40度を超える酷暑と80%の湿度――。過酷な環境下での収穫作業は、今や世界中で担い手不足という限界を迎えている。この「農業の急所」を、独自のフィジカルAIとロボティクスで解決しようとしているのが、米ピッツバーグ発のFour Growers(フォー・グロワーズ)だ。
共同創業者のブランドン・コンティーノ(Brandon Contino)氏は、神経外科向けの人工ニューラルネットワークや太陽光発電の効率化アルゴリズムの研究を経て、水不足、そしてその最大の要因である農業へと辿り着いた異色のエンジニアだ。同社が開発したトマト収穫ロボットは、日本のファナック製ロボットアームをベースに、独自のAI視覚システムを統合。「人間と同等」の収穫スピードを実現し、既に北米、欧州、豪州で数千万個もの収穫実績を積み上げており、日本からの熱烈なオファーも届き始めているという。
同社の真の強みは、単なる労働代替に留まらない点にある。世界的な種苗会社シンジェンタと戦略的提携を結び、ロボットが収穫しやすい品種のブリーディングから共同で進める垂直統合型のモデルを構築。さらに、走行中に個体ごとのデータを収集し、収穫予測や病害検出を行う「データ駆動型農業」のプラットフォームとしての地位を固めつつある。「クボタやジョン・ディアが『畑のスタンダード』になったように、我々は高付加価値な施設園芸のインフラになる」と語るコンティーノ氏に、食料供給の未来をいかに切り拓こうとしているのか聞いた。
目次
・人と同速度で収穫――技術の核心と競争優位性
・水不足という地球規模の課題を解決するには?
・導入1週間、数千万個の実績。顧客事例とグローバル展開
・AI駆動の「収量予測」と「栽培最適化」
・日本市場への期待と長期ビジョン
人と同速度で収穫――技術の核心と競合優位性
―フォー・グロワーズの製品と技術について、専門家でない読者にもわかるように解説いただけますか。
私たちの主力製品は、温室でのトマト収穫に特化したAI搭載の自律型ロボットシステムです。ハードウェアには、信頼性の高いファナック製の6軸ロボットアームを採用しています。
技術の核心は、カメラを通じて温室内の情景全体をスキャンし、瞬時に3次元情報へと変換するプロセスにあります。この膨大なデータを独自のAIシステムへ送り、どの果実が熟しているかを識別するだけでなく、「どう動けば最短かつ最速で収穫できるか」という経路計画をリアルタイムで生成します。これにより、ロボットアームは人間と遜色ないスピードで、次々と果実を摘み取っていくことが可能になりました。
Image : Four Growers
―競合他社と比較した際、最大の差別化要因はどこにあるのでしょうか。
一言で言えば「収穫スピード」です。他社の収穫ロボットの中には、トマト1つの収穫に20秒ほど要するものもあり、これでは人間の作業スピードの10分の1程度に留まります。一方、私たちのシステムは実際の現場で競合他社よりも5倍から15倍も速く、人間と同等のパフォーマンスを発揮します。
オランダのTTA、日本のデンソーといった大手企業もこの領域に取り組んでいますが、収穫スピードと、一株あたりの収穫完了率において、私たちは業界をリードしている自負があります。すでに北米、欧州、豪州の3つの拠点を軸に、自律走行で数千万個ものトマトを収穫し、実際にスーパーの棚へと届けているという商業的な実績も、他社にはない強みです。
―過酷な現場での「効率性」について、具体的なインパクトを教えてください。
温室は、気温40℃超、湿度80%以上という人間には極めて過酷な環境ですが、ロボットはこうした条件下でも24時間、雨にさらされても止まることなく安定して稼働し続けます。
効率の面では、ロボット1台で約3人分の収穫作業をカバーできます。特筆すべきは、1人のオペレーターが最大10台のシステムを同時に管理できる点です。つまり、実質的に1人で30人分の作業をこなす計算になります。人手不足に悩む日本の農家からも「収穫の担い手が見つからない」という切実な声をいただいていますが、私たちのソリューションはまさにその解決策となります。
現在はチェリートマトとグレープトマトが中心ですが、この技術は非常に汎用性が高く、すでにキュウリでの有効性も実証済みです。将来的にはパプリカなどのあらゆる野菜、さらには屋外栽培への展開も視野に入れています。
水不足という地球規模の課題を解決するには?
