米国では、診療行為の点数の積み上げで医療費を算出する「Fee-for-Service(FFS)」から、医療費を抑えつつ治療の価値に基づき報酬が支払われる「Value-based Care(VBC)」、いわゆる「価値に基づく医療」への転換が図られている。Pearl Health(本社:米国ニューヨーク)は、小規模なプライマリケア医のVBC移行を手助けするため、治療結果・パフォーマンス・ケアの質の測定といった管理業務の負担を軽減するためのプラットフォームを提供している。CEOのMichael Kopko氏に創業の経緯やプラットフォームの特徴などについて聞いた。

目次
「価値に基づく医療」への移行のネックとは?
医療経営×データサイエンス
事務処理を自動化、患者に集中できる環境づくり
大手薬局チェーンとの提携でシナジー高める

「価値に基づく医療」への移行のネックとは?

 Pearl Healthは、米国の業界団体「デジタルヘルス・ニューヨーク」がニューヨーク都市圏の優れたデジタルヘルス企業を選定する「ニューヨーク・デジタルヘルス100」に3年連続で選出されたヘルステック領域の注目スタートアップだ。医療提供者の成果向上を担う「プロバイダー・イネーブルメント」部門で選ばれている。

 米国の医療保険市場では、診療行為の点数の積み上げで医療費を算出する出来高払いFFSから、医療費を抑えつつ治療の価値に基づき報酬が支払われるVBCへの転換が図られている。しかし、小規模なプライマリケア医(かかりつけ医)にとって、治療結果・パフォーマンス・ケアの質の測定といった管理業務の増加はVBC移行へのネックとなっている。

 同社は、そのようなプライマリケア医向けにVBCへの移行と運用を支援することを目的とした、患者や治療に関するデータ分析やインサイトが得られるデータサイエンスプラットフォームを開発・提供。2024年時点で43州で1,600以上のプライマリケア提供者と提携しており、2年間で20倍以上の成長を遂げている。

 Kopko氏は短期間での著しい成長について、「これまでの成功要因は、私たちがこのビジネスモデルを打ち出したタイミングと、米国医療制度の方向性に起因していると考えています」と話す。

Michael Kopko
Co-Founder & CEO
Harvard University卒、経済学専攻。Columbia Business SchoolでMBAを取得。大学在学中に学生生活を支援するDormAidを立ち上げ、後に売却。Bridgewater Associatesでのリサーチ分析マネジャーを経て、InsurTechのOscar Healthで事業開発などを担当。2020年にPearl Healthを共同創業し、CEOに就任。
「現在、医療費はもはや容認できないほど高騰しており、政府や民間保険会社は医療費の伸びを抑えるために取り組んでいます。米国ではVBCと呼ばれるモデルでそれを実践しています。これは、人々が医療費を支払うとき、かかった費用に対して支払うのではなく、アウトカムに対して支払うべきだとの考えから成り立っています。米国は、この支払いモデルを通じて、医療費と医療成果を一致させようとしているのです。このような背景から、創業のタイミングが良かったこと、Andreessen Horowitz、Viking Global、AlleyCorpを含む多くの素晴らしい投資家のおかげで、当社はこの変化の最前線に立つことができました」

「また、テクノロジーに焦点を当てていることも強みの一つです。テクノロジーを正しく理解し、適切なプラットフォームを設計することができれば、労働集約的なモデルを採用する場合などよりもスピーディーに事業を進めることができます。私たちはデータインテリジェンスとテクノロジーに重点を置いています。その結果、競合他社よりも早く成長することができたと思います」

image: Pearl Health

医療経営×データサイエンス

 同社のプラットフォームでは、データサイエンスと保険数理の専門家による分析により、VBCにおけるパフォーマンスを予測する。この分析に基づき、プライマリケア医はパフォーマンスを最適化し、収益を最大化するための意思決定を行うことが可能となり、より良い医療を低コストで提供するためのインサイトも得られる。

