mage: Net Vector / Shutterstock
AIと材料科学の融合領域であるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、2025年に入り一層の進化を遂げています。従来は数年かかっていた新素材の開発が数週間で実現するなど、AIの活用により材料開発の時間軸が根本から変革されつつあります。本記事では、全固体電池向け新素材、テック企業の参入、そして注目のスタートアップ動向まで最近の展開を分析します。

※TECHBLITZでは、「AI x 新素材」に関する国内外のスタートアップを独自に調査。記事後半では、中でも注目の5社を紹介します。

マテリアルズ・インフォマティクスとは:
機械学習やデータマイニングなどの情報科学(インフォマティクス)を用いて、材料開発の効率化を図る取り組み。データ駆動型で、経験や勘に頼ることなく研究開発が行える。

<目次>
全固体電池向け新素材開発の動向
異分野からのMI領域への新規参入
TECHBLITZが選ぶ、「AI x 新素材」関連スタートアップ5選

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全固体電池向け新素材開発の動向

Microsoftの量子コンピューティングによるブレイクスルー
 2024年1月、Microsoftとパシフィックノースウエスト国立研究所(PNNL)は共同研究において、リチウムイオン電池よりも安全性が高い新たな固体電解質材料の発見を発表した。この成果の特筆すべき点は、「Azure Quantum Elements」というMicrosoftの量子コンピューティングサービスを活用したことで、素材探索の時間を劇的に短縮したことだ。

 このプロジェクトでは、3,200万種類の潜在的な材料から50万種類への絞り込みをわずか8日間で完了し、さらに「最も有望」な18種類への選別はたった80時間で実現した。従来の手法と比較して処理速度は最大50万倍を達成し、複数年を要していた素材開発プロセスが数日で完了するという画期的な効率化が図られた。

 特に注目すべきは、この新材料がバッテリーに使用するリチウムの約70%を削減できる可能性を持つ点。すでに合成に成功し、概念実証用のプロトタイプバッテリーも製造されており、発電にも成功している。

日本における全固体電池の研究進展
 日本では2024年4月、東北大学発のスタートアップ企業3DCが、全固体電池研究の権威である甲南大学の町田信也教授との共同研究を開始。3DCは「グラフェンメソスポンジ(GMS)」という革新的カーボン素材を開発し、全固体電池の実用化に向けた検討を進めている。

 全固体電池の課題の一つは、固体電解質と活物質の接触問題です。活物質は充放電に伴い膨張・収縮するため、固体電解質との接触面積が徐々に減少し、性能が低下する。3DCのGMSは柔軟性を持ち、活物質の膨張・収縮を吸収することで、この問題を解決できる可能性があるという。

 なお、日本では実用化に向けた国家的研究プロジェクトも複数進行しており、トヨタは2027〜2028年の実用化にチャレンジするとしている。全固体電池は、現行のリチウムイオン電池に比べてエネルギー密度の向上と安全性の確保が期待されている。

量子計算活用による材料探索の進展
 量子コンピューティングの実用化に向けた取り組みも進展している。2024年12月、三菱ケミカルグループはデロイトトーマツグループおよびイスラエルの量子ソフトウェアスタートアップ、Classiqと連携し、高性能な有機EL材料探索における量子回路圧縮の実証実験に成功した。

 この実証では、2種類の量子回路において最大97%と54%の圧縮率を達成し、新材料探索時の計算精度向上の可能性を示した。この技術は化学分野だけでなく、創薬、AI、金融、製造、物流など様々な領域で量子コンピュータの早期実用化を加速させるものとして注目されている。

image: Dan DeLong / Microsoft

異分野からのMI領域への新規参入

Google DeepMindの結晶構造探索の進展
 2023年末、Google DeepMindはAIツール「Graph Networks for Materials Exploration(GNoME)」を活用し、220万種類の新しい結晶構造を発見したと発表した。これはそれまで発見された結晶構造の45倍以上に相当し、このうち38万種類は構造的に安定しているとされている。

 この発見はローレンス・バークレー国立研究所との共同研究で実現され、「800年分の知識量に相当する」とGoogle DeepMindは評価。2024年から2025年にかけて、これらの新材料はコンピューターチップ、バッテリー、ソーラーパネルなどへの応用が進められている。

