かつてはハードウェア=消費者向けの電子機器だった
―HAXはハードウェアに特化したアクセラレータとして4つの領域に注力しているというお話がありました。これまでハードウェアスタートアップは、どのような変遷がありましたか。
重要な点としては、かつてハードウェアスタートアップとは「消費者向けの電子機器」の領域だったという点です。現在のようなメディカルデバイスやロボティックス、インダストリアルオートメーションやIoTといった領域は、HAXを創業した7年前には存在しませんでした。
―かつては「ハードウェア=消費者向けの電子機器」というイメージだったのですね。
そうなのです。ただ、2011年にHAXを創業し、初めて私たちのアクセラレータに参加したスタートアップは4つの領域を全てカバーしていました。メディカルデバイスがありましたし、消費者向け製品のスタートアップ、製造環境用ロボットや大企業向けのエネルギーマネジメントスタートアップもありました。東京をベースとした、日本の光熱費をマネジメントするスタートアップも参加していましたね。当時から現在のハードウェアスタートアップのトレンドを先駆けて取り入れていたと言えるでしょう。
―消費者向けの製品をつくるスタートアップは、数多いと思いますが、注力している領域はありますか。
我々のフォーカスは、テクノロジーを用いて既存プロダクトを再開発することです。たとえば、私たちは多くのヘッドホンを製造するスタートアップをサポートしてきましたが、私たちはヘッドホンを開発するというより、既存のヘッドホンに、新しいテクノロジーを導入して再開発するというイメージなのです。
―消費者向けの製品でも支援内容は同じですか。
消費者向けスタートアップの場合、3〜4ヶ月、このアクセラレータでプロトタイプ開発に取り組んだのち、クラウドファンディングキャンペーンを立ち上げます。私たちはすでに250ものKickstarterのキャンペーンを実施しています。13のキャンペーンがトップ100キャンペーンの中に入った実績があり、多くのノウハウがあります。また、ディストリビューションサイドのことも理解し、米国大手量販店のTargetやBest Buyなどに販売してもらうことができました。
トレンドとしては、5年前までは明らかに消費者向けのプロダクトが多かったのですが、だんだんヘルスケアなどに移行し、ここ2、3年でエンタープライズ向けが増えてきています。なぜなら、ハードウェアへ参入するハードルが低くなってきているからです。以前までハードウェアはとてもコストがかかり、ビジネスを成長させることも難しいため敬遠されていました。今はそれができるようになったのです。
Image: HAX
触れられることこそ、ハードウェアの魅力とは
―ハードウェアの領域はスタートアップとして取り組むのが難しいと言われてきましたが、その反面でどんな魅力がありますか。
それは人々が「触れられる」ということです。ハードウェアは物理的な形があり、人々と直接接触することができます。これは私がハードウェアに惹かれた理由の一つでもあります。私が初めて投資したハードウェアスタートアップは2社でした。一つは3DモーションセンサーのLeap Motion、もう一つはボストンのスタートアップです。彼らが私をハードウェアの世界に引き込んだのです。
その後、いくつかのハードウェアスタートアップに投資をし、プロダクトを製造している人々に会いました。そこで知ったのは、多くのスタートアップが同じ問題に直面していることでした。それはどうサプライチェーンをマネジメントするのか、どうやって必要なマイルストーンを把握するかなど、どのハードウェアスタートアップも課題解決に苦労していました。なぜ苦労するかというと、ハードウェアビジネスはソフトウェアビジネスと違って、他の人と一緒に取り組むことが必要不可欠だからです。ソフトウェアではコンピューターを使い、全てを自分だけで始めることができます。しかし、ハードウェアではそれは不可能なのです。自分たちだけで物理的なプロダクトを製造することはできません。必ずプロダクトを開発できるパートナーが必要なのです。
―そう行った課題を感じる中で、アクセラレータを立ち上げたのですね。
そうです。私はハードウェアスタートアップにまつわる問題を解決するプラットフォームができないかと考え、HAXを立ち上げました。私たちはハードウェアスタートアップ立ち上げの方法を仕組み化し、すぐれた起業家を輩出するということも仕組み化したのです。結果、80〜90%のスタートアップがプロダクトを作り上げ、市場参入にこぎつけています。
Image: HAX
ハードウェアで難しいのはバランスの取り方
―ハードウェアスタートアップを育てていく中で難しい点とは何でしょうか。
ハードウェアスタートアップの立ち上げは、長期的な視点で見ることが必要です。一つ覚えておいてください。ハードウェアの成長はゆるやかであり、とても時間がかかります。なぜなら、物理的なプロダクトを製造するには時間がかかるからです。私たちがどんなに速いと言っても、プロダクトを市場へ送り出し、ディストリビューションを運用するにはとても時間がかかります。もしBtoBのハードウェアスタートアップだった場合は、大企業と協業しなければいけません。それにも何年もかかるでしょう。
ハードウェアスタートアップの起業家は、よく彼らが作るプロダクトが何であっても大量生産できると考えています。また彼らはよく、彼らのプロダクトは完璧に近いものだと思っています。しかし必ずしも想定の通りには行くとは限りません。ハードウェアの中に潜む悪魔は、 “Detail(細部)”にあります。コスト、マージン、ディストリビューションの間で非常に繊細なバランスを取る必要があるのです。
私たちはその問題の解決策として、スタートアップのプロダクトの定義を見直し、多くのことを変える手伝いをします。最初はHAXには私とパートのデザイナーしかいませんでしたが、今では、メカニカルエンジニア、インダストリアルデザイナー、エレクトロニックエンジニアを含む、30人ものチームになりました。スタートアップと手を組み、どうすれば良いのかを共に取り組んでいます。
―どんなアドバイス、支援をしているのでしょうか。
たとえば、プロトタイプは何度も製造するため、より速く作れることも大事です。なぜなら、プロトタイプ製造にたどり着くまでに、1ヶ月ごとに10万ドル、50万ドル、100万ドルと銀行口座から消えていくからです。
またサプライチェーンを見直すことも必要です。より安いパーツ、より良いパーツが見つかれば、それが新たなビジネスモデルを生み出す可能性があります。さらに商品を無料にしてサブスクリプションモデルにするなど、ビジネスモデルを変えることもできます。われわれは深圳(深セン)にいるため低コストでの開発が可能ですし、多くのプロダクトを開発しているため、経験やノウハウがあるのです。
※後編に続く