シリコンフォトニクス業界での商品開発・製造の経験のあるベテラン技術者らによって2018年に設立されたSiLC Technologies(本社:米カリフォルニア州)は、FMCW方式を用いたICチップ型LiDARを開発する。センサーの性能やICチップ統合技術、製造ノウハウの面で高い優位性を持つ同社のICチップ型LiDARは、産業ロボット、スマートインフラ、セキュリティ、自律走行車などでの利用が期待されている。人間の目のように機能する画像処理ソリューションの開発を使命とするSiLC Technologies。創業者でCEOを務めるMehdi Asghari氏に、創業経緯、同社の強み、将来の展望について話を聞いた。

機械が手と目の協調動作 人間と同じレベルの効率性と器用さを持つ技術

 レーザー画像検出・測距を指す、LiDAR(Light Detection and Ranging)は、レーザー光を用いて地球上の多くの距離を測定するリモートセンシング技術の一種。自動運転やADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)、監視カメラ、産業ロボット、AR/VR用のコンシューマーデバイスといった幅広い産業での活用が期待され、市場規模も著しく拡大傾向にある。

 そのLiDAR市場で注目されているのがSiLC Technologiesだ。2018年、シリコンフォトニクス業界での経験が豊富なMehdi Asghari氏らによって設立された。  

Mehdi Asghari
Co-Founder & CEO
Cambridge Universityで学び、University of Bathで博士課程を取得。University of Bristolで講師を務めた後、民間に転じ、シリコンフォトニクスを商品化した最初の会社であるBookham Technologyで研究開発担当副社長を務める。続いて、通信用途をターゲットにしたシリコンフォトニクスを扱うKoturaでCTO兼エンジニアリング担当上級副社長、同社を買収したIT系Mellanox Technologiesのシリコンフォトニクス担当副社長を務めた。2018年にSiLC Technoligiesを共同創業、CEO就任。

「SiLC Technologiesは、私たちにとって3番目のスタートアップとなりますが、スタートアップのライフスタイルや環境は、大企業の生活よりもやりがいがあり、エキサイティングだと感じています」と話すAsghari氏。

 英国のケンブリッジ大学で学び、バース大学で博士号を取得した後、英ブリストル大学で講師として働いていたが、人々の生活に真の価値を生み出し、先駆的で技術的な仕事をしたいと考えるようになり、シリコンフォトニクス業界でキャリアをスタートさせた。

 シリコンフォトニクスを商品化した最初の会社であるBookham Technologyで研究開発担当副社長、通信用途をターゲットにしたシリコンフォトニクスを扱うKoturaでCTO兼エンジニアリング担当上級副社長、同社を買収したIT系Mellanox Technologiesのシリコンフォトニクス担当副社長を務めたAsghari氏。2018年にマシンビジョンに注力するSiLC Technologiesを共同創業した。

「AIの時代には、機械が自ら考え、行動し、自律的に動くことが必要であり、期待されています。これまでの機械は、工場など高度に制御された環境でよく組織化された作業を繰り返し行うという面で、非常に発展・展開されてきました。しかし、昨今の混沌とした日常生活に機械を導入するには、AIチップや優れたロボティックス技術以上のものが必要です。必要なのは、機械に人間と同じような視覚能力を与えるビジョンシステムなのです」


「当社は、コヒーレントイメージングソリューションを有しており、直接画像化して速度を検出することができます。これにより、機械は手と目の協調動作、つまり予測動作ができ、人間と同じレベルの効率性と器用さを持つことができます。これは非常に重要なことです。これは、現在のマシンビジョンソリューションに欠けている基本的な能力だと思います。私たちは、そのギャップを埋めることを目指しています」

 Asghari氏が語るように、SiLC Technologiesは、人間の目のように機能する画像処理ソリューションの開発を目指し、シリコンフォトニクスに関する深い専門知識を活かして、LiDARソリューションの市場展開を推進している。

