企業の「健康状態」は数字だけでは分からない
――ご自身の投資哲学や投資の際の基準を教えてください。
数字を通して、企業のいわゆる「健康状態」をもちろん測ることができます。表面的な健康状態は当然分かりますし、横並びで比較しやすい数字、いわゆる財務指標は当然あります。ですが、数字には簡単に落とせないもの、定性的なもの、非財務指標的なものがESGの中には結構あります。
アナリストが株式公開企業を分析するのは公開情報・財務指標ですが、考えてみれば、それは人間の健康診断のようなものです。患者の外見は元気そうでも、外から見えないものがあるかもしれない、でも企業側に報告義務がなければ、外からは分かりません。
投資家として、ある企業のリスク要因、あるいは成長のポテンシャルをメジャーするには、財務指標および非財務指標が必要だと、ゴールドマン・サックス時代からも常に感じていました。
企業の風土やカルチャーはもちろん、意思決定過程はトップダウンかボトムアップ型か、など、統一的な尺度がないのが難しい点です。もちろん、カルチャー、理念は数字では評価しづらいものでもあります。加えて、スタートアップは創業から歴史が浅く、ピボットした企業も当然多いですし、経営陣が変わることも当然あります。さまざまなムービングパーツが多くあります。
熱意を持った起業家が山ほどいる中で、その夢がきちんと周りを引き付け、従業員など関係する全員が同じ方向性に向かって歩めているかを私自身はよく見ています。
決め手は「経営チーム」 出資先の分野は幅広く
――投資を決める際、その企業のカルチャーについて考える際は、CEOや創業者と話すと分かりますか。
創業者はもちろんですが、一番大事なのは経営チームです。もちろん、どの企業も完璧では当然ありません。大企業も完璧ではありませんし、若いスタートアップは当然完璧ではありません。ただ、それがベースラインです。それぞれの企業にとって重要なESG要素を決めてもらって、そこからジャーニー(旅の道のり)が始まるんです。
――MPower Partners Fund L.P.(以下、MPower Partners)は2022年5月現在、5社への出資を決めています。出資の決め手や共通点はありますか。
当社が出資するのは、「社会課題をテクノロジーを通じて解決するようなグローバルな企業」です。でも、ソーシャルインパクト寄りではありません。その文言だけを聞くと、ソーシャルインパクト系にも聞こえるかもしれませんが、そうではありません。きちんとリターンを求めていきます。
投資先の事例を挙げると、SaaS企業からプロダクトサービス系もあり、分野も幅広いです。テクノロジーを活用して安全安心な保育環境を支援するユニファ、ウェブサイト・アプリ等の多言語化ソリューションを展開するWOVN Technologiesにはインクルージョンの要素があります。米国のジュピター・インテリジェンスは気候リスクやレジリエンス分野の予測データ・アナリティクスにおけるリーディング企業で、まさに環境、サステイナブル系です。
4月には、「猫の生活をテクノロジーで見守る」を掲げ、首輪型デバイスとスマートフォンアプリの「Catlog(キャトログ)」を展開するRABOへの出資を決めました。「猫がESGなのか」とも聞かれますが、ペットも家族の一員であり、より長く健康で幸せに一緒にいられるようテクノロジーで見守る、という考え方やミッション・世界観に共感しました。
欧米など世界的に広まりつつあるアニマルウェルフェアの概念や、リサイクル・リユースを意識したものづくりやサービス設計といった取り組みはまさにESGです。ペット関連の市場は大きく伸びています。首輪だけでなく、これからいろいろな商品を開発、提案していけます。
女性の経営者、ベンチャーキャピタリスト「まだまだ少なすぎる」
――RABOの経営者は女性ですね。ウーマノミクスを提唱してきた松井さんから見て、日本の女性活躍、女性起業家の現状をどう捉えますか。
