営業の経験とテクノロジーの活用で、起業へのアイデアが固まった
村尾氏は大学卒業後、営業畑で豊富な経験を積んできた。Googleの日本法人での営業統括部長や、クラウド会計ソフトfreeeの執行役員営業統括、Rapyuta Robotics(ラピュタロボティックス)で執行役員などを務めた後、起業した。Googleでの経験の中で、データやテクノロジーを使うことにより、一気に営業の結果が出るということに驚き、その大きな可能性を実感したという。
一方で、製品やサービスがどれだけ優れていても営業というポジションが効率的に動かないと世の中に広がらないということ、データとテクノロジーを営業に活かしていく必要性など、課題を感じるようになった。さまざまな経験や培ったスキルが複合的に重なり、Magic Momentを2017年3月に設立し、2018年8月から本格的に事業を始めた。
「営業が価値を提案する、それによってお客様に喜んでいただき、感謝して製品やサービスを使ってもらい、その結果、長く顧客でいてもらえる。そんな関係が続くと、LTVが増していきます。これこそ大切なことだというシンプルな思いでした」と、立ち上げの理由について村尾氏は述べた。
LTVの最大化を実現する営業SaaSへ 最適なアクションを担当者に提案
同社が展開するのは、「顧客LTVの高い営業活動」への変革を実現する営業支援SaaS「Magic Moment Playbook」だ。2021年1月の正式リリース以来、多くの日系大企業での導入が進んでいる。同サービスは、顧客に関するあらゆる情報にもとづいて、営業担当者に次に当たる顧客や最適なアクションを自動提案する。
従来の営業手法として、担当者は営業先のリストを見て「さて、今日はどこにアプローチしていくか」と考えるなど、経験則に頼った営業活動が多かったと村尾氏は指摘する。たとえツールを導入している企業でもデータに基づく正確な分析や予測は容易ではなく、また現場でデータがきちんと入力されないなどツールを上手く活用できていないという課題もあったという。
村尾氏は「Magic Moment Playbookは、営業現場の負荷にはならず、使えば使うほど営業のために動いてくれる、担当者をサポートしてくれるツールなんです。それがこれまでの営業手法との決定的な違いです。当社のサービスを使うことによって、この案件が取れそうだとか、この時期はこの企業に対して動いた方がいいといった最適なアクションを提案します」と説明する。
Image: Magic Moment HP
Magic Moment Playbookの導入によって、営業担当者は「いま何をすべきか、次にどう動くべきか」の行動提案を受け取ることができ、確度の高い案件のみに集中できるようになる。それによって生産性向上とLTVの最大化につながっていくという。
CRM(顧客管理)やMA(マーケティングオートメーション)とも連携できるため、いつ誰と電話やメールでやりとりしたか、顧客がどれくらい自社のウェブサイトを閲覧したか、自社のサービスにどれくらいログインしているかといったデータを収集できる。Magic Moment Playbookはこれらから、顧客状況を基に行動提案や作業の自動化を行うほかサービス内からメールや電話が簡単にできるという。
「当社のサービスを使うことによって、営業の行動量が1.8倍にも増えます」と説明する村尾氏。例えば、クライアントとの会議終了後、頼まれていた資料を送ってくれとリクエストされることがよくあるが、Magic Moment Playbookは必要な資料を自動的に送る機能も搭載されている。
「Magic Moment Playbookは営業の仕事を『俯瞰的にとらえる』ような感じと考えていただければと思います。もちろん、営業としてちゃんと人間が介さないといけない部分は決められています。一方で、データの分析・予測によって生産性はかなり向上していきます」
現在、同社はMagic Moment Playbookの開発・提供に加え、同サービスを活用して組織を内部から変革に導く「カスタマーサクセスBPO(CSBPO)」というインサイドセールスチームの提供も手掛けている。クライアント企業内のチームの一員として即戦力を提供し、Magic Moment Playbook を活用し、商談機会の創出から営業オペレーションの構築までを一気通貫で担い、クライアント企業のビジネスの成功に向けて伴走する形だ。
「CSBPOとは、Magic Moment Playbook と一緒に、当社の営業メンバーがお客様の営業組織内に入って貢献するサービスです。営業の実績だけでなく、テクノロジーの定着、営業文化の醸成についても、現場のすぐ近くで支援できる点が特徴です」と村尾氏は説明する。
Magic Moment Playbookの導入企業には、LINEや三井物産、USEN-NEXT Designなどがある。ネクストアクションの自動提案だけでなく、アポイント前のリマインドや、商談フォローなど、よくあるやりとりは自動化して営業の活動を最大化していく。アポ数や商談数などの表面的なKPIではなく、売り上げに対する活動量や質の指標を同時に乗算させることで、成果を出してきているという。
