日本の大企業がシリコンバレーのスタートアップと連携し、新たなイノベーションを生み出す。その成功モデルのひとつがコマツの取り組みだ。同社は現地の大学やVCから情報を集めて、有望なスタートアップに接触。ドローンによる3DマッピングテクノロジーをもつSkycatchとの事業提携・出資を短期間で決定した。なぜ創業100年近くの老舗企業がスピーディーな連携に成功したのだろうか。そこで本件を推進した冨樫良一氏にロングインタビューを実施。後編では、大学やVCとのつきあい方、事業提携の知られざるエピソードなどについて語ってもらった。
※前編はこちら

冨樫 良一 Ryoichi Togashi
コマツ
CTO室 技術イノベーション企画部長
1993年にコマツ(株式会社小松製作所)に入社後、新事業推進業務に従事。自走式破砕機、ハイブリッド油圧ショベルなどの設計・開発を手がける。2012年からオープンイノベーション推進業務に携わり、2014年にCTO室創設にともない現職。年間の約半分をシリコンバレーで過ごし、世界の先進技術の情報収集・調査にあたる。他にも社外委員会活動として、研究産業・産業技術振興協会の研究開発マネジメント委員会委員長を務める。

コマツ式のシリコンバレー攻略法とは

―冨樫さんが最初にシリコンバレーを訪れたときは、情報も人脈もなかったと思います。どうやって、事業開発に取り組んだのですか?

 まずは大学とベンチャーキャピタル(以下VC)に接触しました。シリコンバレーだけでなく、どの地域でもネットワークの中核は大学ですね。VCの重要性は地域によってバラつきがあります。シリコンバレー、イスラエル、イギリスなどはVCが強い一方、ドイツやスウェーデンなどは大企業や研究機構のほうが強いです。

―シリコンバレーで接触した大学はスタンフォードとUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)ですよね。

 はい。スタンフォード大学には「CARS」という自動運転の研究機関があり、コマツも参画していました。もともと同校には留学生を送っていたこともあり、関係を築くのは自然な流れでしたね。また、スタンフォードに限らず、アメリカの大学のネットワークには昔から魅力を感じていましたし。

アメリカでのファーストアプローチは大学に

―具体的な成功体験があれば、聞かせてください。

 当社が2008年に市場投入した無人ダンプトラックに、アリゾナ大学のスピンオフ企業の技術が活用されています。当時は鉱山機器メーカーのMMS(モジュラーマイニングシステムズ)と連携してシステムをつくりこんでいたのですが、最適なセンサー技術や通信技術の調達に苦労していたんです。

 すると、MMSが出身母体のアリゾナ大学の教授に話をしてくれました。そこで教授に相談したところ、他の大学の専門的な研究者を紹介してくれたのです。さらに、アメリカは大学の研究室から生まれたスタートアップが山ほどあるので、芋づる式に出会いが増加。石をひとつ投げたらあっという間に波紋が広がっていくので、最初は大学にアプローチするのがいいんです。

VCの人脈で“スタンフォードインサイダー”に潜入

―VCとしてはDraper NexusとCore Venturesに出資しています。なぜ、この2つを選んだのですか。

 Draper Nexusは1985年から活動している大手VCで、世界的にも幅広いネットワークを築いています。イーロン・マスクをはじめ、旬な人たちとも深い関係をもっているので、そこから入ってくる情報が非常に魅力でした。

 Core Venturesは小さなプライベートVCで、いわゆる“スタンフォードインサイダー”。同校出身の起業家の人脈と濃密な情報が集まります。アメリカの文化は表面的にはフレンドリーでオープンですが、深く入りこもうとすると壁にぶつかってしまう。私たち日本企業がその内側に入るためには、人脈が必要なんです。

 じつはシリコンバレーでは、正統的なインサイダー像があります。それはスタンフォード大学を卒業後、大手IT企業で活躍して、スタートアップを設立。そのなかで1社以上を成功させた人たちがサラブレッドです。そして、彼らだけが集まる秘密結社のような組織がある。そこに接触できる有力手段として、Core Venturesと連携しました。

