意外なところで発見した「3Dモデル」の検索ニーズ
Physnaの創業者、Powers氏の経歴は非常にバラエティに富んだものだ。16歳で初めての起業をスタートさせ、自分で学費を稼ぎながら、ハーバード大学で学び、その後、ドイツのハイデルベルク大学で学ぶためにヨーロッパに渡った。卒業までにいくつかのテクノロジー企業を経営し、自分のアイデアを固めていったというPowers氏は、最終的に3Dモデルにたどり着いた経緯を次のように述べる。
「Physnaのアイデアはロースクールで学んでいた時に生まれたものです。特許侵害を調査している時、商標権やロゴ、テキストなど平面的なものは検索できますが、3Dデータが検索できないことに気づいたのです。ほかに幾何学的検索や形状検索ができる技術をいろいろ調べてみましたが、本当の意味で使えるものは存在しなかったため、ビジネスチャンスを感じました」
当初、特定の問題を解決するためのアイデアだったが、提案をユーザーに持ち込んだところ、特許調査だけでなく、もっと幅広いニーズがあることに気づく。それは、Physnaが3Dモデルの再利用を可能にし、設計を効率化するためのサービスとして展開できるというものだ。たとえば、ある製造現場で部品が足りない場合、似た部品や構成する部品の替わりとなるものを探すことも可能となる。顧客は代替品の調達にかかる時間を短縮できるため、サプライチェーンの強化にも貢献できるのだ。
在庫切れでもデータベースから代替品を自動で検索
現在、主な顧客は自動車メーカーやロボット・エレクトロニクス、航空宇宙関連、電子機器や消費財メーカーなど、さまざまな業種があるという。しかも、メーカーと密接な関係にある設計会社や卸売商社、メンテナンス会社にいたるまでニーズの裾野は広い。
既存のCADツールには、設計したモデルの重複を識別ができるサービスはあるが、部品がどこで作られ、どのように使われているか製品ライフサイクル全体の把握には対応していない。PhysnaはRFIDタグやバーコードなど、リアルな部品と連動させて、在庫管理のようなユースケースに発展できるものを志向している。
同様なアプローチをとる競合企業はおらず、Powers氏は、むしろ従来のやり方そのものが脅威だと注意を促した。大企業ほど、設計システムや考え方をスピーディに変化させることが難しいからだ。
Image: Physna HP
Physnaでは、Googleのサーチエンジンのように3Dモデルをクロールしてインデックスしている。これによって、Physnaと契約するサプライヤーから、製造に必要な部品とマッチするものを見つけ出して、調達することが可能となった。
たとえば、自動車メーカーがエンジンを設計し、その3Dモデルをアップロードすると、「この部品は、こちらのサプライヤーに注文できます」と表示されるほか、「この部品と部品を結びつければ、まったく同じ部品が調達できます」とも示す。つまり、同一部品がなかった場合でも、他の選択肢を提案できるのだ。
ビジネスモデルは一般的なSaaS型で、ソフトウェアを利用する人数や件数に応じた収益があがる仕組み。売上高の成長率は、前年比2~3倍で伸びており、来年はさらに3倍増を見込んでいるという。ユーザー数も非常に高い伸び率を示すなど好調だ。
また、3Dモデル検索を普及させるために、個人がポートフォリオを無料で公開して利用できるコミュニティ「Thangs.com」も立ち上げた。昨年の利用者は1~2万人足らずだったが、今年は250万人以上が利用したというほど人気を博している。
3Dが未来のソフトウェアを動かすエンジンになる
2021年1月と7月に、2000万ドルと5600万ドルを調達した。リード投資家のTiger Global Managementを筆頭に、GV(旧・Google Ventures)とSequoia Capitalといった世界的なベンチャーキャピタルが名を連ねる。
2020年までは3Dモデルと製品、そのインデックスを集めることに投資したが、今後は調達した資金をプラットフォームの拡充にあてる予定。そのための人員も前年比2倍の60人に増やした。
PhysnaのプラットフォームにAPIで企業のシステムから接続するような構想に加え、Thangs.comユーザーには3Dモデルを共同制作できるワークスペースのためのソフトウェアを提供する。3DモデルのGithubやGoogle Docsのようなものだ。
日本市場は、唯一の総代理店である3D設計受託・コンサルティングのSOLIZE株式会社を通じて、すでに契約する国内企業ユーザーにサービスを提供している。
Powers氏は、Physnaのミッションを物理的世界とデジタル世界の間におけるギャップを埋めることとし、長期的なビジョンについて次のように述べた。
「世界中の開発者や企業が、当社のコア技術を利用して独自のプログラムを開発すれば、通常では不可能なことを可能にすることができるでしょう。たとえば、がん治療も3DやAIで可能になる時代が来るかもしれません。将来的には、スマートグラスなどウェアラブル製品の開発も含めて、3Dの応用範囲はもっと広がります。次世代のソフトウェアは、より3D的なものになり、その中核になるのが私たちの目標です。そのために我々はサービスを提供し、ツールを構築していきます」
3Dデータが与えるインパクトは産業界だけにとどまらない。イノベーターやクリエイターに新たな可能性やインスピレーションを与え、今まで考えられなかった世界を創造するかもしれない。物理的世界とデジタル世界の融合が生む未来はどんなものか、今後の活躍に期待したい。