<目次>
・ピカール家のDNAと、世界一周飛行で証明したかったこと
・収益性の高いソリューションは既に数多く存在する 1000+チャレンジ
・気候変動対策のためのサーチエンジンで探せるソリューション
・既に多くのソリューションは実在するのに、なぜ企業や人々は行動を変えないのか
・パートナーシップを広げ、目指していくこと
ピカール家のDNAと、世界一周飛行で証明したかったこと
2016年7月、世界各地の関係者が固唾をのんで見守る中、太陽光のみをエネルギー源とする飛行機「ソーラーインパルス2」が世界一周飛行を成功させ、最終目的地のアラブ首長国連邦のアブダビに着陸した。
ピカール氏は「気候変動対策は収益性と人々の支持というレンズを通してのみ取り組むことができる」という信念のもと、2002年からいち早くクリーンテクノロジーやエネルギー効率化を推進し、気候変動に対して経済的な利益をもたらす解決策を提案してきた。その取り組みの1つが、太陽光発電による世界一周飛行だった。
さまざまな先端技術を搭載したソーラーインパルス2は2015年3月、アブダビを離陸。ピカール氏と、元スイス空軍パイロットのアンドレ・ボルシュベルク氏の操縦による総飛行距離は4万3000kmを超え、17カ所に立ち寄った。天候不順や修理期間などで予定より時間がかかり、名古屋空港(小牧空港)での緊急着陸・一時退避も余儀なくされたが、化石燃料を一切使わないフライトという偉業を成し遂げた。
ピカール氏は効率的で収益性の高いクリーンテクノロジーを普及させるには「経済と環境に対する人々の意識のギャップや行動を変える必要があります」と指摘する。
「ソーラーパネルと電気モーターを搭載し、騒音もなく、汚染もなく、化石燃料を使わない飛行機で世界を飛んだことは、非常に感動的であり、今も多くの化石燃料を必要とするエンジンを使っていることが『過去』にとらわれていることを示しました」
ソーラーインパルスは自家用車ほどの重量で、17,248個の太陽電池を使用し、再生可能エネルギーを生産・貯蔵し、必要なときに最も効率的に使用することを可能にした。エネルギー効率だけでなく、機体の軽量素材やコックピットの断熱素材、部品類など「画期的な先端技術が詰まった空飛ぶ実験室だった」と言う。電気モーターのエネルギー効率は、化石燃料を使いCO2を排出する標準的なエンジンをはるかに上回り、効率性を証明した。
Image: The Solar Impulse Foundation
探検家と精神科医の二足のわらじを履き、環境問題に取り組むピカール氏。国連をはじめ、各国政府、気候会議、世界経済フォーラムなど、世界の著名な団体・機関に対して影響力のある発言者として知られている。ピカール氏の科学的探究と冒険、自然保護への思いは3世代にわたるDNAに刻まれている。
祖父オーギュスト・ピカール教授は物理学者、気象学者であり、熱気球による初の成層圏飛行を実現。深海潜水艇「バチスカーフ」の発明でも有名だ。父のジャック・ピカール氏は海洋学者、技術者、深海探検家であり、深海潜水艇によるマリアナ海溝への潜水でも知られている。湖水や深海の調査と自然保護に取り組んだ。
ピカール氏はこう語る。「私の目標は、ソーラーインパルスプロジェクトを立ち上げることで、再生可能エネルギーやクリーンテクノロジーが『不可能を可能にする』ことを示し、クリーンテクノロジーや再生可能エネルギーのあらゆる可能性についてインスピレーションを与えることでした。しかし、ただそう言っても、誰も信じてはくれません。ですから、私は大きなプロジェクトを立ち上げ、人々が意識し始めるような壮大な成功を収めなければなりませんでした」
「私は自分のスキルや知識、経験、冒険を総動員し、環境保護に取り組みたいと考えています。多くの人は習慣を簡単に変えることはできず、環境問題に取り組むには多大な犠牲が必要だと思い込んでいますが、私は行動で証明し、この状況を変えたいと思いました」
「環境保護はエキサイティングなことです。経済的にも有益で、雇用を生み出し、すべての人を一つにできるものです。環境を守ること。それは21世紀最大で最も美しい冒険だといえます」
