目次
・個人のマインドセットをチームで磨く
・では、どう磨く? 鍵は「フィードバックループ」
・赴任1年目から変化を実感
・厳しいフィードバックは「仲間の伴走」とセットで
・遠山氏が語る「CVCが人を育てる」理由
MS&ADインシュアランスグループホールディングスのCVCとして、2018年に設立。米国ではシリコンバレーおよびニューヨークの2拠点を構え、欧州・アジアにもメンバーを配置するなど、グローバルに投資活動を展開。チームは約20名で構成され、トップスクールMBAや博士号修了者、CFA、CPA、医師、弁護士など、多様で高度な専門性を有する人材が集結している点が特徴。これまで1~5号ファンドを通じて総額4億ドルを運用。投資領域はインシュアテックやフィンテック、ESG、ヘルスケア、モビリティ等。
個人のマインドセットをチームで磨く
―設立からいまに至るまでの活動を振り返って、組織がどのような成長を遂げてきたのか聞かせてください。
遠山:当社の設立当初は「MS&AD」といっても現地では誰も知らない状況からのスタートでした。ですから、1年目は何よりも「認知獲得」が最大のミッションでした。シリコンバレーのエコシステムの中で、MS&ADベンチャーズという存在を認識してもらい、レピュテーションを獲得する。そのためにも、他社にはないスピード感で積極的に投資を繰り返す活動を行っていました。
そこから1年ほど経ち、投資先や関係者が増えてきた段階で、「協業・実験」のフェーズに入りました。「投資先を活用し、保険というグループの本業に役立つ実証実験を企画しよう」という動きです。スタートアップの技術を使った実証実験・協業というフェーズを経て、その後は、スタートアップのビジネスモデルを弊社本業に取り込むべく、定量的に保険ビジネスに貢献できるプロジェクトの推進に2年ほど注力しました。
そして現在迎えているのが、「事業創出」のフェーズです。これまでの活動を通じて、さまざまな業界のビジネスモデルや、成功・失敗の要因が見えてきました。そこで得た知見を活かし、既存の保険ビジネスへの貢献にとどまらず、保険とは異なる領域も含めた新しいビジネスそのものを、私たち自身が主体となってつくっていく。この2年ほどは、CVCでありながらビジネスの創出にも積極的に関与し、推進するというフェーズに移行しています。
投資領域も、当初はインシュアテック関連への投資が多くを占めていましたが、今ではヘルスケアやモビリティ、そしてフィンテックなど、幅広い分野に拡大しています。
2024年10月に米CBインサイツが発表した「Insurtech 50」において、その年のインシュアテック領域の有望スタートアップに選出された50社のうち、MS&ADベンチャーズが5社に出資していることが明らかとなった。これは、米ゼネラル・カタリスト(出資4社、同率2位)をはじめとする著名なVC/CVCを上回り、ランキングで最多の出資実績を記録。インシュアテック領域での確かな目利き力と、競争環境の厳しいグローバル市場においても有望スタートアップへの出資を実現してきたCVCとして、その実力を明確に示した。
―そういった活動を行ううえで、重視していることはありますか。
遠山:私たちが重視するのは、社内メンバーの「マインドセット」と「成長カーブ」です。
当社には、大きく分けてローカル人財と、MS&ADグループから立候補して来る駐在員がいます。駐在員の多くは、日本国内で保険関連の仕事をしてきたプロフェッショナルたちです。しかし、投資や新規事業開発といった領域は、彼らにとってほぼ「やったことのない仕事」になります。つまり、これまでの経験やスキルがそのまま通用するわけではありません。
だからこそ、英語力などのスキルよりも、「この人は課題認識力があるか」「仕事を自分事化できるか」「どれだけ高い成長意欲を持っているか」といったマインドセットが極めて重要になります。さらに当社では、こうしたマインドセットを個人の資質に頼るのではなく、チームで磨き上げる訓練を行っています。
なかでも、私たちが何より大事にしているのが「フィードバックループ」という手法です。これは端的に言えば、その人の良い点や改善点を1on1などで包み隠さず、何度も伝えることです。「これができてない」「成長がこの3カ月止まっているぞ」など、言われる側としては「しんどい」内容も少なくありません。意見が言い合える雰囲気を丁寧に醸成し、メンバー1人1人と信頼関係を築いた上で、「超ダイレクトフィードバック」を徹底しています。
