全寮制のオンライン大学を経営するThe Minerva Project。この大学では、1年目をサンフランシスコで過ごしたのち、生徒たちは世界7都市を移り住みながら受講をし、それぞれの土地でインターンや生活をしながら国際感覚を身につけることができる。世界40カ国から生徒が集まるこの大学の合格率は、わずか2%とハーバード大学等の世界の難関大学をも凌ぐ。そんな新しい形の教育を提供する同校CEOのNelson氏は、自身で立ち上げたスタートアップをHP社に売却するなど経営者としての経験も豊富だ。そんな同氏に、大学の概要や教育理念などを聞いた。

Ben Nelson
The Minerva Project
CEO
両親が科学者の家庭に生まれ育つ。ペンシルバニア大学ウォートン校にてMBAを取得後、写真共有サービスSnapfish社をHP(ヒューレット・パッカード)に$300Mで売却する等スタートアップでの経営を経験後、同校設立。

アイビーリーグに匹敵するオンライン大学

―まずミネルバの取り組みについてお聞かせください。

 ミネルバは、アメリカにおいてアイビーリーグに匹敵する最初の大学です。私たちは、人々が世界で一番の大学に求めるものを実現するために、この学校を作りました。現在、大学は進化が非常に緩やかであること、生徒だけではなく卒業生や教授など様々な人たちを満足させようとして、結局誰も満足させられていないなどの問題を抱えています。私たちは、そういった問題とは無縁の教育機関なのです。私たちがフォーカスしているのは、世界中から賢くて努力家の生徒を見出すこと、そして人類に影響を及ぼす意思決定をするための教育を提供することです。こんな大学は他にはありませんが、きっと将来、もっと多くの大学が私たちの取り組みに続くことになるでしょう。

―現在、大学は具体的にどんな問題を抱えているのでしょうか。

 大学の問題を考えるにあたり、まず大学が生まれた背景を考えてみましょう。高等教育は11世紀にボローニャ、16世紀にケンブリッジ、1636年にアメリカではハーバードが創立されました。そしてアメリカでは1817年には最初の大学であるジョン・ホプキンス大学がドイツの大学をモデルにして誕生しました。そして1960年代からは現在のように多くのコースが提供され、その中から自分の好きな専攻を学ぶという教育形態になりました。しかし、どの時代においても自由に無料で情報にアクセスできたことは一度もありません。もちろん印刷技術の発明により読書などを通じて情報が入手できるようになりましたが、今でも大学が知識や事実を伝える役割を果たしている、そんな考えが根強く残っています。

 ところが、いまや情報は無料で入手することができます。何かを調べようと思えば、インターネットを使って世界中の情報にアクセスすることができます。しかも、得られる情報は基本的な情報に限りません。さまざまな考察、分析についての情報も入手できるのです。そのため、情報取得率と情報拡散率は、ものすごい勢いで増えています。実際、この10年で生み出された情報は、それまでの人類の全歴史で生み出された情報ものよりも多いでしょう。

 そんな中、何か不足しているものがあるとしたら、それはベンジャミン・フランクリンとトーマス・ジェファーソンが250年前に行っていた「実践的知識」と呼ばれるものです。これは情報を使ってどう実践するかを考える体系的な力です。大学は過去50年、60年、情報を広めることに力を入れてきましたが、今や情報を広めることはとても簡単です。大学が注力すべきなのは、生徒の成長を実現することです。仮に私がハーバードやスタンフォードに通っているとしたら、ある程度の教育を受けていると思うでしょう。しかし、実際はそうではありません。たしかに自分が勉強したいことを選択して勉強しています。経済やコンピュータサイエンス、文学、特別なカリキュラムを専攻しているかもしれませんが、はっきり言って学生にとって何のつながりもなく、4年間通った後に一体何を勉強したんだろうと思うことでしょう。

世界7都市を移り住みながら学ぶ

―ミネルバではどうやって既存の大学の問題を解決しているのでしょうか。

 ミネルバでは本当に高いポテンシャルのある生徒だけを受け入れ、生徒にグローバルな視野での普遍的な物の捉え方、入り組んだ複雑なシステムの理解、人々と円滑にコミュニケーションをとるための手法を身につけるツールを提供しています。そして、今後直面するあらゆる事柄に対応できる力、基礎的な考え方の習慣を得られるようにしています。

 生徒たちは、それらをカリキュラムとして学ぶだけではなく、世界中の非常に興味深い都市とのふれあいから学んでいきます。生徒たちは卒業までに7都市に実際に住むことになります。最初の年はサンフランシスコで始めますが、その後、ブレーメン、ブエノスアイレス、ソウル、バンガロー、イスタンブール、ロンドン、といった都市で授業を行います。生徒たちは教室で学んだことを、彼らの日常に取り込んでいくのです。この方法は効果的で、他の大学も同じような方法を取り入れるべきだと考えています。

将来の世界的リーダー、イノベーター候補を選抜

―ミネルバの生徒はどれくらいいるのですか。アメリカ以外の出身者の比率はどれくらいなのでしょうか。

 ミネルバは最初のクラスがスタートしたばかりで、2019年卒業予定の生徒が130名在籍しています。昨年は1万1000名以上の応募があり、合格率は2%でした。ミネルバはアメリカの他の大学に比べて3倍以上の競争率であり、合格基準はとても高いのです。なぜなら私たちが求めているのは、将来の世界的リーダー、イノベーターになれる人材です。医者や会計士などになるような人は、ミネルバに入っても得たいものが得られないかもしれません。ただし、ミネルバは他の大学よりもユニークなカリキュラムで、ユニークな環境を提供することができます。もし将来、国の大統領や首相、ジャーナリスト、ノーベル賞をもらえるような科学者、芸術家、実業家になりたいのであれば、特定の科目を学ぶよりも、もっと高度なスキルが必要です。それを提供するのが、ミネルバの価値なのです。

