現在の製造プロセスを例えると“デジタルタイプライター”
――製造業の「ありとあらゆるプロセス」をデジタル化する、とは刺激的な表現です。御社はどのような事業を展開しているのでしょうか。
当社は、設計から製造まで、製造プロセスの全ての工程をデジタル化させる「Divergent Adaptive Production System(DAPS)」を運用しています。ミッションは、「コンピューティングの力を活用して製造プロセスをアナログからデジタルに移行させる」ことです。
かつてのアナログなタイプライターは、技術の進化でコンピューターとプリンターへとデジタル化されましたよね。しかし、現在の製造プロセスは作業工程の一部分だけがデジタル化されている状態で、あえて例えるならタイプライターを❝デジタルタイプライター❞に変革しているようなものです。つまり、製造工程のデジタル化を進めてはいても、個々の工程の改良に終始しており、全体のデジタル化が進んでいないのです。Divergentは、タイプライターを使っていた時代の技術を、ワンステップでMacのデスクトップの技術に引き上げたと言えるほど、先進的な取り組みをしています。
「設計のデジタル化」「製造のデジタル化」「組み立てのデジタル化」
自動車業界の設計・製造・組み立てという車両製造プロセスは、(史上初の量産モデルと言われる)フォード・モデルTの時代から脈々と続いているもので根本的には変わっていません。つまり、時代が変わっても、パーツをプレス加工して、成形し、組み立てラインに送るといった核心的な部分にはさほど大きな変化はなく、これは解決されるべき課題でもあります。
当社は「最初から最後まで」、つまり、設計から始まる製造のあらゆるプロセスを変革し、最終製品を作りあげています。「設計のデジタル化」「製造のデジタル化」「組み立てのデジタル化」です。AIや機械学習を用いたジェネレーティブデザインで設計がなされ、そのデザインに基づいたパーツを3Dプリントで製造し、産業ロボットを使って組み立てる。「DAPS」は、製造の全工程における主要プロセスを自動化・最適化する技術です。
ちなみに、当社は600件以上の特許を取得しており、ジェネレーティブデザイン関連のソフトウェアの特許から、特定の構造物のデザイン、固定具が必要ない組み立てシステムまで多岐にわたります。
――実際に、どのような製品を開発し、どのような企業を顧客に抱えているのでしょうか。
具体的に開発しているのは、3Dプリンターを活用して製造する自動車と自動車部品、航空機部品です。自動車に関しては、世界初となる3Dプリントのハイパーカーを開発しました。
自動車部品においては、英国の高級車メーカー、Aston Martinの、新型スポーツカー「DBR22」のサブフレームなどの車体支持構造の製造に当社が携わっています。世界的な自動車のOEMメーカー6社とも来年には協業する予定です。また、米防衛企業General Atomicsの関連会社で無人航空機システム(UAS)を手掛けるGeneral Atomics Aeronautical Systemsとも提携し、彼らの製造ラインにDAPSが導入されています。
Divergentのプラットフォームは、製造業版のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)だと考えてもらえれば分かりやすいと思います。これまでの製造業では、台湾の大手EMSのFoxconnでさえも、地理的制約を受けていました。しかし、「製造業のAWS」である我々は、地域単位でAWSのサーバーに当たる工場を建設できます。そして、同じシステムを用いて、Aston Martinのサブフレームを造ることもできれば、General Atomicsの大型ドローンも製造可能であることを意味するのです。
image: Divergent HP
創業のきっかけは中国での経験
――創業から10年が経過しています。御社の成長を示す数字を教えてください。
2022年12月に、スマート工場を建設するスウェーデンのHexagonから1億米ドルの資金調達に成功しました。また、米Goldman Sachsの元社長で、Ford Motor Companyの取締役を20年以上務めているJohn Thornton氏も当社の取締役に名を連ねているなど、業界で力のある人物が参画しています。
