スマートフォンの登場以来、デジタルのユーザー体験(UX)はますます重要なものとなっている。さまざまなデジタルプロダクトには、視覚的に分かりやすく、直感的な操作ができるユーザーインターフェース(UI)が必須であり、「デザインの力」がより重視されている。その重要性をアメリカでいち早く感じ、UI/UXデザインを日本で先駆的に展開してきたのがグッドパッチ(本社:東京)だ。2011年の創業以来、グノシーやマネーフォワードなどスタートアップのデザインを手掛け、大企業の新事業に構想段階から伴走するデザインパートナー事業などを展開する。「デザインはコストではなく、本質的価値と顧客の感情価値への投資」と指摘する代表取締役社長兼CEOの土屋尚史氏に、創業の経緯や事業展開について聞いた。

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アメリカで受けた「デザイナーが創業メンバー」の衝撃

――御社は日本にUI/UXデザインを導入した先駆的な企業です。どうしてこのような事業を始めようと思ったのか、きっかけを教えてください。

 話はリーマンショック後の2011年、約11年前に遡ります。当時、27歳だった私は一念発起をしてアメリカに渡り、サンフランシスコにあるデザイン会社でインターンとして就職をすることになりました。その頃のアメリカ経済はまだ停滞気味でしたが、UberやInstagram、Airbnbなどのスタートアップが沢山生まれ、これから拡大しようとしていた時期でもありました。

 その時住んでいたサンフランシスコでは毎日のようにスタートアップのイベントが行われていて、私もよくスピーチを聞きに行っていたのですが、スピーチの中で共通項があることに気がついたのです。それがユーザーインターフェース(UI)のデザイン性でした。優れたインターフェースは言語や国境の壁を越えます。例えばInstagramが日本に紹介された当初、日本語に翻訳されていなかったのですが、その分かりやすさであっという間に日本人の間に広まりました。

 とくに衝撃を受けたのは、アメリカのスタートアップでは創業メンバーにデザイナーがいることでした。経営トップがデザインの重要性を認識し、最初からデザインを意識して取り組んでいるからこそ、他のプロダクトとの差別化ができているのです。こうした考え方はアメリカでも新しいものでしたが、日本ではWeb制作の現場にいた私は直感的に「UXやUIのデザイン領域が重視される。これから日本でも必須になる」と確信したのです。

土屋尚史
グッドパッチ
代表取締役社長兼CEO
関西大学中退。病気をきっかけに30歳までに起業しようと決意し、複数の企業で営業やWebディレクターを経験する。その後、DeNA創業者で現会長の南場智子氏の言葉に影響を受け、2011年3月、妻子とともに米シリコンバレーに渡る。サンフランシスコのデザイン会社でスタートアップ支援に携わった後、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。2020年6月に東証マザーズ上場。

グノシーとの取り組みがターニングポイントに

――当時の日本では、デザインに対する意識はまだ相当低いものだったと思います。御社のコンセプトが受け入れられるまで、どのような苦労がありましたか。

 私たちの会社が世の中に知られるきっかけになった初期のプロダクトは、ニュースアプリのグノシーです。私が帰国してすぐ、グノシー共同創業者である関喜史氏から「大学仲間と新しいプロダクトを作ったので見てほしい」と連絡をもらいました。

 もともと関氏とは、彼が東大の大学院生時代に知り合い、シリコンバレーのカンファレンスイベントを寝泊まりしながら一緒に回った仲間でした。私は帰国して1カ月後に起業していました。関氏から連絡があり、プロダクトを見せてもらったところ、そのデザインがひどかったんです。彼らはやはりエンジニアなので、私がデザインの部分を引き受けることにしました。

 彼らは学生だったし、私は起業したばかりで時間に余裕があったので、タダ同然でデザインを担当しました。お互いに金儲けは考えておらず、それが結果的にいい方向につながりました。グノシーが当たって、ものすごい勢いでユーザー数が増えていきました。そして、ランディングページのリンクから当社へ仕事の依頼が来るようになりました。まさにWin-Winの関係になり、結果的に当社の大きなターニングポイントとなりました。まさにあのタイミングだったからこそ実現したと思います。

 その後もマネーフォワードやMERYなど、数々のスタートアップのデザインを担当し、当社は成長してきました。スタートアップの成功とともにグッドパッチのブランド認知が進み、大企業からもオファーが来るようになり、事業も拡大していきました。

