CPUやバッテリー、LED、センサーなどの電子機器の利用が飛躍的に伸びている中、その高性能化・小型化の要求に伴って高まるのが、発熱の問題だ。株式会社U-MAP(本社:愛知県名古屋市)は、この問題の解消が期待できる新しい素材、繊維状窒化アルミニウム単結晶(Thermalnite、サーマルナイト)の研究・開発を行う名古屋大学発のスタートアップだ。同社代表取締役の西谷健治氏に、素材の特徴や用途、事業展望について聞いた。

実験の過程で生まれた「カスのようなもの」が、実は…

――U-MAPは名古屋大学発のスタートアップです。どのような経緯で創業されたのでしょうか。

 U-MAPを設立したのは名古屋大学の宇治原先生(U-MAP取締役CTOも務める宇治原徹教授)で、私は学生時代に宇治原先生の研究室に所属していました。材料工学という分野の研究だったので、そこで材料について学び、別の会社に就職しました。その企業で3年ほど働いたのちに、先生から新しい事業を始めるということでお誘いを受け、参加しました。

 もともと、窒化アルミニウムの研究をしていて、半導体用の結晶を作っていました。窒化ガリウムは充電器などに使われていますが、そのような用途を想定して研究していたのです。その過程で、不要な「カスのようなもの」が生じました。最初はそれが邪魔ものだと思っていましたが、よく観察してみると、とても品質が高い窒化アルミニウムのファイバーであることが分かりました。それをきっかけに、放熱や熱問題関係に使えるのではないかと新たな研究テーマが増えました。いまから10年前ほど前の、私がまだ学生時代の話です。

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西谷 健治
代表取締役
名古屋大学大学院工学研究科マテリアル理工学博士前期課程修了。在学中に、同大の宇治原徹教授の未来材料・システム研究所にて、量子構造太陽電池を研究。卒業後、株式会社バローホールディングスに入社。2018年、宇治原教授が創業した株式会社U-MAPに入社し、代表取締役に就任。

――U-MAPの事業はこの素材をベースにしたものですね。

 主な事業内容は、ファイバー状窒化アルミ単結晶であるサーマルナイトを研究開発し、量産することです。量産自体はまだ始まっておらず、試作ラインができ上がった段階です。現在は工場を借りて、その中に設備を入れて量産に向けた準備をしているところです。用途先の開発や顧客を探しており、いくつかの用途が見つかってきたので、2024年には量産して販売開始できるようなスケジュールで進めています。ビジネスモデルはシンプルで、サーマルナイトを製造・販売する形です。

電気を流さず、熱伝導率の高い素材 CPUなどの基盤やEV、光学系の部品にも

――サーマルナイトの特性や、用途について詳しくお聞かせください。

 サーマルナイトは非常に熱伝導率が高い材料です。窒化アルミニウムという素材自体が、金属のアルミよりも高い熱伝導率で、かつ電気を流さないという特性を併せ持っています。世の中にはカーボンナノチューブや銅、アルミのように、熱も電気も流す材料はたくさんあります。また、プラスチックやゴムのようにどちらも流さない材料もたくさんあります。ですが、電気は流さず、熱だけを流す材料はあまりありません。その特異な性質を持っている点が窒化アルミニウムの特徴です。

Image: U-MAP

 我々は、それを電子機器に使おうとしています。パソコンやスマホなどの中に使う部品には電気を流すことができません。電気が流れてしまうと漏電やショートを起こしてしまうので、絶縁の材料が使われているのですが、現在使われている材料は電気を流さない代わりに熱も流さないので、中の熱が外に逃げません。パソコンやスマホバッテリー、CPU(中央演算処理装置)、GPU(グラフィックス・プロセシング・ユニット)、LED(発光ダイオード)の裏などは熱くなってしまうのに、部品が熱を通さないと、熱が中にこもってしまいます。

 そうすると、温度が上がっていき、機器への影響が非常に大きく、動きが悪くなります。パソコンを使っていて、ファンがすごく回ることがありますね。それは内部の温度が上がりすぎて冷却が始まったということです。温度が上がりすぎると、バッテリーの寿命も短くなります。温度が20度変わると、50%近く寿命が減るとも言われています。またCPUやGPUの情報処理も温度が上がれば上がるほど処理速度が落ちます。

 ですから、機器のメーカーは温度が上がらないように設計していますが、我々は材料目線でそこにアプローチしようとしています。材料だけを変えて、外に熱が出やすくなるものを作りたいのです。

 わかりやすい用途は基盤です。CPUやGPUなどのホットスポットに付けて、排熱ルートに熱を伝える接着シートのようなものも考えています。2024年に量産するものは、パワーエレクトロニクス関係の部品に使います。例えば電気自動車(EV)のインバーターのような、熱がすごく出る部分です。温度が100度くらいのパワーエレクトロニクス関係の部品に行った実証では、20度ぐらい温度を下げられました。

 ほかにもLEDやレーザーダイオードのような光学系の部品にも使いたいです。LEDも、家庭用のものではそこまで発熱しませんが、車のヘッドランプや通信用に使われるものは熱が出るので、その基盤への使用を考えています。

――同じような素材を作っている競合はいるのですか?

