「競合他社とは違う、本物の空飛ぶクルマ」――。シリコンバレー発のスタートアップASKAが開発するのは、単なる移動手段ではない。公道を走り、駐車場から垂直離陸し、独自のハイブリッド駆動で400キロを移動する。特別なインフラを必要としないその「リアリティ」で、米連邦航空局(FAA)からの認証取得への道筋も着実に固まりつつある。すでにJR東日本との提携も進める同社を率いるのは、日本人シリアルアントレプレナーのMaki Kaplinsky(カプリンスキー真紀)氏だ。3度目の起業で挑む空の革命について、創業の背景と勝算を聞いた。

目次
「本物の空飛ぶクルマ」へのこだわり
「都市への人口集中」の解決目指して創業
米連邦航空局の認証プロセス「G1」は締結寸前
企業や医療機関からプレオーダー200件
「新幹線が通らない場所」も繋ぐ

「本物の空飛ぶクルマ」へのこだわり

「『ASKA A5』は、ハイブリッド電動仕様で空陸両用な『本物の空飛ぶクルマ』です」と真紀氏は胸を張る。

 4人乗りで、車モードの時のサイズは大きめのSUVぐらい。収納してある翼を広げると、6基のプロペラを使って垂直に離着陸ができる。空中で止まるいわゆるホバリングもでき、その後はトランジションして飛行機のように前方飛行するという仕組みだ。着陸した後は、また翼を機体の上に格納して走行できる。最大飛行距離は400キロで、速度は時速240キロに達する。

 この機体の開発には、2018年の創業から試行錯誤があった。

「デザインは大きく3回変わりました。最初はもっと車、本当に乗用車のような形をしていて『車っぽかった』んですけど、やはりエネルギーの効率ですとかいろいろ考慮して。現在確定したデザインは『走行機能のある飛行機』という形ですね」

 ファーストマイルとラストマイルを走行機能でカバーできるため、「ドアツードアでいける」製品に仕上がった。

 「ASKA A5」の最大の特徴である「400キロ」という飛行距離を実現しているのが、独自のハイブリッドシステムだ。

「走行も飛行も電動モーターで行います。飛行中にバッテリーを充電する『レンジエクステンダー』と呼ばれるエンジンを搭載しています。エンジンが発電して、減った分のバッテリーを充電するんです。駆動自体は電動モーターだけれども、電力をエンジンで発電すると。それがあるからこそ、他の電動垂直離着陸機(eVTOL)と比較して400キロという長い距離をワンチャージで飛べるという仕組みです」

 具体的には、飛行のために6個のモーターが搭載されており、走行のためにはタイヤの内側に埋め込んだ「インホイールモーター」を使用して駆動している。

image : ASKA 翼を開いた「ASKA A5」の飛行モード

「都市への人口集中」の解決目指して創業

 では、このような画期的な機体を生み出した真紀氏とは、どのような人物なのか。

 真紀氏は名古屋の高校を卒業後、イギリスへ留学し、大学卒業後にイスラエルの大学院へと進んだ。卒業後は日系商社のテルアビブ支店でビジネス開発を担当した。

「当時はちらほらスタートアップですとか、若くして起業している方々も多かったですし、そういう刺激を受けて2001年に最初のスタートアップをテルアビブで起業しました」

 その後、ちょうど10年後の2011年に東京で2社目となるIoT領域のスタートアップ、IQPコーポレーションを起業。この会社は2017年にGEデジタル(GEのデジタル事業部門、2021年に新エネルギー会社GEベルノバに統合)に売却した。現在のASKAは2018年に創業した3社目のスタートアップになる。

 これら3つの会社はすべて、長年のパートナーであるGuy Kaplinsky(ガイ・カプリンスキー)氏との共同創業だ。「共同創業者であるパートナーともうかれこれ25年ぐらい、一緒に創業して経営してきております」と真紀氏は語る。ちなみにプライベートでは3人の子供がいるという。

Maki Kaplinsky(カプリンスキー真紀)
Co-Founder & COO
日本出身。商社勤務やIT、防衛関連事業の立ち上げを経て複数のスタートアップを創業。そのうち、IoTアプリケーション開発企業はGeneral Electric(GE)に売却した。2018年にパートナーと共にASKAを設立し、次世代エアモビリティの社会実装に挑戦している。
 ソフトウエア企業として実績を積んできた真紀氏らが、なぜ今回ハードウエアである「乗り物」へ転換したのか。それは前社を売却する前からの「大きな夢」だった。

「きっかけは、都市への人口集中というグローバル規模の社会問題です。典型的な例が東京や、私が今住んでいるシリコンバレーもそうですが、資本や人、才能など全てが一極に集中しています。そんな中で、狭くて高いスペースで生活したり、交通渋滞の中みんなが生活したりしている。一方では地方は過疎化が進んで活力を失っている状況を、日本でもアメリカでもよく見てきました」

 この課題を解決するための発想が、新たなモビリティによる地域間連携だった。

 そこで生まれたのが、都会と離れた不便な場所を新しいモビリティで繋げるという発想だ。そうすることで、人やお金、活力が地方にも分散できる新しい流れが作れる。「そんな流れを環境にやさしい形で作ったら、しかも『新しいインフラに依存しない形』で作れたら。それが元々のきっかけですね」

