世界有数のファンド規模を誇るNew Enterprise Associates(本社:米国カリフォルニア州、以下NEA)は、1977年の創業でシリコンバレーの発展と歩みを共にしてきた老舗VCだ。「"100年企業"を創り上げる」という創業者たちのDNAが受け継がれ、世界を変えるビッグアイデアへの投資で常に業界をリードしている。TECHBLITZは今回、NEAのパートナー、Aaron Jacobson(アーロン・ジェイコブソン)氏に単独インタビューを行い、NEAの投資哲学や、日本進出のタイミングなどについて話を聞いた。

New Enterprise Associates(NEA)とは:
シリコンバレーの先駆者Arthur Rock(アーサー・ロック)率いるVCのベンチャーキャピタリストを務めたRichard Kramlich(リチャード・クラムリッチ)ら3人が1977年に創業。各人が役職を去っても残り続ける"100年企業"を創り出すという共通ビジョンを掲げていた。1号ファンドは1,600万ドルからスタートし、最新の18号ファンドの規模は総額62億ドルと世界有数のメガファンドへと成長している。2023年12月末時点での運用資産額は250億ドルを超える。

目次
NEA最大の差別化ポイントとは
投資哲学は「世界を変える企業を探す」
なぜDatabricksに投資できたのか
現在のAI革命は「2010年代のクラウドと酷似」
日本進出はいつ?日本市場で目指すものは?

NEA最大の差別化ポイントとは

―NEAはシリコンバレーの老舗VCとして、これまで数多くのスタートアップを育成してきました。NEAを特徴付ける要素はどのような点でしょうか。

 なんといっても、NEAの歴史そのものが他のVCとの差別化につながっています。50年近くにわたり業界で積み重ねてきた歴史と経験です。

 NEAはこれまでに数々の企業と仕事を共にし、270件以上のIPOと450件以上のM&Aを手掛けてきました。そうして築き上げてきた起業家たちとのネットワーク、シード期のスタートアップを上場に至らせるまでの方法論などが、今、起業家たちにアドバイスするときの拠り所となっています。これが極めて重要なポイントです。

Aaron Jacobson
Partner
University of Pennsylvaniaで電気工学、The Wharton Schoolで経済学の学士号を取得。卒業後は、テクノロジー特化の投資銀行Qatalyst Partnersでアナリストを務めた。2011年にNEAに入社し、StreamsetsやBOX、NGINXなど、後の上場企業や大手企業に買収された企業に投資してきた実績がある。2016年にはフォーブス誌がVC業界を対象に選出した「30 Under 30」に名を連ねた。NEAのパートナーとして勤務する傍ら、幅広い投資経験を活かしてCrowdboticsやSecond Front、Embraceなどの企業でDirectorを務めるほか、DatabricksのBoard Observerも務める。
 もう1つの強みは、私たちの企業文化です。スタートアップでもVCでも、つまるところは、「人」と「企業文化」が会社の成果を大きく左右すると私は強く信じています。企業文化こそNEAの最大の差別化点だと言っても過言ではないでしょう。

 NEAは「チーム志向」の会社です。NEAと仕事をする際には、担当パートナーや取引に関連する部署だけでなく、全社的なサポートが得られると考えてください。私たちは「ワンファーム(One-firm)」のマインドセットを持つVCです。

 専門知識やバックグラウンドを持つ別のパートナーと話したいときは、そのパートナーが助けてくれます。NEAには多彩なパートナーがいて、Salesforceでグローバルセールスを拡大した人物や、BIツール会社のTableau(タブロー)の元CPO(最高製品責任者)も在籍しています。これはあくまでも一例ですが、投資を受けたスタートアップはこうした専門家にアクセスでき、ニーズや課題に応じて彼らの助けを受けることができるわけです。

image: NEA

投資哲学は「世界を変える企業を探す」

―NEAのどのような投資哲学があるのでしょうか。

 NEAの理念と投資方針の根幹にあるのは、世界を変えるような、世代を超えて繁栄するような企業を築こうとする創業者を支援することです。なぜなら、そういった企業こそ、非常に大きな規模へと成長するからです。

