父のイノベーションに触発され、再生可能エネルギーの道へ
Schneider氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)で化学工学を学んだ。もともと気候変動やエネルギー問題に強い関心があり、エネルギー業界と関わるキャリアをスタートさせた。
大手コンサルティング会社アクセンチュアで、電力会社向け商品取引リスク管理システムの導入やM&Aをサポートするためのサプライチェーン効率化分析など、電力会社やエネルギー会社と様々な問題に取り組んだ後、アメリカの東海岸に本社を置くConstellation Energyという独立系電力会社に勤務。気温の変動などさまざまな環境下における電力網などのアセット管理を担った。その後、金融大手のクレディスイスで炭素排出権取引デスクの立ち上げを担当した。
気候変動に興味を持ったきっかけは、再生可能エネルギー技術の発明家だった父親の影響が大きいとSchneider氏は語る。幼い頃から気候変動の現実を学び、父親のイノベーションに触発されたSchneider氏と弟のAbe Schneider氏(CTO)は2009年、米エネルギー省の助成を受けてNatel Energyを創業した。
同社は創業から9年ほど、持続可能な水力発電の開発に向けてR&Dに取り組んできた。水力発電は再生可能なエネルギーであり、二酸化炭素(CO2)を排出しないなどのメリットがある一方で、設置場所の規模や建設コストの課題があった。また、設備を設置した場合、周辺の環境や河川の生態系への影響も指摘されてきた。従来の水力タービンは魚の進入を防ぐよう複雑な構造になっていたため、魚の生存に課題があった。そのことから、Natel Energyは魚に安全なタービンの開発に着目したという。
「気候変動はすなわち水の変化です。川は生命を育んでおり、地球の活力源です。水力発電プロジェクトをより持続可能な方法で設計できれば、河川生態系への影響も軽減でき、河川機能の回復を助けることも可能でしょう。生物多様性や、健全に機能する河川のあり方への取り組みもまた、気候変動とエネルギーの課題において、非常に重要だと考えています。私たちは、温室効果ガス(GHG)排出量を削減する必要があります。気候変動問題への対策や、流域の機能を向上させるための解決策を講じなければなりません」
Image:Natel Energy
革新的な厚いブレードでタービン開発 魚の通過も生存率99%以上を実証
Natel Energyが開発したレストレーション・ハイドロ・タービン(Restoration Hydro Turbine、RHT)は、発電効率と、魚類が安全に通過できる構造を両立させたコンパクトな水力発電用タービンである。2m~20mの落差に最適化された独自のフィッシュセーフブレードは、細かいフィッシュスクリーンを必要とせず、O&M(運用管理と保守点検)コストやCAPEX(設備投資を目的とした支出)コストを削減し、発電の効率を高めることができるのが特徴だ。
「従来の水力発電タービンは、ブレードを非常に薄くしないと効率が上がらないというのが業界の認識でした。私たちは数値流体力学を用いたところ、先端を厚くし、残りの部分を特殊な形状にすることができることに気づいたのです。この全く異なるブレード形状により、90%以上の発電効率と、魚の安全性を両立させることが可能となり、魚の通過に対しても99%以上の生存率を実証できました。魚の安全性に配慮した私たちの新しい取り組みです」
2019年にオールデン研究所と共同実施された初期設計段階の試験により、RHTの独特なブレード形状が魚の生存率にもたらす利点が検証された。またその後も、パシフィック・ノースウエスト国立研究所とKleinschmidt Associatesが実施したタービン通過試験において、ニジマスやアユの稚魚、アメリカウナギなどの魚が安全に下流へ通過できることが実証されている。
Image:Natel Energy
そもそも水力発電用水車は高い所から落下してくる水や、勢いよく流れ込んでいる水の力を受けて回転する。代表的なものに、フランシス、ペルトン、カプラン、プロペラの4種類がある。
「従来のタービンメーカーのほとんどは、これら4つのうちどれかを提供しています。私たちが開発したRHTは5つ目の新しいタイプのタービンです。この新しいタイプのタービンを提供できるのは、現時点では当社だけです。これが当社の強みであり、他社と違うところです」
2019年には、米メイン州にRHTの1号機を設置。2020年にオレゴン州モンローの水力発電プロジェクトで、RHTを用いた水力発電事業を開始した。2021年にはルイジアナ州のダムで同社の再生可能エネルギーの追加や、アフリカの電力供給事業への参入を発表した。
Image:Natel Energy
ビル・ゲイツ氏創設のVCも出資 北米からアフリカ、ヨーロッパにも展開
気候変動や環境問題への対応を背景に、再生可能エネルギーへの注目が急速に高まっている。Natel Energyは2021年7月のシリーズBラウンドで、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏が創設したBreakthrough Energy Venturesをリードインベスターに、2,000万ドルを調達した。
「水力発電は世界最大の再生可能エネルギー源ですが、過去10年間の水力発電の技術革新への投資は、風力発電や太陽光発電、バッテリーなどへの投資よりもはるかに少ないものでした。投資家は技術革新への投資が不十分な分野を見て、当社が非常に革新的な技術を開発し、この特定の市場の成長を引き出すことができると考えてくださっています。現在シリーズCラウンドでの5,000万ドルを調達に向けて取り組んでいます。資金調達によってさらなる事業規模の拡大に充てる予定です」
現在の顧客は米国、カナダが主だが、海外のエネルギー業界も環境にやさしく、コスト削減を実現するRHTに注目している。2022年の初めにはオーストリアの電力事業者へRHTを出荷し、初の欧州進出を果たした。日本や東南アジアにも幅広く事業拡大の機会があると捉えている。
Image:Natel Energy
日本の地方におけるビジネスを熱望 水力発電で広がる可能性
Schneider氏は、日本は水力発電の長い歴史があると認識し、日本市場に強い関心を持っている。現在、日本ではアドヴァンスド・ハイドロ・エネルギー社(本社:東京)と提携しており、RHTの国内販売は始まっている。今後、地方自治体などでRHTを使用したプロジェクトベースでのビジネス展開のチャンスがあればと期待を寄せる。
落差の小さい河川でも効率よく発電でき、かつ河川の生態系など環境にやさしい同社の製品によって、日本の地方自治体と水力発電プロジェクトを展開すれば、以下のことが期待できるとSchneider氏は説明する。
●地域の文化的・経済的再生に貢献することが可能。分散型エネルギープロジェクトの存在は地域社会の災害対策や水道・衛生設備などの重要なインフラ資産の回復力を高めることにつながる。
●発電機などの高品質な日本製部品をサプライチェーンに組み入れることも可能。Natel Energyがアジアの脱炭素化をリードするという日本の熱心な取り組みを支援することができる。
●日本の小水力発電の固定価格買取制度と、Natel Energyの魚に安全なモジュール技術(設備投資と運用コストを大幅に削減し、許認可プロセスを簡素化することで開発期間を短縮)を組み合わせることで競合他社よりもコスト効率がよく、迅速にプロジェクトを立ち上げて開発することができる。
Schneider氏は「私たちは、持続可能な水力発電のソリューションにおいて、世界をリードする存在になりたいと考えています」と語る。
「水力発電以外の分野でも、例えば水環境の変化による影響を受けていて、事業判断のためにより良い情報を必要とする産業に対し、ソリューションを提供することも可能です。持続可能な取り組みで、さらなる成長につなげていくことが私たちの長期的なビジョンです。そして日本で一緒にプロジェクトを進めるビジネスパートナーを見つけ、日本で水力発電プロジェクトを展開することを心より望んでいます」と日本での事業展開に強い意欲を見せた。