農作物の収穫量は天候や害虫などの影響を受ける。農地が広大であればあるほどその対策は困難だ。AgTech(アグテック/アグリテック)のスタートアップ、Taranis(本社・米インディアナ州)は、ドローンなどを使った農地の空中写真や気象データなどをAIで分析し、農作物の生育状態の把握や農薬散布量などの最適化を行うソリューションを提供する。農業大国であるアメリカ、ブラジル、ヨーロッパ諸国などで利用されているという同社のプロダクトや事業戦略についてCEOのBar Veinstein氏に聞いた。

ソフトウェア産業からAgTechへ 「重要な分野になる」

 2015年に設立されたTaranisは、本社を米インディアナ州・ウェストフィールドに置き、開発拠点をイスラエルのテルアビブに置く。Bar Veinstein氏は2021年に同社CEOに着任した、ソフトウェアビジネスを熟知する人物だ。

 テルアビブ大学でコンピュータサイエンスと経済学を専攻したVeinstein氏は、1993年から1998年までイスラエル国防軍でソフトウェア開発職を務めた。その後、2010年までの間にはコンタクトセンター向けサービス企業のNICE社でマーケティングに携わる。さらに2010年から2021年には図書館向けにソフトウェアを提供するイスラエルの企業Ex Librisを経営してきた。

Bar Veinstein
Taranis
CEO
テルアビブ大学でコンピュータサイエンスと経済学を専攻。1993年から1998年までイスラエル国防軍でソフトウェア開発に従事。1998年から2010年の間にはコンタクトセンター向けソリューションを提供するNICE社でマーケティングに携わる。2010年から2021年、EdTechのSaaS企業、Ex Librisを経営。2021年1月にTaranisのCEOに着任。

「私はおよそ10年ごとに別の業界に移ってきました。Ex Librisへはクラウドが産業を大きく変えると信じて移りました。そしてAIが多くの産業を変えると信じ、Taranisに移ったのです。アグリテックは今後2030年の間に非常に重要な分野になるでしょう」

肥料などの販売代理店を通じ、農家へ最適化ソリューションを提供

 Taranisは、人工衛星やドローン、航空機などから農地の写真を撮影し、農作物の生育状況や気象や土壌のデータなどを機械学習(ML)によって解析しながら、収量増加のための最適化を行うSaaSを提供している。作物の葉の状況が見えるほどの高解像度の画像撮影ができるため、病害虫や雑草、栄養不足による収量の低下を防ぐことができるという。プロダクトの提供は、生産者や農家に対して直接ではなく、肥料や農薬を供給する企業を通じて行われ、作付面積1エーカーあたりのサブスクリプションモデルとなっている。

「私たちの主な市場の1つであるアメリカでは、平均的な農家の面積は2000エーカーほどです。肥料や農薬を扱うメーカーや小売業者は100万から200万エーカーを扱っていますので、生産者個別に販売するよりも効率が良く、より迅速に市場に浸透できます」

 以前は多くの農家が畑全体に農薬を散布していたが、規制によって農薬の量が制限されるようになり、消費者も農薬や化学肥料の使用が少ない農産物を好むようになっている。Taranisのプロダクトによってデータ収集と解析、洞察ができるようになり、どこにどんな肥料や農薬をどの程度、使えばいいかが把握できるため、肥料や農薬を扱うメーカー、生産者、消費者それぞれにメリットを提供できるという仕組みだ。

「肥料の販売事業者が生産者のもとに出向き、信頼できるアドバイザーになることができます。例えば、2000エーカーの土地に化学肥料を散布していた生産者が、私たちのデータを使えば散布を100エーカーに減らしてコストも抑えることができます。肥料の流通業者も農家から信頼を得て、一緒に成長することができるのです」

 現在契約しているのはおよそ100社で、200万エーカーの農地をカバーしていることになる。Veinstein氏によると、Taranisのビジネスはこの2年の間、毎年100%成長を実現しており、現在、年約1,000万ドルの収益が、3年後には8,000万ドルから9,000万ドルになると予測している。

