2020年より国内外のスタートアップビジネスを誘致する取り組みを行ってきた渋谷区、渋谷を拠点とする企業、そして渋谷で生まれ育ち、国内外で多様なビジネス経験を築いてきた渡部志保氏により発足した「シブヤスタートアップス」。渋谷に国際的なスタートアップコミュニティを作ることをミッションに誕生した企業だ。なぜ「渋谷」なのか。代表取締役社長の渡部氏と、カーネギー国際平和財団シニアフェローの櫛田健児氏の対談を紹介する。

※本記事は2023年10月に開催した「New Japan Summit 2023 Tokyo」の対談「官民連携で進めるスタートアップエコシステム形成 渋谷区や事業会社が出資する“シブヤスタートアップス”の取り組み」の内容をもとに構成しました(役職名は開催時、記事本文は敬称略)。

シブヤスタートアップスのユニークな取り組みを紹介する渡部氏㊧と対談相手の櫛田氏(TECHBLITZ編集部撮影)

「ビザ発行」「銀行口座」、参入障壁を取り除こう

櫛田:渋谷区と一緒に、新しくてエキサイティングな取り組みをしていらっしゃいますね。活動について詳しく教えてください。

渡部:シブヤスタートアップスは、8月下旬にプログラムをスタートさせました。官民連携で渋谷区が41%を、残りをGMOインターネットグループ、東急、東急不動産という事業会社3社が出資して生まれた会社であり、渋谷区と連携してスタートアップに向けたさまざまなサービスを展開しています。

 そもそも渋谷区では、2020年から「渋谷スタートアップサポート」という国内外のスタートアップビジネスを渋谷区に誘致する取り組みを行っており、弊社は区と連携して下図のようなスタートアップ向けサービスを展開しています。

「渋谷スタートアップサポート」のプログラムについて(シブヤスタートアップス提供)

 例えば、日本進出を目指す海外企業の大きな障壁として「ビザの発行に時間がかかる」「銀行口座が開けない」というものがあります。特に口座開設には通常10カ月ほどかかり、スタートアップというスピーディーなビジネスを行う人々にとっては致命的でした。こうした問題を解決するため、ビザの発行手続きサポートや、みずほ銀行と渋谷区とのパートナーシップにより1~2週間で法人口座が開ける「ファストトラックサービス」を展開し、非常に高い評価をいただいています。

 注力分野については、「日本市場のどこに魅力・可能性を感じるか」というスタートアップへのヒアリングを元に設定しています。その上で、個人的にも会社としても興味があるのは「Why Japan?」。日本のアドバンテージはどこにあるのか、ということです。地震など災害に対する防災テックかもしれないし、インバウンドかもしれない。その当たりは今後、どんどんデータを集めて深掘りしていければと思っています。

 プログラムの参加資格は「プレシードからシリーズA」ですが、アーリーステージのスタートアップからの応募が多いですね。まだプロダクトがない企業もあれば、日本向けにローカライズしたプロダクトを持つ企業もいます。とはいえ、一番大事なのは「われわれのサービスを使ってどれだけ価値提供できるか」ですので、基本的にどのステージの会社でもニーズが合えばウェルカムです。

渡部 志保
シブヤスタートアップス
代表取締役社長
スタンフォード大学院卒業後、モルガンスタンレー証券投資銀行部に就職。2008年にGoogle入社、日本、アジア太平洋地域、ヨーロッパ、アフリカにてマーケティング業務担当。2014年からGoogle本社勤務。2017年にメルカリ米国支社へ転職。2020年にELSA Corp.入社、Google出資のAIスタートアップである同社のマーケティング責任者としてビジネスの成長・資金調達に尽力。2021年に渋谷区アドバイザー就任。2023年2月にシブヤスタートアップス代表取締役社長就任。現職。