収益性の高いソリューションは既に数多く存在する 1000+チャレンジ
ソーラー飛行機による世界一周の成功に続き、ピカール氏が取り組んでいるのは、気候変動対策として経済的な利益をもたらしながら環境を保護する解決策が既に数多くあることを広く知ってもらい、導入を加速させることだ。
ソーラーインパルス財団は2021年4月、独立した専門家によりクリーンで収益性が高く「質的な成長」を実現すると評価された「効率的なソリューション」1000件を特定し、ラベル付けした。これが「1000+チャレンジ」だ。
「今日、経済成長を促進しながら自然を保護できる解決策は何千もありますが、それらは多くの場合、スタートアップや研究所に隠れています。それらのソリューションは意思決定者に知られていないままで、業界レベルでは実装されていません。1000+ソリューションのチャレンジを達成したことで、収益性、効率性、持続可能性を高めるのに十分な技術が既に存在することを証明できました。したがって、意思決定者は『エコロジーはコストが高すぎる』『環境保護の取り組みは経済に損失を与える』『雇用を破壊する』などの言い逃れはできなくなります。行動を起こさない言い訳は通用しないのです」
ピカール氏と財団はソリューションのポートフォリオを増やし続けており、ソリューションの検索エンジンSolutions Explorerでは現在、1471件の先端テクノロジーによる解決策を紹介している(2023年3月時点)。これらは、「建物」「消費財」「エネルギー」「水」「食料と農業」「インフラ」「モビリティ」などのセクターごとに検索できるほか、温室効果ガス排出や廃棄物、水使用量の削減など、環境への効果ごとにも一覧できる。
現在1500近くに上るこれらのソリューションは「環境を破壊するよりも環境を守る方が儲かるという1,500の証明になっています。その解決策の多くはスタートアップからもたらされていますが、不思議なことに、これらのソリューションのほとんどが知られていないのです」とピカール氏は指摘する。
そのため、財団のラベルは「環境配慮型ソリューションの経済的収益性を証明するもの」としてのお墨付きになると説明する。「370人の外部の専門家がこれらのソリューションを評価しています。検索などは完全に無料です。日本のイノベーターも、このソリューションプロバイダーのコミュニティに参加することができますね。相互にサポートし合える面白いネットワークになります。ソリューションに関する大きな支持グループを作ることができるのです」と意義を説明する。
その上で、「私たちはこれらのソリューションの社会実装を広げようと、政府や大企業、公共機関、各都市の市長などと話し合い、企業活動を脱炭素化し、同時に利益を上げ、雇用を創出するために、どのような良いソリューションがあるかを紹介しているのです」
気候変動対策のためのサーチエンジンで探せるソリューション
ソーラーインパルス財団がラベル付けしてサーチエンジンで検索できる1500近くのソリューションにはどのようなものがあるのか。
例えば、アメリカのスタートアップZeroAviaは航空業界向けのゼロエミッションの水素電気ソリューションに取り組んでいる。水素燃料電池システムを搭載し、既存の航空機と新しい航空機の両方にインストールできる独自のソフトウェアと制御に関連付けた実用的なゼロエミッション航空パワートレインを提供する。航空関連は世界のCO2排出量の2%を占めるとされており、航空会社と各国政府はこの部門での脱炭素化が必須となっている。戦略的パートナーシップを通じて、電気モーター、インバーター、水素燃料電池、水素タンクなどの技術とソリューションを提供できるとしている。
関連リンク:脱炭素化で環境に配慮した航空機エンジンの提供を目指すZeroAvia
スイスの企業、KIGOは、工業用の建物など向けに暖房用のエネルギー消費を削減するパネルを展開している。面積の大きい工場などはヒーターなどの暖房器具を導入しているところが多いが、KIGOのクライメートパネルは、低い温度でも作動し、ヒートポンプやプロセス熱の回収、その他の熱源を利用して運転できるため、効率的だという。天井が高く、断熱性の低い工場などのホールを効果的に暖め、従業員の快適性も向上させることができる。暖房用エネルギー消費量やCO2排出量の削減に加え、粉塵の発生を抑制することもでき、パネルはステンレス製で耐久性に優れリサイクルも可能だという。
