スーパーやドラッグストアの冷蔵・冷凍庫の開閉扉を「メディア化」する──。そんな技術を開発するのが米イリノイ州シカゴに本社を構えるCooler Screensだ。Cooler Screensの冷蔵・冷凍庫の画面ではカロリーやカスタマーレビューが表示され、客は商品パッケージ以上の情報を一目で確認できる。米スーパーマーケット大手のKrogerも導入するCooler Screensの共同創業者でCEOのArsen Avakian氏に話を聞いた。

目次
実店舗に欠けていた2つの販促機能とは
実店舗のレコメンドアルゴリズムの作り方
日本市場には2年以内に進出予定

実店舗に欠けていた2つの販促機能とは

―Cooler Screensは食品スーパーの冷蔵・冷凍庫の表面に設置するIoTベースのスクリーンを開発しています。「リテールメディア」というキーワードが業界に浸透して久しいですが、店舗のメディア化はやはり必要なのでしょうか。

 今後、リアル店舗が競争力を維持していく上で、Cooler Screensのようなサービスは必須です。ECがリアル店舗での買い物を侵食して久しいですが、ECにあって実店舗にない最大のメリットは「AIに基づいたレコメンド」「カスタマーレビュー」の2つです。

 買い物という行動の本質的な意味を考えた時、「欲しいブランドの商品をダイレクトに買う」ことは実はあまりないものです。「フロリダ旅行用のサンダルを買いたいけれども、どういった形状のものがピッタリかな」「少し眠いから、カフェインが入っているものを買おう」と、何かしらの前提条件を元に購買を決定します。

Arsen Avakian
Co-Founder & CEO
アルメニア工科大学でコンピューター・サイエンスの学士号を取得し、1996年にフルブライト奨学生としてシカゴに移住。シカゴ・ロヨラ大学摂政評議会および米国料理学会フェロー協会会員などの市民活動にも積極的に取り組む。2002年に紅茶ブランドのArgo Teaを創業し、2017年までCEOを務めた。2017年11月にCooler Screensを創業、CEOに就任。
 実店舗は、こうした消費者の前提情報を知るすべがありません。これは、小売店に商品を卸すブランドにとっては機会損失といってよく、本当は消費者のニーズに合致する商品を販売していたとしても、見向きもされない可能性があるのです。対するECサイトは、消費者の趣向を熟知していて、彼らの潜在的なニーズにアプローチすることができます。また、カスタマーレビューを読むことでレコメンドされた商品が本当に自分にあったものなのか、確かめることもできます。

 Cooler Screensは、ECの利点を実店舗に持ち込むことで、小売店・メーカーの売上をアップさせています。たとえば、清涼飲料商品の複数のブランドをスクリーン上に表示させ、それぞれのカロリーや価格、カスタマーレビューを表示します。あるいは、時間帯や気候によってレコメンドする商品を変えるという取り組みもしています。

 Cooler Screens導入で小売店の売上がアップすれば、小売店・メーカー・(Cooler Screens上で広告を載せる)広告主の3者にとってメリットがあるのです。

―どのような小売店・メーカーがCooler Screensを導入しているのですか。

 Krogerやドラックストアチェーン大手のWalgreens Boots Allianceなどが導入しています。メーカーではCoca-ColaやP&G、Unileverなどが顧客です。

 われわれは現在、全米35地域でビジネスを展開しており、毎月約1億8,000万人のお客に利用されています。

image: Cooler Screens

実店舗のレコメンドアルゴリズムの作り方

―ECサイトでは、Cookieに基づいた「1人の顧客のパーソナルな情報」を元に商品をレコメンドします。出品者もアイテム数も実店舗とは違い、ほとんど限りがありません。実店舗上で、どのように商品をレコメンドするのですか?

