AI時代に突入し、起業家たちを取り巻く環境も劇的に変化した。これまで数多くの著名スタートアップを輩出し、シリコンバレーの「キングメーカー」として名を馳せる米国の名門アクセラレータ、Y Combinator(Yコンビネーター、YC)のCEOを務めるギャリー・タン(Garry Tan)氏は「今がAIスタートアップを築く黄金期」と語る。この数年でAI市場はどう変化し、今後どんな方向へ向かうのか。業界の最前線に立ち続けるタン氏に、単独インタビューで話を聞いた。

目次
AIトレンドは「退屈な作業」の自動化
スタートアップを築く黄金時代が来た
タン氏の印象に残った最近のテック動向
スタートアップの失敗を招く「NGな発想」
日本の起業家に伝えたい、たった一言のメッセージ

AIトレンドは「退屈な作業」の自動化

―まずはじめに、AIという観点から2024年を振り返ると、どんな1年だったと言えるでしょうか。

 2024年は、大規模言語モデル(LLM)が「"ウソつき”なおもちゃ」から、本当の意味で役立つものへと変化した年だったと思います。2年前には、ある意味で「おもちゃ」のように感じられたプロダクトが、音声やマルチモーダル、特に推論能力において知識作業を行えるレベルに進化しています。AIエージェントの相対的な知的指数(IQ)も、80〜90から110〜120に向上した印象です。

―確かに、一般ユーザー目線で見ても便利なAIアプリケーションが数多く登場しています。企業向けも含めて、全体を見渡した時の今のトレンドは何ですか。

 今のトレンドは、やはり「退屈で単調な作業」の自動化ですね。売掛金処理、債権回収、カスタマーサポート、開発ツールといった分野が特に注目されています。ロボットが人間に代わって危険を伴う作業や汚れ作業を得意とするように、AIは「退屈で単調な作業」を得意としています。

 例えば、昨夏に私が関わったFazeshift(フェーズシフト)というスタートアップは、売掛金処理の自動化を行っています。請求書の発行や照合、台帳との整合性を確認する作業は、担当者がそれこそ一日中取り組むような、単調ながら手間のかかる作業です。しかし、LLMを活用すればそうした仕事の95%を肩代わりすることができ、残りのわずかな部分だけを人間が対応すればよくなります。

 また、コールセンターが担ってきた顧客対応業務もその80%から90%はLLMで置き換えられるようになってきました。それも、従来のように融通が利かない機械音声ではなくて、反応が早く、会話相手の意図を理解し、まるで人間と話しているかのような感覚。このレベルが、今のAI技術の最先端です。

AIを取り巻く2024年の振り返りや、最近のAIトレンドを話すタン氏(TECHBLITZ編集部撮影)

スタートアップを築く黄金時代が来た

―基盤モデルも各社がアップデートを繰り返し、開発競争がどんどん激しさを増しています。

そうですね。しかし、AIの価値は巨大基盤モデルを持つ企業に集中するわけではなさそうです。新たなAI時代の幕開けとなった約2年前、有力な数社によるAI市場の寡占も懸念されていましたが、現状は基盤モデルでOpenAI、Anthropic、Google、Metaなどがしのぎを削り、ロックイン(企業や組織のシステムが特定のベンダーに過度に依存し、他社製品・サービスへの切り替えが困難な状態)はほとんど起きていません。幸運なことに、政府や規制当局が「安全」と太鼓判を押した特定のモデルへの依存が強制される、といったような状況にも陥っていません。

 今こそまさに、AIスタートアップを築く「黄金時代」だと思います。

 事実、昨夏にYCのプログラムに選ばれたスタートアップの全体の売上高は、週ごとに10%伸びていました。最も優れたスタートアップ1社だけではなく、プログラムに参加したスタートアップ全体での数字です。15年前、AirbnbがYCのプログラムを受けていた頃の週の売上高の伸びがまさに10%だったことを考えると、この数字が持つ意味を理解できると思います。このようなことは、今まで起こり得ませんでした。

Garry Tan
President & CEO
2003年、米スタンフォード大学でコンピューターシステム工学の理学士号を取得。2005年から2007年まで在籍したPalantir Technologiesではリードエンジニア兼デザイナーを勤め、同社のロゴもデザインした。2008年にブログプラットフォームのPosterousを共同創業、後にTwitter(現X)が買収。その後、アーリーステージでCoinbaseとInstacartに投資したVCとして知られるInitialized Capitalを共同創業。Y Combinatorには、2010年にPartnerとして参加。BookfaceやDemo Dayの開発に携わった。2023年から現職。2018年から2022年までForbes Midas Listに選出されている。

―Yコンビネーターの2024年の冬のコホートではAIスタートアップが86社あり、前年からほぼ倍増したそうですね。

 これは、(業界・業種特化型の)「バーティカルSaaS」*を扱うスタートアップが増えたことが要因です。バーティカルSaaSが従来のSaaSと一味違って面白いのは、単に企業向けソフトを売るというよりも、「コンサルティング業界を食う」ような状況が生まれている点です。

