ACSL(本社:東京)はインフラや物流、防災分野で活用される産業用ドローンの開発と製造をするスタートアップである。生活の基盤となる社会インフラは老朽化が進む一方、そのメンテナンスは危険で大変な苦労を伴う。ACSLのドローンはこうした「苦役」から作業員を解放し、持続可能な社会をつくっていくことをミッションとする企業だ。経済安保の観点からも国産にこだわったセキュリティの高いドローンを提供する。産業用ドローンの社会実装における現状と将来展望について、代表取締役社長の鷲谷聡之氏に話を聞いた。

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「きつい、汚い、危険」な作業をドローンが担う 人手不足対策にも

――御社のドローンは、どんな社会課題を解決するものですか。

 主にインフラ点検や防災・災害、物流の3分野にドローンを提供しています。例えば、鉄塔や下水道管などの設備点検や、郵便物を運ぶラストワンマイルのデリバリー、自衛隊や消防庁と提携して災害発生時における支援といったところにドローンが使われています。

 面白いところでは、下水道管の点検に使われるドローンがあります。例えば、下水道点検は通常、マンホールを開けて酸素濃度を測り、安全を確認してから作業員が中に入っていきます。こういった作業はとても「きつい、汚い、危険」な現場ですが、私たちのドローンを使えば、専用の器具を使ってドローンを中へ降ろし、タブレットでリモコン操作するだけで点検ができます。このドローンは4輪タイヤが付いたクローラー型となっていて、建設コンサルタント会社から依頼を受けて開発しました。

 下水道のメンテナンスは重要なインフラ問題であるにもかかわらず、なかなか誰もやりたがらない­仕事です。労働人口が減少している今は、尚更、人材確保は厳しいでしょう。人手が不要のドローンなら、こうした難題も解決することができます。

鷲谷聡之
ACSL
代表取締役社長
イギリス・フィンランドなどで幼少期の大部分を過ごす。早稲田大学創造理工学研究科修士課程修了、専攻は環境建築工学。マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、日本支社、スウェーデン支社で日本と欧州企業の成長戦略や組織再編などの経営改革プロジェクトに従事。2016年7月、日本初のドローンメーカーという新産業創出の機会と可能性に引かれACSLに参画し執行役員Vice Presidentに。同年12月取締役最高財務責任者(CFO)兼最高戦略責任者(CSO)に就任。取締役最高事業推進責任者(CMO)、取締役最高執行責任者(COO)を経て、2020年6月代表取締役社長兼最高執行責任者(COO)に就任。2022年3月より現職。

――それはとても社会的意義のある、面白い試みだと思います。社会実装はどこまで進んでいるのでしょうか。

 下水道点検向けのドローンは、いくつかの事業者様からお声がけをいただき、フィールドテストを実施している段階です。下水道事業は自治体ごとに入札が行われるので、落札した建設コンサルタントなどへドローンを提供しています。自治体ごとに事業者が異なるため、一気に全国に広がるというわけにはいきませんが、地域ごとにカバーしていく形でサービスが広がっています。とはいえ、この業界に強いリーダー的な企業と組んで実績を増やしていけば、一気に全国に広がる可能性も十分にあります。

――実際に社会実装に入っているドローンはあるのですか。

 今年から来年にかけて、物流分野のドローンは実証実験のフェーズから、社会実装のフェーズに移るとみています。というのもドローン物流を成功させるためのビジネスモデルが明らかになってきたからです。昔は「ドローン物流」というと、ドローンだけで完結するものと考えられてきました。しかし、実際はどうしてもドローンだけでは完結できない、「陸の物流」が必要になることが分かったのです。つまり陸の物流と、空の物流をどのように繋いでいくか「物流の最適化」が求められていました。この成果を受け、提携するセイノーホールディングスとドローン物流の運用を各地で始めようとしています。

