生物やウイルスなど生命体の遺伝情報が塩基配列として記録・保存されている高分子物質である核酸の1つ、RNA(リボ核酸)を編集することで、さまざまな遺伝子治療の創出を目指すShape Therapeutics(本社:米ワシントン州シアトル)。DNAを直接編集する治療は、永久的な変化や免疫原性のリスクが高いことから、RNAによって病気の原因となる突然変異によって生じた欠陥や毒性のあるタンパク質に対処する治療法に挑んでいる。AIと機械学習を活用し、特定の標的に対するRNA治療薬の配列予測データなどを活かす。同社の共同創業者でCEOのFrancois Vigneault氏に、事業の特徴や今後の展望について聞いた。

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カナダ海軍を経てウイルス学者となり、RNA編集の分野で起業

――職業的背景やShape Therapeutics創業の経緯をお教えください。

 私はフランス系カナダ人で、ケベック州で生まれました。18歳でカナダ海軍に入隊し、軍艦の乗組員など、約10年間にわたり、主にブリティッシュ・コロンビア州の西海岸で勤務していました(1998年〜2008年)。将校になるには大学の学位を取得しなければなりません。エボラ出血熱のようなウイルスが世界で流行するというストーリーのアメリカ映画「アウトブレイク」を見て、私はウイルス学者になりたいと思っていました。そこで海軍に在籍しながら、Université Lavalで生物学を専攻し、微生物学や分子生物学を学びました。

 その後、Harvard Medical SchoolのGeorge Church研究室で遺伝学のポスドク(博士研究員)をすることになったのです(2007年〜2013年)。当時は次世代シーケンシングの黎明期でした。私は、免疫シーケンシングの初期技術アプローチを考案しました。

 その後、その技術を作った会社AbVitroを2012年にボストンで共同創業しました。AbVitroは2016年にバイオ医薬品企業のJuno therapeuticsに買収されました。そこでシアトルに移り、2年勤務したあと、Juno therapeuticsがバイオテクノロジー企業のCelgene社に買収されます。Celgeneもまたすぐに製薬最大手のBristol-Myers Squibbに買収されました。

 また新たな会社を自分で始めたいと思い、ヒト細胞におけるCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats。獲得免疫機構として機能するDNA領域)の研究者であるPrashant Maliとともに2018年にShape Therapeuticsを創業しました。彼はHarvardで同じ研究室に所属し、お互い知っていました。彼はRNA編集のためのアイデアを持っており、起業に至りました。

Francois Vigneault
Shape Therapeutics
Co-Founder & CEO
1998年にカナダ海軍に入隊し、軍艦の乗組員に。海軍に在籍しながら大学に通い、微生物学や分子生物学を学ぶ。2008年に海軍を辞めたあと、2013年までの間、Harvard Medical SchoolのGeorge Church研究室で遺伝学の博士研究員となる。2012年には考案した免疫シーケンシングの技術をもとに、AbVitro社を共同創業する。AbVitroが2016年にバイオ医薬品企業のJuno therapeuticsに買収されたため、2年勤務したのち、2018年にShape Therapeuticsを共同創業し、CEOとなる。

AI、機械学習を活用してデリバリーの成功確率を高める

――Shape Therapeuticsは、どのような課題を解消するのでしょうか。

 私たちは、今後数年間で患者の生活に最も影響を与える技術を考えました。1つはAIや機械学習をライフサイエンスに応用することです。GoogleやApple、Facebook、Microsoftが強力なAIを使っていますが、これをライフサイエンスに応用すれば、患者を救える新薬の創出につながると考えたのです。

 もう一つの技術分野は、RNAです。RNAはCOVID-19のワクチンでも話題になりましたが、5年前はそれほど関心は寄せられていませんでした。私たちは、AIとRNAを融合して、例えばパーキンソン病やアルツハイマー病など、さまざまな病気の治療に使われる新薬を作ろうと考えました。しかし、いざ形にしてみると、私たちが必要としていることを実現するためのツールが存在しないことに気づきました。

 そこで、私たちは新しいクラスのRNA技術を構築する必要がありました。また、患者の適切な組織にRNAをデリバリーするためのツールも必要でしたし、製造技術や機械学習技術も開発しました。

 例えば、パーキンソン病のような中枢神経系疾患に焦点を当てると、細胞の神経細胞に薬剤を適切にデリバリーする必要があります。従来はAAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを使っていました。しかしAAVは肝臓に対して毒性を発揮するなど、課題がありました。そこで、私たちは、AAVを変異させ、あらゆる組織型に特異的に作用するように研究しました。

 より良いデリバリーツールがあれば、たとえば脳だけに効く薬が欲しい、あるいは腎臓、肝臓、目に効く薬が欲しいということが実現できます。私たちは、製薬パートナーがより安全により早く患者さんに薬を届けられるように、その情報を提供することができます。

 日本には非常に大きな製薬会社があり、優れた技術をたくさん持っています。私たちが目指しているのは、彼らが患者さんを助けられるようなツールを作ることです。古典的なスタートアップのモデルは、技術を自分専用にしておくというものかもしれませんが、私たちはより多くの患者さんを助けたいのであれば、それを必要としている人たち全員に技術を提供したほうがいいと考えたのです。

 私たちが作ったRNA編集ツールは、非常に興味深いものです。当社は2021年8月にRoche社との30億ドル以上の提携を発表しました。RNAを使って目の疾患やパーキンソン病、アルツハイマーを研究しています。

