テクノロジーによって世界をより良い場所にしていきたい―。そんな夢を描いていたFacebookの元エンジニア2人が起業の際に選んだのは医療業界の課題だった。Alto Pharmacy(本社:米カリフォルニア州)は、処方薬をデリバリーするオンライン薬局だ。多くの患者が処方薬を受け取らないことで生じる医療費増大を回避し、誰もが安心して服薬できるよう、店舗を持たない代わりに、より早く、無料宅配する仕組みを構築した。創業者のひとりでCo-CEOのJamie Karraker氏に、創業の経緯や業況、ソフトバンク・ビジョン・ファンドから得た2億ドルの使途、将来展望などを聞いた。

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テクノロジー産業の恩恵をより多くの人に還元したい

 Karraker氏はウェストバージニア州の出身で、マサチューセッツ工科大学で物理学とコンピュータサイエンスを学ぶ。その後、Facebookに入社。Alto Pharmacyの共同創業者でCo-CEOとなるMattieu Gamache-Asselin氏に出会う。より良い世界のために大きな変化をもたらす場としてシリコンバレーを選び、共に質の高い技術や組織づくりを学んでいた2人。しかし、テクノロジー産業の恩恵を当たり前のように受けながら働く中で、疑問を感じるようになる。

「地元のウェストバージニアに住む友人や家族はテクノロジーの恩恵を受けておらず、十分なサービスを受けていない人々が大勢いました。私たちは、自分たちが築いた技術やネットワークで得た知識を、より多くの人々に還元し、より有意義な影響を与えたいと考え、ヘルスケア分野への関心が高まっていきました」

Jamie Karraker
Alto Pharmacy
Co-Founder & Co-CEO
マサチューセッツ工科大学でエンジニアリングとコンピューターサイエンスを学び、2013年にソフトウェアエンジニアとしてFacebookに入社。2015年、Facebook時代の同僚だったMattieu Gamache-Asselin氏とともに、Alto Pharmacy(当初の社名はScriptDash)を米サンフランシスコで創業する。

 テクノロジーが活用されていない医療業界の課題に注目するようになった2人は、業界の経験がないものの、消費者向け製品に近い薬局のビジネスに注目した。既存の薬局では、IT業界のようにユーザー体験を重視して作られた製品やサービスがなかったのだ。

 Karraker氏は「米国の既存薬局のネット・プロモーター・スコア(NPS、企業や商品、サービスへの顧客の愛着度や継続利用意向を測る指標)はマイナス5%と、とても悪かったのです。処方箋薬局では患者は店舗に薬を取りに行かなければならないのですが、米国では処方される半数の薬がピックアップされないか、服用されないという指摘があります。適切な服薬がなされていないことによる入院や治療費などの医療費が3000億ドルも発生するという問題につながっています。きちんと服薬できれば回避できる医療費です」と、処方箋薬局の課題を示した。

患者と医師をサポートするテクノロジーで急成長

 薬局で働いたことも医療業界の経験もなかった創業者の2人は、まず店舗型の薬局を買い取って、どのように薬局が運営されているか、知ることから始めた。自分たちの手を動かしながら薬局ビジネスの理解に努め、処方薬にまつわる薬剤師、医師、保険会社、卸業者、患者などの調整が困難なことを知り、これを改善するテクノロジーに大きなチャンスを見出したのだ。

 サンフランシスコ・ベイエリアにはおよそ500の小売薬局がある。Alto Pharmacyは同じエリアで無店舗ながら同等のサービスを提供している。Karraker氏は「ゴーストキッチンのようなもので、大量の薬がストックされた倉庫が私たちの薬局です。そこから薬を処方し、患者さんに即日無料配送を行っています。同時に医師、保険会社との間で必要な調整をすべて行います。患者さんには、プロセス全体を管理するアプリが提供されます。特に、非常に高価な薬や複雑な保険の手続きをしなければならない患者さんを支援することができるのです」とサービス内容を説明した。