―ご自身の経歴とフォー・グロワーズ創業の経緯について教えてください。
私の専門は電気電子工学です。学部時代は人工ニューラルネットワークを用いた脳神経外科向けの技術開発からキャリアをスタートさせました。その後、持続可能性への関心から太陽光発電の世界に入り、発電効率を最大化するアルゴリズム(MPPT)の開発に取り組む中で、ロボット競技会で優勝するような機体を設計するほどロボティクスにのめり込んでいきました。
太陽光発電を通じてサステナビリティを追求する過程で、私の関心は「水資源」へと移り、低コストなIoT水質センサーの開発を始めました。そこで直面したのが、世界の淡水の最大消費者が農業であるという事実です。水不足という地球規模の課題を解決するには農業を変革しなければならない──。この気づきが、現在の事業へ繋がる原点となりました。
―共同創業者であるダン・チー(Dan Chi)氏との出会いについて教えてください。
CTOのダンとは、同じ大学の研究室で出会いました。当時、私が太陽光発電のソフトウェアを研究していた傍らで、彼は水耕栽培プロジェクトを立ち上げ、レタスやハーブを育てる屋内農業システムを構築していました。
彼は優れたグリッパーやエンドエフェクタ(ロボットの手にあたる部分)を設計できる機械エンジニアでありながら、同時に植物を育てる深い知識も備えていました。一方の私は、ロボット制御やソフトウエア開発を得意としており、このハードとソフト、そして農業知見の融合は、まさに理想的なマッチングでした。
―なぜ、温室農業における「収穫作業」に焦点を当てたのでしょうか。
私たちが解決したかったのは、新鮮で健康的な野菜や果物が、なぜ加工食品の原料となる穀物類に比べて高価なのかという問題です。トウモロコシや大豆のような広大な畑で作られる作物は、大型機械によってわずかな人数で管理できますが、繊細な野菜や果物にはそのような自動化が適用されてきませんでした。
導入1週間、数千万個の実績──顧客事例とグローバル展開
―導入事例について教えてください。現在どのような規模で展開されているのでしょうか。
現在、北米、欧州、オーストラリアの3つの主要地域に拠点を構え、ロボットを稼働させています。約3年前は北米のみでの運用でしたが、翌年に欧州へ進出し、今年はオーストラリアへと拠点を広げました。各拠点には専属の技術者を配置し、安定したフィールドサポートを提供できる体制を整えています。
これまでに自律走行によって収穫したトマトの数は、すでに数千万個に達しています。それらはすべて、実際にスーパーマーケットに並び、消費者の皆様の食卓に届いています。この数字は、私たちのシステムがもはや試験段階ではなく、商業的に十分通用する規模(スケール)に達していることの証明だと考えています。
―どのような顧客と協業されているのですか?
現在はオランダを拠点とするセールスディレクターを通じて、すべて直接販売で展開しています。重要なパートナーの一社が、世界最大級の種苗会社であるシンジェンタ・シーズ(シンジェンタ子会社)です。彼らはチェリートマトとグレープトマトの市場リーダーであり、実は日本の農場でも、彼らの開発した品種が多く採用されています。
シンジェンタの施設では、新しい品種の育種研究と並行して私たちのロボットが稼働しており、日本から視察に来た農家の方がそこで実機を目にし、導入を検討されるというケースも増えています。
―導入のプロセスについても教えてください。
既存の温室インフラを改造することなく、スムーズに統合できる設計を徹底しています。例えばオランダのある顧客は、導入からわずか1週間で稼働を開始しました。輸送のために分解した機体を再組み立てし、列に配置して、現地のスタッフをトレーニングする。それだけで準備は完了です。
操作は非常に直感的で、タッチスクリーンのタブレットで行います。これまで現場で収穫を担当していた方を、そのまま「ロボットのオペレーター」として育成することができるため、特別な技術的知識がなくても1週間あれば自律収穫をスタートできるのです。
―顧客からの手応えはいかがでしょうか。
初期導入を終えたお客様からは、保有台数を増やすための追加注文をいただいています。これは、ロボットが単に動くだけでなく、実際の農業経営において確かな事業価値ROIを生み出していることの裏返しです。3つの異なる地域で、商業的なスケーラビリティを実証できたことは大きな自信になっています。
AI駆動の「収量予測」と「栽培最適化」
―収穫作業の自動化以外に、フォー・グロワーズが提供できる価値とは何でしょうか。
ここが非常に重要なポイントです。私たちのロボットは毎日、温室のすべての列を走行しながら、個々の植物の状態を精緻に観察し続けています。これは、これまでの農業従事者が決して手に入れることのできなかった、膨大かつミクロなデータです。
