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他国への貢献。サイバー防衛はイスラエルだけの問題ではない
―Daniel Brenさんはイスラエル国防軍のサイバーセキュリティ部門の設立者とのことですが、これまでどんな活動をしてきたのですか。
イスラエルの国防軍に約26年間所属していました。もともとは、電気電子工学のバックグラウンドがありますが、国防軍ではサイバーセキュリティという言葉が使われる以前から、データや通信のセキュリティなど、常に国防任務に携わってきました。
イスラエル国防軍の日常業務や軍事能力がIT技術やデジタル技術に依存するようになったのは、約15年前からです。例えば、イスラエルには、ミサイルの発射を検知し、墜落予想地点を算出して、その近くにいる市民に警報を鳴らしシェルターに避難することを促すシステムと、ミサイルを迎撃するシステムがあります。
これらのシステムはITとOT(オペレーション技術)を複雑にまとめたシステムで、インターネットに繋がっています。敵対国はこのシステムの乗っ取りを図っており、サイバー攻撃の標的になっています。システムが正常に動作しないと、ミサイル攻撃を受けても警報は鳴らず人びとは避難できませんし、迎撃もできません。結果的に、人の命が危険にさらされ死者が出るでしょう。そして、イスラエル軍および政府が信頼を失うことになり、これは私たちの置かれている状況下では、非常に複雑な問題になりえます。
私が国防軍に入隊した80年代は、サイバーセキュリティは技術的な問題だったので、「箱」を作って電源を入れるだけで済みました。しかし、現在はオペレーションにも影響し、命に関わる問題です。オペレーション主導のミッションにおいて、インテリジェンス駆動型セキュリティ技術が必要とされています。
イスラエル国防軍は、ミサイル攻撃のリスクを24時間・週7日、常に万全で対応するよう、テクノロジー、インテリジェンスそして、オペレーションを担う部署を設けました。私は、これら部署の設立やオペレーション主導ミッションに初期から携わり、そのことを誇りに思っています。
―リタイアされた方が、国防軍で培った技術を商業利用することに、イスラエル軍の機密情報の漏洩リスクはないのでしょうか。
リスクが全くないとは言いません。機密情報が漏洩するリスクは常にあります。それに対処するための法律があり、禁止行為があれば厳しい罰を受けます。しかし、軍をリタイアした人間は、国防の重要性を本当の意味で理解していますし、退役した後も40歳過ぎまでは予備軍に所属し続け、定期的に訓練にも参加します。そして、非常事態には招集がかかりますので、リタイア後も国防軍の一員として自覚を持ち続け、情報漏えいリスクを最小限に留めるよう最善を尽くします。
また、サイバーセキュリティ関係の特定情報や技術を商業利用するためには、イスラエル政府の許可が必要ですし、許可が下りた後も政府による定期チェックがあり、こうした独自のメカニズムにより機密情報が守られています。
イスラエルは、自然資源に恵まれているわけではありませんし、国内市場は小規模です。しかし、安全を保障する防衛に大きな投資が必須です。イスラエル経済はハイテク産業に大きく依存しているため、イスラエル企業は革新的であり続ける必要があります。そのため、政府がイノベーションファンドを設け、エコシステムを構築し、率先してスタートアップを支援する取り組みを行っているのです。
また、イスラエル政府は、サイバー防衛の導入はイスラエルだけの問題ではなく、世界的な問題だと考えています。他国に貢献するためにも、私たちの防衛メカニズムを民間のサイバー防衛に活用することを認めています。
私たちもリスクは好みませんが、危険な地域に住んでいますので、リスクに対して保守的ではいられません。ミサイル攻撃のリスクは避けることはできません。情報漏えいのリスクも避けるのではなくリスクを受け入れ、生き残るために許容できるレベルに下げることで、対応しているのです。
イスラエル人はリスクを受け入れ、日本人はリスクを避ける
―イスラエルには人材のデータベースのようなものがあると聞きました。
イスラエルは非常に小さな国なので、人びとの間にはもともと緊密なネットワークがあり、皆が知り合いで、国民同士が独自のメカニズムで繋がっています。それに加え、非営利法人が運営している専門家エコシステムのソーシャルプラットフォームや、LinkedInのようなソーシャルネットワークもあります。
もちろん、イスラエル人のネットワークは政府が主導するものではありません。イスラエルは独裁政権ではありませんから。
