Image: anek.soowannaphoom / Shutterstock
アジアのみならず、世界的に注目されるイノベーションエコシステムを誇るシンガポール。政府の強力なリーダーシップの下、産学官が連携してスタートアップを数々輩出する環境を整えている。政府は30年余り前からR&D(研究開発)を国家戦略に位置付け、イノベーションの創出を支えてきた。その中で、シンガポール経営大学(Singapore Management University, 以下SMU)には、イノベーション&アントレプレナーシップ研究所(Institute of Innovation & Entrepreneurship、以下IIE)という機関があり、ビジネスプランコンテストを隔年で開催するなど、起業家精神あふれる若い世代を世界中から引き付けている。シンガポールに多くの起業家が集まり、成長する背景には何があるのか。IIE在籍の専門家であり、起業家のShirley Wong氏に、産学官の取り組みなどを聞き、スタートアップエコシステムの強さを探った。


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シンガポールはどんな国?

 シンガポールとはどういう国か。国土面積は約720平方Kmと東京23区をやや上回る程度の広さで、人口は約569万人(2020年)と小国ながら1965年の建国以来、目覚ましい経済成長を遂げてきた。国際通貨基金(IMF)のデータ(2022年)によると、シンガポールの1人当たり名目GDPは79580米ドルと、日本の39240米ドルを大きく上回っている。

 スイスの有力ビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)が6月に発表した「世界競争力ランキング」の2022年版では、シンガポールはデンマーク、スイスに次いで3位だった。前年の5位から順位を上げたもので、過去5年間を見ると、2019年、2020年はトップだ。一方の日本は2022年は前年の31位から順位を3つ落とした34位と過去最低の順位となった。2018年の25位からじりじりと順位を落としている。同ランキングは「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の4分野でそれぞれ評価し、その評価を総合して63カ国の順位を決めている、

 また、調査会社StartupBlinkが発表した「世界のスタートアップエコシステムインデックス(Global Startup Ecosystem Index)」2022年版によると、シンガポールはAPACではトップ、世界でも7位と評価された。一方の日本は世界20位、APACでみると、シンガポール、オーストラリア、中国、インドに次ぐ5位だった。

出典:IMD

コロナの時代だからこそスタートアップの重要性が増す

 国土が小さく、資源も乏しいシンガポール。そこは日本とも共通する部分だ。だがシンガポールは海外から優秀な人材や企業を積極的に誘致してきたことや、金融ハブとしての発展、教育の充実、安定した政治体制などを背景に成長を遂げてきた。

 だが、新型コロナウイルスの流行で世界経済が打撃を受けた中でも、世界3位の競争力を維持し、スタートアップのエコシステムランキングでは順位を上げているのはなぜか。起業家やスタートアップへの支援や政策に大きな影響はなかったのか。

 Shirley Wong氏は「もちろんパンデミックで経済への打撃はありましたが、私たちの全体的な戦略には影響していません。つまり、国に富の創造と雇用創出をもたらす大きな戦略があり、それをあらゆる形態で取り入れていくやり方に変わりはありません。政府がスタートアップを支援する非常に多くのリソースを持っていることは重要な要素の1つです。それだけではなく、スタートアップがイノベーションの中心であることも重要であり、スタートアップが変化に対して非常に機敏(nimble)であることは周知の事実だと思います」と語る。

Shirley Wong
SMU Institute of Innovation & Entrepreneurship
Entrepreneur-in-Residence
IT業界で28年以上の経験がある起業家。1994年にFrontlineTechnologiesを共同創業し、2001年にシンガポール取引所に上場。同社はアジア太平洋地域11カ国に広がる5000人の従業員の組織に成長した(2008年にBritish TelecomGlobalServicesに売却)。現在はTNF Venturesのマネージングパートナー。2013年から2016年までシンガポール情報通信技術連盟会長。2020年、シンガポールの100 Women in Tech Listにも選出される。ビジネス関係の各種大会の審査員も数多く務める。