サーチエンジンには現在、日本のスタートアップも1社紹介されている。京都にあるAC Biodeは、工業用灰をアップサイクルし、プラスチック廃棄物を分解する化学触媒の開発や灰リサイクル事業、独立型交流電池・回路の開発など幅広く展開する。化学触媒「Plastalyst」は、ポリマーをモノマーに分解することで、リサイクルできないプラスチックを焼却炉や埋立地に送るのではなく、分解してリサイクルすることができる。
ピカール氏も「化学会社やプラスチック会社、その他多くの企業が廃棄物を高温で燃やす代わりに、プラスチック廃棄物の輸送を止めて、現地で廃棄物処理を行うことができます。これは廃棄物を管理する上で注目される技術です」と語る。
関連リンク:「京都発 テクノロジー×エネルギー・環境」 未来へのイノベーションを起こす
既に1,500近いソリューションを紹介している Solutions Explorer。「より効率的に、よりクリーンに、企業もエネルギーコストを削減するなど節約ができ、新しい市場機会を創出するソリューションは数多くあります。他にも、データセンターを使って街を暖めることができるシステムやヒートポンプを設置して建物を暖めるソリューション、リサイクルできないゴミを建築用の石に変える廃棄物管理のシステムなどもあります」
既に多くのソリューションは実在するのに、なぜ企業や人々は行動を変えないのか
これらのソリューションの主なターゲットとして、財団がアプローチの対象としているのは政府機関や企業、自治体、NGOなど多岐にわたる。
「ターゲットはより効率的にならなければならない、ということを理解している全ての人たちだと言えるでしょう。効率とは、より少ない材料やエネルギーなどで、より良い結果を得ることができることを意味します。材料やエネルギーを節約すれば、コストを抑え、より収益性が高くなります。この節約した資金で、効率化の次の投資につなげることができるのです。つまり、利益を上げながら環境を保護する、自己持続的な投資なのです」
「しかし、多くの人々は汚染と費用のかかる古いシステムを使い続けていることを理解していません。人々の考え方を変えるのに、どれだけの時間がかかるか、これはとても不思議なことです」
収益性が高く環境を守ることができる解決策があるにも関わらず、企業や人々が行動や考え方を変えようとしないのはなぜか。ピカール氏はこう答える。
「多くの場合、規制や法律をはじめとする法的枠組みが汚染や非効率を許容しているからです。ですから、多くの企業は『私たちのやっていることは合法です。なぜ変えなければならないのでしょうか』という態度をとることになります」
「だからこそ、私は各国政府に対して、規範や基準といった法的枠組みにおいて、より野心的になるよう求めているのです。もし法律が非効率を許せば、人々は非効率になります。一方、規制や法律が人々に効率的であることを求め、基準に達することを要求すれば、必要性が生じるので、すべてのイノベーションを市場に引き込むことができます。そして、人々はその解決策を取り入れ、より多くの利益を得ると同時に、環境を保護することができるのです」
Image: The Solar Impulse Foundation
ピカール氏は国際会議などの場で政府や企業との対話を重ね、持続可能で豊かな経済を実現するために、革新的な製品やクリーンでエネルギー効率の高い新しいプロセスの市場導入促進につながる法的枠組みのアップデートを提唱している。グローバルな行動を呼び掛けるアドボカシー活動や、環境保護への移行において政治やビジネスの意思決定者を支援するガイドの発行などの活動も展開しているのだ。
政府機関だけでなく、都市・地域社会レベルでのソリューション導入も後押しする。スコットランドやベルギーのブリュッセル市、フランスのGrand Est 地方などとパートナーシップを結び、土地利用や建設部門の脱炭素化、持続可能なインフラの構築、エネルギー消費の削減、クリーンな輸送の促進などの課題解決を支援する。