Image:Shape Therapeutics

――RNAの技術についてもお教えください。

 CRISPRという言葉を聞いたことがありますか? (編注:CRISPR-Cas9は、本来、外来性ウイルスやプラスミドへの獲得免疫を与える微生物の適応免疫システムとして、細菌や古細菌において発見されたもの)。これはバクテリアのタンパク質で、人間の細胞に入れると、免疫反応を引き起こします。そこで、CRISPRを使わない方法を採用したいと考えました。

 我々は、ADAR(RNAに作用するアデノシンデアミナーゼ)と呼ばれる、全ての人間の細胞に自然に発現しているタンパク質を採用することにしたのです。このタンパク質が我々の望む場所において作用し、編集できるよう小さなRNAをデザインしたのです。この方法の優れている点は、パーキンソン病をはじめ、知られている2万もの遺伝子疾患に応用できることです。自然に存在するタンパク質を使うので非常に安全です。

 概念としては1980年代からある古いものですが、プロセスは効率的ではなく、体の望んだ場所にRNAを運ぶ手段がありませんでした。2018年に開始した際も編集効率は1〜4%でした。しかし、私たちは、何百万ものRNAをスクリーニングする方法を機械学習によって開発しました。

 大量のシーケンスデータを作成し、成功・失敗を見て、予測できるパターンがあるかどうかを確認してきました。4年間、何百万もの構造についてこの作業を続けた結果、私たちはシステムの仕組みを理解し、今では85%という非常に高い編集効率を達成できるようになりました。実験をするたびに学習するので、確率はどんどん高まっています。

より安心でより低額な遺伝子治療薬の製造技術開発が目標 日本にも製造拠点を探す

――ビジネス的には今どのような段階にあるのでしょうか?

 現在はシアトルとボストンに研究所があり、120名の従業員の85%は研究室にいて、データを作成しています。私たちは技術を構築し、実際の病気に関する概念実証(PoC)の上にそれらを構築します。一度臨床に出た技術は、何千何万という病気に対して使用することができます。ですから、私たちにとっては、この技術をより多くのパートナーに紹介し、さまざまなパートナーとともに、異なる患者さんに対してそれぞれの治療を行うことができるようにすることが重要なのです。多くの提携先と交渉中ですが、昨年発表したRoche社以外のものはまだ公表できません。

 私たちのような取り組みをしている会社はいくつかありますが、AAVを使っている会社は私の知る限りありません。AAVを採用したのは、1回の治療で済むからです。1回の注射で、パーキンソン病を治療することができるようになるのです。また、スクリーニングの規模も大きく違います。

 また、遺伝子治療薬の製造も効率的ではありませんが、私たちはより多くのウイルスを、より良い品質で、より低コストで発現させることができる新しい技術を構築しました。たとえば、今承認されている脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療で、1回の治療に米ドルで200万ドルもかかるものがあります。500万人も患者がいる病気に対してこの治療法を使っていたら経済的に破綻してしまいます。私たちは、自分たちで作った新しい製造技術によって、より安全で、より低額で、より良い治療ができることを伝えています。アメリカだけでなく、日本でも製造拠点を作れないか探しているところです。

 私たちの技術の多くは、今後30カ月で臨床に近いものになるでしょう。製造拠点のための資金調達も行っており、現在は適した場所を探しています。そして、私たちのツールを使いたいと考えているさまざまな企業と、パートナーシップを結んで交渉中です。

「多くのパートナーに技術を提供し、より多くの患者を助けたい」

――すでに日本の製薬会社とも関係を構築しているのでしょうか。

 私たちは過去4年間、多くの企業と話をしてきました。日本の製薬会社にもコンタクトをとってきました。創業間もない時期は当社には何もなく、私たちが何をしようとしているか、どの会社に説明しても「おそらくうまくいかないでしょう」と言われました。私は、もしうまくいったら、一緒にデータを見ましょうと伝えてきました。

 現在、日本の製薬会社は私たちが何をしようとしているのかをご存知です。そして当社は実際のデータ、良い数字も悪い数字も見せて、どうすればいいかを話し合っていこうと考えています。当社は製薬会社に対して、非常に正直でオープンなアプローチで業務に取り組んでいますので、その姿勢は多くの方々に好まれています。

 当社は遺伝子治療に焦点を当てていますので、日本で遺伝子治療を行っている企業や製薬会社とのパートナーシップを求めています。私たちの仕事は、新しい技術を利用する人々を教育し、彼らがそれを活用できるようにすることです。そして、より多くの患者さんを助けることが私たちの使命だと思っています。長期的なビジョンとしては、新しい技術を作り続けることで、毎年か、2年ごとに新しい技術を発表していく予定です。現在も、誰にも話していない新しい技術を構築しています。

 Rocheのように製薬会社とパートナーシップを結べば結ぶほど、より多くの技術が生まれ、より多くの患者さんを救うことができると考えています。そのためには多くの時間と労力がかかりますが、今後もより一層努力しています。

――日本企業の方々にメッセージはありますか。

 メッセージはシンプルです。「もしあなたが遺伝子治療に取り組んでいる企業で、よりよい技術や製造法が必要な場合、当社の技術を利用することで、多くの患者さんを助けることができます」というものです。実はCOVID-19流行前、日本への3週間ほどの出張を予定していたんです。残念ながらそれは実現しませんでしたが、2023年の春には、製薬会社などパートナー候補の企業と話し合うために日本に行きたいと考えています。

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