※本記事は、東南アジアのベンチャーキャピタルであるGolden Gate VenturesのVinnie Lauria氏による寄稿記事を日本語訳しました。原文はこちら。
ハーバード留学を経て起業した、アジアの若者たち
Uberの共同創業者たちが配車サービスのローンチに向けて準備をしていた2009年、アジアからやって来た数人の起業家の卵は、経営学修士(MBA)を取得するべくハーバード・ビジネススクールに進学した。その集団から誕生した配車サービスのスタートアップ2社は、アメリカのライバルUberとはかなり異なる道のりを経て進化していくことになる。
そのうちの1社が現在の「Grab」だ。創業したのは、ハーバード・ビジネススクールの同級生だったマレーシア人学生のアンソニー・タン(Anthony Tan)とホーイリン・タン(Hooi Ling Tan)。きっかけはビジネスプランコンテストへのエントリーだった。優勝こそ逃したものの、2人はのちに、10カ国で構成される東南アジア諸国連合(ASEAN)地域一帯の多くの新興都市でUberを出し抜くこととなる。
両社の創業者はハーバードビジネススクール出身 Photo: AevanStock / Shutterstock
同じくハーバード・ビジネススクールで学んでいた別の学生も、頂点へと向かって曲がりくねった道を進んでいた。ナディム・マカリム(Nadiem Makarim)はMBA取得を目指して勉学に励む一方、リモートのかたちで故郷インドネシアの仲間たちと協力し、副業でGojekを立ち上げた。配車サービスアプリGojekは多角化路線を進み、マッサージ派遣業から映画製作まで手を広げてきた。
そして2021年5月17日、Gojekはインドネシア史上最大規模の交渉を成立させ、EC大手Tokopediaと経営統合すると発表した。(情報開示: 筆者が共同設立したGolden Gate Venturesは、低所得者向けテクノロジー企業Mapan [旧称Ruma]の買収を介したGojekの小規模株主である。私たちはまた、GoJekの派生ビジネスGoPlayにも投資している)。
GojekとGrabは現在、ベンチャー投資を受けてデカコーン企業へと成長し、ともにニューヨーク証券取引所とアジアの証券取引所で重複上場を目指している。とはいえ、両社が競い合っているのは、東南アジアの配車サービスアプリで頂点に立つためだけではない。GrabとGojekは、米国市場にはまだ存在していないスーパーアプリを提供している。その柱となっているのが、消費者にあらゆる商品を販売する際のゲートウェイになりうる決済アプリだ。
曲がりくねった道を経たGojek
Gojekは2010年にささやかなスタートを切った。そもそもは「MVP(実用最小限の製品)」を作るローカル・ローテクのベンチャー企業で、アメリカ在住の創業者マカリムが副業として運営していた。誕生当初は、インドネシアの首都ジャカルタの町を走るバイクタクシー「オジェック」を電話やツイッターで予約するコールセンターにすぎなかった。大した成長は見込めなかったものの、ドライバーや利用者を相手に貴重なビジネス経験を積むことができた。
スマートフォンが普及するなか、Gojekは2015年にモバイルアプリ・プラットフォームとして再始動し、サービス拡大を目指した。そのころには、マカリムがフルタイムのCEOとして経営を担っていたが、技術系スタッフが不足していた。そこでマカリムは、モバイルアプリ開発会社Ice House Indonesiaにコード作成を委託。型破りでいくぶん胡散臭いやり方ではあるが、現場経験の豊富さに加え、巨大な新興市場インドネシアという強みを背景に、Gojekはベンチャーキャピタルからの資金調達に成功した(インドネシアは2億7000万人を超える人口を擁する世界第4位の国だ)。
Photo: Sino Studio / Shutterstock
Gojekはこの時点ですでに、オンラインプラットフォーム企業を構築していく標準的な戦略から大きく逸脱していた。オンラインプラットフォーム企業は、ひとつのプロダクトかサービスに焦点を絞って起業し、徐々に手を広げていくのが常道だ。たとえばAmazonは、オンライン書店として始まり、4年後にようやく、音楽やDVD販売へと移行していった。UberがフードデリバリーUber Eatsを始めたのは創業5年目だ。