 私たちが探しているのは「ビッグアイデア」です。ビッグアイデアを持つスタートアップというのは、アーリーステージにいるかもしれないし、シリーズBや、はたまた収益モデルが確立しているようなグロースステージにいるかもしれない。だから、私たちにとって大事なことは、彼らがどのステージにいるかではなく、企業価値が100億ドルを超えるような会社になれるかどうかです。そうしたチームや市場機会を見つけられたなら、それこそが私たちが投資を熱望する対象です。

※2023年1月にクローズした最新の18号ファンドは、NEAの初の試みとして、アーリーステージ向けの「NEA18」とグロースステージ向けの「NEA18VGE」へと役割を分けた。2つを合わせて総額62億ドルというファンド規模はNEAにとって過去最大。
 そうした会社は特定の業界だけに存在しているわけではありません。巨大企業になり得るポテンシャルがある企業を探すべく、われわれのチームはIT業界からヘルスケア業界、EC、ゲーム、メディア、ロボット、半導体などありとあらゆる業界に根を張っているのです。

 つまり、投資する業界の幅広さと、資金調達ラウンドに左右されない柔軟性が、NEAの投資戦略であり、他のVCと一線を画している部分でしょう。

なぜDatabricksに投資できたのか

―NEAはこれまで数々のスタートアップ投資を成功へと導いてきましたが、最近の特筆すべき成功事例を挙げるとすれば何でしょう。

 例を挙げるとすれば、NEAはDatabricksの最初期の投資家の1社です。彼らの資金調達のシリーズBラウンド、その後のシリーズCラウンドをリードしました。実は、われわれは本当に初期の段階から彼らと通じていました。

 なぜなら、Databricksの初代CEOであるIon Stoica(イオン・ストイカ、現執行役会長)はカリフォルニア大学バークレー校の教授で、われわれは彼の最初の起業となるConviva時代から支援していため、非常に密接な関係を築けていたのです。彼が共同創業者の一人として次のDatabricksを立ち上げる際、私たちのところに来てくれたので、極めて早い段階で彼らを支援しました。私たちが支援を決めた時点で、彼らは潜在顧客を3社抱えているだけで、実際の顧客は1社も存在していなかったにも関わらずです。

 彼らが描いていた戦略は、オンプレミスソフトウェアには手を付けず、クラウドのみでやっていくというクレイジーとも言えるものでした。さらに、彼らが理想とするテクノロジーを構築していく一方で、セールスやマーケティングには一切投資しないという考えでもあったのです。

 それでも、私たちは共同創業者の一人であるMatei Zaharia(マテイ・ザハリア、現CTO)が発案したオープンソースの分散型ビッグデータ処理フレームワークである「Spark」が持つ可能性を信じていました。その使いやすさから、従来の「Hadoop」を凌駕すると確信していたのです。Databricksがクラウド上でSparkを動作するようにできれば、データサイエンスや機械学習、AIといった技術を実現するための追加コンポーネントを重ねていくことができるという未来図を描いていました。

 Databricksは現在、最も高く評価されている非公開企業の1社だと思います(2024年7月時点の調達額累計約40億ドル)。これが、NEAの最近の最も成功した事例の一つでしょう。

NEAの代表的な投資先。SalesforceやUber、遺伝子検査の23andMe、データ分析基盤のDatabricksなどへの投資で知られ、近年ではソフトバンクとの戦略的提携で話題を呼んだAI検索のPerplexityにも投資している(TECHBLITZ編集部作成)

現在のAI革命は「2010年代のクラウドと酷似」

―現在、NEAが注視している業界は?