フェイス・トゥ・フェイスの対話で内容を深化

―御社とVCの関係性を教えてください。

 互いにいい距離感を保ちながら、協力しあっています。いわば、結婚して30年たった夫婦のような関係ですね(笑)。私が月に1~2回ほどシリコンバレーに行く大きな理由は、彼らに会うため。フェイス・トゥ・フェイスのミーティングや意見交換をとても大事にしています。

 シリコンバレーは他の地域に比べて、情報の質も量も充実しています。そして、彼らと直接対話をすると、とんでもない進化のスピードを体感できる。それは電話やメールでは伝わりません。フェイス・トゥ・フェイスで打ち合わせをすると、あらかじめ用意していた話題はあっという間に終わって、プラスアルファの内容がどんどん出てくる。1時間の会議で話そうと思っていた内容が5倍や10倍にふくらむんです。

明確なビジョンを示せば、有益な情報が集まる

―日本企業のなかには現地のVCに頼りきってしまう会社もありますよね。

 他者に依存しないためには、危機感と明確なビジョンが大切です。まず前者は自分自身のモチベーションになります。「どうやってスタートアップを探して、毎日たくさんのアポイントを入れるか?」なんて思考は危機感から生まれています。個人的には、シリコンバレーに事務所がないのも危機感を保つのに有効です。バックパッカーのようなメンタリティをもてますから。

 そして、明確なビジョンを示せば、良質な情報が集まります。まわりの人が自分の引き出しから中身を出しやすくなるんです。たとえば、当社はビジョンを伝えるためのCGやビデオを制作し、VCに見せています。すると、彼らがフィルタリングして確度の高い情報を提供してくれる。10の話が50や100に広がりますが、その大部分は確度の高い話です。

ツバメの親鳥のように、日本の最新情報を与えよ

―なぜ御社はシリコンバレーに拠点を置かないんですか?常駐したほうがフェイス・トゥ・フェイスのミーティングもしやすいと思いますが。

 当社の事業規模とやり方から考えると、出張ベースでマメに現地を訪問するほうが有効だからです。1ヵ月のうち、シリコンバレーに滞在するのは2週間程度。あくまで2017年現在の判断なので今後はわかりませんし、事務所を置いている日本企業を否定するつもりはありません。

 現段階の理由としては、良質な情報のギブアンドテイクを続けるためです。シリコンバレーの人々は非常に優秀で、つねに知的刺激を求めている。だから、それを満足させるような、おもしろいネタをもっていくのが重要。そのときに、本社直轄のCTO室に所属している私の立場が有効なんです。

 私は会長をはじめ、社長、CTO、その他の取締役と距離が近く、コマツの最新情報がどんどん入ってきます。そして、ツバメの親鳥のように日本で得た“エサ”をシリコンバレーにもっていく。そういうフレッシュな情報を彼らに話すと、互いの知的好奇心が刺激され、いい情報が入ってくるんです。

海外に常駐すると、本社と情報の壁が生まれかねない

―シリコンバレーに常駐すると、魅力的なネタがなくなるわけですね。

 さきほどと同じく、会長や社長、CTOらと直接会って対話しないと、10の話が50や100にふくらみません。もし海外に常駐すると、本社との壁が生まれて良質な情報が入ってこなくなるでしょう。やっぱり、最新情報のキャッチボールが大事です。

―シリコンバレーを訪れる際は、どこで仕事をしているのですか。

 1週間のうち、1~2日はVCの事務所、1~2日は大学研究所の研究施設、残りの期間は数時間単位でいろいろなスタートアップをまわっています。

―ベンチャーデータベースサイトなど、インターネットからも情報は集めますか。

 一般的な情報収集はしますが、特別な取り組みはしていません。いまは具体的な案件が多いので、そういったデータベースを利用しなくてもいい状況です。ただし、国内ではリンカーズさんと協力しています。同社は全国2000名ぐらいのコーディネーターの人的ネットワークから情報を仕入れて、マッチングを成功させている。これは私がやっている大学やVCとの対面式のネットワーキングと似ています。

ドローンスタートアップSkycatchとの出会い

―コマツのオープンイノベーションの成功事例といえるのが、Skycatch(ドローンを利用した測量・3Dマッピングテクノロジーを提供するスタートアップ)との事業・資本提携です。最初はVCから紹介を受けたのですか。