 創業時は8名だった従業員数は、現在50名ほどになり、そのうち95%は高度な技術者で占める。シリコンフォトニクスを理解し、挑戦とリスクに立ち向かう技術者チームだ。

ロボット産業、物理セキュリティ、スマートインフラ市場に注力

 従来のLiDARではパルス発光によるToF(Time to Flight)方式が用いられていたが、目への影響を避けるため解像度の制限や、構成コンポーネント数の多さから製造コストがかかるといった課題があった。

 SiLC Technologiesは、ToFに比べて、計測距離と消費電力の点で優れた特徴を持つFMCW(周波数連続変調)方式を採用。FMCW方式は、送信する周波数を変化させながら、物体に反射して返ってきた受信波の周波数から、その物体との距離と速度を測る方式だ。

 FMCW方式のICチップ型の4Dビジョンチップはレーザー、ディテクター、光処理技術等、LiDARソリューションを実現するために必要な技術をすべて統合しているという。このビジョンチップで構成されるLiDARのセンシングのレンジや解像度、精度は、一般的なLiDARの水準を超え、複数の次元要素の追加が可能で、より人間の目に近しい認識機能を有する。また、独自のシリコンベースの半導体製造とアセンブリプロセスを取り、大量生産が可能で費用対効果も高い点も強みの一つだ。

 SiLC Technologiesの主要製品の一つには、2021年12月に発表された、同社のシリコンフォトニックチップを核とする「Eyeonicビジョンセンサー」がある。マルチユーザーや環境からの干渉に強く、正確な瞬時の深度、速度、二重偏波光強度情報を提供する。コヒーレントビジョンセンサーに必要な全てのフォトニクス機能を統合し、低コスト、低消費電力のニーズに対応し、自律走行車、セキュリティソリューション、産業用ロボットを製造するメーカーが容易に組み込むことができるソリューションとなっている。

「私たちは現在、ロボット産業、セキュリティやインフラ、スマートインフラを対象としています。ロボット工学は産業として急成長していますが、その背景には、生産年齢人口の不足と減少が原因となっています。また、最近では一般的に肉体労働をしたがらない人が増えたことも理由として挙げられます」

「そのような環境で、人間の代わりにロボットを導入しようという動きが大きくなっています。特に、COVIDに関連したパンデミックによって、私たちの物流エコシステムがいかに脆弱で、私たちがいかに輸送や物流、倉庫、その他多くのものに依存しているかを思い知らされました」

「現在、物流倉庫や流通システム全体を自動化しようという大きな動きがあります。そのためにはロボットが必要ですが、予測不可能な環境に対応できるロボットが必要です。適切なマシンビジョンをロボットに持たせることで、トラックが倉庫のドッキングステーションに来たとき、トラックの中身の箱や色を識別することができ、より効率的な作業を行うことが可能となります。経済的に実行可能なレベルの自動化を実現するためには、人間と同じレベルの器用さと効率が必要になります」

Image: SiLC Technologies

ハイテク企業への長期的な投資を行う日本企業との「強い絆」

 SiLC Technologiesは、サプライチェーン、製造のパートナーシップにおいても、日本との強い絆を築いてきたとAsghari氏は語る。

「私たちのビジネスで成功するためには、長い目で見て、適切な技術を開発するために時間と資本を投資する用意のあるパートナーや顧客が必要です。日本は、そのようなコラボレーションやパートナーシップのための優れた環境を提供してくれます。私たちは、米国に本拠を置く小さな会社でありながら、顧客、投資家、製造業者の40%以上が日本に拠点を置いているという珍しい立場にあります」

「その理由の多くは、当社がこれまで日本で多くの製造に関わってきたこと、私たちが競合他社にはない独自のプロセスで、日本でウエハーを製造していることにあると思います。また、日本企業はハイテクへの投資に忍耐強く、すぐにリターンを期待することはありません。投資する準備があり、忍耐強く、真の意味で深い技術を開発したいと考えています」

