※TECHBLITZのコンテンツパートナーであるジャンシン(匠新)の協力で、中国スタートアップの情報を紹介します。
AIツール開発に携わり、インフルエンサーが流行を牽引するアパレル業界に着目
――当初の創業の経緯とその動機について教えてください。
私は、米国のカーネギーメロン大学で修士号を取得した後、産業界に憧れていたこともあり、Googleに入社しました。Googleでは、初期の電子商取引や、Tensor Flow(テンソルフロー)のようなAIツールの開発を担当していました。
その後、中国では、2015年からAI産業に本格的な動きが見られるようになりました。私は当時社員としてGoogleの内部にいたため、GoogleがTensor Flowのフレームワークをオープンソース化する計画についても明確に把握していました。私自身、最初のユーザーの1人としても、Tensor Flowに大きな期待を寄せていました。そこで、2015年に、Google時代の同僚数人と才云科技(Caicloud)という企業を共同で設立しました。
起業の後に実践を重ねていく中で、中国では、未だこのAIインフラを整備する技術レベルには達しておらず、多くの人々や企業が、ソリューション単体に注力していることに気づきました。そこで、才云科技は、金融、エネルギー、医療などの関連分野に対して、各分野に特化したソリューションを提供し始めました。
その中で出会ったのが、中国のネットで発言力・影響力がある人のことを指す網紅(ワンホン)ビジネス関連銘柄として初めて米ナスダック上場を果たした「如涵(Ruhan)」という顧客です。この企業はもともとアパレルビジネス出身で、当時は、急激な市場変化を踏まえて、市場のニーズを把握したいと考えていました。
如涵との協業においては、データの収集と整理、分析、そして最終的にそれらを踏まえた結論のアウトプットまでを行いました。私たちは、この協業の過程で、アパレル業界全体が、2016年から2017年頃にかけて、従来の著名ブランドを起点とした流行から、消費者に影響力を持つインフルエンサーである「KOL(キー・オピニオン・リーダー)」や、素人ながらSNSで発言力を持つ消費者「KOC(キー・オピニオン・コンシューマー)」がファッションの流行をけん引する時代へと比較的大きな変化を遂げていることを知るに至りました。
こうして、私たちはアパレル業界変革の機会を見出しました。同時に、アパレル業界には1社の企業が業界を独占するという現象が存在せず、ユニクロのような企業でも世界シェアは非常に小さいという事実も発見しました。よって、アパレル業界にはプラットフォーム型ビジネスのチャンスが存在し、深堀する価値があると判断を下しました。そこで、2018年に現在の知衣科技を立ち上げたという経緯になります。
「Googleのアパレル版」 データ分析で注目トレンドを予測し効率生産
――貴社のプロダクトやソリューションについて詳しく教えてください。
私たちが解決する問題は、アパレル業界がどのように市場の状況に応じて、商品を選定するかというものです。
5年から10年前は、すべてのアパレルブランドが、ファッショントレンドや海外の大型著名ブランドの流行に主導権を握られ、その方向性に沿ったうえで、下層市場で商品を選定していました。しかし、モバイルインターネット時代の到来により、人々の個人消費、特に個人のファッションへの要求はますます高くなっています。
その結果、異なる地域や文化、さらにはシーンによって、人々の着こなしや着付け、服装に対するニーズは多様化しています。最近では、海外の大型著名ブランドやファストファッションブランドに関わらず、消費者個々の要求に応える必要があるため、提供するアイテム数がますます増えてきているのが現状です。
一方で、展開するアイテム数の増加は、ブランドにとってより大きな重要な問題を突きつけます。それは、消費者のニーズやターゲットとする消費者のファッションの好みをいかに正確に把握するかということです。
そこで、私たちのサービスは、2つの能力を顧客に提供しています。
1つは、ブランドに最適な意思決定をもたらすためのデジタル能力です。私たちの製品は、中国全土、さらには世界中からファッションに関連するデータの大部分を収集しています。簡単に言えば、検索エンジン「Google」のアパレル版のようなものです。
私たちは、電子商取引やソーシャルメディア、そして何千にもおよぶファッション関連のウェブサイトから何十億個ものアパレルアイテムに関するデータを収集しています。これらのアパレルアイテムをスマートに分析することで、様々な属性やプロフィールに基づき、ブランドがより注目すべきトレンドやモデルを予測することができます。
もう1つは、分析を通じて把握した消費者のトレンドを、具体的なスタイルに設計できるスマート生産能力です。例えば、赤いワンピースが流行るかもしれないという潜在的なトレンドがある場合、具体的にどのような赤いワンピースなのかについては、ブランド自身が考え、制作しなければなりません。私たちのサービスは、この設計から生産を可能にするブランド独自のチームを抱えているのに相当します。