 特筆すべきは、外部研究者によって既に700種類以上が生成され、実験が進行している点だ。この大規模な材料探索は、標準的な研究アプローチでは何世紀もかかるプロセスを大幅に加速させている。

メタによる画期的オープンデータの提供
 2024年10月、メタ(旧Facebook)は材料科学において最大規模のデータセットとAIモデル「オープン・マテリアルズ2024(OMat24)」を無償で公開した。このデータセットは1億1000万のデータポイントを含み、従来の材料科学データセットを大幅に上回る規模を誇る。

 材料科学分野での大規模データセット公開は異例のことであり、これにより新材料発見の研究が大きく加速することが期待されている。メタの取り組みは、材料探索における最大のボトルネックであるデータ不足の問題に対処するものとして、学術界から高く評価されている。

産業界での材料開発DXの進展
 2024年から2025年にかけて、従来の素材メーカーや化学メーカーだけでなく、IT企業や異分野からのMI領域への参入が加速している。日本政府も第6期科学技術イノベーション基本計画(2021-2025)においてマテリアル研究開発のDX推進を重点項目として位置づけ、ロボットやAIを活用したハイスループット実験や自動化・自律化を推進している。

 また、バイオプラスチックなど環境配慮型素材の開発においても、AIを活用した材料探索が進んでおり、持続可能な素材開発のエコシステムが形成されつつある。

TECHBLITZが選ぶ、「AI x 新素材」関連スタートアップ5選

 マテリアルズ・インフォマティクスは、膨大な計算量の高速計算を可能にする高性能コンピューティングに加え、AI技術の進歩によって加速度的に発展しており、材料の物理的な挙動の予測やインサイト提供などにAIを活用するスタートアップが登場している。TECHBLITZ編集部が選ぶ、「AI x 新素材」関連のスタートアップ5社はこちら。

1. MaterialsZone

MaterialsZone
AIで新素材の発見や研究コラボを支援
設立年 2017年
所在地 イスラエル テルアビブ
 MaterialsZoneは、AIクラウドベースの材料発見プラットフォーム。顧客組織の実験データに加え、外部データベース、エクセルシート、論文など、複数のソースからデータを自動的に集約し、データベースに構造化。AI / 機械学習アルゴリズムを利用し、これらのデータを分析、望ましい特性を持つ新しい材料の発見、材料合成のための「レシピ」の生成を後押しし、研究開発の時間を短縮させる。
image: MaterialsZone

2. Mattiq

Mattiq
AIを活用したサステナブルな燃料合成プロセス
設立年 2023年
所在地 米国 イリノイ州 スコーキー
 Mattiqは、AIを利用して何百万もの化学物質のスクリーニングと分析を行い、触媒材料を開発 / 提供。また電気化学プロセスの開発と展開、さらにモジュール式の電気化学リアクターの提供等を行う。これらにより、例えば固体高分子型(PEM)水電解向けに希少なイリジウム含有量を減らした電極を開発し、大規模なグリーン水素の製造が可能となる。
image: Mattiq

3. Citrine Informatics

Citrine Informatics
材料の開発サイクルを短縮するAIデータベース
設立年 2013年
所在地 米国 カリフォルニア州 レッドウッドシティ
 Citrine Informaticsは、マテリアルに特化した、AIデータプラットフォーム「Citrine Platform」を開発。材料や化学物質に関する大量のデータを統合し、AIを用いた独自のインサイトを提供することで、新規材料の発見および開発期間を短縮することができる。
image: Citrine Informatics

4. Cradle

Cradle
AIを活用したタンパク質設計プラットフォーム
設立年 2021年
所在地 スイス チューリッヒ
  Cradle は、AIと合成生物学を活用した、有用なタンパク質を効率的に設計できるプラットフォームを開発。AIの自然言語処理を応用し、モデルを生成。タンパク質の塩基配列から熱安定性などの特性を予測 / 最適化し、挿入すべき塩基配列を提案できる。
image: Cradle

5. Arzeda

Arzeda
酵素などのタンパク質をデータ解析で最適設計
設立年 2009年
所在地 米国 ワシントン州 シアトル
 Arzedaは、ビックデータを用いた計算化学とバイオテクノロジーによる、タンパク質設計プラットフォーム。人為的にカスタマイズされたタンパク質をデザインした発酵菌株に与えることで、通常は合成できない化学物質を作り出すことができるという。
image: Arzeda

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