目次
・喘息やアトピーを発症前に食い止める
・マイクロバイオームの観点からアプローチ
・ブロックバスターも狙える市場
・東洋医学との親和性アリ
喘息やアトピーを発症前に食い止める
―御社はどのような課題を解決しようとしているのでしょうか。
喘息や食物アレルギー、アトピー性皮膚炎といった「慢性炎症疾患」を発症する前に食い止めることを目指しています。
慢性炎症疾患は通常、治療薬を開発し、症状を緩和することを目指しています。対するわれわれは「マイクロバイオーム」と呼ばれる、われわれの身体の表面や腸内に存在する微生物の総体を用いた治療薬を開発。これらの炎症が発生しやすい可能性がある新生児や乳児に投与し、疾患を「予防」しようとしているのです。
image: Siolta Therapeutics
マイクロバイオームの観点からアプローチ
―どのような技術に基づいた治療薬なのですか。
われわれが開発する技術は、従来の医薬品開発とは一線を画したもので、システムとしての生物学的アプローチを採用しています。元々、私は微生物生態学者で、UCSFでスーザン・リンチ(Susan Lynch)という微生物学者と研究をしていました。
私はヒトにかかわらず、さまざまな生態系にまたがる微生物生態をマイクロバイオームという観点から研究していましたが、スーザンは10年前から生後間もない赤ちゃんの腸内細菌叢(さいきんそう)から、アレルギーや喘息を発症する乳児を予測できることを発見していたのです。
私はスーザンと共同研究をし、実際にIgE(慢性炎症疾患に反応する免疫グロブリン)を、免疫寛容に導く細菌のコンソーシアムを定義することができたのです。
そこでスーザンと私は話し合い、実際に炎症に苦しんでいる患者さんたちを救うために、会社を立ち上げようと決めたのです。というのは、われわれの研究分野は当時(2016年)まだ薬事規制のルートも不明瞭で、製造法も確立されていなかったからです。
―現在、安全性の確認などはどの程度進みましたか。
創業から約8年が経過し、現在は新生児や発病リスクのある子どもたち約250人へ医薬品の予防投与を行い、安全性の確認ができました。つまり、最初は学術的なアイデアでしかなかったものを、第2相臨床試験まで進めることができているのです。
さらに私たちは社内に製造部門を構築し、自社で品質基準に基づいた製造基盤をつくることができました。マイクロバイオームを使った医薬品は「バイオ発酵」という3,500リットルを超える発酵槽が必要なのです。結果として、15万個以上の医薬品を作ることができています。
現在のわれわれの目標は2025年末に得られる第2相臨床試験の最終データを基に、第3相臨床試験(治験の最終段階)に進み、2026年には日本に進出する予定です。店頭にわれわれの技術を使った商品が並ぶのは、予防プログラムを含めると2027~2028年になるでしょう。
ブロックバスターも狙える市場
―Kimesさんは元々研究者でしたが、なぜスタートアップを立ち上げようと決意したのでしょうか。
こうした新興医薬品のビジネス化に関しては、薬事規制法を突破することのみならず、資金を集め、市場を「創出」しなければなりません。さらに、同様の技術を活用する団体もつくることで、さまざまな規制を突破する必要があります。実際、私は当社のCEOとして以外にも、マイクロバイオーム領域の医薬品開発を手掛ける会社で構成する「マイクロバイオーム・セラピューティクス・イノベーション・グループ(Microbiome Therapeutics Innovation Group)」という業界団体の会長も務めています。この業界団体には、私たちよりも前から開発に取り組んでいたSeres TherapeuticsやVedanta Biosciencesなども名を連ねています。
アカデミアを飛び出し、スタートアップをつくることに最初は戸惑いもありました。ただ、それ以上に、多くの人から「あなたがやらなければ、誰もやらない」と応援してくれたことが後押しになったのです。
―米国をはじめとして、市場からは大きな期待があったということでしょうか。
それは間違いないですね。慢性炎症疾患に悩まされる人は多く、現在の医薬品は症状を抑えることしかできません。つまり、IgEの免疫寛容にまでつなげられず、根本的な部分を治すことはできていないのです。
慢性炎症疾患の患者は先天的にリスクの高い層がいて、彼らに対してそのリスクを予防できれば、(ブロックバスターと呼ばれる)年間売上高10億ドル規模の市場を創出できるでしょう。
image: Siolta Therapeutics
東洋医学との親和性アリ
―日本市場に参入する考えはありますか?
もちろんです。ひとつ、興味深い話をしましょう。人間の発育の最初の1年間は、アメリカであろうと日本であろうとアフリカの奥地であろうと、環境による免疫系の発達には大きな違いが見られないということがわかっています。免疫系の発達に地理的な違いが見られるのは、生後1年間が経った後なのです。ですから、マイクロバイオームを使ったわれわれの製品は、日本の新生児にも十分投与できるものだと信じています。
また、日本人は伝統的に、「東洋医学」に親しみのある民族です。「治療」よりも「予防」という考え方を持っていて、胃腸の状態が健康にどのような影響を及ぼすか、理解が進んでいます。
さらに言えば、日本のVCであるGlobal Brainは当社の投資家です。先ほど2026年には日本に本格的に進出すると話しましたが、さまざまな日本企業とお話がしてみたいと思っています。
―日本企業との提携を考えた時、どのような業界に関心がありますか。
IgEに介入する治療に関心のあるパートナーを探しています。具体的には、予防だけでなく、喘息や食物アレルギー、アトピーなどの治療薬を製造する製薬企業ともお話ししてみたいですね。
パートナーシップの形態として理想なのは、投資やジョイントベンチャー、研究開発、といったところでしょうか。
―今後の長期的なビジョンを教えてください。
われわれの長期的なビジョンは喘息や食物アレルギー、アトピーを発症前に食い止めることです。
会社としては今後、さまざまな選択肢を取ることが可能です。大手製薬会社へのバイアウトや製品のライセンス供与、IPOなどです。今のところ、それら全てが選択肢に入っています。どの選択肢を取るにせよ、上記のビジョンを叶えるために最適なものを選ぶつもりです。
現在、米国のマイクロバイオームの分野では、3つのリーディング・カンパニーが存在します。うち2社は承認を得ていて、1社は第3相試験の途中です。それらの会社の1社は買収され、1社は上場し、1社は外部から投資を受けながら、ライセンス供与をし、研究を続けています。どの形態を取ってもそれぞれのメリット、デメリットがあります。われわれは、可能な限り機敏に動くことができる(=患者さんに早く製品を届けられる)選択をしていきます。
image: Siolta Therapeutics HP