デジタルR&DのためのHPC(High Performance Computing、高性能コンピューティング)クラウドプラットフォームを開発、提供するRescale(本社:米カリフォルニア州)。非常に複雑なデータ処理や分析・シミュレーションなどを複数のクラウドやスーパーコンピューターセンターの環境で展開できるのが、同社のプラットフォームの特徴だ。多様な産業・学術分野の研究開発者やエンジニア、科学者、経営幹部らがサービスを利用する。エンジニアとして航空機開発に携わった経験からRescaleを共同創業したCEOのJoris Poort氏に、事業概要や業況、日本市場への展開を聞いた。

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カーボンファイバーを採用した飛行機の設計経験から、HPCの課題解決に挑戦

 オランダ出身のPoort氏は、米ミシガン大学で機械工学や応用数学を学んだ後、ワシントン大学で航空学と宇宙工学の修士を取得。卒業後、2005年に米航空宇宙機器大手ボーイングにエンジニアとして入社し、新型の飛行機Boeing787 Dreamliner(以下、787)の設計・開発に携わった。

 約4年間の勤務を経てボーイングを退社した後はHarvard Business SchoolでMBAを取得し、2010年にMcKinsey & Companyに入社しコンサルタントとして過ごした。2011年、ボーイング時代の同僚であるCTOのAdam McKenzie氏とともにRescaleを創業した。

「ボーイングでは787の主翼の設計を担当していました。787は、炭素繊維複合材を使った初めての機体でさまざま最適化をしなければならず、高性能なコンピューターが必要でした。当時はクラウドコンピューティングはありませんでした。私は設計のための膨大な計算をするために、週末に誰も使っていないスーパーコンピュータセンターやデータセンターと接続してシミュレーションを行っていました」

Joris Poort
Rescale
Co-Founder & CEO
機械工学や応用数学、宇宙工学などを学び、2005年にボーイングでキャリアをスタート。構造とソフトウェアのエンジニアとして、Boeing 787 Dreamlinerの主翼などの開発に携わる。ボーイング退社後の2009年にHarvard Business SchoolでMBAを取得。2010年にMcKinsey & Companyでコンサルタントとして過ごしたのち、2011年、Rescaleをボーイング時代の同僚であるAdam McKenzieとともに創業する。

 このときの経験を通して、高性能で大規模なデータ処理ができるコンピューティング環境を構築するノウハウを得ることができ、Rescaleの創業につながった。クラウドコンピューティングをHPCの分野に応用したRescaleのマルチクラウドプラットフォーム「ScaleX」は、高性能計算、分析、スケーリングを最適化する、研究・開発者向けのコンピューティングソリューションを提供している。

マルチクラウド化で多くの研究開発のニーズに応える

 Rescaleが提供するソリューションは、自動車メーカーや半導体メーカー、さらには航空宇宙産業、製造業、エネルギー関連分野など、幅広い業界・分野にわたる。顧客には、エアバスやサムスンなど、FORTUNE GLOBAL 500に名を連ねる企業も多数おり、日本では日産自動車などの導入事例がある。

 各業界のエンジニアリングチームや学術分野の科学者らが求める高いレベルのコンピューティング環境を提供することで、イノベーションの加速や作業の迅速化を後押ししている。Rescaleのビジネスモデルは、多くのクラウドサービスと同じく、利用形態に基づく料金体系となっている。

「例えば、航空機開発では気流の計算や、創薬分野では分子の反応のシミュレーションなどを実行するのには、時間や作業量など、企業に大きな負担がかかります。そこで、私たちが開発したプラットフォームがより高速な動作環境を提供するのです。私たちのサービスは、お客様のワークロードを理解し、世界中のスーパーコンピューティングセンターにある最適なクラウドコンピューティングリソースに接続できます」

 ScaleXは、Amazon Web ServicesやMicrosoft、Google、IBMをはじめとする数々のクラウドプロバイダーやデータセンターのコンピューティング基盤と接続できる。このような複数のクラウドプロバイダーなどは重要な協業パートナーであり、Rescale自体がインフラを構築することはない。

 また、Rescaleは2021年12月、理化学研究所が手掛けるスーパーコンピュータ「富岳」のクラウド的な利用に向けた研究プロジェクト「Rescale ScaleX on Supercomputer Fugaku」の実施で基本合意したと発表した。日本政府が掲げる「Society 5.0」を見据えて「富岳」の大規模な計算パワーをより簡単に、より使いやすい形で利用ができるよう、新たな利用スタイルの提供を研究していく。

 従来のオンプレミス型のHPCデータセンターの場合、構築に時間もコストもかかり、コンピューティングパワーを柔軟に拡張させることが難しかったという。ScaleXは拡張性が高く、迅速かつ高性能なクラウドインフラへの移行促進を可能にし、しかも利用状況を踏まえた料金体系を選択できるので、顧客にとってコストパフォーマンスも高いというわけだ。

 HPCのクラウド化に対する需要が世界的に高まる中で、直近のRescaleの業績では前年比2倍の成長を遂げている。Poort氏は「HPC市場のうち、クラウドを利用しているのはまだ15%程度です。85%はまだレガシーなデータセンターのシステムを使っていますので、これらは潜在的な顧客であると言えます」と今後の成長の可能性を説明した。

最高の技術が集まる日本の企業とともに社会課題を解決したい

 Rescaleは2021年11月のシリーズCラウンドで、5500万ドル(約70億円)を調達した。参加インベスターには大手VCに加え、Jeff BezosやPeter Thiel、Sam Altman、Richard Bransonら著名な起業家・個人投資家が名を連ねる。

 同社は調達資金で、事業の成長をさらに加速させるための研究開発を進めるとともに、日本をはじめ、韓国や英国にも営業チームを拡大していく。2022年4月現在、社員数は220名ほどで、今後1年の間に100名の増員を想定している。

 今後の増員では、特にクラウドとアプリケーションの間のソリューションを構築する"ソリューション・アーキテクト"の強化を優先させたい意向だ。ほかにも、顧客と密接に仕事をするカスタマーサクセスエンジニアや、顧客との関係構築をするアカウント担当者も必要としている。

「当社は毎年約100社の新規顧客を獲得してきました。今後1年間でコンピューティング能力の利用量を2倍にし、業種としては、ライフサイエンスや半導体、AIのR&D分野に集中的に投資していきます」

 Rescaleでは、NVIDIAと共にAI技術とシミュレーション・ツールを組み合わせたソリューションを研究している。これは顧客の研究開発を支援するものになるという。これに加え、ScaleXに新しいクラウドプロバイダーやデータ分析の仕組みを接続することを容易にするプラットフォームの開発・提供にも力を入れる。さらに、数多くのコンピューティングの選択肢から顧客が抱える課題に対して最適なものを推奨する「コンピュート・レコメンデーション・エンジン」も開発中だ。

 既に多くの日本企業がScaleXを利用しており、2016年に開設した日本法人には20名ほどのチームが編成されている。Poort氏は今後10年のビジョンや日本での事業について次のように語った。

「私たちは、気候変動の問題、持続可能なエネルギー開発、輸送のためのより良い技術、健康のためのより良い創薬技術など、解決すべき多くの課題を抱えています。これらはすべて、HPCで取り組むべき課題とも言えます。私たちが目指すのは、こうした大きな課題のより早い解決を実現することです」

「日本の企業やその技術は、世界にとって非常に重要です。私たちのビジョンを実現するために、日本のすべてのビジネスリーダーたちに最高のイノベーションと最高のテクノロジーを提供し、日本法人と緊密に連携して多くの課題解決に取り組んでいきたいと考えています」

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