長らく進展のなかったGPS業界に改革をもたらし、より正確な測定を可能に
―まず御社の製品について教えてもらえますか。
私たちは、次世代のハイパフォーマンスGNSS(全球測位衛星システム)受信機を開発しています。この受信機は、携帯電話やウェラブルデバイスといったIoT製品、ライドシェアや運送トラック等位置情報が必要な機器に埋め込み可能です。
現代のデジタル機器は、どれもGNSS受信機が埋め込まれていますが、電波の悪い場所では位置情報がうまく認識できない場合があります。それは、衛星からのGNSS信号が建物等によって弾き返されていて、正確な位置情報の認識を妨げているからです。従って、都心部など混雑しているところでは、位置情報サービスにはまだまだ改善の余地があります。私たちの1ミリ×1ミリの非常に小さな受信機は、その問題を解決しようとしているのです。
Image: oneNav HP
―従来の技術とどのように異なるのですか?
一般的にこの技術はGPSとして知られていますが、もともと米空軍によって70年代に開発され、現在もその所有権は米空軍に属しています。その後80年代・90年代に一般向けに開放され応用されるようになりました。ロシアやEU、中国も独自の衛星測位システムを開発しています。日本では「みちびき」が有名ですね。
時代の進歩に伴い3G、4G、5Gといった通信システムは発達したものの、衛星測位システムはずっと古い技術を使用していてアップデートされたのはごく最近です。最新の技術はL5帯と呼ばれ、周波数は異なるもののGPSと互換性があり、より多くのデータを含んでいることから、今までよりも正確に位置情報を識別することを可能にします。私たちの受信機はこのL5帯を使っています。
市場の半導体企業は、従来の技術と私たちが使用するL5技術のハイブリッドのような受信機を使用しています。しかし、従来の受信機の周波数の幅が狭いことから、処理能力が足らず、最新のL5技術を存分に使いきれていないという現状もあります。私たちの受信機は、ハイブリッドではなく、最新技術を最大限活用できるよう開発してあります。
スタートアップという特性上、私たちはゼロから新しいものをデザインする必要がありました。なので、私たちには他の企業がまだ開発に追いついていない技術のアドバンテージを持っています。
低コスト、省エネ、小サイズの受信機を開発
―oneNavの創業の経緯は何ですか。
共同創設者であるPaul McBurney博士は、GNSS業界で30年以上もの経験を有しています。もともとAppleで開発担当を担っていました。彼は低コスト、省エネ、そして非常に小さなサイズの受信機をどのようにして開発したらいいのかを研究していました。
そこで、もう1人の共同創設者でSnapTrackのCEOであったSteve Poiznerとともに、2人は起業を決意し、2019年春にPoC(概念実証)を行いました。その後、社員も増え、会社も成長しました。社員のほとんどが、Intelなどの通信関連企業の出身者です。
私は実は、1980年代富士ゼロックスで勤務しており、日本に住んだ経験もあります。またいくつかのシリコンバレー企業の日本支社の立ち上げにも関わりました。世界初の携帯電話用位置情報追跡サービスは、NTTドコモのネットワークでした。私もずっと通信業界に従事しているので、NTTドコモ、KDDI、SoftBank等の日系企業と協働した経験があります。
―開発にあたって、どんな課題がありましたか。
起業当初は、技術的な課題が多かったですね。GNSS受信機の複雑さや、衛星システムも太陽フレアに影響されることから開発は困難を極めました。位置情報の正確な計算も、同期するためには1ミリ秒以内に行われるのが重要です。
また、L5帯を使用してより多くのデータをより小さな受信機に収めること自体が前代未聞だったので、技術的にこれを実現するのは大変でした。把握する限り、純粋にL5帯のみの受信機を作っている企業は現存していません。私たちは技術インフラに投資を行い、実現しました。
現在の課題は、携帯電話用の半導体を供給する大企業やOEM企業に私たちのIPをライセンス販売することです。私たちは半導体を作っているわけではありません。既に半導体業界は飽和状態で、私たちの入る隙はありません。
従って、私たちのような小さいスタートアップが目をつけてもらうのは難しいのです。また、既存の半導体企業に今使用しているGNSSを私たちの製品に変えるよう説得しなくてはいけません。私たちのソリューションの方が拡張性もあり、より革新的であることを証明しなくてはいけませんから。
全てのスマホにL5 GNSSソリューションを。ターゲット市場はアジア
―2021年5月にシリーズBの資金調達を行いました。調達した資金の用途を教えてください。また、今後の目標は何でしょうか。
GV、Norwest Venture Partners、GSR Ventruesといった投資家から2,100万ドルの資金を調達したので、主に技術投資に充てたいと考えています。また、一部は日本のような地域でのマーケティングやビジネス開発にも充てる予定です。多数の半導体企業が韓国や中国といったアジアの国に本拠地があるので、アジアへの拡大は必ず行う予定です。
将来的には、次の5年間で、全てのスマートフォンに私たちのGNSSソリューションが備わっているようにしたいです。私たちのライセンスモデルは、半導体メーカーにデザインや埋め込みの自由を与えます。最大限の柔軟性があるように設計してありますので、どのデバイスでも活用できます。
そこまで達成するのには数年ほどかかりますが、USB端子や、埋め込み型マイクといった巷でライセンス販売されているものに私たちのGNSSが加わるといいですね。数ヶ月前に最初の契約を締結し、今年ももう1社と契約を締結できそうなので、2022年にはクライアントの数を増やしたいです。
―日本では、どんな企業との提携に興味がありますか?
私たちは様々な大手の電子機器メーカーと交渉を行いましたが、主に通信事業者・アプリケーション開発企業・半導体メーカーに製品を紹介してきました。私たちの製品の使いやすさに興味を持ってくれるロジスティクス企業もありました。また、Uberのような位置情報に頼る運送関連・交通関連の企業も提携のポテンシャルが大きいように感じます。例えば、東京だと新宿のような大きい駅では迷子になりやすくユーザーとドライバーが見つけ合うのも一苦労ですし。
スマホメーカー、電子モジュールメーカー、また日系のセミコン企業で、次世代のL5帯ソリューションの採用に興味のある企業があれば、ぜひ話をしたいと思います。多額のリソースは必要ありませんし、チームが大きくなくても構いません。デザインは私たちに任せてくれれば大丈夫です。
―最後に、日本の読者にメッセージをお願いします。
GNSS業界では、私たちのしていることはかなりインパクトのあることです。携帯電話がアナログからデジタルに変わった時と同じくらい凄いことなのです。しかし、このようなことは20年に1度程度の頻度でしか起こりません。なので、開発を担うチームも既に存在しないか、そもそもあまりいないのです。私たちはそこに参入の余地があると感じます。
日本に私が滞在していた時から思っていたことですが、文化的に全く違う環境でありながら、非常に素晴らしい国であり、私の人生でも思い入れのある国です。また近いうちに、訪問できることを願っています。