Image: グッドパッチ HP

事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

――日本企業のUI/UXデザインも成熟し、2020年に御社は上場も果たしました。これからの成長戦略はどう描いていますか。

 当社はデザインパートナー事業とデザインプラットフォーム事業、2つのビジネスを展開するデザインカンパニーです。私たちが考えるデザインは、UI/UXの領域にとどまるものではなく、ビジネスそのものがターゲットです。当社は「デザインの力を証明する」をミッションに掲げ、クライアントのビジネスを成功させるためにトータルにサポートしています。デザインはビジネスを成功させる「How」の部分ですが、手段としてだけでなく、どうしたら競争に勝てるか、価値をユーザーに届けられるか、すべてを考えることがグッドパッチの「デザイン」です。

 つまり、デザインの力というのは、ビジネスの根幹である「価値」をつくることだと考えています。多様化するクライアントの課題に応えるため、グッドパッチでは提供できるデザイン支援の領域を広げています。

 デザインパートナー事業では、UI/UXのデザイン支援はもちろん、事業戦略策定から支援するデザインストラテジストや、ブランド構築や組織デザインを支援するBX(ブランドエクスペリエンス)デザイナー、デザイナーとともに体験設計に携わりソフトウェア開発を行うエンジニアまで、一気通貫で支援できる体制を整えています。

 BXチームは、サービスが生まれたストーリーや、作った人たちの想いをクライアントから汲み取り、ユーザー体験に落とし込んでいく作業に取り組みます。このBXメンバーには、海外で経験を積んだデザイナーやディレクターなどデザインのプロフェッショナルが多く参画してくれています。

 洗練されたUIやサービスが増えてきた今、UIだけで差別化することは難しくなってきています。そこで、サービスやプロダクトがどんな思想のもとに立ち上がったのか、どんな理念を持つのかに「共感」してもらう重要性が高まっています。それらの思想やビジョンを言語化し、ビジュアルデザインに落とし込み、ユーザーが触れる全てを一貫した体験にしていくチームとして取り組んでいます。

Image: グッドパッチ HP

大企業の新規事業開発にも一気通貫でサポート

――具体的に御社のデザインチームがリードして成功したクライアント事例はありますか。

 1例をご紹介すると、サントリー食品インターナショナル様(以下、サントリー食品)の「SUNTORY+」というアプリがあります。これは、健康経営に取り組む企業向けの新規事業としてスタートしました。グッドパッチはアプリ開発のパートナーとして、事業の構想段階からプロジェクトにコミットしています。

 サントリー食品様の「健康領域での新規事業」というところからのスタートで、0→1のアイデア創出からビジネスモデルの構築まで伴走した形です。毎週クライアントと議論を重ねながら、ターゲット層を決め、一緒にアイデアを固めていきました。そして、種となるアイデアに辿り着いたところで、まずプロトタイプ版を作りました。プロトタイプがあると、頭の中にあるイメージを可視化できるので、ぶれることなく、早く完成形に近づけることができます。

 このアプリの仕組みは、健康習慣のタスクをクリアするとポイントが貯まり、貯めたポイントでサントリーの自販機からジュースが1本無料でもらえるというものにしました。健康意識が低い人でも続けられるよう工夫する必要があったので、例えば「朝1杯水を飲む」とか「階段を使おう」とか単純なタスクに、遊び心ある仕掛けをたくさん散りばめました。

 マネタイズとしては、アプリの活用によって、他メーカーの飲料自販機から、サントリーの自販機にリプレイスしてもらうという点にあります。サントリーの自販機を置くことで健康経営に結びつき、社員の健康にも役立つという点が特徴です。サントリー食品様によると、一般的な健康アプリは1カ月後にユーザーの継続率が15%を切るというデータがありますが、SUNTORY+の継続率は平均で50%をキープしています。

――それは本当にデザインの仕事を超えているお話ですね。「新規事業開発支援」の領域と言っていいのではないでしょうか。

 全くその通りですね。新規事業が成功する確率は非常に低い。その中で成功率を上げていくには、プロダクトやユーザー体験の重視が必要になります。またそれを支えるチームや組織は価値観を共有し、運営もサステイナブルである必要があります。今はスタートアップだけでなく、大企業も新規事業にチャレンジしていかなければならない時代です。

