温室効果ガスの削減や、台風などの災害に伴う停電リスクへの対応力、コスト競争力のある電源という観点から分散電源の普及も進む中、エネルギーマネジメントの鍵になるのが「Behind-the-meter」領域のエネルギーテックの取り組みだという。Behind the meterとは何か。欧米やオーストラリアでのビジネスの先進事例など、井口氏に寄稿してもらった。
<目次>
・1. なぜBehind the meterが注目されているのか?
a. Behind the meterとは何か?
b. Behind the meterが注目されている背景
・2. Behind the meterビジネスのユースケース紹介
a. Swell Energy(北米)
b. Sonnen(欧州)
c. Tesla(豪州)
・3. Behind the meterビジネスの日本への示唆
a. 容量市場、需給調整力市場
「Behind-the-meter」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。近年、エネルギービジネスの文脈で世界的に注目が集まっていますが、日本ではあまり多く論じられていないように思います。そこで、本記事ではBehind the meterとは何か、なぜBehind the meterが注目されているのか、どのようなビジネスチャンスが眠っているのかについてお伝えします。
1.なぜBehind the meterが注目されているのか?
1-a. Behind the meterとは何か?
Behind the meter(BTMと略されることもある)という言葉は、直訳すれば「メーターの後ろ側」ですが、エネルギービジネスの文脈では「電力メーターの後ろ側」を指します。
電力メーターとは、皆さんお馴染みかと思いますが、家庭や建物と送配電網(送電線・配電線)の間に流れる電力量(kWh)を測定する装置です。日本では、東京電力パワーグリッド社などの10社の送配電事業者が、遠隔検針を可能にするスマートメーターを2024年度末までに低圧需要家向けに全棟設置することを予定しています。これによって、所定の手続きを踏めば、電気の需要家・小売電気事業者および第三者のサービサーは、スマートメーターで計測した30分ごとの電気の利用状況を把握・見える化できるようになります。
一般的に電力システムの構成は、図1のように、発電→送配電→需要という流れになり、送配電網と需要家の間に、電力メーターは位置します。
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図1:電力システムの模式図
したがって、電力メーターの後ろ側とは、送配電網を必要とせずに、家庭や建物などの電気の需要地点(on-site=オンサイト)で電力を供給する状況を表しており、Behind the meterの電源の代表例としては、太陽光発電システムやエネファームに代表される自家発電設備、あるいは蓄電池システムなどが挙げられます。
一方で、Behind the meterの対になる言葉として、Front of the meterというものがあります。電力メーターの前側、すなわち需要地点から離れた場所(off-site=オフサイト)から家庭や会社などの需要地点に電気を供給する状況を示しています。具体的には、石炭火力や原子力といった従来の巨大な発電所が挙げられますが、近年では電力系統の安定化のために運用される系統用蓄電池も、一定以上の規模(10MW)であれば発電事業に位置付けられています。
簡単に言えば、Behind the meterとは、電力メーターの需要家側(オンサイト)で発生するすべてのことを指します。逆に、送配電網側(オフサイト)で起こることは、すべてFront of the meterであると見なすことができます。
1-b. Behind the meterが注目されている背景
近年、この電力メーターの後ろ側で、2つの大きな変化が起こっています。
1点目は、分散電源の急増です。
太陽光発電システムやエネファームに代表される自家発電設備、あるいは家庭用蓄電池システムなど、従来の巨大な発電所と比べて小さな電源は、分散電源(Decentralized Energy Resources=DERs)と呼ばれています。
これら分散電源の普及の背景は、「Renewable」「Resilience」「Affordable」という3つの要素が挙げられます。
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図2:分散電源の拡大の背景
Renewableとは、温室効果ガスの削減という観点です。資源エネルギー庁によれば、2050年までにカーボンニュートラルに向けて取り組む国・地域は、日本を含め144カ国存在します¹。この目標達成のために不可欠なのが、再生可能エネルギーの拡大です。
