「VR元年」と呼ばれた2016年からVR(仮想現実)は急速に身近な技術となり、家庭用ゲーム機やテーマパーク等でもVR体験を気軽に楽しめるようになった。2015年にVR事業をスタートさせたナーブ(本社:東京)は、VRをエンタメ領域ではなく、人々の生活を豊かにする技術としてライフスタイル領域に取り入れ、「VR内見®」やVRトラベルなどのサービスを展開している。創業当初は「VRと不動産」という組み合わせは投資家からも否定され、「なぜゲームやエンターテインメントじゃないのか」との反応を経験したという。「『もしも』が見えれば人の暮らしはもっと豊かに」というビジョンを掲げるナーブの代表取締役社長、多田英起氏に、起業の経緯やVRビジネスで目指すもの、今後の展望などを聞いた。

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VRの時代が来ると信じて黎明期に起業

――起業のきっかけを教えていただけますか。

 もともと在籍していた会社の事業部でVRの研究開発をやっていました。実はVR自体は30年ほど前に誕生しているのですが、当時はまだ世の中にVRに対する知識が浸透していなくて、人と話をしても「VRって何?何に使うの?」という感じでした。

 VRのプラットフォームを手掛けている人が周りにはいませんでした。私は研究を重ねてかなり基礎技術をつけていたので、VRが次の世代に来ると信じ、その技術を使って起業しようと思ったのです。

「VRを使って世界へ」と思ったものの、事業には莫大なお金がかかりますし、1つの会社が1新規案件でやるものではありません。数十億円の投資をしていく、年間でも数億円もの資金が消えていく、売り上げも直近でいくと見込めない、ということを考えると、前に進めませんでした。

 やはり難しいかと感じていたところ、資金調達をしてやったらという話があり、スピンアウトという形をとり、投資家を集め、事業化したというのが起業の経緯です。

多田英起
ナーブ株式会社
代表取締役社長
1979年生まれ。ITコンサルティングを経験後、IT受託開発に10年以上携わる。技術を活用した新しいソリューションをテーマにKDDI社と共同特許をはじめ、オープンスタックシェアNo.1の米ミランティス社とのJV構築などを行う。その後、ライフスタイルに特化したVR事業(ナーブ事業)をスピンアウト。国内最大級のVRプラットフォームを構築し現在に至る。

「見たいけど見れない」思いをVRで「イメージが湧く」サービスに

――現在のサービスや事業についてお聞かせください。

「あらゆる企業、分野のVX化を進める」のが当社の定義です。大きく分けて2つのサービスを行っています。

 まず一つは不動産分野です。例えば中古物件を購入する場合、「リフォームしたらこうなりますよ」というイメージをバーチャルで見ていただくことができます。

 口頭でいくら説明されても、リフォーム後のイメージは実際に見ないと湧きません。平米数にしても、何平米の部屋ですよと言われても、実際に見ないとどれくらいの広さかピンと来ませんね。業界のプロであればすぐ分かることが、一般の方には分からないことが多いのです。そういった意味でいうと、一般の方々と業界のギャップを埋めるのがVRの役目だと思っています。

 こういった不動産分野で「VR内見®」というサービスを展開していますが、不動産を探している方にはたくさんの物件を見ていただいて、自分の「好き」を見つけてもらいたいと思っています。

Image:ナーブ

 VRで多くの選択肢を多くの方に見てもらうことで、その結果、空室や空き家は埋まります。ただ、リアルでは、物件をたくさん見たくても時間と費用がかかります。ですので、VRで提供して理解していただきます。当社は「うそをつかない」ことにこだわっていますので、例えばVRの技術を使って部屋を広く見せるようなことは推奨していません。実際に見たときに違うという話になってしまうので、あるがままを見せるようにしています。

 特にコロナ渦で、物件を見に行きたくても思うように見に行けない状況が続きました。実際にコロナ渦で「VR内見®」の利用はコロナ前に比べて4倍近く増えました。

「見たいけど見れない」というニーズもありますし、リアルで見てもなかなか分からないこともあります。そこをVRを使って価値を提供しています。

 2つ目は旅行業界です。VRでバーチャルツアーを提供しています。「仮想的な旅行にみんなで行きましょう」「一緒に旅行を楽しみましょう」といったサービスを、旅行会社などと提携し、提供しています。リアルではなかなかできない体験もありますし、リアルでないと分からない良さも旅にはあります。ただ、リアルかバーチャル、どちらかだけがいいというわけではないと思います。行き先をオンラインで見ながら旅をVRで楽しんでいただけます。

 ツアーの行き先など、クラウドシステムを使ってデータを蓄積し、特許の取得などにも取り組んでいます。バーチャルツアーの良いところは、旅行先のホテルや周辺環境などを事前に仮想体験できるところです。

 旅行先として、例えば多くの人はハワイに行きたいと言います。でもハワイが全ての人に最高の場所とは限らないですよね。人によって当然、好きなものは違いますから、どこを見ればワクワクするのかということが大事です。人生の体験はひとつではないですし、自分の人生では体験できない、知らないことの方が多いわけです。

 ですから、我々はVRを通して「もしも」を提案し、それぞれの方々に好きな体験をしていただき、その中から本当に自分に合ったもの、好きなものを選んでいただきたいと思っています。

Image:ナーブ

――その他に新しく始めるサービスのアイデアはありますか?

