欧米、APACに広がるアグリテック 創業のきっかけはある農家の悩み
――事業の詳細を教えてください。
IGSは、インフラテックです。垂直農法が可能な設備を開発して、農家に販売しています。設備自体は、自社での管理は行いませんが、世界中の農家が垂直農法に取り組めるよう、支援をしています。会社設立から9年ほど経ちますが、主に、米国と一部の欧州の大手アグリテックから出資を受けました。今では、米国や欧州に加えて、アジアとオーストラリアでも垂直農法を展開しています。
――どのような経緯で会社が設立されたのでしょうか。
IGSは元々Henry Aykroydという農家らによって2013年に創業されました。私自身は、30年ほどテック業界でキャリアを積みました。テック業界というのは、2種類に分けられると考えています。1つは、社会の抱える問題を解決するためのツールを開発する企業、もう1つは、ただ単純にテクノロジーが好きで開発を行う企業。IGSは、1つ目のカテゴリーに入ります。
Henry Aykroydは、ミシュランレストラン向けにマイクログリーン(食用野菜やハーブの主要な本葉である小型の未熟な野菜)をスコットランド北東部で栽培していました。この地域は、夏は日照時間が長いですが、冬は暗い日が続き、太陽の当たる時間も非常に短いです。そこで彼は、通年栽培できないかと悩んでいました。しかし、それを実現するにはLEDライトのような何かしらの電気設備と、それを賄える費用を必要としていました。
私は、2017年にIGSのCEOとなりました。実はその前に自身のビジネスをリタイアし、会社を売却していました。売却した会社に出資していた企業とのかかわりで、Aykroydの息子と知り合いました。よかったらIGSを見にこないかと誘われました。
私のパートナーはシェフですし、山にもよく登りますので、環境にも気をつけています。垂直農法を見た時に、「これはきっと地球温暖化に歯止めをかけられる上に、世界の人々に食物を届けることができる画期的なビジネスアイディアだ」と感じたのです。
Image: Intelligent Growth Solutions
急増する世界人口 12メートルの「タワー」による効率的な作物生産で貢献へ
――垂直農法が必要とされる理由はなんでしょうか。
世界人口はなだらかに増えているわけではなく、非常に急速に増加しています。2050年までに世界人口は100億人近くに達すると指摘されています。数十年前、1960年代の世界人口は30億人程度でした。0から30億までに30万年ほどかかり、30億から100億まで90年で増えようとしているのです。
また、ある統計によると、過去1万年間で生産した以上の食料を、これからの30年で生産しなくてはいけないという指摘もあります。信じられないような話ですが、今起きている事実です。それと同時に、人類の活動は地球温暖化を加速させ、GHGの排出増加につながっています。自然災害の拡大などは、その影響とされます。人口は増えているのに、食料を生産する環境は悪化しているという負のサイクルに陥っているのです。
さらに、サプライチェーンの非効率性によって、生産したものの3分の1が廃棄されたり、食料の25%を大陸間で輸出入したりと、大変問題が多いです。もちろん垂直農法がその全てを解決するとは言いませんが、効率的な生産方法として自信を持って貢献できるのではないかと考えます。
――御社の垂直農法の技術開発にあたり、どのような点を工夫しましたか。
農地をビリヤードテーブル程度の大きさに切り取ったものが、垂直農法用の「農地」と考えてください。それらを、断熱加工した施設の中で、6、9、12メートル級に重ねていきます。各段に、30センチごとに極小の人工の自然環境「トレー」を置いていきます。トレー同士は6度の温度差までなら耐えられます。トレーの下部には、換気や電気設備が整備されています。
IGSの垂直農法には、いくつかのサブシステムが含まれています。ロボティクスとオートメーションは、人の出入りや安全面をカバーします。電力と管理システムは、設備の根幹を成しています。当社のLED電源システムは特許を取得しているので、私たちのやり方は世界中どこを探しても見つからないでしょう。そのほかにも、天候に応じた管理を担うシステムや、全てをまとめるソフトウェアがあります。現在17の特許を保有しており、R&Dに毎年2億ポンドを充てています。
