目次
・モビリティ分野の変革を商機に
・「人の移動」と「物流」にフォーカス
・アジア太平洋地域で事業基盤を拡大
・日本では50以上の地域で事業を展開
モビリティ分野の変革を商機に
―ご経歴と、SWAT Mobilityを立ち上げられた経緯についてお聞かせください。
シンガポール国立大学でコンピュータ工学を専攻し、在学中の2004年から2005年の間、NUS Overseas Colleges(NOC)というプログラムを通じて、シリコンバレーで過ごしました。この間、テクノロジー系スタートアップで働きながら、スタンフォード大学での交換留学も経験しました。当時Googleはまだ若い企業で、私はその本社があるマウンテンビューという小さな町に滞在していましたが、そこで大企業が生まれようとしている様子を目の当たりにし、とても印象的な経験となりました。
その後は、不動産、教育、ゲーム、エンターテインメントなどさまざまな業界でデジタルプロダクトの開発に携わってきました。アイデアを形にし、世界中の何十万人、時には何百万人もの人々に使われるソリューションへと発展させることが私のキャリアの中心でした。
SWAT Mobilityの共同創業者であるArthur Chua(Executive Chairman, Chief Strategy Officer & Co-Founder)と出会ったのは2015年のことです。彼は商用・産業車両メーカーのGoldbell Groupのグループ会社の経営に携わっており、モビリティ分野で起きている3つの大きな変革について語ってくれました。1つ目は車両の電動化で、2015年当時から近年さらに加速し、今では非常に普及しています。2つ目は自動運転車です。この分野はまだ課題がありますが、例えば中国では、運転手なしで一般道を走行する自動運転タクシー、いわゆるロボタクシーが既に実用化されています。
そして3つ目がライドシェアリングです。私たちはこのライドシェアリングに焦点を当て、「より少ないリソースでより多くの移動を実現する」というビジョンの下、SWAT Mobilityを設立しました。当初は人の移動に注力していましたが、近年は物流分野にも事業を拡大しています。コンピュータエンジニアとして、ソフトウェアを使って実際のモノを動かすことほど魅力的な仕事はありません。
「人の移動」と「物流」にフォーカス
―御社のサービスについて、利便性やコスト効率、環境への影響といった観点から、その特長をお聞かせください。
私たちは人の移動と物流という2つの主要分野にフォーカスしています。人の移動については、大手企業向けの従業員輸送サービスが中心です。製造業や海運業などで、やや遠隔地にオフィスを構える企業の従業員輸送を最適化しています。また、航空宇宙産業や空港、カジノなど24時間体制で運営している企業向けに、公共交通機関が運行していない時間帯の従業員の送迎も支援しています。
人の移動においてもう1つの重要な顧客層が、地方自治体や公共交通機関事業者です。近年、オンデマンド型交通(DRT:Demand-Responsive Transport)の導入を検討するケースが増えています。日本でもDRTは公共交通の一形態として認められ、既存の鉄道や路線バスを補完する手段として、政府も導入を推進しています。
物流分野では、日々の配送需要が高い日用消費財(FMCG)業界に注力しています。スーパーマーケットやコンビニエンスストアチェーンなど、在庫補充のための配送が頻繁に発生する業態で、特にファーストマイル・ラストマイルの配送計画と管理をサポートしています。
当社の競争優位性は3つあります。1つ目は、世界記録を更新したアルゴリズムです。1970年代から研究されている配車問題(Vehicle Routing Problem: VRP)について、最も有名なベンチマークテストで世界記録を達成しました。このことは、私たちのアルゴリズムが非常に効率的な問題解決能力を持っていることを証明しています。
2つ目は、学術的な問題解決にとどまらず、実際の運用に耐えうるソリューションを提供できる点です。現在200以上の運用制約に対応するライブラリを構築し、日々拡充しています。人の移動であれば、乗車時間や経由地の数、降車地点までの距離などです。物流では、ドライバーの休憩時間や倉庫からの出発車両数の制限など、様々な制約を考慮する必要があります。これらの制約を考慮せずに計画を立てた場合、実運用では手動での調整が必要となり、自動化やデジタル化の本来の目的が達成できません。そのため、すべての運用制約を考慮した計画立案が重要なのです。
3つ目は、最高水準のマッピング技術です。この技術により、平日のピーク時と閑散時で異なる所要時間を正確に予測し、二輪車から大型バスまで幅広い車両タイプに対応した経路を設定できます。特に大型バスの場合、安全規制により通行が制限される道路があるため、適切な道路ネットワークと速度予測を活用して正確な計画を立てる必要があります。
