日系CVCとしてシリコンバレーで活動する旭化成。これまでに投資先から2社のスタートアップ買収に成功し、着実にフィナンシャルリターンを確保しつつ、投資予算規模を年々増やしている。CVCの立ち上げからリードしている森下隆氏に旭化成流のCVCのあり方を聞いた。前編はこちら

日本側とスタートアップの間でコミュニケーションを大切に

―シリコンバレーのスタートアップのネットワークに入るために、どんなことをしてきましたか。

 会社でアメリカ人を採用しているのがひとつです。アメリカ人の1人は買収した会社のCEOであり、もう1人のアメリカ人はVC経験者で、我々にとって新しい領域だったデジタルヘルス部門の知見があったので雇って責任者を任せています。部下である彼らは僕よりはるかに高い給与をもらっていますよ(笑)。日本と同じ給与額、給与体系では人は来ません。彼らにはベースサラリー、ボーナスで払っていて、個々によって給与プログラムは違います。人事にもアメリカ人が入っていて、通常の事業開発と異なり、評価の難しいスタートアップとの新事業開発において、インセンティブを決めています。

―CVCのKPIはどのように設定していますか?

 我々のKPIはNDA(秘密保持契約)を結んだ件数、デューデリジェンスを行った件数、投資した件数、提携買収の件数など数値化できるものしか設定していません。CVCを数値化すること自体が難しいので、あまり目標を複雑にしてしまうと評価できないと思っています。本来はファイナンシャルリターンやIRRがいいのかもしれませんが、CVCには経費も掛かるので、投資の元本は回収できても、経費まで含めると回収はできていません。

 毎年、経営会議での年次報告の前には各役員に時間をもらって、我々の活動を説明しています。そういったことは重要だと考えています。スタートアップへの投資はなかなか素材メーカーの事業となじまず、メーカーの投資というと工場をつくるといった設備投資が主で、それには明確な見返りがあります。最近は変わってきましたが、以前はエクイティ投資というとイメージは悪く、投資ではなく投機、マネーゲームと思われていました。

 日本のメーカーとアメリカのスタートアップでは、まったく違う生き物と言っていいと思います。その両社のバランスをどう取るのかが非常に大事です。そういったことでコミュニケーションを取って、経営側に理解してもらうことも私の大事な仕事だと思っています。

森下 隆 Takashi Morishita
Asahi Kasei America
General Manager, Corporate Venture Capital
2008年、旭化成コーポレートベンチャーキャピタルのゼネラルマネジャーに就任。2016年までリチウムイオン電池の開発会社Envia Systems Inc.の取締役も務めていた。エネルギー、クリーン技術、半導体に関連するエンジニアリングで20年以上の経験があり、日米スタートアップとの戦略的提携を目的とした事業開発も行ってきた。東京工業大学で化学工学の修士号、博士号を取得。

投資判断はマネジメントチームと投資家

―様々な投資案件が持ち込まれると思いますが、どういった基準、プロセスでスタートアップを見極めていますか?

 我々は見極めをする上で、まず領域マップを作っています。現在、食品関係を分析していますが、保存技術、検査技術など様々な軸を取って、データベースやVCから情報を取得してマッピングしています。それで片っ端からスタートアップに会っていくと、業界全体が把握できるようになります。そうしてこの領域ならこのスタートアップと決めて、投資の可能性を探っていきます。この作業には半年以上の時間をかけてじっくりやっていきます。

 最終的な投資判断には色々な要素が関係してきます。たとえば経営陣の経歴や投資家が誰であるかも重要です。有名VCの投資家がボードメンバーに入っていると、経営がちょっとおかしくなっても、外部から有能なCEOを連れてくるなど経営を変えることができます。

 もちろんテクノロジーも考慮しますが、経営陣と投資家が良いとだいたいうまくいくと、長年の経験から感じます。スタートアップはそのステージによって必要な人材も変わってくるので、それに応じて人を連れてくることができるVCは重要でしょう。このあたりは我々も含め日系のCVCではまず無理です。

―スタートアップのテクノロジーを分析する際は、本社の事業部門が見るのか、R&D部門が見るのか、どちらでしょう?

 どちらもですね。ただ研究が目的ではなく、事業を作ることが目的なのでケースバイケースです。投資判断は投資委員会が行うので、事業部門やR&D部門の意見を参考にはしますが、独立性を持って投資判断は行っています。

―有力なスタートアップだと、競合他社との投資合戦になることもあると思います。そういった場合、どうやってスタートアップ側に自社の魅力を伝えていますか?