日本では2012年より始まったFIT制度(固定価格買取制度)をはじめとする、再生可能エネルギーの普及施策を契機として、分散電源の代表例である太陽光発電の市場は、住宅用・産業用ともに大きく成長しました。経済産業省によれば、2020年実績で日本の太陽光発電の導入容量は72GWで世界第3位となっています²。原子力発電の平均的な発電出力を1GWとすると、72基分に相当するインパクトです。
次にResilienceとは、日本語では回復力・復元力などと訳されますが、台風や山火事など災害に伴う停電リスクへの対応力、という観点です。2019年に発生した台風15号によって、千葉県では多数の送配電線設備が損傷した結果、大規模停電が発生し、完全復旧まで20日ほどを要したことは、記憶に新しいのではないかと思います。住宅用太陽光発電や蓄電池システム、また動く蓄電池としてのEV(電気自動車)などの分散電源は、電力系統から分断されていても使用可能であることから、電力のレジリエンスの価値が注目を集める契機にもなりました。
¹資源エネルギー庁「エネルギー白書2022」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2021/003/
²経済産業省 第73回 調達価格等算定委員会「太陽光発電について」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/073_01_00.pdf
そして、Affordableに関して、再生可能エネルギーの発電コストが長期的に見て下がっている点に加えて、近年の世界的なエネルギー需給の逼迫を受けて、エネルギー価格が高騰しているという背景もあり、再エネがコスト競争力のある電源として評価されつつあります。
たとえば、東京電力エナジーパートナー株式会社は燃料価格の変動に応じて自動的に電気料金を調整する燃料費調整制度を採用していますが、その調整単価は2021年1月以降右肩上がりで急増しています。
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図3:東京電力エナジーパートナー(株)燃料費調整単価(低圧)の推移
出所:東京電力エナジーパートナー(株)燃料費調整額をもとに筆者作成
この燃料費調整額が近年の電気料金高騰の主要因となっていますが、オンサイトで再生可能エネルギーを設置し利用した場合、燃料費調整はかかりません(自己託送モデルに関しても同様)。そのため、長期的な電気料金の節約を目的の1つとして、家庭のみならずスーパーマーケットなどの店舗施設の屋根上に、太陽光発電システムが載せられるようになってきています。
さて、Behind the meterを取り巻く2つ目の大きな変化は、電力の需給調整の不確実性が増しているという点です。
太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーは、変動型再生可能エネルギー(Variable Renewable Energy: VRE)と呼ばれており、発電出力の天候依存性や発電予測の不確実性、地理的制約などが課題として挙げられます。
電気は需要量と供給量を常に一致させなければ、周波数が乱れ停電を引き起こしてしまうので、発電側と需要側でそれぞれ30分毎に計画値を立てた上で、実績値が瞬時瞬時で差分がないように需給を調整する必要があります。
しかし、VREはその特性上、発電の予測が困難であるため、予測が外れ同時同量の実現が困難な場合には何らかの形で調整されなければなりません。たとえば、供給側の対応として、火力発電や水力発電での出力の調整や、電力需要に対して供給が多い場合にはVREの出力抑制といった点が挙げられます。
一方で、需要側での応答施策も挙げられます。それが、デマンドリスポンス(Demand Response)と呼ばれる仕組みです。電力の需要家が、何らかの手段でFront of the meter側から購入する電力量を減らし、電気の需給バランスを調整する方法です。
この取り組みを需要家の自助努力に委ねるのではなく、経済的なインセンティブ設計に基づいて需要家にアクションしてもらうことがポイントです。たとえば、市場連動型の電気料金プランを契約している需要家は、電気の需給が逼迫するタイミングでは電気料金単価が高くなるため、節電するインセンティブが働きます。あるいは、蓄電池やEVを保有する需要家であれば、電気を購入する代わりに、蓄電池内の電気を宅内・施設内に放電することで、購入電力量を減らした対価として、第三者より経済的インセンティブを取得することもあり得ます。
特に後者のように、需要家に適切なタイミングで、需要側の分散電源を遠隔制御・応動させるためには、需要家の電力データを把握している必要があります。
本章では、分散電源の急増、そして電力の需給調整の不確実性の増加という、Behind the meterを取り巻く2つの変化について述べてきました。このような大きな変化によって、電力卸売市場の価格高騰や電気料金の高騰など、さまざまな問題が顕在化していますが、一方で「変化はチャンス」と言われるように、このような大きな変化が訪れている環境下では、顧客ニーズや行動様式、技術や規制なども変わることが予想できます。