 サービスの提供地域はアメリカが80%を占め、次いでブラジル、ヨーロッパとなっている。ビジネスはまだ浸透の初期段階にあり、アメリカだけでも2億エーカー、世界中では30億エーカーまで拡大できる市場であるとした。なお、Vertex VenturesはTaranisへの出資を続けており、2018年には欧州住友商事などの投資家から資金を調達し、EU諸国への進出も進めている。

Image:Taranis

Image:Taranis

炭素クレジット市場にも着目した新たなソリューション提供へ

 他のアグリテックの競合と比較したTaranisの優位点は、ドローンを使って高精細な画像を取得し、AIによって解析できる技術にあると、Veinstein氏は説明した。

「同じようなことに取り組むスタートアップはありますが、ほとんどはドローンを使っていません。衛星や小型の飛行機から撮影した画像を使うため、解像度があまり高くないのです。リモートセンシングやIoTデバイスで作物の生育情報を取得しようとする企業もいますが、農地にくまなくデバイスを設置するのは現実的ではありません。4G、5Gの電波が届かない畑がたくさんあるため、インターネット接続もうまくいきません。ドローンなら何千エーカーの土地を1台でカバーできます」

 アグリテック市場はまだ立ち上がったばかりであり、最も大きな競合は他社ではなく、農業界や生産者が「何もしないこと」だとVeinstein氏は指摘する。ビジネス拡大のための課題は、アグリテックのスタートアップでなく、テクノロジーの利用に対して保守的な農業界自体だという。Taranisは2022年9月、シリーズDラウンドで4,000万ドルを調達し、業界への理解を進めて事業拡大を狙っている。そのために、新たなソリューションも開発している。

 同社のこれまでのソリューションは、土壌や農作物をより良くするためのものだったが、これに加えて、Veinstein氏は近く炭素クレジット市場向けのプロダクトのリリースを予定していることを明かした。従来から肥料や農薬使用の適正量把握のための農地の解析を行なってきたが、新プロダクトは温室効果ガスの計測にも役立てようというものだ。

「例えば、Amazonやユナイテッド航空などの巨大企業は炭素排出を相殺する必要があるため、炭素クレジットを購入しています。農業生産者は、自身が持つ農地の炭素吸収量を炭素クレジット市場で販売することができます。そこで私たちは、炭素吸収を正確に計測するためのツールを提供しようとしているのです」

 Veinstein氏は、今後3年間はアメリカ、ブラジルの農作物と炭素クレジット市場に注力し、その後、ヨーロッパやアジアへも拡大していく計画だと説明した。アジアへ進出する際は、住友商事など日本の投資家とのパートナーシップが役立つとしている。

「準備が整った段階で、住友商事などのパートナーや投資家と連携し、アジア、特に日本の市場に参入することになるでしょう。おそらく、日本でも生産者向けの代理店と一緒に仕事をすることになると思います」

 Taranisの長期ビジョンは、農業分野において強力なデジタルトランスフォーメーション(DX)を生み出すこと。ドローンが自律的に飛行して農地を監視し、クラウドにデータをアップロードし、何か問題があれば自律走行型のトラクターなどが必要な肥料の供給を行うといった未来を描いているのだ。農地であれば公道よりも自動運転に関するリスクは低くなるため、Taranisのビジョンの実現性はより高いのではないだろうか。

 Veinstein氏は気候変動対策や食糧問題などの課題を背景に、イスラエルではAgTech(アグリテック)やFoodTech(フードテック)が盛んになっているとし、その将来性と地域とのパートナーシップの重要さについて次のようにコメントした。

「もっと多くの組織が、AgTechへの投資を検討する必要があると思います。デジタル活用において金融サービスはトップを走っていますが、農業は最下位です。農業を通信会社や金融などが行っているようなデジタル化のレベルに引き上げるには、もっと努力が必要です。繰り返しになりますが、この業界には大きな可能性があります。私たちは、資金だけでなく、日本や他の市場にも進出できるような現地のビジネスパートナーを探しています」



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