 ペットの生体販売に関するサービスはまさに最近新しく始まったプロジェクトです。ペットを飼いたいと思った時に、ペットショップが配信するVRを見ていただくサービスです。例えば犬を飼いたいと思った時、ペットショップに直接行かなくても、いろいろな種類の犬を見ることができますし、飼いたいと思っている犬がどのように動いて、成長しているのかを知ることができます。

 最近は生体販売の規制が厳しくなっています。特に子犬はケージに入れるとストレスになることから、ペットショップでのケージ数も制限されています。ですが、お客様側からすると、「ペットは実際に見て決めたい、でも見られる種類が限られている」と感じますし、店側、顧客側の間にギャップが発生してきます。我々がそのギャップを埋めて、好きなもの同士がつながるマッチングのお手伝いをするのです。

VRの可能性は無限大 「もしも」が見えれば、人の暮らしはもっと豊かに

――VRは暮らしの中でいろいろな活用方法があり、可能性は無限に広がっていく気がします。

 実は世の中にあるものでバーチャルにできないものの方が少ないのではと思います。コロナ禍も相まって、バーチャルの需要は高まりました。我々の想像を超えた使い方をしているクライアントもいらっしゃいます。

 とにかく、「見る」「体験する」ことが一番大切なことです。たくさん見て体験して、自分の好きなものを選んでいただく。それが我々の考えているVRのプラットフォームです。

 チャレンジしたくてもなかなかできないままだと、ずっとすれ違っている人生かもしれません。いろいろなもの・ことを目で見て体験すれば、人生はもっと楽しくなるはずです。「もしも」が見えれば、人の暮らしはもっと豊かになるというのが当社のビジョンでもあります。これまでなかなか想像できないものをVRで見える、想像できるようにしてあげると、人はもっと幸せになれると思っています。

――現在の顧客数はどれくらいでしょうか?

 現在のデータ数は1億を超えています。お客様が増えれば自然とデータは増えます。アカウントは1万件超です。実はコロナはあまり関係なく、3-4年前から成長を続けています。10年、20年の期間で頑張ってやっと出る数字を、ここ数年で一気にやり遂げたという感じです。まさに急成長していると自負しています。

――2022年時点で総額25億円ほどの資金調達を実施されています。調達資金の使途を教えていただけますか?

 システム投資がほとんどです。新しいシステム、開発などに使っています。バーチャルツアーのサービスを提供する場合、バーチャルツアーのためのシステムを作る必要がありますし、新しいサービスを始めるとまた新しい課題が出てきますので、課題に対応するシステムを開発する必要が出てきます。海外のバーチャルツアー展開に際しても、取材関連や特許取得、人件費等にお金がかかります。

 事業が軌道に乗り始めているという点からすると、世の中にも認められ、収益もあるべき姿まで少しずつ進歩していると思うので、注力する分野の第2成長を目指し、シェアを確実に取っていかなくてはと思っています。

Image:ナーブ

「VRを使っているほうが当たり前」という世の中へ

――VRの浸透と今後についてどうご覧になっていますか。

 我々が始めたばかりの時、「VRと不動産」という組み合わせはベンチャーキャピタルからも否定されたアイデアでした。「なぜゲームやエンターテインメントじゃなくて不動産なのか」という反応が返ってきました。2015年の頃は不動産にVR使う意味を誰も理解していませんでしたし、もし我々がやらなかったら誰もやらなかったでしょう。

 今は同じような取り組みをしている企業も出始め、競合相手はいないとは言えません。しかし、我々がこのビジネスを始めていなければ、他社も始めていなかったと思います。

 誰かしらが新しいことを始めるから市場が拓け、市場が拓けると多くの人が参入してきますから、そこは我々としてはポジティブに捉えています。多くの参入によって、市場も拡大していきます。我々がいなかったら、VRの世界はここまで浸透しなかっただろうと自負していますし、当社が始めたから当たり前になったのだと思います。

――最後に御社のビジョンについて教えてください。

「VRを使っているほうが当たり前」という世の中にしていくのが我々のミッションです。「VRって普通だよね」という世界観をどんどんつくっていき、世の中の標準化に取り組みたいですね。

 当社のシステムを標準化し、「VRがあることが普通」という世界観をこの2-3年でつくっていきたいです。「初めて」のことに対し、まずVRで体験することが当たり前の世界が来てほしいですし、そういう時代が来ると思っています。

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