 データ解析の領域でPalantir Technologies(パランティア・テクノロジーズ)が大きな成功を収めているのと、根本的には同じだと思っています。パランティアは政府機関や大企業を相手に、非常に高額なソフトウェアを販売していて、平均契約額は年間1,000万ドル以上にも上ります。しかし、たとえソフトが高額であっても、それを顧客にとって真に機能させている点がミソです。

 AI革命が進む中、これからの企業の姿は、オラクル(幅広いIT製品・サービスを提供)のような形から、パランティア(データ解析とAI技術に特化)のような形に近づいていくと思います。

  *特定の業界や業種に特化したクラウドベースのソフトウェアソリューション。「バーティカル(垂直)」という名称は、特定の業界の課題を深く掘り下げて解決することに由来する。従来の一般的なホリゾンタル(水平)SaaSでは対応しきれなかった業界固有のニーズに応えることができる。

―AIスタートアップが急増する中、YコンビネーターとしてAIに特化したサポートはありますか。

 例えば、AWSやAzureと提携してGPUのインスタンスを事前に確保していますが、これが非常に役立っています。近年はやはり、H100などのGPUへのアクセスが難しい時期がありましたし、非常に高価でした。しかし、今はYCの企業向けにクラスターを事前予約しているため、十分利用可能になっています。

 また、サンフランシスコの優秀な人材を集める取り組みも進めています。毎週金曜日には、「この1~2週間で何を達成したか?」というテーマで集まり、成果やデモを披露し合う場を設けています。数年前にはなかった新しい取り組みです。当時は、スタートアップ界隈のメタトレンドがビジネスモデルの革新や新しいマーケットプレイスの開発でしたが、今ではAIやソフトウェアの技術的な進化など、全てが最先端の技術に基づいてますからね。

Yコンビネーターを代表する企業の一例(Yコンビネーター提供)

タン氏の印象に残った最近のテック動向

―最近のテクノロジー業界で印象的だった出来事は何ですか。

 特に印象深かったのは、一つ目がOpenAIの「o1」の登場です。これは、テスト時に計算能力を活用するという概念で、より高度な推論が可能になりました。今後、次世代バージョンが登場する中で、特定のワークフローにテスト時の計算能力を直接適用できるようになると考えています。

 もう一つ、こちらも実に印象的だったのがAnthropicの新機能「Computer Use」(AIが人間のようにコンピューターを操作する機能)です。これは、映画『her』のような未来を感じさせるものでした。この機能に音声の最先端技術が加われば、「ChatGPT」「Perplexity」「Gemini」といったインターフェースが、自然な形でコンピューターやスマートフォンに統合されるようになるでしょう。

 一方で、Appleの「Siri」や「Apple Intelligence」がこの分野で大きく出遅れていることには驚かされますし、ある意味でショッキングです。2025年はどんな動向を見せてくれるのか、期待したいと思います。

―ロボティクス領域に対する所感も伺いたいです。AI技術の進化で、ロボティクス領域も大きく変化したように感じます。

 ロボティクス領域においても、非常に興味深い進展が見られます。洗濯物をたたんだり、食器を片付けたり、「ビールを持って来て」と頼んだら持って来てくれるような「家事ロボット」は、これまでアニメの世界の住人でしたが、これが現実的になりつつあります。ロボットの「意識の核」となるのがLLMで、所有者の意図を理解して行動するように設計できるようになったからです。

 ただ、この領域の課題は、ハードウェアのコストが依然として高いことです。私は新しいハードウェア企業が登場することを期待していますし、私たちの投資先であるWeave Roboticsという企業もその方向性を目指していますが、彼らは「Apple流」の価格設定をする必要があります。つまり、ロボットの原価が1万5,000ドルだとしたら、販売価格は5万ドルから7万ドル程度に設定する必要があるわけです。ソフトウェアのように安易に、「原価が1万5,000ドルだから2万ドルで売れば十分だ」という考え方では、ハードウェアは成り立ちません。

 ロボットは、自動車のような道を辿ると考えています。自動車が一般層に普及して、10年間で世界中の道路が変わったように、これからの10年間でロボットのための新しいインフラが整備されることを期待しています。

 ちょうど先日、Google共同創業者のラリー・ペイジと話した際、「ユニバーサル・ベーシック・ロボット」という概念について話しました。ユニバーサル・ベーシック・インカム(基本所得)ではなく、ロボットによる恩恵を全員が享受できる仕組み、これが必要だと考えています。

OpenAIの「o1」やAnthropicの「Computer Use」の登場が印象深かったと語るタン氏(TECHBLITZ編集部撮影)

スタートアップの失敗を招く「NGな発想」

―今回で6~7回目の来日とのことですが、日本のスタートアップエコシステムをどう見ていますか?