しかし、Gojekはある意味、ひとつのプロダクトに集中する過程をすでに通過していたと言える。モバイルアプリとして再始動した際、GojekはMVP製造から、プロダクトの種類を最大化する方向へとすばやく舵を切ったのだ。配車サービスを中心にし、フードや食料品、処方薬のデリバリーサービスがその脇を固めた。カギを握る決済アプリも、モバイルアプリ立ち上げからまもない2016年4月に追加された。バイクタクシーだけでなく、自動車やワゴン車のドライバーも配車サービスに登録できるようにした。そうしてついに、サービス爆発のときが訪れた。
Gojekは地元サービス業者と提携し、提供するサービスの種類を一気に増やしたのだ。マッサージ師に来てもらいたいときや、ハウスクリーニングを頼みたいときは、Gojekのドライバーがどちらかひとつ、あるいは両方のサービスを自宅まで届けてくれるようになった。トラックをレンタルしたい人や、路上で車が故障して修理工を探している人にも、Gojekはスムーズに対応した。
こうしたビジネス戦略はいわば、ラピッドプロトタイピングだったわけだ。現在はもう、そうしたサービスの大半は提供されていない。ベンチャーキャピタルからの調達資金と収益増を背景に、Gojekはより採算性の高いサービスを取りそろえるようになり、基幹となる3つのスーパーアプリを中心にした20のプロダクト群を構築した。主要なプロダクトもいくつか含まれている。そのプロダクト数は、Tokopediaとの合併で一気に増えることになる。
主要プロダクトのひとつである決済アプリGoPayは、保険や投資をはじめとする金融商品も並行して扱っている。また、中国のAlibabaから決済サービスAlipayと金融企業Ant Financialが生まれたように、半独立型の派生ビジネスも誕生した。GoPayには、決済大手Paypalや、Facebook、Googleなどが投資している。
意外なところでは、ストリーミング配信にも進出。GoPlayと名づけられたアプリは、アジアを舞台にした映画やドラマを配信している。また、Netflix Originalsを手本に命名したGoPlay Originalsというオリジナル作品の製作も開始した。米人気ドラマ『ゴシップ・ガール』をリメイクしたジャカルタ版や、インドネシアの人気映画「フィロソフィ・コピ(珈琲哲学)」のスピンオフシリーズなどだ。
ストリーミングサービス「GoPlay」(Image: Gojek)
GojekとTokopediaが合併して新たに生まれるのが巨大企業「GoTo」だ。興味深いことに、AlibabaがTokopediaに投資していた一方で、TencentがGojekの株主だったため、新生GoToは中国でしのぎを削る大手2社がバックについたかたちで株式公開へと向かっていくことになる。
もともとは、GojekとGrabの経営統合がささやかれていたが、交渉は決裂。近いうちに独力での上場を目指すGrabは、プロダクトという点ではGojekほど多角展開していない。しかし、知名度という点ではGojekを優っている。その名をASEAN全体にとどろかせているGrabは、東南アジアからUberを駆逐すべく異なる種類のアプローチを取ってきた。
Grabの勝利の方程式
GojekがUberより優位に立てたのは大きな理由はバイクタクシーだ(小回りの利くオジェックは渋滞する車列を縫って走れるうえに、料金も安い)。対するGrabは、成長著しい多国籍企業という立場と、各市場への細かな気配りを組み合わせた戦略が功を奏した。
そして、こうした複合的戦略を武器に、決済サービスならびに金融サービスという、きわめて高価値だが、規制が厳しく国ごとに細かな違いがある分野へと参入を果たした。決済と金融のプロダクト群は、収益源として高い可能性を秘めているだけではない。決済アプリ単独でも、顧客や顧客の消費パターンに関するデータを継続提供してくれる情報源として非常に貴重だ。データマイニングによって、ありとあらゆるプロダクトやサービスのマーケティングにおいて対象を絞り込むことができる。