「アジアの他の多くの国々では、今日投資して明日には利益を得たいと考えている企業が多いのですが、残念ながら、それでは基礎技術を開発する時間がありません。一方、日本では、ほとんどの企業が技術に対して長期的な視点を持っており、それは私たちの仕事とよくマッチしています」

 2021年9月、SiLC Technologiesは、産業用センサとオートメーション技術の世界的メーカーである北陽電機(本社・大阪府)と、次世代の高度な産業用及びロボット用LiDARソリューションを開発するための戦略的提携を結んだことを共同発表した。

 産業用ロボットLiDAR市場は2025年までに45億ドルに達すると予測され、産業分野でのロボット導入の増加により、4D LiDARガイド付きマシンビジョンシステムの適用が進んでいることが示されている。(Craig Hallum Capital Group調べ)

 北陽電機はサービスロボット用センサとしてLiDARを2004年に商品化し、幅広い業界に提供している。北陽電機とSiLC Technologiesの協業は、北陽電機が保有するLiDAR製品開発技術と、SiLC Technologiesの4Dビジョンチップ技術を相互補完することを可能とし、産業オートメーション、ロボット市場に向けて、次世代FMCW LiDARソリューションを共同開発していく。

 Asghari氏は、今後の日本企業とのパートナーシップに関して以下のように語る。

「私たちは、市場シェアが10%以上ある、リソースを持っている会社と一緒に働くことを望んでいます。これは、多くの日本企業が簡単にクリアできるカテゴリーだと思います。日本企業は規模が大きく、技術に投資する傾向があります。ですから、私たちは、ロボティクス、オートメーション、産業用アプリケーション、機械、セキュリティに関心のあるお客様と共に今後もパートナーシップを拡大していきたいと考えています」

 また、Asghari氏は、日本にはロボット技術や電子半導体技術など、非常に強力な技術があることから、SiLC Technologiesとの相性は抜群だと強調した。

Image: SiLC Technologies

自動車メーカーも注目するSilc Technologiesの技術

 SiLC Technologiesは、過去3回のラウンドで累計4,750万ドルの資金を調達している。投資家には、Sony Innovation Fund、EPSON X Investment、ヤマトホールディングスを含む大手日系企業のCVCも名を連ねる。

 資金は、製品の品質向上と生産拡大に充てる。さらに、現在より高度な統合を顧客に提供するために、同じチップに複数のチャンネルを搭載し、より高い解像度と性能を実現する製品を開発中だ。データスキャンにも取り組む。機械式スキャナーへの依存度を大幅に下げられるよう、チップ自体である程度のデータスキャンを実現する製品を提供したいと考えているという。

 また、Asghari氏は、同社の短期的及び長期的な計画については、以下のように語る。

「当社の短期的な計画は、Eyeonic製品およびその関連部品のエコシステムの認定と生産拡大を計画し、顧客ベースを拡大し、収益確保に注力していくことです。長期的には、当社の持つ強みである、費用対効果が高く、拡張性のあるコヒーレントビジョンシステムで、マシンビジョンの未来を実現するために必要な技術を持って、統合ソリューションをより大きなチャネルに拡張し、角度分解能を高め、完全統合されたシングルチップのソリューションにソリッドステートスキャンを含める予定です」

 2023年1月5日~8日にラスベカスで開催されたハイテク技術見本市「CES 2023」で、SiLC Technologiesは、大きな注目を集めた。その中でも、多くの自動車メーカーが、ADASに搭載するためのLiDARとして、同社に高い関心を示したという。

「マシンビジョンは、私たちが最初に注力することにした市場ですが、私たちの使命は、LiDARや画像処理を開発することだけではありません。シリコンフォトニクスと高集積化、大量生産が必要なものであれば、何でも取り組んでいきたいと考えています。私たちの技術が多くの市場に適用され、価値を付加できることを目指します」

 Asghari氏はSiLC Technologiesの将来を熱く語った。



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