 窒化アルミニウムという材料だけで見ると他にも作っている人はいるのですが、ファイバー形状で非常に品質が高く、単結晶という構造を実現しているのは我々だけです。これまで使われている放熱用の窒化アルミニウムはパウダー状で多結晶です。多結晶と単結晶の違いはイメージで説明すると、氷です。家庭の冷凍庫で作る氷は多結晶のため白くなりますが、バーなど飲食店で出てくる透明な氷は単結晶でより溶けにくいです。氷と同じように、窒化アルミニウムも単結晶の方が、物質的に安定しています。

 絶縁かつ熱伝導力の高い材料であるダイヤモンドを研究されている事業者もいますが、ダイヤモンドはサーマルナイトと違ってファイバーにできません。ファイバーの良い点は、部品に混ぜる量を少なくしても熱伝導率が上がることです。ファイバーによって熱を逃すためのネットワークが構築されるため、熱伝導が上がるのです。粒やパウダーだと、粒同士が接触してネットワーク組むためには、より多くの量を混ぜなければなりません。

量産化実現後は、最終製品メーカーと協業し、用途に応じた部品の開発を進める

――量産化に向けての課題やその解決策についてお聞かせください。

 品質保証が次の大きな課題です。これまでファイバー材料が使われてこなかった分野ですので、どのように品質保証するかが課題になっています。解決のために、我々はさまざまな部品の試作をしながら、品質向上に取り組んでいます。現在の状況では、部品の長さや太さが明らかになっていないので、実際に自分たちで部品を作り、その特性を見て規定を作っていこうとしています。用途によってサイズが異なる可能性がありますので、研究を続けています。

 ありがたいことに、多くの問い合わせをいただいており、検討のフェーズを進めていく事業者に対しては、我々が部品を開発するなどして、知見を提供し、一緒に取り組んでいます。当初はファイバーのみを販売していくことだけを考えていたのですが、現在はファイバーを部品に混ぜ込んだ製品を開発していこうとも考えています。ファイバーの扱いは非常に難しいので、お客様が検討したくてもなかなか簡単にはできないのが現状です。

――2024年に量産化を果たしたら、その先のビジネスはどのように展開されていくのでしょうか。

 2027年内にIPOを目指しています。使う分野は、パワーエレクトロニクスからLED、もう少しマーケットの大きいスマホやパソコンも狙っていきたいです。材料だけに取り組んでいても、どれくらい世の中の役に立つかわからないので、デバイスに関わり、どのくらいの効果が出るかについて試作と開発に入っていきたいと思います。使う環境によって、最適な材料の物性が違うことも多く、単一の材料でやることには限りがあるので、なるべく使う環境に合わせて材料の特性も最適化したいです。

 現在問い合わせが多いのが材料メーカーさんですが、これからより積極的に協業したいのは、自社のデバイスや製品を持っている製品メーカーさんです。製品の使用環境を教えてもらって、それに最適な材料を作っていく開発研究をしていきたいです。製品メーカー側にとっては自分たちの環境に一番適した材料を見つけることができますし、我々としては最適化して展開先を広げていきたいと思っているので事例作りにもなります。

 将来的に、幅広い用途で展開していきたいと考えています。ファイバーは少ない添加量で熱を逃がせると言いましたが、同時に強度を高める特性もあります。熱伝導率も強度も高い部品を開発していきたいです。金属部品の置き換えになるかもしれません。今いくつかの部品が金属からプラスチックへ置き換わっていますが、熱が逃げなくなるというデメリットがあります。代わりにサーマルナイトを使っていただければと思います。

 IoT機器なども視野に入れた際に、電波の透過性もあり、かつ熱も解決する小型で軽い部品を作れるようにしたいです。ただし、筐体の場合は価格を安くしなければいけないので、もう少し後のプランになります。

Image: U-MAP HP

より省資源・省エネルギーな製品を共に作りたい

――長期的なビジョンと、協業先や顧客の候補となる皆様へメッセージをお願いします。

 省エネに貢献できる点はしっかり見せていきたいです。データセンターもそうですが、放熱や冷却にエネルギーを使っているところがかなりあるので、まずは放熱という点で貢献していければいいと思っています。その先は、熱利用や排熱の再利用というところまで技術をアップデートしていきたいです。

 熱利用についてはまだはっきりとした方法を捉えていませんが、一番シンプルな用途はビニールハウスといった温室用の熱に使えるようにするといったことが考えられます。あとは熱電素子でもう一度電気に戻すというようなものです。情報処理の電力消費は異常なまでに増えていますね。車であれば電気エネルギーが運動エネルギーに変わるからいいのですが、パソコンが生み出す熱は役にも立っていないので、もったいないと思います。

 最後に、協業したい最終製品メーカーの皆様にお伝えしたいことは、我々がやることは「素材を変えるだけ」という点です。新しい設備を入れる必要もありませんし、省エネになり、製品の小型化にもつながります。より省資源・省エネルギーな製品を一緒に作っていきたいと考えています。

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