これらの強みにより、多くの案件で競合他社との差別化に成功しています。通常、新規案件では公開入札やPoC(概念実証)を経る必要があり、その過程は2段階に分かれます。まず、シミュレーションによるデスクトップ演習で、どれだけの効率化やコスト削減が可能かを示します。次に、実際の道路での走行試験を行い、システムが作成した計画の実現可能性を検証します。私たちはこれまで、大手テクノロジー企業からローカルスタートアップまで、さまざまな競合との比較のなかで優位性を示してきました。
image : SWAT Mobility
アジア太平洋地域で事業基盤を拡大
―現在、どの国々でサービスを展開されていますか。また収益モデルについても教えてください。
アジア太平洋地域を中心に展開しており、シンガポール、日本、タイが主要市場です。そのほか、フィリピン、ベトナム、オーストラリア、インドネシアなどでも事業を展開しています。パートナー企業を通じて、ハワイやグアムにも進出しています。
提供形態としては、ドライバーアプリ、乗客アプリ、運行管理パネルを含むエンドツーエンドのソリューションと、計画立案に特化したAPIの2種類があります。ビジネスモデルは、利用量に応じた課金を採用しています。乗客数や配送個数などの指標に基づいて料金を設定しており、エンドツーエンドソリューションとAPIでは異なる料金体系を適用しています。利用量が増えるほど、つまり乗客数や配送個数が増えるほど、それに応じた料金体系となっています。
―ここ数年の事業の成長についてお聞かせください。
当初は人の移動に注力していましたが、コロナ禍でロックダウンやリモートワークの影響を受け、特に注力していた業界の一部で需要が減少しました。そこで物流分野への展開を加速し、特にタイのFMCG業界で主要顧客を獲得しています。
物流分野では、輸送管理システム、倉庫管理システム、フリート管理システムなど、大規模なソフトウェアエコシステムが存在します。私たちはラストマイル配送に特化し、配送管理ソリューションとして、最適な経路計画や運行管理を提供しています。
日本では、特に地方部の交通課題解決に大きな可能性を感じています。また、Eコマースの急成長に伴い、物流分野では当日配送や翌日配送の需要が高まっており、物流業者やラストマイル配送の現場では、より効率的な配送計画が求められています。迅速で正確な計画立案や、増加する配送量への対応が課題となる中、私たちのソリューションがこうしたニーズに応えることができると考えています。
image : SWAT Mobility
日本では50以上の地域で事業を展開
―今年4月に資金調達を実施されましたが、今後1~2年の目標をお聞かせください。
これまでの実績や、価値を認めていただいている顧客事例を基盤に、今後は事業のさらなる規模拡大を目指しています。日本では現在50以上の地域で事業を展開していますが、全国には1,700を超える自治体がありますので、今後は全国に事業を浸透させることを目標にしています。また、物流分野では、より大規模な配送量に対応できる次世代型の配送管理ソリューションの開発も進めています。
シンガポールを本社所在地としていますが、市場規模が限られているため、必要な成長を実現するためには、日本やタイといった、より大きな市場での拡大が不可欠です。そのため、これらの国々への展開に注力しています。
私たちが解決しようとしている課題は、大きなエコシステムの一部です。成功のためには、他のソフトウェア企業との協業が不可欠です。また、当社は運行事業者ではないため、ドライバーや車両を持つパートナーとの協業も重要です。
幸いなことに、NEC、中部電力、日本通運、VCのGlobal Brainといった日本企業に出資いただき、新規顧客の紹介や社内チームとの連携など、様々な支援を受けています。人の移動の分野では、地方自治体や交通事業者とのつながりを持つパートナー、物流分野ではラストマイル配送に取り組む企業との連携を重視していきたいですね。
―最後に、長期的なビジョンと、日本企業へのメッセージをお願いします。
現在、私たちはクライアントのDXを成功に導くことに注力しています。多くのクライアントが従来の手作業による計画から、アルゴリズムを活用したデジタルな方法へと移行することで、効率の向上を目指しています。しかし、長期的に私たちが目指しているのはコミュニティにインスピレーションを与え、より少ないリソースでより多くの移動を可能にすることです。これにより、スマートシティや持続可能な都市の実現に貢献したいと考えています。
例えば、道路を見渡すと、多くの車両が空席や空荷の状態で走行しているのを目にします。これには大きな改善の余地があると感じています。私たちは、このような課題を解決することで、無駄を減らし、より良い社会の実現に貢献したいと考えています。持続可能な未来のために少しでも力になれればと願っています。