 企業としては先ほどお話しした通り、さまざまな業界に関心を持っています。私が個人として注力している分野はAIです。具体的には、ソフトウエアデベロッパー向けに販売するAIモデル開発者に注目しています。

 AIが多くの業界に影響を与えているのは自明ですが、個人的に現在のAIを取り巻く状況は「2010年代のクラウド」と酷似していると感じます。

 当時から私はそうした業界を担当していて、ソフトウエアの「オンプレミスからクラウドへの移行」という大革命が起きている現場を目撃しました。NEAもMongoDBやNGINXといった業界に多大なインパクトを残した企業に投資していて、インフラソフトウエアの世界がクラウドによって「再発明」されたことをよく覚えています。

 現在のAIも当時のクラウドと同じ状況にあります。ありとあらゆるソフトウエアにAIモデルが組み込まれることで、製品・サービスに革命的な影響が起きています。例えば、私がDirectorを務めるCrowdboticsは、彼らのサービスにはAIが組み込まれていて、非エンジニアも簡単にアプリをつくることができるようになっていますよね。

 クラウドはどちらかといえば、ソフトウエアを支える「インフラ」としての利便性という意味において革命的でしたが、AIはその能力が破壊的で、業界のあり方そのものを変えていくでしょう。こうした状況下においては、ソフトウエア開発促進のため、安く・効率的に導入可能なAIモデルをつくる企業へ投資することが非常に重要です。

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日本進出はいつ?日本市場で目指すものは?

―2023年5月に「NEAが日本市場に参入する」と日本のメディアが報じました。具体的な参入時期など決まっているのでしょうか。

 まず、日本とのつながりに関しては、産業革新投資機構がわれわれにLP投資を行っています。大企業との公式な提携はまだ発表されていないので、申し訳ありませんが、この場で日本進出のタイミングは明かせません。

 われわれは主にアメリカとヨーロッパの企業に投資していますが、特定の国での投資において、当該地域のみで資金を調達することはありません。あくまで、NEAの2つのファンドが調達した資金を基に、必要だと思った企業に投資する戦略を基本にしています。

 具体的にNEAが日本市場で目指すのは以下2パターン。日本で創業して日本市場でビジネスをする企業、またはアメリカで起業し日本市場に商品・サービスを売り込む企業、です。

 いずれのパターンにおいても、現在はビジネスにおける国境がなくなってきていることを指摘しておかなければなりません。スタートアップも10年前と比較すると、はるかに早い段階で海外進出をするようになりました。かつてはARR(年間経常利益)で5,000万〜1億ドルを記録するまでアメリカのスタートアップも日本に進出しませんでした。今では、NEAも投資したBoxは、ARRで約2,000万ドルのステージにいる時に伊藤忠テクノソリューションズと提携し、日本市場に参入しています。

 特にソフトウエアの世界では、アメリカでブランドを確立するほどの技術力を持つ企業は世界中でも評価されやすい傾向にあります。Boxもその典型例と言えるでしょう。

 実際、私がDirectorを務めるソフトウエアセキュリティ企業はすでに日本の自動車部品メーカーにサービスを販売しています。彼らは従業員50人程度の企業です。10年前には考えられなかったことですが、最先端の技術があれば、企業規模に関わらず世界進出できるのが現在の世界なのです。

―日本ではリスクマネーの供給不足や起業の文化的ハードルの高さなど、複合的な要因からアメリカと比較すると「ユニコーン」が少ないと指摘されています。

 確かにシリコンバレーのようなエリアがあるアメリカと比較すると、ユニコーンが少ないのは事実でしょう。ただ一方で、日本では世代交代が着実に進んでいる印象を受けていますし、ロボットや半導体といった分野で世界をけん引するイノベーションを起こしてきた国でもあります。保守的なところもありますが、産業の裾野は広く、革新的な技術を生み出すだけの土壌があるのです。

 それにNEAにとっても、スタートアップの絶対数が少ない日本企業への投資は大きなチャンスだと思っています。VCのビジネスの基本は「他のVCが注目していない企業に投資し、リターンを得る」部分にあり、競合が少なければ少ないほど、チャンスも大きいからです。

 今後、アメリカのスタートアップ創業者が日本に目をつけ、まだ浸透していないけれども必要な技術を売り込み、新市場を開拓していくかもしれません。「日本でしか売れないARR1億ドル規模のサイバーセキュリティ企業」が誕生する可能性も大いにあります。NEAの仕事は、そうした創業者と技術を見つけ、支援することに尽きます。



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