このフィードバックを短期間で大量に繰り返すことで、その人が自身を俯瞰して考える習慣を身につけてもらっています。そうすれば「なにを改善すべきか」「どう変われば成長できるのか」といった気づきを自身で得られるようになる。この俯瞰的な気づきこそが、人財の「成長カーブ」を飛躍的に上昇させる鍵になります。
特に、現在リーダーを務めている渡邉は、このフィードバックループで大きく成長してくれました。
フィードバックは「短期間で大量に」繰り返し、「超ダイレクト」であることを徹底していると語る遠山氏。
では、どう磨く? 鍵は「フィードバックループ」
―渡邉さんは、フィードバックループを通じた自身の成長をどう捉えていますか。
渡邉:私としては、特に「視座」が大きく変化したと思っています。
シリコンバレーに来た当初の私は、自分自身の興味関心という視座で、目の前の面白そうなスタートアップや最先端の技術に夢中になっていました。結果、自分にとって面白いプロジェクトが作れただけで、本当の意味で会社や社会にインパクトのある成果はなにも生み出せませんでした。
そんな私に遠山は「その事業の本質的な価値は何か」「考えるべきことの一番真ん中が抜けている」等のフィードバックをくれました。遠山に一次案を当てては直しを繰り返し、結果的に1つのプロジェクトだけでスライドを1,000枚ぐらい作成したこともありました。
このフィードバックループを重ねたおかげで、渡米4年目にして徐々に自分自身の視座が変わりつつあります。「10年後のMS&ADグループ、あるいは社会全体にとって何が本当に必要か」という視座で考えるようになったのです。現在は「住まいと暮らし」領域のリーダーとして、年間2件、本当に意味のある10年後のグループの柱となるような事業をつくろうと取り組んでいます。自分の視座が高まることで、事業のスケールも変わるのだと実感しています。
厳しさばかり感じられるかもしれませんが、遠山のフィードバックは決してそれだけではありません。私の良いところも悪いところも常にフラットかつダイレクトにフィードバックしてくれるので、納得感のほうが圧倒的に強いですね。
渡邉氏は「作成したスライド資料が約1000枚に達したフィードバックもあった」と笑う。
遠山:渡邉は、もう私が必要ないほど、高い判断力と行動力を発揮してくれています。それも、渡邉が話したように「マインドセット」が変わり、より大きな「成長カーブ」に乗って、視座が高まったからです。
私は、人財の成長をよくゴルフに例えて、「打ち出し角」の話をメンバーにしています。ボールを遠くに飛ばすためには、インパクトの瞬間の角度が重要ですよね。キャリアも同じで、特に社会人5年目から10年目くらいの若いうちに、どれだけ高い角度で発射できるかが、その後の飛距離を決定づけます。つまり、人財の成長速度は、この「角度」の大きさに比例するのだと考えています。
そういう意味では、赴任1年目の舟川は、フィードバックループでまさにいま「角度」を大きくしている最中ですね。
赴任1年目から変化を実感
―舟川さんは赴任1年目とのことですが、どのようなフィードバックが印象的でしたか。
舟川:遠山から「謙虚」と「遠慮」の違いを教えてもらった時は、思わずハッとしました。
私は、もともと地方で営業をしていたので、投資や新規事業の用語すらわからない状態でここに来ました。当初は、わからないことを素直に「わからない」と言えず、会議でも発言を躊躇していました。「こんなことも知らないのかと思われたくない」という思いがあり、自分ではそれを「謙虚さ」だと思っていたのです。
しかし、遠山から「それは謙虚ではなく、遠慮だ」とはっきり指摘され、謙虚であることと、意見を言わないことの明確な線引きを指摘されました。
また、私は以前、物事のネガティブな側面やできない理由ばかりを探してしまう癖がありました。しかし、先輩方が私の未熟な意見のなかにもポジティブな要素を見つけ、「その視点は面白い」と評価してくれる姿を見て、考え方が変わりました。今は、課題が見つかっても「行動したからこそ新しい課題が見えた」とポジティブに捉え、解決策を考える方向にマインドをシフトできています。
舟川氏は「先輩の姿勢に影響され、物事のポジティブな側面を探すようになった」と、マインドの変化を実感する。
渡邉:私は舟川と業務をともにすることが多いのですが、どんな相手にも遠慮せず、伝えるべきことを伝える力が身についてきていると感じます。あるスタートアップと日本での事業開発を進めるなかで、舟川が相手のCEOに「それは違うと思う」「こうすべきだと思う」とはっきり伝えてコミュニケーションを図っていたことが印象的でした。赴任からわずか半年で、ここまで実践できるのは目を見張る成長だと思います。