将来的には、フランチャイズのチームを構え、私たちの分析したトレンドに基づき具体的なアパレルアイテムをデザインすると同時に、高速でニーズの変化に対応できるサプライチェーンを提供することで、デザイナーとサプライチェーンの生産能力を融合していきます。
Image:ZHIYI TECH
私たちは、以上の能力に基づき、2種類のサービスを提供しています。1つはソフトウェアです。ブランドのデザイナーは、私たちのソフトウェアを通じて、市場を理解し、アパレルアイテムの開発を行うことができます。このソフトウェアには、一定のマネージメント機能も含まれており、採寸の測量からデザイン、そして生産までの管理やデザイナー間のコラボレーション機能も含んでいます。デザインの素材、トレンド、プロセス管理全体が私たちのソフトウェア体系を構成しています。
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2つ目は、サプライチェーンの設計です。顧客は私たちのソフトウェアを通じてアパレルアイテムを選定し、そのアイテムが確定したのちに直接注文を出すことができます。中国国内における初回注文の場合、その納期は、春夏だと7日から10日、秋冬だと15日から25日、初回受注内容に基づくその後のリピート注文の場合、早くて3日、遅くても5日へと短縮できます。
大きな成長を実現させた「3つの要因」
――貴社は、中国におけるアパレル向けSaaSのパイオニアとして、これまで大きな成長を遂げてきています。この成長はどのように実現しましたか。
成長の背景は、3つに分けることができます。1つ目は製品、2つ目は技術、そして3つ目はマーケティングです。
まず、製品の面では、私たちはある意味、中国におけるデジタルトレンド分析のパイオニア的存在となっています。知衣科技の製品が誕生する前には、同様の成熟したツールはありませんでした。例えば、中国発の新興ファッションネット通販「SHEIN(シーイン)」は社内で独自のデータ体系を構築していましたが、それを業界標準のツールとして市場に持ち出してはいません。そのため、私たちが自身の製品を打ち出す前は、市場は基本的に空白に等しい状態でした。つまり、業界の誰もが同じような悩みや問題を抱えていたのにも関わらず、それに応えられる成熟した製品がなかったのです。
成熟した製品がなかった理由として、2つ目の技術的な障壁があります。アパレル業界の関係者は、AIモデルによる衣類の識別などの技術的な障壁を突破することができず、市場に統一されたサービスを提供するのが困難でした。また、アパレル業界外の人々、特にITエンジニアのような技術関係者は、往々にしてアパレル業界に対する理解が不足しています。そのため、開発の初期段階においても、大きな困難と抵抗に遭遇してしまいます。しかし、私たちの場合、如涵のリアルなニーズを基礎として製品開発を進めたため、その過程でアパレル業界への理解を深めることができました。
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最後に、成長の背景の3つ目であるマーケティングについてです。中国のアパレル業界は地理的に比較的集中型の産業です。中国のアパレル産業の主要都市は、浙江省杭州市、広東省広州市、深セン市、そして上海市で、これらの都市だけで全国販売額シェアの60%以上を占めています。私たちは、中国EC最大手のアリババ集団やその他の伝統的なソフトウェア企業の体系を参考としながら、その人材を吸収し、顧客を迅速に獲得してきました。
「niko and...」も導入 無印良品(MUJI)とはあらゆる品目での協業へ
――日系企業の顧客との代表的な事例について教えてください。
私たちは、これまで、5社から6社ほどの日系企業にサービスを提供してきました。その半分はアパレル業界の企業で、残りの半分はあらゆる品目をカバーしている企業です。その中で、最も深く協業してきたのは、アパレル大手「Adastria(アダストリア)」傘下のブランド「niko and...」です。こちらのブランドは、私たちのソフトウェア製品とサプライチェーン製品の両方を利用しており、現在まで順調に連携が進んでいます。
ソフトウェア製品の面では、彼らにとってコアとなるデータは、中国市場をよりよく理解するためにあります。日系企業として、中国の消費者市場を理解することはマストです。そのため、私たちのトレンド・データ分析を拠り所とし、中国市場の変化を理解したうえで、商品アイテムの選定から運営、そして市場におけるより良い意思決定を行えるようになっています。また、私たちの市場に関するデータ分析に基づき、より正確にトレンドを把握することができています。そして、サプライチェーン製品の面では、サプライチェーンの柔軟性と適応力を向上させることに繋がっています。
その他、2023年2月下旬には、良品計画が運営する生活雑貨店「無印良品(MUJI)」とあらゆる品目を対象とした協業が確定しており、現在その連携を中国で進めています。