Image:ACSL

――通常、社会実装の進め方は、どういう流れをたどるものなのですか。

 今年3月に、5つの自治体が集まってスマート物流を推進する協議会が発足しました。これは陸の輸送と、空のドローンを組み合わせた新しい物流の地域実装を検討する場です。私たちはこの協議会にメーカーとして参加しています。こうした自治体、官公庁、企業との連携に参加させていただきながら、ルールメインキングとパブリックアウェアネスに努めています。

 日本のインフラ点検需要の規模を考えれば、ドローン市場は潜在的には10兆円規模あってもおかしくありません。ただ、今は顕在化している需要がまだ少ないため、潜在的なポテンシャルを掘り起こしながら市場を創造しているところです。人手不足に悩む業界や、地理的にアクセスが不便な自治体など、課題を抱えているところに「ドローンを使ってみませんか」と提案し、社会実装に必要な要件をクリアにしていく流れです。

 しかも同じやり方が他の自治体で通じるかと言えば、一概にそうとは言えません。進み具合やキーパーソンとなる事業者などは自治体によっても異なります。同じやり方が通用しないからこそ、どれだけアンテナを高く張るかが勝負だと思っています。

セキュアなドローンで安価な中国製に対抗

――2021年の売上は増収でした。事業収益はどこから得ているのですか。

 機体販売によるものと、実証実験のための開発受託によるものの2種類があります。昨年は機体販売が順調に伸びたために増収となりました。開発受託は、要望を聞いて開発スコープに合わせた金額を頂くような形を取っており、年によって変動は大きいですが収益化できています。

 昨年、国産では初めて、小型空撮ドローン「SOTEN(蒼天)」の量産化に成功しました。これは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募事業に当社が採択され、開発した汎用ドローンです。今、各国のドローン業界では経済安保の観点から、「脱中国製ドローン」の動きが加速しています。現在使われているドローン需要の代替品として、私たちの安心・安全なドローンが選ばれるようになってきました。そのおかげで、安定した売上を確保できるようになってきています。

――ドローンの選定にあたって、セキュリティが重要なポイントになってきているということですか。

 もともと、ドローンの情報セキュリティはきちんと確保しておかなければならないという考え方はありました。ドローンは撮影画像やフライトログなど情報を取得・蓄積するIoT機器だからです。特に最近は、経済安保の観点やウクライナ情勢を受けて、こうした機運が一段と高まってきています。

 NEDOの公募事業では、ヤマハ発動機やNTTドコモ、ザクティなど5社とコンソーシアムを組成し、ドローンの基盤技術づくりに取り組みました。ACSLはこのコンソーシアムで主導的な役割を果たしています。ドローンのセキュリティを高めるためには、カメラや通信を制御する必要がありますが、その制御技術は私たちの得意とするところだからです。

 もともとACSLの始まりは、自律制御システム研究所の設立からです。この研究所は無人航空機の研究を長年続けてきた千葉大学の野波健蔵教授(現・名誉教授)により設立されました。他社のドローンは一般的に線形制御を使っているのですが、私たちのドローンは非線形制御を採用しているのが特徴です。この技術の強いところは、急な突風が吹いた時にも姿勢を維持できるところです。

Image:ACSL

「大脳」「小脳」による自律的な制御技術に強み

――他のドローンメーカーとの違いや差別化ポイントは、どんなところにありますか。

 ドローンの基本形は玩具のラジコンと同じです。このドローンを産業用途で使えるようにするためには、3つの観点が必要だと考えています。その1つは耐風性と安定性に強い制御力と、環境を認識できる自律制御力をもつソフトウェアです。この制御アルゴリズムを私たちは自律神経にあたる「小脳」と、五感にあたる「大脳」と呼んでいて、自社で開発しています。

 ACSLの技術開発力は「自律制御技術」にあり、創業当初から最先端の制御アルゴリズムを用いた独自のフライトコントローラーを自社開発し、提供してきました。この制御技術によって、ドローンの「大脳」と「小脳」をコントロールし、多様な用途においても、自律的に飛行し、高い性能・安全性・信頼性を実現しています。