財団は2022年11月、第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)に合わせて報告書「Solutions Guide for Cities(都市のためのソリューションガイド)」を発表した。都市における気候変動対策のソリューションの導入を進めるために、市長や行政機関、企業、市民が直面する主要な課題に焦点を当て、都市環境でのテストや実装に成功したラベル付きソリューションのケーススタディを紹介している。
財団は、ソリューションを特定することはパズルの一部であり、ガイドは意思決定者やプレイヤーが具体的な持続可能な解決策の社会実装に移行できるようにする体系的なイネーブラーになるとしている。
Image: The Solar Impulse Foundation
パートナーシップを広げ、目指していくこと
より効率的になり、持続可能で豊かな循環型経済を実現するために、私たちができること。ピカール氏は「既に存在するすべての解決策に目を向け、できる限りのものを利用すべきです。これは今日からすぐ取り組めることです。エネルギー、モビリティ、建設、農業、工業、水、廃棄物管理。これらの分野で大幅に効率性を改善し、天然資源や水、エネルギーの浪費を大幅に削減することができるのです。目の前のことだけを見ていてはだめです」
「魚は水の中で生活しているので自分が濡れていることを知りません。それと同じで、多くの産業は長い間、問題の渦中にあるため、それが問題であることすら気が付いていません。私は状況を完全に逆転させて、問題を見つける代わりに、解決策を特定しなければならないと考えています」
ピカール氏の活動は世界的に理解が広がっている。財団のワールドアライアンスとして国際機関や各国の地方政府、州、都市と協力関係を結び、ソリューションの導入や社会実装の促進などに連携している。
また、財団のビジョンに賛同するパートナー企業にはグローバル企業が名を連ねる。ベルギー・ブリュッセルに本拠を置き世界50カ国以上に事業を展開する大手化学メーカー Solvayや、フランスのエネルギー事業大手Engie、世界セメント大手のHolcim、ドイツテレコム、Air France、世界的な電気機器・産業機器メーカーの財団であるSchneider Electric Foundation、スイスの腕時計メーカーBreitlingなどだ。
ピカール氏は「私たちは気候変動に対処し、社会の未来を支えるクリーンで収益性の高い技術ソリューションを推進したいという強い長期ビジョンを共有しています。雇用を創出し、利益を生み出すと同時に、公害を減らし、天然資源を保護するソリューションを支援します。パートナーのサポートにより、ソーラーインパルス財団は効率的なソリューションの発見、評価、ラベル付けを継続し、それらを無償で推進することができるのです」と語る。
今後も大企業とのパートナーシップを広げるとともに、連携できる業界団体やソリューションを導入する企業を一層増やしていきたいという。
Image: The Solar Impulse Foundation
今後12カ月のマイルストーンとして、「より多くの国、より多くの企業にソリューションを使ってもらうことです。そのために、私たちは各国政府に対して、気候変動への取り組みについての研修も提供していきたいと考えています。各国の状況に応じてのトレーニングやリモートでの研修も可能です」と、政府、企業、財団などが連携した取り組みを推進できるような人材の育成にも取り組むつもりだ。
収益性が高く、環境を守る経済活動を支えるソリューションは既に存在すると何度も強調するピカール氏。財団の活動のその先に、どのような未来を見つめているのか。
「長期的なビジョンは、すべてのソリューションがあらゆる場所で実装されているようにすることです。そのためには、私たちがいまだに使用している時代遅れで、汚染をもたらすデバイスやシステムの不条理に積極的に反対し、既に存在する効率的なテクノロジーの利点を促進して、政府や業界に行動を起こすよう今後も取り組んでいきます」