Image: Intelligent Growth Solutions
――創業から9年ほど経ちますが、これまでの道のりはどうでしたか。
実は、最初のプロトタイプが出来上がった際、火事があり施設が全て燃えてしまったという過去があります。ゼロから再度作り直さなくてはいけませんでした。ほかにもLEDライトが十分でなかったり、灌漑(かんがい)システムが機能しなかったりと技術的な問題もありました。当初はR&Dプロジェクト的な面が強く、それを乗り越える必要がありました。
中でも1番困難だったのは、出資してもらうことでした。経営チームもなく、エンジニアばかりだったので、売り上げもありません。また地域の特性上、先進的なVCもなかったので、ニューヨークやサンフランシスコ、シカゴまで出向いたりしたものです。スタートアップによくある話ですね。
ただ、結果的に素晴らしいアグリテック投資家やESG投資家、グリーンテック投資家に恵まれました。社員もロックダウン中に25人から150人まで増えました。売り上げも大きく成長しました。1つの「農地」から30都市に展開するまでに至りました。今では、樹木や花、イモや果物など200種類の異なる農作物を育てることができます。
直近では、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)向けに、IGSの農地システムが入ったインタラクティブなパビリオンをCOP会場の外に設計しました。アメリカのバイデン政権下で農務長官を務めるTom Vilsack氏と、米上院農業・栄養・林業委員会の委員長であるDebbie Stabenow氏の両者にもパビリオンに来てもらい生中継を行いました。
社会科見学で学生たちが施設を訪れ、国連の目標や農業の問題点について知ってもらったり、市民活動団体の方にも当社の技術を紹介したり、さまざまな活動に取り組みました。
――これまでの調達資金の使い道と今後の目標を教えてください。
2019年秋のシリーズBから、2021年夏のシリーズAまで、時価総額を10倍上げることに成功しました。現在は、売上の増加と、引き続きR&Dへの投資に充てています。自社内で、IGSリサーチネットワークというものを設立し、提携している教育機関と共に、農家の作物をどのようにしてIGSの農地に適応させられるか研究しています。
また、オフィスの設置にも投資しています。現在、ヨーロッパに3カ所、シカゴ、そしてシンガポールに1カ所置いています。
今後の目標としては、200件のIGSタワーの導入を進めていくことです。難しいですが、各国で支援してくれるパートナーを探しています。売上を拡大し、ビジネスを成長させる予定です。数年以内には、アフリカとラテンアメリカにも広がっているでしょう。長期的には、2024年までに1500のIGSタワーを世界中の75-100都市に設置したいですね。
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オムロンと部品やロボットで連携 日本市場にも強い関心 多様な農作物に対応
――日本でも既に提携している企業があるそうですね。詳しく教えてください。
オムロン社の技術と連携しています。農地タワーの電子部品をはじめ、種まきや収穫作業に同社のロボットなどを利用しています。
私たちがぜひ次に取り組みたいのは、日本国内の顧客開拓です。都市型農業を目指す起業家精神あふれる農家や、現行の農法とのハイブリッドを目指す農家などを支援できると思います。考えている1つは屋内栽培です。例えば、いちご、ブルーベリー、つる性果樹、トマト、パプリカなどを栽培できます。スタータープラントと言われるものですが、当社なら廃棄率を40%から5%に減らし、通年栽培することができます。ブロッコリーやじゃがいもといった農作物も、低い廃棄率に加え、天候に左右されないので通常より圧倒的に早く収穫することが可能です。
2つ目は、苗木の育苗です。森林伐採への対応、植樹、商用向けなどさまざまな用途の苗木に対応することができます。まだ開発段階ですが、果樹や紅茶の栽培なども可能で、こちらも廃棄率を5%まで抑えることができます。
日本の市場に関しては、食文化や農作物、ビジネスの方法など、まだまだ勉強中ですが、さまざまなものの導入が可能ではないかと期待しています。