 自分達でソフトウェアを開発しているおかげで、機体もカスタマイズできる点が、当社のもう1つの特徴です。ドローンは例えば、煙突の中を飛ぶのか、下水道管の中を飛ぶのかなど、条件によって変わってきます。ブルドーザーやミキサー車のような重機類も用途によって、だいぶ姿が違いますね。ドローンも同じく飛行環境やミッションに合わせて機体を変えるべきなのです。汎用的な産業用ドローンというのは実は現実的ではありません。

 一方で、大半のドローンメーカーは、オープンソースなソフトウェアを使っているか、中味がブラックボックスになっている中国製ソフトウェアを使っているので、大幅なカスタマイズが難しくなっています。

 もう1つ大事なのは、各種業界団体のような第3者の安全認証を当社が取得している点です。自分達が安全と訴えるだけでは信用に欠けますから、サードパーティによる安全保証の資格を明示できることがメーカーとしての責務だと考えています。

カメラ、電池、通信、量産開発など、あらゆるジャンルで協力関係求める

――今、必要としているパートナーシップには、どんなものがありますか。

 私たちはまだまだ発展途上のメーカーなので、モノづくりの面で協力してくれるパートナーを求めています。カメラや電池、通信などドローン性能に関わる重要な部分をグレードアップできるような企業や、量産開発のための設計開発を支援してくれる事業者を必要としています。ドローンのソリューションを業種に合わせてインテグレーションしてくれるようなバーティカルなSIerとも連携していきたいです。

海外需要の取り込みに向けて、インド事業立ち上げ

――これからの成長戦略をどのように描いていますか。

 2022年度の中期経営計画で「持続可能なグローバル・メーカーへ」を目標に掲げました。いまのビジネスモデルは開発投資先行型ですが、2025年までには持続可能な社会を実現するサステナブル企業になることが目標です。そのためには日本市場だけで戦うのでなく、海外にも目を向けていくつもりです。

 特にアメリカとインドは、新しい技術への投資意欲が強く、ビジネスがしやすい恵まれた環境となっています。インドには、すでにジョイントベンチャーを立ち上げる形で進出を果たしました。アメリカはまだ検討中ですが、ジョイントベンチャーの形ではなく、パートナーを探すか、100%子会社を立ち上げることになると思います。

――そこまで海外進出に積極的とは驚きました。御社のグローバル志向はどこから来るのですか。

 その背景には、当社で働く外国人従業員比率の高さが関係しているでしょう。現在、当社のCTOはアメリカ人ですし、社員の半数は海外から採用しています。私自身も中学時代までイギリスとフィンランドで過ごしました。採用に日本語の会話力は必須ではありません。社員の国籍も多様でダイバーシティが進んでいます。

 しかも、総じて当社の外国人社員は日本好きなメンバーばかりです。好きな場所で、面白いことにチャレンジしたいという人にぴったりな場所なのです。ですからどの外国人社員にもリモートではなく、日本に居住地を移して働いてもらっています。

目指すはグローバルでサステナブルな会社

――海外に精通した鷲谷社長ご自身は、なぜACSLに参画しようと思ったのですか。

 大学卒業後、入社したマッキンゼーでは製造業や製薬企業にコンサルタントとして入り、業務改革のお手伝いをしていました。ACSLに入社したのはマッキンゼーで同僚だった上司らに誘われたからです。当時の自分は、仕事に満足しており、まさに絶頂期でした。しかし、転職するなら一番いい時にするのが、最善ではないかと考えました。子ども時代から今まで、日本と海外の間で決断を迫られる人生でしたが、どの選択にも後悔したことはありません。

 コンサルタント時代と違って、今は採用も、契約も全てが自分の責任です。圧倒的に今までとは緊張感が違います。全ての責任を自分が負うようになって、世界の見方が変わったという実感があります。

 特に、私たちがフォーカスしている問題は、労働力問題です。これから老朽化したインフラ設備がますます増える一方、物流量は増加の一途をたどるでしょう。しかし、人口が減少している日本で、人員不足を解決するのは至難の技です。ドローンによって労働力問題解決の一助となり、自由で開放された持続可能な世界をつくるのが私たちの使命です。

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