チーム間で大容量のファイルをやり取りする際、ダウンロードに膨大な時間がかかったり、ダウンロード完了間近でPCの容量不足が発覚したりすると、かかった時間に比例して「イライラ」も募ってしまう。LucidLink(本社:米国カリフォルニア州)は、Windows、Linux、Macなどの異なるプラットフォームのファイルをクラウド上のオブジェクトストレージに接続できるサービスを提供しており、ユーザーはファイルをダウンロードすることなく、離れた場所にある端末間で一貫したファイルアクセスが可能となる。ビデオやCG、ゲームといった大容量ファイルを扱うメディア業界などを中心に支持を集めている。共同創業者でCEOのPeter Thompson氏に、同社のテクノロジーとビジネスについて話を聞いた。

目次
世界各地に開発者が点在、データ共有が課題だった
パンデミック契機にターゲット分野を絞る
日本市場に大きな可能性、まずは適切なパートナー探しから

世界各地に開発者が点在、データ共有が課題だった

―これまでの職業的背景と、LucidLink創業のきっかけを教えてください。

 私のキャリアは大学卒業後、日本の商社から始まりました。東京で短期間働いた後、サンフランシスコに転勤となりました。化学品や染料を扱う会社でしたが、サンフランシスコオフィスでは半導体など先端テクノロジー関連のビジネスも多く手がけており、これが私をテクノロジー業界へと導くきっかけとなりました。

 その後、アメリカのソフトウェア会社に転職し、データセンター向けのストレージソフトウェアを扱う部門で約13年働きました。この期間中にLucidLinkの共同創業者で現CTOのGeorge Dochevと出会いました。彼も同じ会社でエンジニアリング部門を率いていました。

 LucidLinkのアイデアは、私たちが直面していた問題から生まれました。当時、私たちは世界各地に分散したエンジニアリングチームを抱えており、ヨーロッパ、アメリカの各所や日本などにエンジニアが点在していました。ソフトウェア開発中のデータ共有が、常にボトルネックとなっていたのです。

 インターネットインフラやクラウドストレージなど、必要な要素はそろっていたにもかかわらず、誰もこの問題を解決していませんでしたが、Georgeはこの問題の解決は技術的にそれほど難しくないと考えていました。そこで私たちは、「AWS S3」のようなクラウドストレージを活用し、それをローカルディスクドライブのように見せることができないかと考えました。これにより、大きなファイルを扱うメディア業界などでも、アップロードやダウンロードの時間を大幅に削減できます。LucidLinkを使えば、クラウドに保存されたデータをローカルドライブと同等のパフォーマンスで使用できるのです。

Peter Thompson
Co-Founder and CEO
Gustavus Adolphus College、関西外大にて国際経営や日本語を専攻し、1989年に稲畑産業に入社。2000年からストレージ管理ソフトウェアを提供するDataCore Softwareに移り、2014年まで勤務。2016年にLucidLinkを創業してCEOに。

―クラウドストレージをローカルドライブのように使用する際、そのパフォーマンスが気になります。

 私たちの技術革新は、ファイルの構成要素であるメタデータとファイルデータを分離したことです。アプリケーションがファイルにアクセスする際、メタデータに対して何千、何万回もの呼び出しが発生しますが、メタデータ自体はファイル全体のサイズからすると非常に小さな部分に過ぎません。そこで私たちは、ファイルを分割し、メタデータを容易にローカルマシンに配信できるようにしました。同時に、ファイルデータのストリーミングを最適化しました。また、非常にスマートなキャッシング機能も開発しました。ネットワーキングやファイルの扱いについても多くの工夫を施しています。

 この技術により、システムの効率が大幅に向上しました。例えば、クラウドにビデオゲームを保存し、ローカルのコンピュータでそのままプレイできるようになりました。また、ビデオ編集ソフトの「Adobe Premiere Pro」を使用する場合、共有アセットをすべてクラウドに置いたまま、それらをすべてダウンロードすることなく、リアルタイムで動画を編集することができます。多くの時間を節約するとともに、データコピーの数やデータ使用量の削減により、多くのエネルギー消費削減にも貢献します。

 これらの技術的な革新は、私たちがストレージソフトウェア企業で働いていた経験から得た知識を基盤としています。その知識を、現代のクラウドとインターネットインフラに適用したのです。これにより、従来のエンタープライズストレージの信頼性と性能を、クラウドベースのソリューションで実現することができました。

パンデミック契機にターゲット分野を絞る

―2016年に創業されたそうですが、現在の製品を提供するまでの経緯を教えていただけますか。

 実は、会社を設立した当時、私はスタンフォード大学でMBAを取得中でした。学生として在籍しながら、市場調査を行い、ベンチャーキャピタリストや他の投資家との対話を始めていました。2016年に創業し、同年11月に最初の資金調達を行いました。

 約2年かけて製品を開発した後、プロダクトマーケットフィットの追求に努めました。私たちが直面したのと同じ問題、つまり分散したチームを持ち、どこからでも働き、共有データを使って協力している企業を探しました。この問題は予想以上に広範囲に及んでいました。医療画像、建築・エンジニアリングのCAD/CAM設計、石油・ガス探査の地理空間モデル、ライフサイエンス研究のDNAマッピングと研究、メディアなど、実に多様な分野で同様の課題を抱えていることがわかりました。

 しかし、スタートアップとしては、まず一つの分野に焦点を当てる必要がありました。そんな中、パンデミックが起こり、状況が一変しました。一夜にしてすべての企業がリモートワークを余儀なくされたのです。この変化により、特にメディア業界で顧客を見つけ始めることができました。メディアやエンターテインメント業界の大手企業が、メディア制作やライブスポーツ、デジタルマーケティングなどの分野で私たちのソリューションを必要としていたのです。