遠山:舟川が急成長を遂げられているのは、渡邉がリーダーシップを取って、彼の一挙手一投足をしっかり見ていてくれるからにほかなりません。こうしたチーム内での信頼関係は、当社の強みの1つでもあります。
渡邉:私だけではなく、目黒もチームを支えてくれる心強い存在です。
厳しいフィードバックは「仲間の伴走」とセットで
―目黒さんは、どのような点にチームの強みを感じていますか。
目黒:私たちのチームは、上下間だけでなく、メンバー間でも「フィードバック」を繰り返しています。確かに厳しい指摘もたくさんありますが、「指摘して終わり」ではないところに、私はチームの強みがあると思います。
たとえば、「ここは間違っている」「もっとこう考えるべきだ」と指摘された後、必ず「じゃあどうすればいいか、一緒に考えよう」「一緒にこれをつくるぞ」と、リーダーや仲間が全員で課題を自分事化して一緒に伴走してくれます。厳しいけれど、絶対に見捨てず応援してくれるカルチャーがあるからこそ、恐れずに挑戦できるのだと思います。
スタートアップも投資家も、全員が「指数関数的な成長」を追い求めており、私たちも線形な成長ではなく、非連続な成長が当たり前のように求められています。そうした環境下では、つねに「安定した快適な場所」にいるのではなく、自らを「困難で苦労の多い場所」に追い込む姿勢も大切です。その点、チームのメンバーによる指摘は、正しい道筋を示す羅針盤のような存在です。
私はいま、当社の行動指針の1つでもある「ステイ・アウト・オブ・コンフォートゾーン(新しいことに挑戦し続ける)」を自身の指針としています。
新しいことに挑戦するうえで大切なのは「足」と「手」と「頭」をバランス良くフル回転させることにあります。具体的には、まず「足」を使って徹底的に動く。毎月20社以上のスタートアップと会い、現地のイベントに顔を出し、生きた情報を浴びながら特定領域の理解を深める。「手」を動かしてすぐに文字や絵に落としアウトプットを出してみる。そして壁にぶつかったら、「頭」を使って戦略を練り直す。未知の領域や不安な環境にあえて飛び込み、このサイクルを回し続けることで、投資や協業の成果を生み出せるようになりました。この「頭」を使うとき、メンバーの指摘や意見が大きく役立つのです。
スタートアップや投資家と目線を合わせるため、あえて自身を「困難で苦労の多い場所」に追い込むことを意識していると語る目黒氏。
舟川:私の場合、厳しい指摘以外にも、温かなフィードバックをもらうことも多く、壁にぶつかった時はよく救われています。たとえば、私が赴任直後で自信がなかったとき、渡邉や目黒といった先輩方が、私のことをよく見て、「君の強みはここだ」と伝えてくれました。
遠山:私がリーダーとして意識しているのは、メンバーが勇気を持って踏み出した「最初の一歩」を見逃さないことです。
渡邉:赤ちゃんが初めて立った瞬間って、すごく感動するし、大切じゃないですか。それと同じで、メンバーがコンフォートゾーンから出て、新しいことに挑戦した瞬間をしっかりキャッチして、「それはすごくいい!」と称賛する。当社には、そういうカルチャーが全社員に根づいています。
遠山:このようなカルチャーで育まれるのは、自走できるチーム体制です。足りないところや改善点をまっすぐ指摘するフィードバックも必要ですが、それ以上に、発揮した良さや勇気を認めて自信を持たせることが重要です。本人が自信を持ち、自分でハンドルを握って走り出せば、あとは勝手に成長していきますからね。
遠山氏が語る「CVCが人を育てる」理由
―双方向の信頼関係があるからこそのフィードバックなのですね。では、最後に今後の組織の展望を遠山さんから聞かせてください。
遠山:私自身、日本と海外を行き来しながら長く仕事をしていますが、結局のところビジネスは「人と人」だという思いに行き着きます。
どれだけテクノロジーが進化しても、それを動かし、新しい価値を生み出すのは「人」です。だからこそ、MS&ADベンチャーズの最大の価値は、困難な課題に対しても前を向き、自ら考え、行動できる人財を輩出し続けることにあると考えています。
もちろん、CVCとしてグループへの貢献は必須です。投資によるリターンや新規事業の創出を通じて、MS&ADグループ全体に新しい風を吹き込みたい。どうすればグループにとって本質的な価値を生み出せるのか、その問いを諦めずに考え続け、行動に移す。
スタートアップという情熱あふれる人たちと切磋琢磨できるこのシリコンバレーという場所で、私たち自身も変化と成長を続けながら、未来のビジネスを形にしていきたいですね。
左から舟川氏、遠山氏、目黒氏。