 これまでは、患者自身が医師や保険会社に保険の適用可否を電話などで問い合わせをする必要があったが、Alto Pharmacyのサービスはこれらの対応を処理する。最安値の薬を探したり、クーポンによる割引情報を提供したりするなど、患者にとってより良い選択肢を自動かつ無料で提供する。店舗での待ち時間もない。

Image: Alto Pharmacy

 Karraker氏は「当社のネット・プロモーター・スコアは約90%です。既存の大手薬局と100ポイント近い差があります。この業界ではそんなことはあり得ないと言われていたのですが、私たちは顧客のロイヤリティを高めることができると証明しました」と語った。

 Alto Pharmacyは患者だけでなく、医師の負担軽減にも貢献している。Karraker氏によると、米国の平均的なクリニックでは、医師1人あたり週20時間以上を薬の手続きに費やしているという。それに加えて、医師以外のスタッフが電話やファクスで薬局とやり取りし、保険の手続きなどにも対処しているという。

 そこで同社は、医師向けに無料のソフトウェアを提供し、煩雑な作業を自動化している。医師側としては、Alto Pharmacy以外の薬局と取引する際には従来の面倒な作業が発生するため、なるべくAlto Pharmacyを使いたいと患者に勧めるようなパートナーシップが構築されていったのだ。

「私たちはマーケティングにそれほど力を入れていませんでしたが、医師とのパートナーシップが現在の成長につながっています。この成長チャネルがあったからこそ、競合スタートアップの2倍以上の収益を上げているのです。現在、私たちは年商約8億ドルで、前年比2倍以上の成長を遂げています。しかも成長は鈍化せず、加速しています」

 テクノロジー・ファーストのアプローチをとった無店舗経営のため、家賃や人件費も抑えられ、その結果、患者や医師に対して最良のサービスを提供できる。Alto Pharmacy 1拠点の売上は、アメリカの平均的な小売薬局のおよそ50倍ある一方、スタッフ数はわずか2倍と非常に高い効率で運営されている。固定経費を抑えることで、即日無料配送などのサービスが提供可能となっているのだ。

 新型コロナウイルスのパンデミックによってオンライン診療が広がった環境において、薬局に出向くよりもデリバリーの方が便利で快適であると、患者の考えが変わったことも同社の成長に大きく影響している。

Image: Alto Pharmacy

ソフトバンク・ビジョン・ファンドで得た資金で米国各都市に展開

 Alto Pharmacyは2022年1月、シリーズEでソフトバンク・ビジョン・ファンドをリードインベスターに2億ドル(約260億円)の資金を調達した。サービス提供エリアは、ニューヨークやロサンゼルス、デンバー、ダラス、ヒューストン、シアトルなど米国内の12都市に広がり、調達した資金によってさらに拡大していく計画だ。患者や医師に対するサービス自体も拡張できるようエンジニアリングチームにも投資をする。今後も2倍の成長を目指す。

 当面は米国市場での成長に重点を置く。グローバル展開に関しては、Alto Pharmacyと同じような薬局のモデルを持ち込みたい市場があれば、ジョイントベンチャーなど何らかの形で実現する可能性もあるとした。

 テクノロジーの恩恵を受けていない人たちをサポートするべく創業されたAlto Pharmacy。これからは調剤薬局以外の付加価値も高めていく計画だ。同社の長期ビジョンにKarraker氏は次のようにコメントした。

「薬局の役割を、物理的な薬の流通経路としてだけでなく、患者が個人として最適な治療オプションを利用できるように支援するプラットフォームとして捉え始めてほしいと思っています」

「治療の選択肢は、薬もあれば、栄養指導、行動指導、マインドフルネス、遺伝子治療などの場合もあります。新しい治療法は次々と登場していますが、その多くが流通に苦慮しており、必要としている患者さんに届けられていません。私たちは、患者に最適な治療法を特定し、そのデータや推奨事項をすべて医師や医療事業者、保険会社と共有できます。薬局という立場から医療のエコシステム全体に多大な価値を付加できるのです」

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