アプリケーション開発を妨げない、柔軟なデータベースを模索
Huang氏は大学でソフトウェアエンジニアリングを専攻し、2010年に卒業して以降、MicrosoftでAIに関するリサーチや中国の大手インターネット企業でインフラ・ソフトウエアの構築を手がけてきた。その後、分散システムの構築やAIの研究に多くの時間を費やすようになり、2015年にPingCAPを共同創業する。
創業前、中国でAndroid向けアプリのマーケットを提供する企業のインフラエンジニアだったHuang氏。その企業のサービスは中国で非常に人気があり、ビジネスは急成長していた。データベースのプラットフォームを担当するHuang氏はそこで、弾力性のあるインフラのニーズを捉えた。
「アプリケーション開発者はMySQLのような伝統的なデータベースアーキテクチャに精通しているので、彼らの開発を妨げることなく、弾力性のあるシステムを構築しなければなりません。事業が大きくなるに従い、データをさまざまなMySQLインスタンスへ分散するミドルウェアを構築したのですが、開発者にとっては、どのデータをどこに配置するかについて知る必要があり、開発時に非常に苦痛を強いられていました。そこで、MySQLのようにシンプルで安全なインターフェースながら、スケーラブルなデータベースを構築することにしました。これがTiDBの始まりです」
Huang氏は分散型データベースなどに関する多くの論文を読み、リレーショナルデータベースの理論と組み合わせてTiDBを開発し、オープンソースプロジェクトとして展開した。TiDBはMySQL互換なため、開発者はコードに大きな変更を加えることなく、スケーラブルなデータベースを展開できるようになったのだ。
スケーラビリティの課題解決のために作ったTiDBであったが、Huang氏はデータ分析におけるデータベースの課題も捉えた。そこで、リアルタイム分析の「HTAP(Hybrid Transactional and Analytical Processing)」という機能も開発している。従来は、データ分析の環境では、トランザクション・データベースとビッグデータ・システムは分離されているため、高速な分析を妨げていたが、これを一元管理して解消するものだ。
「本番データは、OracleやSQLなどのデータベースに入れますが、ビッグデータの分析処理には、HadoopやSnowflakeのような別のシステムを使います。しかし、データの移動はとても苦痛です。TiDBならすべてのデータを一元化できます。データの更新や挿入の操作に加えて、非常に複雑なリアルタイム分析も実行できるのです」
Image: PingCAP
ユーザーの多いMySQL互換のため、急速に利用者を獲得
TiDB自体はオープンソースで提供されるが、PingCAPではフルマネージドのTiDBサービス「TiDB Cloud」によって収益を得ている。また、中国の金融機関など、クラウドやオンプレミスを利用したい場合のライセンス提供もしている。Huang氏は、オープンソース版のTiDBはこの2年間で2000以上の企業が採用しており、同社のサービスに料金を支払う企業は数百社にも上ると説明した。
オープンソースの分散型SQLデータベースに、PostgreSQL互換の「YugabyteDB」がある。TiDBはMySQL互換であり、それぞれターゲットとする市場が違うが、クラウドネイティブなアプローチをとっているため、それぞれのニーズに応える形で登場したテクノロジーだ。PingCAPは日本市場にも注目し、2021年4月に日本支社を開設した。すでに多くの日本企業が利用している。
「現在、多くの日本の顧客企業が古いデータベースアーキテクチャーをTiDBに置き換えることにチャレンジしていただいています。チャレンジしている顧客の多くは、サービスの急成長とデータベースのスケールに悩みを抱えていたのです。日本には急成長しているインターネット企業が多いです。彼らはクラウドネイティブなアーキテクチャを構築したいと思っていることを知りました。その点でTiDBは最適であると考えています」
CyberAgentやDMM.com、さくらインターネット、U-NEXTなど、数々の日本企業がTiDBを活用している。現在、日本企業の多くがデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進している。PingCAPはMySQL互換というTiDBの特性を活かして、市場の存在感を高めようとしているのだ。日本企業向けにTiDBの導入を支援したいというシステムインテグレーターなど、パートナーも求めている。