 さらに、データサイエンスによる優先順位付けや、患者エンゲージメントの支援も可能。最もケアが必要な患者の特定や、今後必要となるニーズの可視化にも対応する。

「当社の核となるテクノロジーは、情報とデータの上に成り立っています。そこからすべてが構築されていきます。私たちと提携している医師は、医療制度が許す限りリアルタイムに近い形で、患者に何が起こっているのかをすべて知ることができるようになります」

 Pearl Healthは、複数の情報源からデータを収集し、そのデータを統合して医師に配信。プラットフォームでは、患者に対し個別化された治療を提供するための行動計画の作成、データの視覚化、患者に対する推奨事項などを表示する。

「残念なことに、米国では多くの病院が患者の情報を共有していないことが、患者の死やその他の重大な事象につながる場合もあります。私たちは、データを可能な限り完全にするために、数年に渡る道のりを歩んできました。このような全体像を構築する取り組みは、これまでなかったことです。まだ不完全ですが、私たちは新しい取り組みに貢献していると思います」

image: Pearl Health

事務処理を自動化、患者に集中できる環境づくり

 Pearl Healthは当初、小規模なプライマリケア医を対象とするところからスタートしたが、現在では病院や臨床統合ネットワーク、カリフォルニア州最大の独立医師会の一つSanté Physicians IPAなど大規模なグループとも連携している。

「医師からは、独立した医師や診療所を運営するのが非常に厳しいこの業界で、収益を最大化できることに感謝の声を頂いています。そのほか、患者が入院していたり、深刻な状況に対処していることをPearl Healthのプラットフォームを通じて知ることができたなど、さまざまなフィードバックをいただいています。また、当社のカスタマーサクセスのチームは提携する医師から高い評価を得ています。医師がすべての決断を下すことに変わりはありませんが、医師にとってはスーパーヒーローのようなチームが後ろについていることになります」

「米国の医療制度は、多くの事務処理と要件に悩まされています。私たちは、VBCのモデルであっても、報告義務の多くを取り除くことを目指しています。当社のテクノロジーは、多くの事務処理を自動的に行い、医師に患者とのやり取りと支払いだけに集中することができるようにします。私たちが進んでいる方向と私たちが信じている価値観は、患者の治療とは無関係な医師の負担を減らすことに関係しています」

大手薬局チェーンとの提携でシナジー高める

 Pearl Healthは2023年9月、大手ドラッグストアチェーンのWalgreensと戦略的提携を結んだことを発表した。プライマリケア医を支援し、患者への質の高いサービスの提供を後押ししていく。Kopko氏は、この提携のシナジー効果の期待をこう語る。

「Walgreensは、医療用医薬品や医療用品の巨大な小売店舗を展開しています。彼らはVBCの未来を信じており、私たちと1年ほど前から協議を始め、昨年提携を結ぶことができました。Pearl Healthが医師のネットワークとテクノロジーを提供する一方、Walgreensは巨大なフットプリント、ブランド、薬剤師、医薬品の配送網などを提供します。医師と薬局が連携していれば、患者のケアを管理する上で有利な立場になります。このパートナーシップの結果、他では真似のできないものを作り上げることができるでしょう」

 さらに、Pearl Healthは、2023年1月にはAndreessen Horowitzなどの主導で、シリーズBで7,500万ドルを調達した。資金は、テクノロジーとツール一式を提供することに充てるという。また、今後数年間は、成果をどのように提供できるかを証明するために、米国での展開に集中する。

 日本企業とは、日本の医療制度がより良い結果を出すために支援ができることがあれば、米国市場における学びの共有に期待を覗かせた。すでに、同社は銀行やその他のパートナーと話を進めているという。

「今後1年間はビジネスの成長に集中したいと考えています。2,000~3,000人の医師と提携し、カバーする患者数を12万人に増加させることを目指しています。私たちは、医療費削減を継続するために努力しています。予算と財務を管理し、収益性を高めたい。今年か来年には、その時期に近づいていると思います。そうなれば、さらなる投資や資本計画のターゲットとして非常に魅力的な存在になると思います」

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デジタルヘルス・ニューヨークが選定した2024年の「デジタルヘルス・ニューヨーク100」の企業 image: Digital Health New York



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