<目次>
・脱シリコンバレーは限定的な事象
・新たな価値を創り出すための「4つの視座」
・DXに必要なデータの集め方・測り方
脱シリコンバレーは限定的な事象
最近は一部の大企業や富裕層がシリコンバレーを離れ、「シリコンバレーは終わった」「脱シリコンバレー」などと報道されることもあります。しかし、この流れは限定的なものでしかありません。パンデミックで日米の往来が難しくなっており、現地の感覚が分かりにくくなっています。そのため、DXのテーマでもある「どのデータを見れば現状が正確に把握できるか」が重要になっています。
たとえば、2020年に巨大IPOが続々と行われ、シリコンバレーのSnowflake、Airbnb、DoorDashの3社がIPO歴代最高額のトップ10にランクインしました。株式時価総額のトップ10もシリコンバレー勢が大半。グーグル、アップル、テスラといった代表的企業も、いまだ同地に根をはっています。さらにグーグルなどはパンデミック収束を見据えて10億ドルほどの不動産投資を行いました。
Photo: Sundry Photography / Shutterstock
最近発表されたUnited States Post Office(アメリカ合衆国郵便公社)の在住移転データによると、サンフランシスコ市内から転出するほとんどの人は、近くのシリコンバレー郊外に移っていることが分かりました。シリコンバレーのアパートの家賃は若干下がりましたが、一軒家の値段はパンデミック前に比べて高騰しています。
また、ワクチン接種が進み、VCは物理的にシリコンバレーに残った状態で会合を再開しました。スタンフォード大学は全学生と教員、研究員にはワクチン接種を義務付けて、9月からキャンパスへの受け入れを再開します。ニューノーマルは目前であり、シリコンバレーのエコシステムは健在なのです。
新たな価値を創り出すための「4つの視座」
シリコンバレーでは、消火栓から水を飲むような勢いで新しいことがガンガン進んでいます。コロナ禍で働き方や社会は変わりましたが、‟価値の創り方”の根本的な力学は変わっていません。それはペインポイントを重視したユーザー目線の徹底であり、解決方法をスケールさせることです。イノベーション人材の育成においても‟価値の創り方”の理解は欠かせません。
まずはユーザーファーストの視座を4点にわけて説明しましょう。それは「①顧客あるいは顧客の顧客のペインポイント(課題)は何か?」「②その解決法は何か?」「③その解決法はスケールするか?」「④なぜ自社やこのチームでないといけないのか?」です。このテンプレートは、大企業が新規事業を立ち上げる際にも有用です。
まず、①顧客のペインポイントについて考えてみましょう。多くの企業は「顧客のため」をスローガンに入れていますが、実際には顧客のペインポイントについて深く考えていないことが多いのです。
自社の事業説明も、絵の真ん中が自社の組織構図であり、顧客が横の方にあったり、提供しているものやサービスの「売り手目線」のみの紹介と説明ばかりで、顧客やその顧客の顧客のペインポイントがどう解決されているのかが書いていません。事業説明資料を作り変えて、顧客を絵の真ん中に持ってきましょう。そうすると、嫌でも顧客中心に考えなくてはいけません。顧客のコストダウンを手伝っているのか?顧客がその先の顧客のペインポイントをより明確に捉えるためのデータ採取の仕組みやサービス提供能力の向上を提供しているのか?