 きっかけは2014年8月、Draper Nexusのオフィスで「UAV(無人航空機。ドローンと同義)がやりたいんだけど、組むなら誰がいいかな」なんて話をしていました。そこで、著名なドローンのスタートアップのCEOを紹介されて、会いに行ったんです。

 その場はUAVの話題でひとしきり盛り上がったんですが、「BtoCに注力したい」と連携は断られました。そこで「BtoBで同じようなことをやっている企業があったら、紹介してほしい」とお願いしたところ、その場にいた同社のメンバーや学生からSkycatchを紹介してもらったのです。

 実際に同社を訪れたら、たしかにBtoBでおもしろいことをやっていました。たとえば、Apple Park(Appleの新本社キャンパス)の施工の進捗管理をすべて担当。彼らが取得したUAVデータから、ゼネコンの人たちが航空測量したデータを、どう自分たちのサイトマネジメントに活用しているのかを紹介してもらいました。実際に撮影した際の測定精度もすごく高かったんです。

 一方、当社には「スマートコンストラクション」という事業がありますが、この事業部隊は社長直轄で既存の開発部隊とは異なります。「どんどんいこうぜ」という雰囲気なので、キャッチャーとして最適なんですよね。そして、同部隊と2014年11月にSkycatchを訪問。翌月に再訪して契約を結び、2015年1月に渋谷ヒカリエで記者発表をしました。実際の事業展開は翌月からです。

わずか1ヵ月でスタートアップと事業提携できた理由

―最初の訪問から1ヵ月後に契約を結ぶとは、すごいスピード感ですね。社内から反対意見は出なかったんですか?

 このケースはやりやすかったんです。もしもUAVを建設機械に乗せたり、内蔵したりする必要があれば、反対意見も出たでしょう。UAVの重みや振動が車体にどんな悪影響をおよぼすかを、すべて検査して品質保証しなきゃいけませんから。もちろん、UAV自体の耐久性もチェックしないといけません。

 でも、今回のケースは別々に動きます。仮にUAVが壊れても、本体には影響をおよぼしません。当社にUAVを研究している部門もないので、内部の反発もない。さらにビジネスモデル上のリスクも低いので、理想的な連携モデルだったと思います。

技適認証を受けた通信チップを搭載し、電波法をクリア

―とはいえ、法務や事務的なチェックはありますよね。特に問題は生じませんでしたか。

 当社の関連部門が迅速かつ的確に処理してくれました。とはいえ、問題が皆無だったわけではありません。たとえば、日本の電波法。少しでもUAVが電波を送受信するなら、各国の電波法に合致しないといけない。通称“技適”といって、特定無線設備の技術基準適合証明を受ける必要があるのです。

 しかしながら、Skycatchはアメリカの企業です。UAVに搭載している通信チップはアメリカ製なので、日本の技適認証は受けていません。そこで私が総務省の認証機関を訪れて、最短で飛ばす方法を必死に調査。通常の手順では間にあわないが、技適認証済みの通信チップを使えば、すぐに認められることがわかりました。日本の電波法は組み立てられたアッセンブリーでの保証ではなく、チップ単位の認証だったのです。

 そこからは人海戦術です。1ヵ月後の記者発表はズラせないので、それまでに飛ばすしかない。Skycatchの技術者3人に来日してもらい、秋葉原の電気街などで技適認証されている通信チップを買いあさりました。その後はクリスマス休暇を返上して、当社の工場で何度もテストを実施。なんとか1月20日の記者発表に間にあわせました。

資本提携で有力技術を囲いこむ

―認証された日本製のチップでUAVを飛ばせるようになったんですね。事業提携にとどまらず、出資にまで踏みこんだのはなぜですか。

 囲いこみというか、関係を強化するために資金を入れました。いまでこそドローンやUAVが脚光を浴びて雨後のタケノコのようにスタートアップが誕生していますが、2014年当時にBtoBで高精度のUAV技術をもっているのはSkycatchだけでした。だから、早めにおさえておきたかったんです。

 ただし、契約でSkycatchがコマツの競合企業と連携することを禁止しているわけではありません。それは暗黙の了解、シリコンバレーの不文律ですね。契約でしばると、互いの首をしめてしまいますから。