 結局はスタートアップ側が決める話なので、他社と組みたいと言われればそれは仕方のないことだと思っています。お金以外でどのような価値を提供できるのか、そこを訴求することがポイントです。製造面やマーケティング面で我々が提供できるという強みを伝えています。

 現在、旭化成はここ数年で大きな事業会社の買収をいくつか行ったのでアメリカに7000人の従業員がいますが、スタートアップ側から見るとグローバル企業というよりも、まだ日本企業といった見方ではないでしょうか。医薬に関して言うと日本マーケットは大きく、世界でもアメリカに次いでおり、承認システムも独特です。その点において日本で医薬事業を行っている我々は、スタートアップとしては魅力的に映るのかもしれません。

 また現在、プレファブ住宅を手がけるスタートアップに投資していますが、日本のプレファブ事業はアメリカに比べて圧倒的に進んでいます。受注システムや部材供給、大工さんの手配までオートマティックに作業が流れていきます。旭化成は住宅事業も行っているので、投資先のスタートアップは旭化成が持つ住宅事業に関わるシステムやノウハウに非常に興味を持っています。我々はそれを提供することで提携することができますし、逆に旭化成は今後も大きな伸びが期待できる、アメリカのプレファブ市場の情報が得られます。

―投資後、スタートアップと事業部の連携はどのようにとっていくのでしょうか。

 投資した当初、技術的にも市場的にも難しかったスタートアップの事業が進んできます。重要なことは、そのタイミングでいかに事業部門を巻き込めるかです。事業部門とスタートアップには、言葉の問題や意思決定のスピードなど温度差が多分にあります。ですから事業部門に引き継いだあとも、我々がフォローアップを続けていきます。

 事業部門にとって価値のあるマーケット情報を提供して、また事業が進んでいった際に、価値ある提携案を作って持っていきます。うまくいくかどうかは、現場が盛り上がってくれるか、責任者になれる方を見つけられるかです。ここに来た人を事業部に異動させることが最もいいですね。

―スタートアップの買収までのステップはどのように進んでいきますか?

 いきなり買収はやはり難しいですね。事業部門との共同開発などを設定して、その共同開発の中で技術の本質や事業の問題点を理解していきます。そうするとその事業に対しての判断材料が得られます。ですから投資後にPoCを行うプロセスがあると、買収判断はしやすいと考えます。

 また共同開発でなくても、少額の出資などでワンクッションを置いて、マーケットやテクノロジーの理解を深めることが必要です。我々の投資は、機会探索、事業機会の提案に加えて、本当の意味でのデューデリジェンスをするための資金と位置付けています。

 ただ、買収プロセスには難しい面もあります。我々の投資先半数以上は既存の事業から少し離れたところ(ホワイトスペース)で社内の知見が少ないエリアです。買収した2社は事業部門の事業の延長線上にありましたので事業部門による買収判断ができましたが、ホワイトスペースでは別の意思決定のメカニズムが必要であると思っています。例えば、デジタルヘルス、DDSなどは社内に研究、開発の素地はありますが事業としては行っていません。それを事業部門に判断を求めてもなかなか難しいでしょう。

小さく始めて具体的な成果にこだわる

―現在、またCVCブーム、シリコンバレーブームが日本企業にやってきていると思います。これからCVCに取り組む日系企業に、アドバイスをお願いします。

 第3次ブームぐらいですよね?(笑)同じような相談をもう何十社も受けています。ブームなので(笑)。企業は何かやらなくてはいけないと考えて、ファンドに出資して情報を取ります。シリコンバレーに拠点を作って、人を送り込みます。でも何も起きないという時間が長く続きます。そうすると難しいと感じてやめてしまう、というケースが多くあります。ブームと言いますが、そろそろ下火にはなっていると感じています。

 ひとつのポイントは、自社の経営陣にCVC活動が新事業創出のツールとして機能することを理解してもらえるかだと思います。本当は早いタイミングで買収が一番いいですが、ライセンス契約など何か小さなことでも、具体的な成果にこだわることが重要でしょう。スタートアップの情報を得て、その情報を日本側に伝えても、誰も受け取らないと思います。その仕組みは変えないといけないでしょう。

 あとは活動をしぶとく継続することです。いったんやめてしまうとなかなか活動を再開することは難しくなります。小さく始めるか大きく始めるかは、ケースバイケースだと思います。ただ私自身は、少しずつ投資を行って大きな損金を出さずに続けて、その間に自社の経営陣に理解を求めるやり方がいいと考えています。

 ユニコーンであったUberなど一度も黒字になったことのない会社が、上場して時価総額7兆円超(上場時)というのは、やっぱりおかしいと感じています。大きな資金を先に調達して一気に会社を大きくしていくのは今後難しいかもしれませんし、我々のような規模でCVC活動をしている企業が手を出せる領域ではありません。小さくともキラリと光る技術を持った会社が、少しずつグローバルに展開していくというのが、本来のスタートアップのあり方でしょう。投資においても効率よりスピードを優先させる手法がいいのかどうかは、今問われているのではないかと思います。



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