をしており、お互いに共感するものがありました。同い年なんですが、いろいろスピーディーに出資も決まり、可能性を信じてくれたのだと思っています。