――現在の海外展開戦略はどのようにお考えですか。その中で、日系企業を顧客とした案件や日本市場展開において、どのような協業パートナーシップを求めますか。
私たちの海外進出の計画は、2つのステップに分けることができます。
第1のステップは、中国国内でクロスボーダー取引を展開している国内ブランドに、より多くのサービスを提供することです。なぜなら、彼らは私たちと同様に海外市場にターゲットを当てていると同時に、彼らの文化や言語は、私たちの製品に近いものがあるからです。彼らによりよくサービスを提供できれば、私たちの製品の属性やそれが対象とするシーンを海外進出ブランドにも適用できることを証明できます。
現在、私たちは、海外顧客にサービスを展開している約300社の中国国内ブランドにサービスを提供しています。この点においては、私たちはすでに段階的に小さな成功を収めていると言えます。
第2のステップは、海外ブランドの中国国内拠点のみならず、海外拠点にローカライズしたサービスを提供することです。実は、先ほど紹介した日系企業以外にも、ブラジル、ロシア、韓国の企業へサービスを提供してきました。その中で、最も深く協業してきたのは、現地でもトップ3に入るブラジルの某アパレルブランドです。私たちは、自身のデータ収集・分析能力に基づき、彼らの社内BI(ビジネスインテリジェンス)システムをカスタマイズ開発し、ブラジル市場向けのBI分析ツールを提供しています。
最後に、日本への海外進出については、まだ初期のトライアル段階です。まずは、中国現地の市場を熟知したうえで、日系企業を含めた、すでに中国に拠点をもつ海外企業との接触を図っていく計画です。日本での製品展開については、将来的に、日本現地のSler(システムインテグレータ)やR&D(研究開発)系企業、そして代理店などを含む販売系企業のいずれの企業との協業も前向きに考えています。
――日本市場をどのように捉えていますか。
個人的には、日本の市場は中国の市場と非常に似ていますし、日中の衣類の着こなしやそのスタイルにも比較的近いものがあると感じています。したがって、中国から日本市場へ進出する際の障害は少ないと考えています。
実は、アパレル業界において、世界には特殊な国が2つあります。1つはユニクロ誕生の地である日本、もう1つはZARA誕生の地であるスペインです。この2カ国では、ユニクロとZARAが市場において比較的大きな存在感を誇るトップ企業である一方で、その他の国々では、より分散化した傾向を示しています。しかし、日本の場合でも、ユニクロがトップ企業であるにせよ、彼らが市場全体に占める割合はそれほど高くはありません。
日本は文化的基盤も全体の市場規模も成熟しており、私たちが日本市場へ参入することで、日本のアパレル業界に何らかの変化をもたらすことができると期待しています。存分に発展を見せている中国のアパレル市場での経験を活かし、中国で展開したビジネスモデルを日本でも展開することで、日本の消費者により良い消費体験をもたらしうると考えています。
品目、地域を拡大させ、2倍以上の成長曲線を描いていく
――最後に貴社の今後のマイルストーンと将来的なビジョンについて教えてください。
直近の2023年のマイルストーンには大きく2つの方向性があります。1つは品目の拡大、もう1つは地域の拡大です。品目の拡大については、アパレル製品においてすでに一定の成果を上げているため、アパレルを含むその他あらゆる品目を対象に、既存のビジネスモデルを複製し、拡大していきたいと考えています。地域の拡大については、私たちの技術を通じて、より多くの海外ファッション関連企業の能力強化に貢献していきたいです。
私自身は、この2つの方向性は相乗関係にあり、さらに言えばサプライチェーンを加えた三者相乗の関係にあると考えています。例えば、サプライチェーンの面では、中国はアパレル以外の多くの業界においても優れた実績があります。したがって、今後、私たちがサプライチェーンの領域においても、より多くの相乗効果を狙うこともあり得ます。具体的に、2023年の戦略は、中国国内における品目の拡大に注力する予定です。その後の2024年や2025年には、海外においても、あらゆる品目を対象としたサプライチェーン製品を展開していく予定です。
私たちは、ソフトウェアとサプライチェーンを有機的に結合することで、より多くの海外の顧客にサービスを提供したいとも考えています。海外ブランドは、サプライチェーンの面におけるリソースが非常に不足している一方で、市場のニーズによりよく対応するためには、柔軟で迅速な対応が可能なサプライチェーンが必要とされています。実際に、私たちが2022年に受注した海外顧客の規模は、合計で1000万元(約2億円)クラスに上っています。
総じて、2023年には、2つのことを期待しています。1つは、今年は定量的に大きな突破口と飛躍的成長を得たうえで、より多くの海外ブランドにサービスを提供すること。そして、もう1つは、2倍あるいはそれ以上の成長曲線を描くことです。