 膨大な量のデータを元に、「その店舗が販売するアイテム」と「来店顧客の共通項」を掛け合わせ、売上が最大化するような情報を提示しています。

「その店舗が販売するアイテム」に関しては、商圏情報が重要です。日本でも、東京大学や京都大学の学生街では、若者向けに新規性と地域性が高い商品をメインに販売するでしょう。それと同じで、商圏人口を徹底して分析した上で、アルゴリズムにデータを組み込んでいます。

「来店顧客の共通項」に関しては、統計学を用いて売上が最大化すると思われるデータを入れています。われわれが構築した顧客データモデルは1万2,000以上。実店舗では、例えば「ジルにとっては最適な商品でも、ジョーにとっては欲しくない」という事象が当たり前のように起こるからです。Cooler Screensのアルゴリズムは「ジルには必要、ジョーには不要、でもユーリにとっては必要」というふうに、3人の客がいれば2人に買ってもらえるような仕掛けを組み込んでいるのです。

―Cooler Screensを創業した経緯は?

 私は17年間、紅茶メーカーを経営していました。その際に「インストアマーケティング」の重要性に気付いたことが直接的な理由です。小さなブランドは大きなメーカーには広告宣伝費で勝てません。アナログですが、実店舗で効果的な販促を打つと、巨大メーカーにも勝てる可能性があるのです。これにAIやビジュアライゼーションなど最新のテクノロジーを掛け合わせたらどうか、と思い付きました。

Cooler Screens Demo from Cooler Screens on Vimeo.

日本市場には2年以内に進出予定

―日本市場をどのように見ていますか。日本に進出する予定は?

 私の妻は日本人で、子どもは日米のミックスです。個人的な思い入れもある上に、日本の小売市場は大変魅力的だと思っています。欧米市場と比較しても、日本の小売業は独自のマーチャンダイジングを磨いてきて、小売店での買い物を文化として定着させたという功績もあります。

 日本進出については、2年以内に本格化します。Microsoftという素晴らしいパートナーがおり、あとは現地の小売事情に詳しい提携先を探すだけです。

image: Cooler Screens

―提携先としては、どのような業界・業態の企業があげられますか?

 小売業者のデータシステムとCooler Screensのデータを繋ぐ現地のテック企業が必要となるでしょう。当然、小売店との協業も不可欠です。

 日本にはセブン-イレブンやファミリーマート、ローソンなど、1万店舗以上のネットワークを持つ企業がたくさんあります。中小規模の小売店よりも、大規模なパートナーの方が当社には合っていると思います。当社のソフトウエアを小売店のシステムに統合し、それにメーカーがアクセスして、さまざまなキャンペーンを載せる必要があるからです。

―日本の大企業との連携を考えた時、理想的なパートナーシップの形態はどのようなものになるでしょうか。

 大規模な小売店ネットワークを有している企業とまず提携し、形態はそこで合意するというやり方が適していると思います。もしかしたら事業会社と直接提携するのではなく、彼らの株主である持ち株会社や商社とパートナーシップを組む、という方法も考えられます。

 われわれがMicrosoftとパートナーになっているという事実は大きいです。ソフトウエアのグローバル展開にもっとも適した会社ですから。ただ、バックエンドで当社と小売店を繋げるSIer(System Integrator)は必要でしょうね。これも特に形態にこだわりはないですが、われわれは中長期的視野に立ってビジネスを組み立てています。1年だけのビジネスではなく、10〜20年と発展にコミットできる会社が望ましいです。

―向こう1年間、どのような戦略を立てていきますか。

 まずはKrogerとともに大規模な成長戦略を描いていきます。現在、ほぼ全米のKrogerの店舗にCooler Screensが導入されていますが、今年は米国の食料品市場の5〜10%にまでアクセスできるようにしていく考えです。

 Cooler Screensは実店舗のメディア化を完成させる存在でありたいです。インターネットが、最初は個々のウェブサイトとして成長し、その後Googleのような企業が登場したように、同じ進化が店舗でのマーケティングにも起こると考えています。

 最初は、小売業者がそれぞれ独自のものを導入するでしょう。誰かがSamsungのスクリーンを設置し、また別のデジタル・サイネージ・プロジェクトを立ち上げる。昔のインターネット時代のように、誰もが独自のバージョンを導入するでしょう。しかし、最終的には、Cooler Screensのような機能が必要であるという認識が広まり、全ての店舗を支えるテクノロジーになっていきたいですね。

image: Cooler Screens HP



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