人材を支え、「デザインへの認識」を変えていく

――御社はデザインパートナー事業のほかに、デザインプラットフォーム事業がありますが、これはデザイン人材やリソース不足を補うものですか。

 多くの企業が抱えているのはデザイナー不足の問題です。グッドパッチのデザインプラットフォーム事業はデザイナー特化のキャリア支援サービス「ReDesigner」や、日本や世界各地から集まるフルリモートデザインチーム「Goodpatch Anywhere」、自社プロダクトから構成されています。

 ReDesignerとは、デザイナーに特化したキャリア支援と人材紹介のサービスです。世の中にデザイナー専門のキャリアコンサルタントや転職エージェントがなく、採用側とデザイナーの間にミスマッチが生まれがちだったため、デザインに理解のある私たちならお手伝いできるのではないかと考えました。

 Goodpatch Anywhereは、所属しているフリーランスのデザイナーがチームを組み、オンラインでWebサービスやアプリのデザインを支援するフルリモート型デザインサービスです。

 自社プロダクトでは、プロトタイピングツール「Prott」や、メンバーと共同作業するためのオンラインホワイトボード「Strap」などがあります。これを使うとデザインの作業や、リモートワークによるコラボレーションがよりスムーズとなります。

――売上高の構成比もデザインプラットフォーム事業は伸びてきていますね。一見すると、御社のデザインパートナー事業と競合するようにも見えますがいかがですか。

 どちらかが一方的に伸びているというより、一緒に成長しているという見方が正しいです。例えば、医療介護や物流、エネルギーなどこれまでデザイナーが必要とされてこなかった、デザインを意識していなかった領域でも、デザインへの認識やニーズが広がっています。

 デザインパートナー事業とデザインプラットフォーム事業は両輪で動いており、デザインパートナー事業の方で動いている案件の仕事の一部を、Goodpatch Anywhereなどが吸収するような形となっているからです。Goodpatch Anywhereは、フリーランスのデザイナーによる柔軟なアサインが可能な仕組みとなっているため、高収益を実現できています。

 また、デザインに対するバイアス(偏見)を変えていきたいという想いもあってプラットフォーム事業を始めました。いまだにデザイナーの仕事は「お絵描き」と思っている人が多く、誤解されがちな仕事です。正しいデザインの認識を広げていくためにも、きちんとマッチングできたら社会的に意義深いだろうと思います。

Image: グッドパッチ HP

DXの流れでユーザー体験はより重視される 

――他の企業とのパートナーシップなどは考えていますか。

 デジタルトランスフォーメンション(DX)の大きな流れにおいて、ユーザー体験やデザインの重要性は高まっています。そのケイパビリティを持っていない会社、自社内だけでは足りていない企業があれば、ぜひお声かけ頂きたいです。デザインはコストではなく、本質的価値と顧客の感情価値への投資なのです。

 DXはデジタルプロダクトなしでは語れません。DXとは、既存の事業をいかにデジタルに置き換えて新たな価値を提供していくことだと思いますが、良いユーザー体験を実現していないプロダクトは選ばれない時代です。

 例えば、日本の業務システムを見ても、デザインに投資をせず、UI/UXが考えられていないために生産性が上がらないという企業の課題がありました。せっかく投資をするなら、UI/UXデザインを考え、従業員が使いやすいものにする方が生産性の向上にもつながります。

 守秘義務があるので公表はしていませんが、当社は業務システム系のUI/UXデザインを手掛けた実績もあります。DXの文脈においてUI/UXデザインをクライアントに提案したいという企業があれば、ぜひパートナーとしてご一緒させていただきたいですね。

 また、開発領域やマーケティングの領域では、M&Aの対象を探しています。

――海外進出による成長戦略は考えていますか。

 海外では7年前に、ドイツのベルリンに進出しました。ベルリンとミュンヘンにオフィスを構えています。ベルリンを選んだ理由はスタートアップが多いホットな街だったことと、立ち上げを担えるドイツ人メンバーがいたからです。インドや東南アジアといった成長マーケットにも将来的にはオフィスを構えていきたいです。

 10年先を見据えた時、日本企業の海外進出は避けて通れません。人口減少で日本市場は縮小する傾向にありますから、人口が増えていくマーケットに対して、きちんとビジネスを展開していくことが重要だと考えています。

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