2.Behind the meterビジネスのユースケース紹介
Behind the meter領域のビジネスとして、家庭用の分散電源を活用した海外企業の事例を3つ紹介します。
2-a. Swell Energy(北米)
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図4:Swell Energy HP
Swell Energyは、2014年に北米で設立された住宅用蓄電池プロバイダーであり、また電力マネジメントの技術を提供しています。2020年12月に、450Mドルの資金調達(プロジェクトファイナンス)を実施し、4つの地域でVPP(バーチャルパワープラント、多数の分散電源をIoT技術を用いて遠隔制御し、あたかも1つの大きな発電所として機能させる技術・取り組み)の展開を発表したことで注目を集めました。
合計で200MWhの蓄電システムと100MWの太陽光発電システムをアグリゲートする予定であり、主な対象である家庭に対して、太陽光発電+蓄電池システム(Tesla Powerwall)を、月々150ドル程度で提供しているようです。Tesla Powerwallの容量が13.5kWh/台ですので、おおよそ14.8万台の蓄電池システムを近い将来に提供することを狙っているようです。
具体的な取り組み内容としては、Swell Energyは2021年にはカリフォルニア州で発電・配電・小売を行う3社の電力会社(Pacific Gas and Electric Company(PG&E)、San Diego Gas & Electric(SDG&E)、Southern California Edison(SCE))と協業しています。顧客の住宅用太陽光発電+蓄電池を、それぞれの容量入札プログラムに登録し、これら分散電源を一括管理・制御して、需給逼迫のタイミング、すなわち卸電力市場価格が高い時に、必要な容量を拠出する、というものです。
このプログラムに協力した需要家は、イベント発生時にSwell Energyの制御に協力をすることで、金銭的インセンティブが付与されます。これまでも産業用の分散電源を活用したデマンドレスポンスプログラムは存在しましたが、それを家庭用の分散電源に広げている点に新規性があります。
これらを可能にする技術が、エネルギーマネジメントと呼ばれる個々の分散電源を遠隔で管理・制御するためのIoT及びソフトウェアです。Front of the meter(電力会社)側の指令に応じて、Behind the meter(需要家)側の分散電源をコントロールする、アグリゲーターとしての役割を、Swell Energyは担っています。日本でも2024年開設予定の容量市場に向けてオークションは始まっていますが、ベースラインの設計・計測に関する制度設計に課題があり、現時点では家庭用の分散電源を活用した容量市場(発動指令電源)の商用化は困難であると言わざるを得ません。
2-b. Sonnen(欧州)
Image:Sonnen HP
ご存知の方も多いかもしれませんが、欧州最大の家庭用蓄電池アグリゲーターとして著名なSonnenを取り上げます。Sonnenは、2010年にドイツで設立され、世界で90,000台以上の販売実績を有する蓄電池メーカーであり、Sonnenはドイツのみならず、欧州、北米、オーストラリアで事業展開しています。メーカーとしては蓄電池システムに加えて、EV充電器も提供していますが、一方で一部地域では小売電気事業も行っており、Sonnen蓄電池ユーザー向けに、100%再生可能エネルギーの電力供給を提供しています。
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図5:Sonnen HP
SonnenFlatは、Sonnen製蓄電池と住宅用太陽光発電システムを保有するユーザーに対する、月額固定料金の小売電気供給サービスです。
たとえば、オーストラリア有数の太陽光発電システムプロバイダーであるNatural Solar社とSonnen社との提携によるサービスプラン(小規模な電力需要家向け)では、Sonnen製蓄電池(10kWh〜)と住宅用太陽光発電システム(5kW〜)を保有するユーザーに対して、月額42ドルという低額の固定料金で電力を供給します(使用電力量の上限は年間7,500kWh)。オーストラリアの電気料金は世界トップレベルで高い(約26〜42セント/kWh)ことを考慮すると、Sonnen Flatの利用によって、電気料金の支払いが大幅に減らせる可能性があると言えます。
そして、太陽光発電システムで作られて余った電気(余剰電力)は、Sonnen社が買い取り、別のSonnenユーザーに対して売電するために使われます。このように、Sonnen製蓄電池と太陽光発電システムを有する「プロシューマー」同士で繋がりあい、仮想的に再生可能エネルギーの地産地消を推進することを、SonnenはSonnen Communityというコンセプトで表現しています。