 日本には素晴らしい技術者がいます。それが、私たちがこうして来日する理由でもあります。

 ただ、日本に限った話ではありませんが、YCとして最終的に気付いたのは、本当に優秀な技術者たちは大企業に取り込まれるか、もしくは「大人の遊び場」で働く形になってしまうことです。そこでは高い給与が支払われる一方で、ほとんど何もしなくても良い場合が多いです。時には1週間に数時間しか働かないこともあります。

 これは、働くエンジニア自身にとっては素晴らしいことかもしれませんが、それ以外の人々にとってはどうでしょうか?非常に優秀な人材が、何かを作り出すことなく大企業の中に閉じ込められて、企業側も自社の収益基盤や独占的地位を守るために、優秀な人材を外部から隔離しようとしているように見えます。それが彼らにとっては合理的でも、社会全体にとっては最適ではないかもしれません。

 私たちとしては、才能ある人たちが自由であることを望んでいます。新しい企業を立ち上げる機会がある「第三の道」が必要です。これまでは大学を卒業したら、「就職」か「大学院進学」という選択肢しかありませんでしたが、今の時代には「会社を始める」という選択肢も加わるべきです。

 それが私たちの目的です。素晴らしい企業の多くは、学校を中退した10代の若者によって創業されました。ジェンスン・フアンは職務経験がありませんでしたし、ラリーやセルゲイも学生でした。マーク・ザッカーバーグ、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、マイケル・デルも同様です。

 彼らの時代には、Kleiner PerkinsやSequoiaのようなベンチャーキャピタルから資金を調達していましたが、現在ではそのような10代の若者たちがYCに応募してきます。最も賢い人々をYCに集めることができれば、彼らの挑戦を高めることができます。

 私たちが学んだのは、「村(コミュニティ)が必要」ということです。YCの面白い点は、知識が無料で得られることです。ポール・グラハムのエッセイはすべて読むことができますし、YCの公式YouTubeではスタートアップ業界のカルチャーや方法論についてのコンテンツを絶えず発信しています。

 ただ、それだけでは十分ではありません。サンフランシスコのYCオフィスで10週間、スタートアップを始めようとしているトップ1%の人々に囲まれることで初めて、大きな変化が生まれるのです。人々は大企業で働いていたときのような働き方をしなくなり、物事を第一原理から考え始めます。これは、アナロジーに頼らず、新しい視点で考えることを意味します。

 例えばAirbnbの場合、成長が停滞していた時、創業者のブライアン・チェスキーがYCに来て、YCの共同創設者であるポール・グラハムと共に問題を解決する方法を模索しました。毎朝鏡を見て、「毎週10%成長しなければならない」と自分に問いかけ、なぜ成長しないのかを突き詰めて考えました。そして、「掲載画像の質が悪いからだ」「今はニューヨークに行って直接ホストと会うべきだ」といったシンプルな答えにたどり着きました。それが、毎週10%成長するAirbnbを生み出したのです。

 彼らのような巨大企業は、単純なアイデアを基にして成功しました。スタートアップが失敗する原因の多くは、資金調達に過度に依存し、「トレンドだからやる」という逆向きの考え方に陥ることです。成功する企業は、シンプルでありながら見過ごされている洞察を発見し、それを基に成長しています。

 プロダクトマーケットフィットを見つけるまでの道のりは数カ月ではなく、何年もかかることだってあります。だからこそ、YCがいます。その間を、YCのパートナーやコミュニティの仲間と共に過ごすことで、魔法のような変化が起こるのです。

―AI時代はあらゆることが驚異的なスピードで変化を遂げています。スタートアップを取り巻く環境は、それ以前と比べてどのように変化したと感じていますか。

 今すごく素晴らしいと思うのは、ゲートキーパーがほとんどいなくなったことです。以前は、新しいものを作り出し、流通させるには多くの障害がありました。しかし、今はその答えが非常にシンプルです。AIエージェントが110~120のIQを持つ時代、自分が何を知っているかを基に、特定の産業や分野で人々が求めるものを作り出せるかどうか。答えは「ほぼ確実にイエス」です。

 ChatGPTがこれまでで最も成功したコンシューマー向けのローンチの一つであることは、まさにその始まりに過ぎません。OpenAIの周辺で時間を過ごしていると、例えば「o1」がリリースされた際、それが実際には大きなブレークスルーであるにもかかわらず、ChatGPTのエンドユーザーはその活用方法を十分に理解していないことが分かります。この事実だけでも、スタートアップには非常に多くのチャンスがあることを示しています。

 起業家は、市場のニーズを徹底的に分析し、AIを活用してインテリジェンスを統合したり、スマートなプロンプト設計や評価を行ったりすることで、どんな分野でも10億ドル規模、さらにはそれ以上の可能性を秘めたスタートアップを築くことが可能です。これは、アメリカや特定のエリート層だけの話ではなく、コードを書くことができるほぼ全ての人が、この新たな時代に参加できることを意味しています。

―では最後に、テック領域でグローバルな影響を与えたいと考える日本の起業家の皆さんへアドバイスをいただけますか。

私から伝えたいことは、たったひと言です。ぜひ、Yコンビネーターに応募してください。



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