目次
・「コンポーザブルCDP」という新発想
・もはやA/Bテストは不要!AIマーケの凄さ
・手動A/Bテストなしでサロン予約数20%アップ
・2025年初頭にユニコーン企業の仲間入り
・日本展開を強化中。ハイタッチが見据える未来
「コンポーザブルCDP」という新発想
マノハール氏がハイタッチを立ち上げた背景には、前職での強烈な原体験がある。
同氏は、CDPの先駆けであるセグメント(Segment)で初期エンジニアの1人として活躍し、同社が2020年にトゥイリオ(Twilio)に32億ドルで買収されるまでの成長を間近で経験した。
セグメントは、企業が顧客データを統合し、マーケティング活動のターゲティングやパーソナライズを可能にするCDPを提供していた。しかし、現場ではデータをCDPに連携すること自体が大きな壁だった。「多くの大企業がCDPを導入し、顧客体験を個別最適化しようとしていました。でも実際には、必要なデータをうまく取り込めず、活用しきれないケースが非常に多かったのです」とマノハール氏は振り返る。
この経験をきっかけに、マノハール氏は新たな解決策を模索するようになる。多くの企業はすでに、スノーフレーク(Snowflake)、データブリックス(Databricks)、グーグルクラウド、AWSといったデータ基盤に膨大な情報を蓄積しているものの、それらのデータは主にBI(ビジネスインテリジェンス)や分析にとどまり、マーケティング施策に直接活かされることはほとんどなかった。
「企業には宝の山のようなデータが眠っているのに、それをマーケティングチームが自由に使える状態になっていない。その現実を変えたかった」とマノハール氏は語る。
そこで生まれたのが、「既存のデータ基盤の『上』に構築される」という発想の「コンポーザブルCDP」だ。ハイタッチのソリューションは、従来のようにCDPにデータを複製・格納する必要がなく、スノーフレークやデータブリックス上のデータをそのまま活用できる。データ移行の手間もコストも不要で、リアルタイム性も保たれる。「従来のCDPは、そもそも『全てのデータを入れること』が非常に困難でした。結果的に、多くの企業が導入しても、使いこなせず終わっていたのです」
*コンポーザブル:「組み合わせ可能」を意味する

もはやA/Bテストは不要!AIマーケの凄さ
ハイタッチの成長を次のステージへと押し上げたのが、AI機能の本格展開だ。2024年にリリースした「AIディシジョニング(AI Decisioning)」は、マーケティングの意思決定プロセスそのものを再構築する革新的なエージェント機能として注目を集めている。
この仕組みの出発点は、マーケティングチームがAIに「達成したい目標」を伝えるところから始まる。例えば、「より多くの顧客にモバイルアプリを使ってもらいたい」「日用品を購入している顧客に、家電製品にも興味を持ってもらいたい」など、具体的な狙いを設定する。次に、施策のアイデアやコンテンツ案、仮説などをAIエージェントに渡すと、AIが自動的に仮説を検証し、顧客ごとに最適なメッセージやオファーを導き出してくれる。従来のような手動によるA/Bテストは必要ない。
「フェイスブックやTikTok(ティックトック)、X(旧ツイッター)で使われているようなアルゴリズムを、すべてのマーケティング施策に応用できる世界です。顧客一人ひとりに合わせた超高精度のターゲティングが、AIの力で実現できます」
同社はこのAIディシジョニングにとどまらず、チャット形式でデータと対話できるエージェントなど、マーケティング業務のさらなる効率化を図る新機能も次々と投入している。これにより、マーケティングチームはより戦略的な意思決定やクリエイティブな活動に集中できるようになった。
手動A/Bテストなしでサロン予約数20%アップ
AIの実力は、すでに顧客企業で確かな成果として現れている。米国のペット用品販売大手ペットスマート(PetSmart)は、ハイタッチを導入することで、従来は手作業に頼っていたマーケティング業務を刷新。マーケティングチーム自らが顧客データに直接アクセスし、リアルタイムにパーソナライズされたオファーを展開できる体制を整えた。