 シンガポール政府は1991年から国家戦略としてR&Dに力を入れている。経済や企業の変革を推進する科学者やエンジニアらの強力な基盤を作り、国家の経済発展を支えることが目的だ。1991年に5年間の国家技術計画を開始。その後も計画は5年ごとに更新し、2010年からは「Research, Innovation and Enterprise(RIE)」と位置付け、研究開発やイノベーション、人材育成を重視した財政支援を進めている。

 新型コロナのパンデミックをへて、このR&Dやイノベーションの戦略をさらに進め、よりレジリエンスがあり、持続可能でデジタル化された国を目指そうという位置づけを強めた。コロナ下でスタートアップの存在はより重要視されている。

Image: National Research Foundation シンガポールの30年に渡る研究開発やイノベーションへの戦略の取り組み

 2021〜2025年の5カ年計画「RIE2025」で、政府は引き続き毎年GDPの1%を研究開発やイノベーション、企業への投資に充てることを掲げた。総額は250億シンガポールドル(約2兆円)で、過去30年で最大の財政支援になる見通しだ。

 予算総額の29%は大学や研究機関の科学研究能力向上に充てられる。2025年に向けて、「製造業や貿易・コネクティビティ」「都市の課題解決と持続可能性」「人間の健康と可能性」「スマート国家とデジタルエコノミー」の4分野を新たな重点分野に位置付けた。

 Wong氏によると、パンデミックで経済が打撃を受けたため、新卒の学生たちの就職が困難な時期もあったが、政府は雇用支援やスタートアップ支援を続け、結果的に優秀な人材がスタートアップや中小企業、大学で働くことにつながったという。

 パンデミックによって一気に加速したデジタルトランスフォーメーション(DX)。Wong氏は「従来型の確立した組織とは対照的に、スタートアップはDXに対して非常にオープンです。彼らは変革やイノベーションの最前線におり、多くの人材、グローバルな人材がシンガポールに引き付けられ、集まります。シンガポールは多くの才能があり、イノベーションがあり、テクノロジーがあり、資本市場も活性化されます」と好循環を指摘する。

Image: National Research Foundation RIE2025で位置付けられた4つの重点分野

投資の選択肢、政府の包括的支援も充実 ユニコーンは12社に

 金融のハブでもあり、さまざまな税制の優遇措置もあるシンガポールは世界的にも投資が非常に活発な国の1つだ。Wong氏は「アーリーステージ、ミドルステージのスタートアップに投資するVCや、PE(Private Equity)ファンド、ファミリーオフィス(個人資産の運用会社)など、あらゆるレベルの投資家がシンガポールにはあふれています」と説明する。スタートアップは創業と同時に、さまざまな投資を受けるチャンスに恵まれた環境にあるといえる。

 現在、シンガポール発のユニコーンは12社。2009年創業のSea Limitedは代表的で、ニューヨーク市場に上場し、時価総額はシンガポールの上場企業の中でもトップクラスだ。スタートアップへの公的支援を集約したエコシステムの情報プラットフォームStartupSGには2022年6月現在、4644件のスタートアップ、218件のインキュベーター、アクセラレーター、1000以上の投資家の情報が搭載されている。

Image: StartupSG シンガポール発のユニコーン12社

 最近のスタートアップのトレンドについて、Wong氏はフィンテックやフードテック、アグリテック、ヘルステックなどさまざまな分野があるとした上で、「政府はディープテックに重点を置いています。単なるビジネスイノベーションではなく、テクノロジーによって可能になる分野を広げるスタートアップです」と語る。

「もちろん、AIやビッグデータも含まれますし、シンガポールは国土が狭く、農業が盛んではないため、フードテックでの代替肉開発、植物由来の食品の開発に取り組むスタートアップがあります。国が豊かになるにつれて、人々は健康をより意識し、かつ持続可能な生活を送りたいと願います。一方、農産物や家畜などであらゆる種類の病気が発生し、食料の持続可能性に影響を与える可能性がありますから、バイオテクノロジーの取り組みも進んでいます」

 SMUのIIEがインキュベートしているスタートアップにも代替乳開発に取り組んでいる起業家がいるという。では、多くのスタートアップを輩出するために、大学はどういった取り組みを展開しているのか。後編で紹介する。

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