日本では女性の経営者がまだまだ少なすぎます。そもそも、日本の起業家精神そのものが低すぎます。女性、男性を問わず、社会的なプレッシャーやいろいろな壁があります。大企業や優良企業に就職してほしいと、娘や息子に願う親からのプレッシャーや、チャレンジをしたくても「絶対に失敗できない」と思わせる社会通念などがあると思います。個人の能力や経済的事情は諸外国とそれほど変わらないはずなのに、です。
特に、女性においては、男性よりもプレッシャーが大きいし、安定・安全を重視する人たちもいます。私がウーマノミクスをこれまでずっとやってきていて感じるのは、女性が企業に入って経営者のマインドセットが変わるまで待つよりも、夢やアイデアがあるなら自分で起業して、自分なりのワークスタイルや評価システム、プロモーションシステムを作った方がよっぽど早いということです。
まだ数は少ないですが、米国で企業を上場させ成功している久能祐子さん、ビザスク代表取締役社長の端羽英子さんなど、起業し、上場を実現した女性たちもいます。若い女性の起業家もたくさんいます。その方たちにもっとフォーカスすることも大事です。よく「ロールモデル」ということが挙げられますが、「見えないもの」にはなれません。特に、若い世代、中高生などに、起業の選択肢があることを提示、明示することがすごく大事だと思います。
――「見える化」「可視化」が大事ですね。
はい。女性のキャピタリストについても、海外でさえ、まだまだ少ないです。投資家にも多様性が必要だと思います。我々ゼネラルパートナーの3人もそれぞれキャリアも築いてきて、この年齢でなぜいまファンドを設立したのかという質問も受けました。まだやりたいことがある、エネルギーがある、今まで蓄積してきた経験や知見を生かせると、MPower Partnersを立ち上げました。
自分たちのネットワークを基にしていますが、幸い、共感していただいている投資家もしっかりいますし、貴重なアドバイスも山ほどいただきました。すごく恵まれたスタートでしたし、これから結果を証明していかねばと考えています。
Image: MPower Partners
今こそ真剣に、エネルギー政策・戦略を考え直す時
――話は変わりますが、ロシアのウクライナ侵攻で日本のエネルギー政策に関する議論が起きています。国際情勢に伴い、ESGの特に「E」、環境の部分でどのように影響、変化が起きると予測していますか。
世の中の議論でいうと、こういう事案が起きた結果、原油価格が急騰し、原油のサプライがもとより少なくなって、仕方がないので石炭に戻る、火力発電にとりあえず逆戻りせざるを得ないという緊急時的な対応策があるとは思います。
ただ、将来的に見てもっと考える必要があると思います。特に、日本は輸入への依存率が高い国ですから、今回のロシアとウクライナでなくても、他に地政学的イベントが起きたとき、この国のエネルギーセキュリティは本当に大丈夫だろうかと思います。今こそ、真剣にエネルギー政策を考え直す必要があると思います。国民、民間、アカデミアを巻き込んで議論し、明確なプランや戦略を考えない限りは、こういう地政学的イベントが起きた途端に「受け身」で事後対応に追われてしまいます。
だからこそ、再生エネルギーを本当にやるというなら、いつまでに、何を使って、どのくらいのコストで取り組むのか、きちんと議論してプランを作らなければいけません。カーボントレーディングの議論もそうです。進歩的な話が出てくることもありますが、具体性に欠けたり、タイムラインも含めてまだ未定だったりします。ぜひ、これを機にしっかり考えていくべきだと思います。
――最後に、起業を目指す方、日本のスタートアップに対してメッセージをお願いします。
今の世の中に一番必要なのは、イノベーションを促す起業家およびスタートアップです。パンデミックの影響で働き方は変わりました。世の中の考え方も変わってきました。新しいサービス、新しい商品を考えるすごくいいチャンスだと思います。勇気のある人たちにどんどん挑戦してもらい、日本からユニコーンをどんどん輩出できると思います。その取り組みや流れをMPower Partnersはお手伝いしていきたいと考えています。