中でも象徴的な成功例が、店舗内に併設されたペット用グルーミングサロン(美容室)の集客施策だ。「ペットスマートでは、グルーミングサロンを利用する顧客ほど、来店頻度が高いという傾向が明確に出ていました。そこで私たちはAIエージェントを活用し、『誰がサロンに関心を持ちそうか』『どんなメッセージが効果的か』を自動で判断。結果として、サロンの予約数が20%以上も増加しました」とマノハール氏は語る。
注目すべきは、この成果が一切の手動A/Bテストなしで実現されたという点だ。施策の設計から検証、最適化まで、すべてAIが裏側で自動的に実行してくれる。「これは単なる業務の自動化ではありません。顧客一人ひとりに合わせた最適な体験を提供し、ビジネス成果にも直結する『攻めのAI活用』だと私たちは捉えています」
2025年初頭にユニコーン企業の仲間入り
このような成果を背景に、ハイタッチの成長は2025年も加速している。同年2月にはサファイア・ベンチャーズ(Sapphire Ventures、2011年にSAPから独立したVC)が主導したシリーズCラウンドで8,000万ドルを調達。企業評価額は12億ドルに達し、ついにユニコーン企業の仲間入りを果たした。
「昨年は前年比120%成長を達成しました。今年も事業規模を倍増させるペースで進んでいます。現在は多くの大手銀行やフォーチュン500企業と取引しており、エンタープライズ領域での導入が一気に進んでいます」
B2B向けSaaSの世界で急成長を遂げるには、単なる機能拡張では不十分だ。企業が抱える本質的な課題に対して「今あるデータを、いかに現場で価値に変えるか」という視点から解決策を提示してきたことが、ハイタッチの躍進を支えている。
日本展開を強化中。ハイタッチが見据える未来
ハイタッチは、すでに米国、欧州、オーストラリアで確固たる事業基盤を築いており、次なる戦略拠点としてアジア市場、とりわけ日本への展開を強化している。日本ではNTTドコモのマーケティング子会社ディアワン(DearOne)との提携をはじめ、世界的なゲーム会社や保険会社などへの導入実績もある。「私たちが初めて日本を訪問したときは、ハイタッチの認知度は高くありませんでした。しかし、いまは急速に浸透しています」
今後は、銀行、旅行、ゲーム、小売、モバイルアプリなど、消費者との接点が多い日本企業との連携を深め、AIと個別化マーケティングの普及を推進していく。「ディアワンに加え、こうした大手企業とつながりのあるSI・サービスパートナーとの協業も広げていきたいと考えています。また、スノーフレークやデータブリックス、グーグルクラウドとの地域連携も強化していきます」
ハイタッチが見据える未来には、2つの大きなビジョンがある。1つは、マーケティングのワークフローそのものを再定義すること。「多くのマーケターは、本来なら創造的な発想や顧客理解にもっと時間を使いたいはずです。でも実際は、A/Bテストやセグメント作成、データ分析といった業務に多くの時間が割かれています。こうした作業こそ、AIや機械学習が得意とする領域です」とマノハール氏は指摘する。
従来のように「カレンダー通りに施策を回す」やり方ではなく、AIが自動でコンテンツを選び、テストし、リアルタイムで最適解を提示してくれる──。ハイタッチは、そんな「AI主導型マーケティング」を、企業の当たり前にしていこうとしている。
もう1つのビジョンは、企業と顧客をつなぐ全ての接点における「頭脳」になること。「広告だけでなく、アプリのUX、カスタマーサポート、さらにはブランドごとのAIエージェントまで──。すべての顧客接点において、『この人には今、何を、どう伝えるべきか』を判断するインテリジェンスレイヤー。それが、ハイタッチの目指すポジションです」。その未来に向けて、組織も急速に拡大している。2025年初頭に180人だったチームは、すでに250人規模に達しているという。
最後に、日本の企業やパートナーに向けて、マノハール氏はこうメッセージを送った。
「日本のマーケティングチームの皆さんからは、とても技術的で創造的なフィードバックをいただいています。私たちは日本市場に大きな関心を持っており、この地で、同じ未来を信じる仲間と出会えることを心から楽しみにしています。一緒に次世代のマーケティングを形にしていきましょう」
image : Hightouch HP