Grabは2012年にマレーシアの首都クアラルンプールで誕生した。当初からアプリを土台にした成長を目指していた同社は、創業1年目にフィリピンのマニラとシンガポールに手を広げ、大都市を中心にサービスを拡大させていった。現在は、ASEAN10カ国のうち8カ国のおよそ300都市でサービスを展開している。進出した都市の規模は、巨大都市(バンコクやホーチミンなど)から、ベトナムのベンチェやマレーシアのタワウといった、10万人から50万ほどが住む地方の中核都市まで幅広い。
Photo: Twinsterphoto / Shutterstock
Grabは新規市場に参入するたびに、地元のタクシードライバーや輸送会社に対して、他国から入ってきた競合相手というよりもパートナーとして接することを心がけ、効率よく集客できるプラットフォームを提供していった。
Grabは、Uberでは利用できなかった現金払いに対応。タクシー利用にさえ慎重な人が多い都市では、安全性と信頼性を強く打ち出した。Uberの場合、ドライバーへの報酬は米国と同じ隔週払いだった。しかしGrabは、乗客がクレジットカード払いだったとしても、アジアではドライバーが日常的に現金を必要としていることを知っていた。そこで週払いから始めたが、ドライバーがGrabPayに切り替えれば、乗客ごとに即時払いされるかたちに変更した。
決済サービス「GrabPay」 (Image: Grab)
Grabはさらに、各市場の地元投資家を迎え入れ、技術スタッフや事務スタッフを現地採用した。Uberがアメリカから資金を調達し、スタッフもアメリカから呼び寄せていたのとは正反対だ。地元の投資家とつながりを得たことで、Grabにはさまざまなかたちで支援の手を差し伸べられた。
たとえば、ハードルの高い配車サービスと決済サービスの認可取得に際しては優遇されている。フィリピンでは、地元投資家の後押しでGrabには配車サービスの認可がスムーズに下りたが、Gojekは苦慮し、数年後の2019年まで待たされることとなった。
シンガポールでは、政府系ファンドVertex VenturesがGrabに相応の初期資本を提供し、好況に沸く都市国家シンガポールへの参入を支援した。Grabはまた、本社をマレーシアからシンガポールに移転し、層の厚い人材を確保。多くの都市では、地元で有名な家族経営の複合企業からの投資獲得を模索し、経営者一家のメンバーを従業員として採用することもあった。Grabのそうした努力が功を奏し、たとえば、高級ホテルチェーン「シャングリ・ラ」では、オーナーとのつながりがあったことで、各系列ホテルでGrab専用の送迎レーンを確保している。
スーパーアプリの未来像
Grabには世界的な投資家からも多くの支援が集まっている。主な投資家にはソフトバンクなどがいるが、Uberも名を連ねているのは、ASEANから撤退する際にGrabの株式と引き換えで同地域の事業を売却したためだ。GrabとGojek/Tokopediaの両社が株式公開を果たして新たな資金を手にすれば、その競争が見ものとなるだろう。特に注目すべきは、将来を期待されるこの2社の今後が、スーパーアプリのビジネスモデルの将来を占うテストケースとなる点だ。
Grabのスーパーアプリは、Gojekと比べると層こそ薄いものの、基幹的な決済アプリと金融サービスのコアビジネスを有していることは強みだ。ただし、Gojekはストリーミング配信サービスが強力な切り札となる可能性がある。ストリーミング配信は消費者のエンゲージメントを獲得できる。まずは人々を引きつけ、画面でのプレゼンスを手に入れ、エンゲージメントを維持できるのだ。さらに、合併してGoToとしてスタートを切れば、GojekはECプラットフォームを手に入れる。これは侮れない武器となるだろう。
GrabとGoToはそれぞれスーパーアプリという武器を手に、Uberの戦略を大きく超えた遠くを見据えている。目指すは、配車サービスやその他の交通手段に急成長中のデリバリーサービスを加えたビジネスのずっと向こう側にある領域だ。そうした方向性は当然であろう。
配車サービスはどうやら、地域や国を問わず、商品販売のためのユーザーベース構築へと導いてくれるプロダクトとして最適のようだ。アジアの巨大企業であるGrabとGoToは、高パフォーマンスのサービスをバンドルしてアメリカのライバルUberをイノベーションで出し抜いた。従来型の配車サービスアプリは待ちぼうけを食わされるしかなかったのだ。
(翻訳:遠藤 康子)