櫛田 健児
シニアフェロー
1978年生まれ、日本育ち。スタンフォード大学卒、経済学、東アジア研究専攻。カリフォルニア大学バークレー博士号修了。スタンフォード大学アジア太平洋研究所でポスドク修了後、2011年から2022年までスタンフォード大学アジア太平洋研究所日本プログラムリサーチスカラーを務めた。カーネギー国際平和財団シニアフェローで日本プログラムディレクター。シリコンバレーと日本を結ぶJapan – Silicon Valley Innovation Initiative @ Carnegieプロジェクトリーダー。キヤノングローバル戦略研究所インターナショナルリサーチフェロー。東京財団政策研究所上席研究員(客員)。スタンフォード大学非常勤講師(2022年春学期、2023年冬学期)。

始動から1カ月半で14カ国から応募

渡部:あまり国外にPRをしていなかったにもかかわらず、8月の始動から1カ月半で14カ国からの応募があり、現在のコホートは16~18社ほど。具体的にはエイジテック、クリエイター・ファンダム・プラットフォーム、IPに特化しWeb3やAIで課題を解決する企業など、バラエティに富んだ企業が集まってくれており、年内には20~30社ほどになる見込みです。いずれについても、本国で実績があり、日本を第2、第3のマーケットとして見ている会社が多いですね。グローバルなスタートアップが日本に日本市場にチャンスを求め、日本企業やパートナーとのコラボレーションを望んでいます。

 よく、「あなたたちはVCなのか、Y Combinatorのようなアクセラレーターなのか?」といった質問をされますが、今のところは「官民連携のエコシステムビルダー」と自認しています。ですので、スタートアップから多額の手数料などを取るといったことも行っていません。

渡部氏はシブヤスタートアップスを「官民連携のエコシステムビルダー」と位置付けているという(TECHBLITZ編集部撮影)

櫛田:日本でも、東京大学のスピンアウトやTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)が参加する本郷三丁目のエコシステムはだいぶ育ってます。ただ、決定的に足りていないのが、グローバルとの連携なんですね。だからこそ、ビザ発行や口座開設の問題が解決されることには、非常に大きな意味があります。

 ポテンシャルの高い世界各地のスタートアップを捕まえるにはどうすればいいのか、どうしたら来てくれるのか。その解決法の一つは「地域的な特色を活用する」ことにあると思いますが、こうしたプログラムはなぜ渋谷で生まれたのでしょう? 

渡部:まず、「渋谷区をスタートアップのスペシャルゾーンにする」という渋谷区のビジョンがあります。そこにはビットバレーと呼ばれる、サイバーエージェント、DeNA、GMOインターネット、MIXIという日本を代表するIT系ベンチャー企業が1990年代に渋谷を拠点に大きく飛躍したというバックグラウンドがあります。そして、Google、Amazon、Stripeといった海外のさまざまビッグテック企業が日本進出の拠点として渋谷を選んできたというバックグラウンドもあります。そうした経緯から、渋谷区にはスタートアップが育つ土壌があるのではないかと。

 私自身も渋谷で生まれ育ったのですが、そのことは肌で感じてきており、「周りの大人たちがスーツではなく、カジュアルな服装でゲームを作っていた」という原風景があります。また、特に私が育った80~90年代は、原宿のホコ天や109など渋谷区が若者カルチャーの先端でしたし、渋谷駅前のスクランブル交差点は渋谷を象徴する風景ですよね。笹塚のような下町っぽい場所もあれば、ビットバレーもあれば、若者文化もあり、多くの人が集まる。「渋谷は多様性を力に変える街」という印象をもっていました。

 渋谷区長と初めてお話ししたときに「多様性が大事」ということをおっしゃっていたのですが、「多様性をスタートアップの力に変えるには?」という答えが、この会社につながったように感じています。

櫛田:なるほど、多様性ですね。多様性により、既存プレイヤーとは違う視点で問題を定義し、仮説を立てられる。エコシステムとして見ると、いろいろな国の人たちが集まるということは大事ですよね。