ペインポイントを本当に顧客目線で把握するための練習法があります。「我が社は何を提供しているか」ということをいったん横に置き、まずは自分の身の回りのリアルなペインポイントを挙げてみましょう。たとえば高齢の親がタブレットやWi-FiなどのIT機器の設定に手間取っていて、孫とコミュニケーションを満足にできていないというペインポイントがあります。
ではこのペインポイントはどれくらい深いものなのか? 測れるか? 例えば高齢の親の自宅のIT機器設定が深いペインポイントだった場合、どれくらいの人がこの状況に困っているのか? そして解決できるにはいくらぐらい払っても良いと考えているか?色々な測り方があります。
私の場合は、特にコロナになってから帰国できない状況になり、親に孫の顔を見せてあげられるなら、結構な額を払っても良いと考えています。親の方も孫の顔をタブレットで見れるなら、それなりにお金を払う価値があると思うでしょうから、これは結構深いペインポイントと言えるかもしれません。テスラでは、このようなディスカッションを徹底的に行っています。
Photo: insta_photos / Shutterstock
次に②ペインポイントに対して解決法(ソリューション)は何が肝になりますか? 難しい技術ですか、それとも既存のものの組み合わせですか? そして③その解決法はスケール(規模を拡大)できますか?シリコンバレーではスケールが大事で、深いペインポイントを解決している見事なソリューションであっても、コストやITインフラやサービスの設計上、規模を急拡大できない場合は相手にされません。
④そしてなぜこのチーム、あるいは我が社でやる必要があるんでしょうか? より高い技術や優れたチーム、および熱量があるところに負けないために、なぜ我々がやるのかが大事です。経営資源や財政資源のサポートが足りない場合、チームの熱量が高ければ社内外の人の心を動かして経営資源などを獲得しやすくなりますが、何となくやっていたり、上司の思いつきでやっているなど、そもそもチームの熱量が低い場合はやらない方が良いかもしれません。熱量が高いところに負けるからです。
DXに必要なデータの集め方・測り方
これら4点を考えるにあたって、データは欠かせません。ここでデータにまつわる誤解をいくつか解く必要があります。まず、「データは現代の石油」と言われることがありますが、この例えはちょっと紛らわしいと思います。それは、石油はすでにあるもので、掘れば見つかるという性質に対し、多くの価値のあるデータは「すでにあるもの」ではなくて「自ら作り出すもの」だからです。
多くの企業は「我が社はデータをたくさん保有しているが、これを使って価値が作れないか」と期待していますが、実はすでに保有している多くのデータよりも、新しくピンポイントで作り出すデータを使った方がはるかに効果的なことが多いのです。
Photo: ESB Professional / Shutterstock
例えば、日本のゼネコンの米国子会社がオフィスビルの入札で負けて受注が取れなかったけれども、競争相手が作ったオフィスビルが雨漏りなどの品質問題を抱えることになった場合を考えてみましょう。この日本のゼネコン企業は「品質を織り込んだ価格」を提示したわけですが、その品質を測る客観的なデータを持ち合わせていなかったので、価格競争に巻き込まれて入札に負けてしまったわけです。
このゼネコンは自社が提示する価格は「高品質」を含んだ価格であることを示すデータを持ち合わせていませんから、新たに作り出す必要があります。どこからどのようなデータを作り出せば、この品質を他社と比較し、優位性を示せるでしょうか? 考えてみましょう。このプロセスもDXの一環です。
データは量のみではなく、本当に計りたいものを測れているのかという意味での「質」が重要です。
だからこそ、どのようにデータを集めるかに多くの企業が四苦八苦しています。そこで参考になるのがGAFAのアプローチ。「価値を与えることでデータが集まる」というやり方です。
GAFAは大量のデータを保有しているから強いと言われることがあり、ヨーロッパもアメリカ政府も、多くの企業がこのように考えていますが、実はそうではないのです。ユーザーに価値を与えているからデータが集まるのです。
Photo: AngieYeoh / Shutterstock
例えばグーグルマップで行き先への道順が正確なだけではなく、車での移動の場合、道路の混み具合を含んだ到着予想時刻が驚くほど正確なので、多くの人はどんどんグーグルマップを使います。
ただ、使うことによってグーグルに自分の位置情報や目的地、移動速度などを伝えているわけです。音声入力も然りです。ほとんどのユーザーにとって、利用料金なしで価値をもらっているのでデータを提供していてもあまり気にならない、という取引になっています。企業からみると、「価値と引き換えにデータを集められる」わけです。
日本企業のみなさんも「何と引き換えにデータを得るか」「何を測りたいか」「どうやって測るか」を考えてみてください。
※次回「テスラの衝撃―EVの常識を覆した戦略」に続く