―今後はどの分野に力を入れて、シリコンバレーのスタートアップと組んでいきたいと考えていますか。

 当社が求めている技術は明確なので、それに合致する企業はシリコンバレーだけでなく、全世界で探しています。そのなかでシリコンバレーの魅力は、最新の技術動向と市場動向が交錯して化学反応が起きること。さらにVCやスタートアップ同士のネットワークを使うと、いち早く破壊的なビジネスモデルにたどりつくことができます。

 シリコンバレーでは、革新的なアイデアや技術をビジネスとして成功させる道筋が整っています。だから、UberやAirbnbなどが世界的潮流になる前、小さなさざ波の段階でいち早く情報をキャッチできるんです。また、フィンテックやブロックチェーンなどの最先端情報も入ってくるし、私たちの業界に与える影響も見えてきます。

シリコンバレーに「日本=ものづくり」のイメージはない

―日本の大手製造業のなかでコマツはいち早くIoTを進めてきました。ニッポン製造業の取り組みや可能性について、どのように見ていますか。

 具体的な評論はできませんが、今後の可能性は極めて大きいと思います。近年、世界で日本の製造業の存在感が薄くなっていた要因は、技術力が落ちたせいじゃない。発信力が低かったからです。

 私がサンフランシスコのイベントに参加したとき、印象深い思い出があります。シリコンバレーの若者たちに「ものづくりの日本企業です」と自己紹介したとき、まったく響きませんでした。なぜなら、彼らは「日本=ものづくり」というイメージをもっていないから。日米貿易摩擦が起きたのは1980年代なので、20代前半の若者はそれを知りません。ハンマーで日本車が壊されるような映像を見たことがないわけです。

 つまり、彼らが生まれてから、日本企業はものづくりで世界の表舞台に出ていないんですよ。シリコンバレーの若者にとって、ものづくりといえば台湾や中国。「日本はポケモンやアニメでしょ?」といった認識なんです(笑)。

若手経営者の発信力が世界をつなぐ

―ものづくりの実力が知られていないわけですね。

 そうなんです。世界的に見て、いまも日本のものづくりは優れています。台湾や中国は製造原価が低いために重宝されてきましたが、そのぶん品質も覚悟が必要です。最近はアメリカ企業も「安かろう悪かろう」をさける傾向が出てきました。結果として、日本のものづくりが再評価されているんです。

 そのなかで個人的には若手の経営者に期待しています。「ミレニアム世代」なんて形容されていますが、彼らは幼いころからコンピュータや携帯電話が目の前にあり、それらを使いこなしてきました。基本的に日本人は発言下手ですが、若手の経営者はSNSなどを使って上手に発信できるんですよ。オープンイノベーションに対する抵抗感もなく、すでに世界中で交流が広がっています。今後は当社も日本の中小製造業、シリコンバレーのスタートアップとおもしろい融合をしたいですね。

オープンイノベーションの機運は会社の危機感と比例

―大手企業の可能性はどうですか。変わろうとしているのか、していないのか、どっちなんでしょう?

 会社全体の方向性次第ですね。当社の事業は参入障壁が高いので、今日明日につぶれることはありません。たとえば、建設機械のギアは超巨大な1m以上の大きさのものもありますが、加工ではミクロン単位の精度を求められます。削るだけなら簡単ですが、熱処理や特殊加工も行うので、どうしてもひずみが生じてしまう。それを制御するには、相当のノウハウと設備投資が必要です。そんなことを普通の企業はやりませんよ。

 そういった意味では、会社全体を変革するほどの危機感はありません。主力事業を大転換した富士フイルムさんとは状況が違うわけです。とはいえ、Uberに代表されるようなシェアリングエコノミーが進めば、建設機械の販売台数が減るかもしれない。そこで会社の売上を維持するには、新しい付加価値が必要です。そういうことを私たちが考えているように、他の大手企業も自社の状況に応じて変化していくでしょう。

―最後に、シリコンバレーで事業開発を検討している日本企業にアドバイスをお願いします。

 なによりも明確なビジョンと危機感をもってください。その2つがあれば、良質な情報が集まり、出会いに恵まれると思います。

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