―御社は政府にもサービスを提供していますね。

 連邦政府は私たちの最初期の顧客の1つでした。監視ビデオの分析で課題を抱えていたのです。以前の方法では、ビデオをローカルに保存し、それをドライブにコピーして物理的に送付し、別の場所でダウンロードしてから分析を行うという、非常に時間のかかるプロセスでした。しかし、LucidLinkを導入したことで、このプロセスが大幅に効率化されました。

 今では、ビデオを直接LucidLinkに保存し、別の場所から即座にアクセスして分析を行うことができるようになりました。これこそが私たちの提供する本当の価値だと考えています。つまり、ファイルを物理的に移動させる必要なく、ファイルが存在する場所で直接アクセスを提供することです。この方法により、時間とリソースの大幅な節約が可能となり、業務の効率化にも大きく貢献しています。

―同様のアプローチを採用している競合他社はありますか。

 実際のところ、私たちと同じアプローチを取っている競合他社はほとんどありません。多くの競合は、単にファイルを複製するか、ファイルの移動を高速化しようとしているだけです。例えば、Dropboxのようなサービスは、共有しているファイルのローカルコピーを同期させる方法を採用しています。これは1つのファイルを共有する場合には効果的ですが、10人以上のチームが大量のデータセットで協働する用途に向いていません。

 ほかの競合はUDP(User Datagram Protocol)という通信プロトコルを使用してファイルを高速に送信する方法を採用していますが、これも結局はファイルを送信しているに過ぎません。私たちのように、ファイルの場所を変えずにアクセスを提供するという方法を採用している会社は、少なくとも私の知る限りでは他にありません。この独自のアプローチが、私たちの強みであり、市場での差別化要因となっています。

―御社の成長についてお聞かせください。過去数年の成長指標を共有していただけますか?

 私たちの成長は目覚ましいものでした。パンデミック前は約1,000ユーザーだったのが、今日では約7万ユーザーにまで増加しています。この急速な成長の背景にはいくつかの要因があります。まず、私たちはSaaSプロダクトとして提供していますが、成長の大きな原動力となったのは口コミでした。特にパンデミック中は、これが最も効果的な方法でした。

 例えば、Adobeは私たちの重要なパートナーの一つです。Adobe Venturesも資本参加していることから、特に強力な関係があります。Adobeのユーザーが「リモートワーク環境下でどのようにコラボレーションすればいいのでしょうか」と相談すると、Adobeは「LucidLinkを試してみてください、うまく機能します」と推奨してくれました。

 さらに、メディア業界を専門とするインテグレーターやコンサルタントとの協力関係も築いています。現在、約20のリセラーとパートナーシップを結んでおり、グローバルに展開しています。日本市場では、PHOTRON(フォトロン)という会社と協力を始めており、すでに数社の顧客を獲得しています。

image : LucidLink

日本市場に大きな可能性、まずは適切なパートナー探しから

―今後12〜24カ月で達成したいマイルストーンについてお聞かせください。

 私たちの最大の目標は認知度を高め、より多くのユーザーに採用してもらうことです。現在の売上構成は、米国が約60%、ヨーロッパが35%、オーストラリアが4%、そしてアジアの他の地域が1%となっています。

 特に日本市場には大きな可能性を感じています。大量のデータ処理能力と優れたインターネットインフラ、そして急速に進むクラウド採用の流れが、私たちのソリューションと非常に相性が良いのです。今年に入って東京を訪れ、Amazon Web Services JapanやAdobe Japanといった企業のほか、顧客とも面会し、日本での事業拡大に向けた手応えを感じました。

 ただし、日本市場での事業拡大には課題もあります。私たちはまだ大企業ではないため、市場についてより深く理解するまでは、限られた数のパートナーとのみ協力することになるでしょう。その際、良好なコミュニケーションが鍵となります。パートナー選びでは、クラウド技術とメディアワークフローの両方に精通している企業を探しています。

 システムインテグレーターが最も有力な候補ですが、日本の従来のシステムインテグレーターの多くは、ハードウェアの再販などの伝統的なビジネスモデルに重点を置いています。私たちのようなサービス事業やサブスクリプションモデルは、多くの企業にとってまだ比較的新しい概念です。そのため、サブスクリプションサービスに積極的に取り組んでいる事業者を見つけることが、私たちにとって最適な選択肢になるでしょう。

―長期的なビジョンをお聞かせください。

 現在、私たちはクリエイティブ市場を中心に事業を展開していますが、興味深い傾向が見えてきています。多くの顧客が「LucidLinkが大きなファイルの問題を解決できるなら、なぜすべてのデータをLucidLinkに置かないのか」と考え始めているのです。これにより、オンプレミスのストレージやファイルサーバーの置き換え、さらにはBoxやDropboxの代替としてLucidLinkを使用する動きが広がっています。

 さらに、製品と技術のビジョンについて言えば、機械学習とAIを導入し始めている企業からも大きな関心を集めています。AIは膨大なデータへのアクセスを必要としますが、そのアクセス方法は私たちが解決してきた課題と本質的に同じです。

 このように、私たちの事業展開は、3つの重要な段階にあります。第1に、クリエイティブ分野での既存ビジネスの拡大、第2に汎用ストレージとしての可能性、そして第3に、急速に拡大するAI市場におけるインフラ提供の機会です。これら3つの分野それぞれに大きな成長の機会があると確信しています。



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