このデータを活用することで、精度の高い「収量予測」や、早期の「病害虫検知」といった新たなインサイトを提供できることが分かってきました。単に労働力の穴埋めをするだけでなく、データに基づいた栽培管理によって収量を増やし、農場の収益性そのものを向上させる──。このデータ分析機能は、ソフトウェアのアドオンとして提供を開始しています。労働効率と生産性の最大化を同時に実現する、いわば温室経営の「OS」のような存在を目指しています。
―ビジネスモデルと、それを支える現在のチーム体制について教えてください。
現在、顧客には「購入モデル(+年間サポート)」と、地域に応じた「レンタルモデル」の2つのパッケージを提供しています。先ほどのアナリティクス機能は、これらに付随するオプションとして展開していく予定です。
チームは現在35名を超え、北米、欧州、オーストラリアに分散して活動しています。エンジニアリングと製造の中核は米国のピッツバーグに置きつつ、顧客に最も近い各拠点にフィールドサポート技術者を配置することで、グローバルな運用体制を構築しています。
―チーム体制についても教えてください。
現在35名を超えるチームで、北米、欧州、オーストラリアに分散して働いています。構成としてはエンジニアリング、製造、フィールドサポートの3つが大きな柱です。
各拠点に技術者を配置しており、たとえば北米、欧州、オーストラリアそれぞれに現地のサポート担当者がいます。製造とエンジニアリングの中核チームは、ここピッツバーグを拠点にしています。
―今後のさらなるスケールに向けた、現在のフェーズと課題をどう捉えていますか。
2025年に安定した製造体制を確立し、主要3地域での導入を成功させたことで、2026年はさらなる大規模展開へと舵を切るフェーズにあります。並行して、AIによるデータ分析機能の商業化も加速させていきます。
現在、最大の課題と捉えているのは「サプライチェーンの安定化」です。グローバルな調達網を持っているため、不安定な国際情勢の中でも確実に在庫を確保し、急増する需要に合わせてタイムリーに機体を組み立て、出荷するオペレーションの維持に注力しています。これは解決可能な課題であり、着実に実行に移しています。
Image : Four Growers
日本市場への期待と長期ビジョン
―日本市場の現状と可能性について、どのように見ていますか。
日本からは、すでに「収穫の担い手が見つからない」という切実な問い合わせを数多くいただいています。40℃を超える酷暑、80%を超える湿度の中で10時間も収穫を続けたいという人は、世界中どこを探してもなかなかいません。こうした過酷な労働環境を抱える日本市場にとって、私たちの自動化ソリューションは非常に高い親和性があると確信しています。
日本展開においては、既存の拠点のような直販体制ではなく、現地の販売パートナーやディストリビューターとの協業を検討しています。適切なパートナーを見つけ、万全のサポート体制を整えることが、日本市場における成功の鍵になると考えています。
―日本企業との協業については、具体的にどのような形態を想定していますか。
複数のアプローチを考えています。1つは供給元(サプライヤー)としての連携です。現在、私たちはファナック社のアームを採用していますが、デンソーやヤマハなど、日本には世界屈指のロボティクス技術があります。最新のアームや電子部品の動向には常に注目しています。
また、戦略的投資やシステムインテグレーターとの連携、さらにはジョイントベンチャーの可能性も否定しません。日本市場を深く理解し、私たちのAI技術を現場に実装できる戦略的パートナーとの出会いを期待しています。
―5年から10年後、フォー・グロワーズは農業界でどのような存在になっているでしょうか。
私たちが目標としているのは、特殊作物(Specialty Crops)の分野における「クボタ」や「ジョン・ディア」のような存在です。彼らが穀物栽培のインフラとなったように、私たちは施設園芸や園芸作物のスタンダードになりたいと考えています。
10年後、スーパーマーケットに並ぶあらゆる野菜や果物が、今よりも手頃な価格で提供されている未来を作りたい。AIによる自動化と収量向上を通じて、誰もが健康的な食品にアクセスでき、かつ過酷な肉体労働から解放される世界です。食料サプライチェーンに強靭性と持続可能性をもたらすことが、私たちの究極のビジョンです。
―最後に、日本の読者に向けてメッセージをお願いします。
日本市場には多大なる関心を持っており、どのようなコラボレーションが可能か、対話を始めたいと考えています。潜在的な顧客はもちろん、販売・技術パートナー、あるいはクボタのような企業の自動運転技術と私たちのAIを組み合わせるような、戦略的な提携も歓迎します。
私たちのフィジカルAIが、日本の農業に新たな機会をもたらすと信じています。少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひコンタクトを取ってください。共に食の未来を創っていきましょう。