―イスラエルのビジネスマンやスタートアップは日本市場や日本企業とのコラボレーションについてどのように考えているのでしょう。
そうですね。私自身は、日本を訪れるのは今回が2回目で、1回目はプライベートな旅行だったので、日本のビジネスを知る最初の機会になっています。
日本は世界第3位の経済大国で、第二次世界大戦後に世界で最初に革新的な電気機械をつくった国です。現在も世界的に非常に有名な日本の電気機械メーカーが複数あり、日本企業とのコラボレーションは、イスラエル人にとって素晴らしく可能性がある好機だと考えています。しかし、私の個人的な感想ですが、日本の方と対面した時に、言葉の壁とは別の文化的なギャップを感じます。だからこそ、可能性がありますし、イスラエルが日本に学ぶところもありますが、イスラエルが日本に貢献できることもあると思います。
日本とイスラエルの文化的な違いは、例えばリスクに対する姿勢や考え方に表れています。イスラエルはリスクを受け入れますが、日本はリスクをできるだけ避けますね。
スタートアップはリスクが高いビジネスです。いいアイデアであっても、それが実際に成功するのか、そのスタートアップがスケールするかは誰にもわかりません。ビジネスでコラボレーションする場合、お互いの相違点を理解し合う必要があります。日本企業とのコラボレーションで成功できると、私たちが確信するためには、日本の視点を理解する必要があると思っています。
ミッションクリティカルシステム級の「防衛」で製造業を守る
―自身が設立したOTORIOの設立経緯を教えていただけますか。
私の両親は戦争を切り抜けた方々なので、私にとって国防軍に仕えることは重要なことで、使命のようなものでした。3年前にイスラエルの国防軍からリタイアした際、セカンドキャリアとして大企業のCEOやCIOなどの要職に就くことも可能でした。それでも、私はイノベーションやアントレプレナーシップに興味があり、アントレプレナーに挑戦する道を選びました。
私は、自分が培ってきた経験や知識を使い、顧客やパートナーに価値を届けることを最重要視しています。そして、起業前の調査から、製造業と軍事オペレーションやミッションクリティカルシステムに類似点があることに気づきました。安全性とパフォーマンスの問題をIT、OT、IIoTにまとめる点です。製造業においても、リスクを削減する知識や能力が求められます。
OTORIOは、イスラエル国防軍のサイバー部隊に所属していたYair Attar氏(同社CTO)と、オーストリアの実業家であり、大手プラントエンジニアリング会社のCEOでもあるDr. Wolfgang Leitner氏(同社Chairman of the Board)と私の3人で設立しました。現在は、60人以上のエキスパートが所属し、Tel Avivとウィーンにオフィスがあり、ヨーロッパ市場に参入しています。顧客には、自動車産業、海運業やパルプ製紙工業などの世界最大手メーカーがいます。
―イスラエルで、産業界のサイバーセキュリティ技術の開発は盛んですか。
いいえ、盛んではありませんが、私は産業界のサイバーセキュリティに興味を持ちました。そして、最初からイスラエル市場ではなく、国際市場を視野に入れていました。
時差や文化的な障壁が低いので、最初にヨーロッパに進出しましたが、今は日本市場に向け動き始めています。日本には、世界有数の製造業が複数あります。それらの企業がグローバル市場で地位を保つためには、先進的で革新的であり続ける必要があります。近年では、中国が大きく前進していますし、韓国も存在感を増しています。そして、インドも製造業へ転換している今、日本の製造業も変革し、デジタル化が実現すると見込んでいます。デジタル化にはリスクが伴い、リスクへの対応が必須です。
日本企業はリスクを取りたがらず、導入事例がある技術を好みます。当社には、イスラエル国防軍の革新的なノウハウや経験値に基づく技術と、ヨーロッパの製造業界における導入実績がありますので、日本企業にも真の価値を届けることができると考えています。
日本でのビジネスには時間がかかることも理解していますし、それはいいことだと考えています。日本市場参入における唯一の問題はイスラエルからの距離ですね。今回の日本滞在で、日本食や日本の方々との交流を楽しみました。日本文化は魅力的です。今後、日本で過ごす時間を増やしていけたら、と考えています。
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