渡部:東京でも日本でもなく、「渋谷」というローカルな地域にどんな強みがあるのか。それを考えるときに分かりやすい例となるのが、グラフィティとストリートアートに特化した世界初のNFTオークションハウスを手がけるTOTEMO(トテモ)という企業です。われわれの支援会社のうちの一社なのですが、彼らは「原宿が仕事場だ」と言います。どういうことかというと、原宿には数々の有名なストリートアートアーティストが来て、落書きをしているわけです。落書きは犯罪行為なので、区としては消さないといけないし、彼らを逮捕しないといけない。でも、そうした仕事は非常に生産性が低く、多くの税金を費やさなくてはいけない。TOTEMOでは――彼らは「日本のネガティブを世界のポジティブに変える」という表現をされていますが――ストリートアートという壁に書き散らかした絵をNFTにし、世界に向けて販売するわけです。その企業のビジネスと渋谷区のペインポイントとをつなげることで、マジックが起きる。まさに、ローカルとグローバルの掛け合わせですよね。こういったことも「多様性」という視点がないとできないと思ってます。

 また、同じくわれわれの支援先の一つであるCamino(カミノ)という会社では、高齢者向けのAI歩行器を作っています。その製品は「歩行器のTesla」と呼べるもので、歩行器がデータを集め、「AI×高齢者×歩行器×ロボット」といった斬新なリンクをさせているんです。アメリカやイギリスでは「バリューベース・ヘルスケア」という考え方がありますが、同社の製品でいかに医療や保険の業界を変えていけるか、とても興味深いですね。われわれとはまったく違った視点・ノウハウを、渋谷区というローカルな行政や弊社にぶつけることで生まれるシナジーには、すごく期待をしています。

「異なる視点がぶつかった時のシナジーに期待している」と話す渡部氏(同)

行政が先導し「面倒」を「オポチュニティ」に

櫛田:一方にとってはマイナスでしかないものが、ビジネスのチャンスになる。物事の捉え方次第で、課題先進国はチャンスの先進国になるわけですね。渋谷区長が非常に起業家マインドの強い方だというのもポイントですよね。とはいえ、外務省管轄のビザを、なぜ渋谷区が早く発行できるようになったのですか?

渡部:そもそも弊社設立前に渋谷区が手掛けていたプログラムなので、私も詳細は分からないのですが…。渋谷区より早く福岡市が行っていたそうで、福岡の行政からいろいろ学ばせていただいたと聞いてます。また、「区長の起業家マインド」というポイントはまさにその通りで、区長自ら、内閣府のビザプログラム、投資家プログラム、Web3、規制緩和などさまざまな場に足を運んでいるそうです。

櫛田:ビザの早期発効に当たっては、「渋谷区が定期的に当人の所在を確認しなくてはいけない」など自治体が負う責任も大きいそうですね。区としては多少手がかかることであるとしても「やりたい」と。「面倒」を「オポチュニティ」というフレームに変える視点は、素晴らしいですよね。

渡部:そうですね。私はまだアメリカに住んでいたときにこの取り組みについて聞いたのですが、「地方自治体が先陣を切ってそうした取り組みをするのか」と驚きましたね。一緒にプログラムをスタートさせるに当たっても、文化の違う人たちとコラボレーションしようという区長をはじめとするチームの本気さ・スピード感・文化・姿勢・価値観などは、スタートアップの持つそれらと違いがなかった。行政も企業と同じ、人でできている集団なので、「どんな人たちが、どういう文化のもとで、どんなスピードで動いているか」が物事を進めるに当たっては肝心なのだと思いました。

渋谷区が持つスピード感などに対する驚きを共有する渡部氏㊧と櫛田氏(同)

櫛田:私も固定概念があったというか、「役所=スピード感」というイメージがまったくなかったので驚きでした。さて、御社のビジネスモデルは、今後はどういう方向へ行かれるのでしょうか?

渡部:詳細はまだ詰めていく必要がありますが、今年中にパートナーシップ企業様の応募を始める予定です。現在集まってくれた16社のスタートアップに「日本の市場へ参入するにあたり、何が必要か」と聞いたところ、「大企業や日本のインフラを作っている企業とのパートナーシップ」という答えがあがりました。もしディスカッションベースででもご興味ある、コラボしたい、サポートしたい、という企業様がいらっしゃいましたら、ぜひ気楽に気軽にお声がけいただきたいですね。

櫛田:いいですね。日本や海外でさまざまな経験をされた渡部さんが、これからどう活躍されていくかが楽しみです。今日は本当にありがとうございました。



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