 当時、すでにこの業界ではいくつかの企業がeVTOLのテスト飛行を行っていたが、真紀氏の目にはそれらが「結局は飛行に特化した電動のヘリコプター」に映ったという。

「やはり実用性を持った製品で飛距離を伸ばしたいというところで、電動だけでなくエンジンとのハイブリッドの製品にしました。あとはやはりインフラに依存したくない。空も陸も両方利用できる乗り物にしようと思ったのがきっかけですね」

米連邦航空局の認証プロセス「G1」は締結寸前

 機体に話を戻すと、空飛ぶクルマの実用化には機体の認証だけでなく、操縦者の要件も明確にする必要がある。

「操縦するためには車の運転免許と、飛行のためのパイロット免許が必要となります。ですからパイロット1人と乗客3名の、合計4人乗りとなります」

 機体認証については「型式証明」と呼ばれるものがあり、米連邦航空局(FAA)とともにその取得へ向けて2022年10月にプロセスを開始した。並行して、FAAからプロトタイプ用の特別証明を取得してテスト飛行を行ったり、走行に関しては車両管理局(DMV)からナンバープレートを取得し、一般道での許可を得て走らせているという。

 FAAとの協議は順調に進んでおり、現在は認証プロセスの最初の大きな関門である「G1」の達成が視野に入っている。

「FAAとは2022年からずっとやってきておりますし、いい関係を保てています。大きな一番最初のマイルストーンと呼ばれているこの『G1』、もうそこのほぼ締結寸前まで来ています」

 真紀氏は現在の市場環境について、競合の存在を含めて前向きに捉えている。

「我々のラッキーなところは、もうフロントランナーがいますよね。アメリカでいうとジョビー・アビエーション(Joby Aviation)ですとか。彼らが道を作っていってくれているところもあります。この空飛ぶクルマは『パワードリフト(Powerd lift)』と呼ばれる新しい認証カテゴリーができるんですけれども、タイミング的には(レギュレーションなどが)すごく成熟してきている状況にあります」

 そして2025年、開発をさらに加速させる大きな転機が訪れた。シリコンバレーの拠点ではスケールアップに限界があったため、より広大なフィールドを求めたのだ。

「2025年の2月末に、シリコンバレーから車で90分ぐらいの場所にあるプライベートの空港を購入したんです。その後、周辺の土地も購入してそのプロセスがようやく2025年の5月ぐらいに完了しました。そこに本社も今移し、開発、テスト、将来の製造に関しても、一気に加速できる拠点をまず得たというのが大きなところだと思います」

 真紀氏は「(インタビュー中の)今まさにそこにいるんですけど」と笑う。そこは1942年に作られ、かつてはアメリカ軍の基地として5,000人以上のパイロットが卒業した歴史ある場所だという。

「355エーカー、東京ドーム80個分ぐらいで、そこに滑走路があって、ヘリパッドがあって。プロトタイプを作ったりテストができたり、FAAにももちろん来ていただいてテスト飛行の許可もいただいています。ASKAだけだともったいないので、他の航空系のスタートアップ、ドローンですとか電動飛行機のテストも今行われています」

image : ASKA 翼を閉じた「ASKA A5」の走行モード

企業や医療機関からプレオーダー200件

 現在、市場からの反応はどうなのか。真紀氏は現状の手応えをこう語る。

「おかげさまでプレオーダー(予約)を200件いただいています。個人の方々もいらっしゃいますし、企業の方々、医療系ですとか、あと地方自治体からも引き合いがあります」

「ASKA A5」が評価されているポイントは明確だ。ハイブリッドで飛距離が伸びたこと、そして何より「空陸両用」であることだ。

「本当に狭い、ヘリパッドぐらいのスペースさえあれば“場所を繋げられる”と。インフラ整備の整っていない地方のような場所を繋げられるというところを評価していただいているんだと思います」

 ただ、認証取得は時間がかかる作業であり、「まだまだこれからテストを重ねて、少なくともあと3年かかる見込みです」と真紀氏は気を引き締める。

「新幹線が通らない場所」も繋ぐ

 日本市場への展開に向けても、まずアメリカのFAAから型式証明を取得して商用化を目指すことが重要だ。FAAが締結している航空安全に関する相互承認協定に基づき、他国でも効率的に商用化が可能になるからだ。

「日本の国土交通省航空局もその協定を持っているので。日本での商用化はもちろん目指しています」

 すでに日本の企業からもオーダーが入っており、特に観光業、運送、ホテルからの関心が高いという。その代表例がJR東日本との連携だ。

「JR東日本さんは高輪ゲートウェイシティを拠点とした未来のプレミアム観光を提案していらっしゃるので、それを一緒にさせていただく。モックアップを一緒に作って展示させていただいています。大自然の中ですとか、新幹線が通っていない不便な場所がありますよね。そういう場所を繋げられるのが我々の強みだと思っているので、自然を守りながら、日本でもご利用いただければなというふうに思っています」

 最後に、真紀氏は5年〜10年先を見据えたビジョンを語った。それは環境や観光、都市間の移動に加え、「災害時の対応」という公共性の高い領域での社会貢献だ。

「被災地への搬送ですとか、あと人命救助、そういうミッションに活用していけたらと思ってます。やっぱり特徴としては、陸と空を両方利用できるので、最短・時短で、最短距離で移動できると。近くに着陸できるスペースがないようなところでも、最後はASKAは車として機能するので。そういうところを利用してお役に立てたらなというふうに思っています」



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