なお、2019年2月に、SonnenはオイルメジャーであるShellに売却し、完全子会社になっています。
2-c. Tesla(豪州)
Image:Tesla HP
電気自動車メーカーとして著名なTeslaですが、家庭用蓄電池Powerwallや系統用蓄電池Megapackを展開しています。
Teslaは、上記のSonnenと同様に、オーストラリアで住宅向けにVPPサービスを展開しており、例えばビクトリア州のVPPプログラムに採択されています。
このプログラムでは、TeslaはTesla Energy Planという、Tesla Powerwallと太陽光発電システムを保有する住宅の電気需要家に対して提供するVPPサービスであり、Tesla指定の小売電気事業者と連携してサービス提供されています。
州ごとによって料金体系は異なるものの、一例として小売電気事業者であるEnergyLocals社との提携による、クイーンズランド州でのTesla Energy Plan(Time of Use, TOUプラン)は、以下の通りです。
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出所:Energy Locals社HP
上記の価格表によれば、午後4時〜午後9時までのピークタイム(電力需要が高く、卸売市場の価格が高騰する時間帯)がもっとも高い25.3セント/kWh、次いで午後9時〜午前9時までの夜間帯は22.0セント/kWh、最後にもっとも安い時間帯である午前9時〜午後4時までのオフピークは18.7セント/kWhとのことです。なお、余剰売電はFITを活用して収入を得ることができます(FIT単価は4.5セント/kWh)。
TOUプランでは、時間帯によって小売電気料金単価が異なります。そのため、Teslaは、Powerwallを遠隔制御することによって、需要家の電気料金をより安くすることを試みています。たとえば、ピークタイムは小売電気料金単価が高くなるので、予めPowerwall内に蓄電していた電気を宅内に放電する、といった具合です。
ご参考として、Teslaが公開している請求書の明細イメージを掲載します。
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出所:Tesla HP
TOUではない固定価格で、かつ太陽光発電と蓄電池がない場合は、571.1kWh/月を消費している事例です。仮に平均的な電気料金として30セント/kWhだとすると171.33ドルになりますので、このサンプルの請求書でも96.3ドル/月も節約できてしまうことになります。
小売電気料金プランをTOUに変更し、太陽光発電と蓄電池を用いて、電気を賢く使えば電気料金が節約できる、ということを示しています。
3.Behind the meterビジネスの日本への示唆
3-a. 容量市場、需給調整力市場
これまで、電力先進国である海外(北米、欧州、豪州)のBehind the meterを活用したサービスの事例を見てきました。こういった背景には、ダッグカーブ現象と呼ばれる、1日の実質電力需要の急激な変化があります。
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出所:エコめがね
ここで言う実質電力需要とは、スマートメーターで計測される電力量、すなわちFront of the meter側を指します。日中は太陽光発電で消費電力をまかなう需要家が増えたため、実質電力需要が減っていることが分かります。
一方で、日が沈み、太陽光発電の発電量が落ち始める午後4時以降から、急激に実質電力需要は増加しています。この電力の需給が逼迫するこの時間帯では、電力卸売市場の価格も高騰するので、小売電気事業者にとっては悩みの種でした。こういった背景からTOUメニューも一般化しましたが、これは単に価格高騰のリスクを需要家に負担させることになってしまうことから、根本的な問題解決には至りませんでした。
そこで登場したのが、これまで見てきたようなBehind the meterの分散電源を活用したエネルギーマネジメントサービスです。電力需要家、小売電気事業者(+メーカー)、電力系統のそれぞれがWin-Win-Winとなり得る連携体制です。
日本でも太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの普及が加速し、まさに数年前の諸外国と同様の状況になっています。そして近年では、世界的なエネルギー価格の高騰により、Behind the meterを活用したエネルギーマネジメントは、経済的にも社会的にもより意義を増しているように思えます。
私が所属する株式会社シェアリングエネルギーが提供するシェアでんきのように、最近では初期費用無料で太陽光発電システムや蓄電池が利用できるサービスも増えつつあります。
こういったサービスの活用も視野に入れつつ、今後の住宅を取り巻くエネルギー問題について、ぜひチェックしていただければと思います。