前述の世界的な自動車のOEMメーカー6社の他に、現時点で既に米国4社、スウェーデン1社の航空宇宙・防衛企業がクライアントです。2026年までに数万点の製品を製造するまでにビジネスをスケールアップし、2030年までには、さまざまな自動車会社のモデルを対象に、数十万台の車両を製造することになると考えています。初期段階はドイツ、イタリア、フランス、英国など欧州のメーカーが中心となる見通しです。
――あらためてですが、創業の経緯を教えてください。
Divergentの創業前、中国でEV用バッテリー関連のビジネスなどに携わりました。私たちは、当時としては類を見ない大型EV専用バッテリーセル・モジュールパックをはじめ、熱管理システムなども設計しました。その功績が認められ、中国の国営自動車メーカーにバッテリーを供給したほか、自動車そのものの製造も始めたのです。
そこで、内燃機関自動車から電気自動車への転換を本格化させた際、現在の製造工程が100年前とまるで変わっていないことに気づきました。また、特定の製造プロセスがデジタル化されていたとしても、全体としては非効率なままだという認識も深めたのです。
こうした経緯があり、「製造業の“製造プロセス”、そのものを変革させる必要がある」と思い立ち、Divergentを創業した次第です。
image: Divergent
日本市場にも関心アリ、日本企業に投資する協業も
――累計4億2800万米ドルの調達に成功しています。使い道を教えてください。
当社は他に真似できる企業がいない技術を有しています。ただ、部品の供給先が自動車メーカーや航空機産業なので、厳格な安全性のテストが必要です。調達した資金は、安全認証をはじめとした試験に投じています。
自動車を一例にとっても、世界中であらゆる安全性試験がありますが、どの国においても、さまざまな天候下での耐久性評価、車の寿命とされる走行距離に耐えられるか、衝突事故への対応は十分か、などは必須の項目です。これに加えて、各メーカーごとに独自の認証プロセスもあります。
ただ、当社の部品は、競合他社よりも、早く安全性試験に通過しています。なぜなら、材料設計の段階で他社よりも早く、より緻密な計算を行い、試験に耐えうる素材を選んでいるからです。
――日本市場への進出は考えていますか?
お伝えしたように、当社の顧客は米国や欧州の製造業がメインで、自動車業界ではOEMメーカーに該当します。個人的にも日本のOEMメーカーには声をかけているのですが、欧州のメーカーのように、CEOやCTOなどが直接我々の工場に来て、その技術を目の当たりにしなければ、当社の強みは理解しにくいかもしれません。デジタル・マニュファクチャリングという文脈で言えば、当社は10〜15年先を行っていますから。
とはいえ、日本企業と話す機会を持つこと自体はいつでも歓迎しています。先日も、約8年ぶりに10日間の休暇をとり、東京・京都で日本の文化と美意識を大いに楽しみました。
業界で言えば、自動車のOEMメーカーをはじめ、航空・防衛産業など、日本の関連企業とのパートナーシップには興味がありますね。
――日本の大企業とのパートナーシップを考えた場合、どのような形態が理想でしょうか。
具体的には、以下2種類の関係性が考えられます。1つは会社に投資していただき、「系列会社」をつくる、といった関係性です。その投資元の会社がどんな会社かということにもよりますが、例えば、私たちはアルミニウム粉末といった原料生産を拡大させたいと考えているので、それに適したパートナーがいれば実現したいですね。
もう1つは、銀行などの金融機関と連携し、彼らのエコシステムに入り込むこと。日本の金融機関の方が、米国でビジネスをする当社よりも、現地の製造業事情に詳しいのは当然です。私たちが金融機関とパートナーシップを組み、工場建設から関わる、という方法も考えられるでしょう。
image : Divergent
――最後に、御社が向こう1年間に注力していく事業について教えてください。
Aston Martinの他に、2社目の大手自動車メーカーが当社の部品を導入した自動車を発売する予定です。さらに、航空宇宙・防衛の分野においても製造を加速させます。同分野においては、当社のシステムは25〜30%安い価格で製品を提供可能と、競合他社との差別化を図っています。
将来的には、自動車・航空宇宙・防衛の分野で、数千億ドル規模の市場シェア獲得を狙っています。