 また、世界の主要な大学を考えてみてください、アメリカのハーバード、スタンフォード、イギリスのオックスフォードやケンブリッジ、または日本の東京大学などを例にとると、90%以上の生徒は、その国の生徒です。大学も母国の学生を対象にフォーカスしています。ミネルバがフォーカスしているのは才能、それだけです。その生徒がどこの国の出身なのかは全く問題にしていません。事実、ほぼ80%の生徒はアメリカ以外の国からの生徒です。将来有望な人材か否かだけが重要であり、出身国で選ぶことはありません。単にミネルバの求める基準を満たしているかだけで選考しています。ミネルバにふさわしいと思った生徒に対しては、必ず合格させています。それに、合格人数が決まっているというのではなく、基準を満たす生徒をもっと見出すことができたら、それに合わせて学校自体を大きくもするでしょう。

―その選考基準とは何でしょうか。

 私たちは3つのポイントを重点的に見ています。1つ目は、前の教育機関での成績です。高校や、前に別の大学に行っていた場合でも、その学校での成績がとても良いことが必要です。2つ目に、私たち独自の選考方法があります、書類審査を通過した生徒たちの面接をします、そしていくつかのタスクを与えて、その生徒が我々が求めている資質を持っているか、十分なキャパシティがあるか、そのようなことを審査します。3つ目には、今までの人生において達成したものを審査します。リーダーシップを発揮できるか、困難を克服できるか、行動を起こせるか、創造力にあふれているか、などを見ます。そして、その3つのエリアにおいて我々の考える基準以上である場合、合格ということになります。簡単に聞こえるかもしれませんが、合格するのは非常に難しいです。

―学費はどれくらいかかるのでしょうか。

 ミネルバの話を聞くと、どんなにお金のかかる大学だと思うでしょう。なぜならば、全てのクラスが20人以下の編成で、そのような大学はアメリカでは他に例がありません。大きな大学では、1講義で200〜300人の生徒がいることは普通です。しかも、サンフランシスコ、ロンドン、その他大きな都市を回ると聞いただけで、どんなに高額の学費かと思うでしょう。一般的な大学だったら、学費だけで年4万ドル、大学によっては年7万ドルくらいかかるでしょうが、ミネルバの場合は年1万ドルです。実際のところ、他の大学よりもコストはかなり低いのです。

 なぜなら、多くの大学は大きなキャンパスを維持していて、その維持費が学費に多く含まれていることが多い。一方、ミネルバはキャンパスがないので、その費用はかかりません。ミネルバの生徒はその大きな都市の中心にあるレジデントホールに住み、街自体をキャンパスのようにします。もちろん家を借りるお金はかかりますし、キャンパスは限られていますが、町がキャンパスだったら生徒たちはより刺激的な経験ができます。世界でももっとも素晴らしい町々に住むことができ、それ以外の施設料金などは払う必要がありません。

―ミネルバに日本からの学生はいますか?

 まだいませんね。ミネルバには30カ国から130人の学生がいるのですが、日本から誰も来ていないのはとても残念なことです。将来的には日本からも学生が参加してくれるでしょう。

クレイジーな構想をテクノロジーで実現

―ミネルバはとてもチャレンジングな取り組みです。なぜあなたはミネルバを作ったのか、その背景を教えてもらえますか。

 私の両親は二人ともサイエンティストで、父はとても高名な分子生物学者です。私はとてもアカデミックな環境で育ちました。私はペンシルバニア大学に通っていた時、大学を変えようと試みましたが、アイビーリーグの大学を改革するのは簡単なことではないとわかりました。問題は、大学側が変わる必要がないと思っていることです。アイビーリーグの大学の学位がもらえるのだから、それ以外は求めないでということです。いいブランドを手に入れられるのだから、本来の教育については目をつぶってということです。これはひどいと思いましたが、その当時の私にはどうすることもできませんでした。

 私は大学卒業後、インターネットの世界で働き始めました。幸運なことに、私が自分のキャリアをスタートしたころ、商業的なインターネットもちょうどスタートしたところでした。私はスタートアップを立ち上げて、売却することができ、ビジネスキャリアとしては成功することができました。その成功後、私は残りの人生に何がしたいかを考えていました。そこで思いついたのが、ミネルバの構想でした。まったくの無の状態から大きく発展できる、アイビーリーグを超えた大学を作ろうと思ったのです。

 その考えは、はじめはクレイジーなように思えました。インフラもしっかりした既存の大学を超えるような教育機関を、どうやって無の状態から作ることができるのかと。でもアマゾンは、何もない状態から始めて、すでに既存の大きな販売会社より成功しています。グーグルもゼロから始まり、すでに100年以上の歴史がある新聞より成功しています。インターネットの世界では、既存のサービスや製品を超えたもの作ることができます。私の頭の中で、これだと思った瞬間でした。

 ミネルバでは、1クラスの生徒は17、18人の少数です。授業は全て私たちが開発したビデオプラットフォーム上で行われ、全ての学生は同じビル内に一緒に住んでいますが、授業が始まったら教室に行くわけではなく、コンピュータに向かいます。カメラの前に座り、教授は全ての学生が活発に参加している状態で授業をします。授業の情報は教授から教授へ自動的に伝達されます。テクノロジーによって、既存の大学のあり方を変えるのです。

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