低コスト・小音・統合容易なCM1
―液体が入ったグラスを車体の上に乗せたまま走行しても、グラスが倒れないとはすごい技術です。なぜ、従来とは全く異なるサスペンションを開発しようと思ったのでしょうか。
車での移動中も人々が生産的な時間を過ごせるようにしたい、と考えたのがきっかけです。創業した2009年、私たちはニューヨークに住んでいました。当時、ライドシェアのUberが始まった頃で、私はUberをよく利用していました。乗車中、私は後部座席でノートパソコンを開き、仕事をしようとしていましたが、車が揺れに揺れるので仕事には全くなりませんでした。そこで疑問に思ったのです。「なぜ車内は走行中、こんなにも揺れるのだろう」と。
そこで私たちはリサーチを重ね、「車が揺れる」根本の原因は、サスペンションを制御できるソフトウェアが存在しないことにある、と気づきました。そこで、全く新たなサスペンションを開発し、「揺れない車」を実現しようと決意したのです。
―ClearMotionの技術の特異性について、詳しく教えてください。
当社のアクティブ・サスペンションである「CM1」の技術を、車の構造に詳しくない人に向けて説明すると、イヤホンの「ノイズキャンセリング」のようなものだと理解してもらうのが分かりやすいと思います。サスペンションに4つ取り付けたマイクロコントローラーチップが、道路の窪みや盛り上がりを感知し、それをソフトウェアが制御します。指示を受けたアクチュエーターが、上下に揺れる方向と連動させてタイヤを引き上げる・引き下げることで、揺れを防いでいるのです。
言葉で表現すると、この技術はとても簡単なように聞こえますが、話はそう単純ではありません。なぜなら、車は非常に大きな力・加速度で走っており、路面の情報を入力してすぐに反応させるのは至難の業です。私たちも、現在の製品CM1に辿り着くまでには、100以上のプロトタイプを試しています。
当社の技術で最も優れているのは、低コストかつ小音で駆動し、さまざまなサイズの車両に統合可能、という点です。これを可能にしているのは、CM1のアーキテクチャそのもので、油圧を使ってギア比(タイヤが1回転するのに必要なモーターの回転数)を高い状態のまま維持させています。さらに、「RoadMotion」というソフトウェアは路面のデータも収集しています。収集したデータはクラウドに送られ、走行時の安定性向上や路面マップの作成に役立てられます。
image: ClearMotion
向こう10年で「揺れない」は当たり前に
―現在、CM1を搭載している車は販売されているのでしょうか。
われわれの挑戦はまだ始まったばかりです。すでにメルセデス・ベンツのデモカーには搭載されていますが、市場に投入されるのは2024年末になる予定です。すでに多くのOEMメーカーから高い関心が寄せられており、われわれの計画としてはプレミアムセグメント、つまり高級車から導入を開始し、販売台数が増えるに従って、大衆車へと対象を拡大する予定です。
―すでにCM1の製品化と市場投入に向けて動いている、ということですね。
CM1の研究開発には多くの時間とコストがかかっていますが、現在は調達した資金のメインの使い道を、研究開発から商品化に移しています。当然ですが、技術は製品になって初めて完成します。今後は大量生産できる工場の展開を進め、製品の品質を向上させながら、市場投入に向けて準備を進めていきます。
―CM1を搭載するのが自動車メーカーにとって当たり前になる日が来る、という自信はありますか。
それに関しては確信しています。当社はこの技術を開発する企業でも最先端と言っていいレベルにあり、低コストで導入を実現します。500件を超える特許ポートフォリオも保有していて、技術面ではトップランナーでしょう。
「揺れない車」が当たり前になる、ということを理解してもらうには「自動緊急ブレーキ」の技術を引き合いに出すのが最も分かりやすいと思います。この技術が開発された当初も、高級車から導入が始まり、コストが下がるにつれ、今や多くの自動車で当然のように搭載されています。消費者は、一度素晴らしい技術に出合うと、その体験を忘れられないものなのです。時間軸で言えば「揺れない車」が大衆車にまで搭載されるようになるには、10年はかかるでしょうが、将来的に多くの車で乗車時のストレスが激減するでしょう。
ブリヂストンやマイクロソフトも投資
―創業から10年以上が経過していますが、これまでの成長を示す数字を教えてください。
われわれは投資家から、3億5,000万ドル程度の資金を調達しています。ブリヂストンやMicrosoftといったグローバル企業も戦略的投資家です。売上高は公開していませんが、導入予定の車両台数に関して言えば、かなり大きな受注を経験しています。
―両社とのパートナーシップについて、詳しく教えてください。
ブリヂストンのコア事業はもちろんタイヤ事業ですが、彼らは成長事業の1つとして、タイヤデータやモビリティデータを活用して新しい価値を提供するモビリティソリューションを掲げています。当社の技術特性とそれらがマッチしているということでしょう。「車体制御」と「タイヤ」というは多くのシナジーがあります。結局のところ、路面に接しているのはタイヤですからね。
Microsoftに関しては、RoadMotionを通して得られるデータについて興味を持っています。例えば道路の隆起や走行情報、車両そのものから取得できるデータなどです。当社が保有する技術ではなく、こうしたデータに関心があるはずです。また、同社は当社の「1日1時間を通勤などで過ごす車内時間を、より快適なものにする」というミッションに共感しているのだと思います。彼らも、言わずと知れた生産性向上のためにさまざまな事業を展開する会社ですから。
日本市場ではメーカーと金融機関との協業に関心アリ
―日本市場をどのように評価していますか。
そもそも、1990年代、最初に「揺れの少ない車」を実現しようとしたのはトヨタや日産、日立などのメーカーです。今後、さまざまな研究機関やメーカーと話をしてみたいですね。
また、車内での時間を快適に過ごす、というコンセプトには、多くの日本企業が共感していると感じています。例えば、ソニーは映画やゲームを楽しめることを前提とした車を開発すると発表しています。日本市場そのものに対して、ポジティブな感触を持っています。
―日本の大企業とのパートナーシップを考えた時、どのような形態が理想だと考えていますか。
最も簡単な方法は、対顧客という関係性でしょう。つまり、われわれの技術を販売することです。ただ、われわれは他の形態のパートナーシップにも関心を持っています。例えば、ブリヂストンのように、戦略的投資家、という関係性や、金融機関からの投資という関係性です。特に、金融機関は「揺れない車」が次の自動車業界のメガトレンドだと認識しています。消費者の行動も変化し始めていて、このテクノロジーは向こう10年間の新車販売において「必需品」になるだろうと予想しているのです。技術的にトップランナーを走る当社に興味を持つのは、当然だと思います。
―最後に、長期的なビジョンについて教えてください。
現在、当社のサスペンションは上下方向の揺れを制御することに特化していますが、今後はさらに技術開発を進め、カーブなどの際に経験する横方向の揺れにも対応できる技術を開発しています。最終的には、乗客に「全く揺れない車内体験」を届けていきたいですね。