例えば、LINEからは「受注率が10倍改善し、セールスの生産性を高める最も効果があるプロダクト、また新人の育成期間も短縮された」、USEN-NEXT Designからは「商談化率1.5倍、商談数3倍に改善した」などのコメントが寄せられている。
Image: Magic Moment HP
日本の生産性向上に寄与したい 大企業向け提案
サービスのメインターゲットについては、「今は大企業に集中しています」と語る村尾氏。それには理由がある。同社は2021年4月にシリーズAラウンドで、DCMベンチャーズ、DNX Venturesを引受先とした第三者割当増資を実施し、三井住友銀行、日本政策金融公庫からの借入と合わせて総額約6億6,000万円の資金調達を行った。その後、多方面からMagic Moment Playbookの導入依頼が増え、プロジェクトを進めたが、スタートアップや中小企業ではなかなかLTVにつながりにくかったというのだ。
「スタートアップや中小企業では、営業職の人の数が絶対的に少ないこともあり、生産性向上によるインパクトが弱かったり、営業手法がより属人的になったりする傾向がありました。結果的に、当社のサービスを導入しても結果に結び付きにくいということが分かりました」という。一方、大企業は不確実性を排除して自動化を進め、生産性を高めたいというニーズが強い。そのような理由もあり、2021年後半ごろからは、日本の大企業を顧客ターゲットに変更したという。大企業向けにフォーカスすることで営業の効率化や生産性の向上に寄与した場合、そのインパクトも大きくなるという流れのようだ。
また、村尾氏曰く、「大企業でも電子署名の導入など社内の手続きの効率化が進んでおり、経営の仕組みもひと昔に比べるとだいぶ変わってきています。一方で、お客様への価値の提案、営業の手法の部分ではまだまだ変革の余地があります。だからこそ当社のビジネスチャンスがあると感じています」といい、今後の事業拡大へ手ごたえを語る。
「そもそも日本の生産性は、海外と比べて非常に低いと長年指摘されています。この日本の生産性を世界と戦えるレベルまで引き上げていきたいと考えています。製品がいくら良くても、まずはセールス周りのオペレーションがきちんとできていないと業績は上がりません。ここを引き上げていくことに私自身、非常にやりがいを感じ、魅力を感じています。日本企業の生産性を向上させ、世界レベルで勝負できるようになった時に、多くの企業が使っているセールス周りのオペレーションが当社のツールである、ということが実現できたらいいなと考えています」
累計資金調達額は20億円に 幅広い企業へ価値提案・支援するチームを新規立ち上げへ
これまでの日本企業の営業手法がなかなか大きく変わらない中、インターネットなどを通して誰もが多くの情報を収集でき、競合他社やさまざまな業界についても一定程度、把握できる時代になっている。だからこそ、いかにスピーディーにアプローチしつつ、継続利用や解約など、顧客の行動を予知することが大切だと村尾氏は指摘する。
「もちろん最初にプロダクトやサービスを提案することも大切ですが、その後、顧客の行動を見続けて、解約の傾向などを察知することも必要です。ちょっとした勘違いや、商品を使いこなせていないという理由で、商品の解約に至ってしまうこともあります。一方で、少しアドバイスをすることによって、顧客側が爆発的に使いこなせるようになることもあります。要は解約の兆候を逃さないことです」と、LTVの重要性について語る。
Magic Momentは2022年9月、シリーズBラウンドの資金調達完了を発表した。DNX Venturesをリードインベスターに、DCMベンチャーズ、新たに三井物産を引受先として第三者割当増資を実施。今回の増資で、2017年3月の創業以来、金融機関からの融資を含む累計資金調達額は20億円に上る。
今回の調達資金によって、新たに自然言語解析や機械学習領域への投資を始め、既存領域に関しても体制の強化で開発速度を高めていく考えだ。また、営業・マーケティング体制では、従来のエンタープライズ・大企業向けのチームに加えて、全国の幅広い企業へ価値提案・支援を行うチームを新たに立ち上げ、日本企業の売上拡大と生産性改善に貢献していく考えだ。
大企業向けへのアプローチの路線は維持しつつ、そのノウハウや知見を活かして新たな導入事例を増やしていくとのこと。従業員数、事業規模が大きな会社での全社一律導入はハードルがあるが、まず1つの部署で売り上げが上がり、コストが下がるという成功例を作ることが、確実に次につながっていくと村尾氏は考えている。日本の生産性を高め、世界で勝てるよう競争力を引き上げていくためにも、Magic Moment Playbookをより多くの企業に導入してもらうこと。これからMagic Momentの挑戦はさらに広がりを見せていきそうだ。