Magenta Venture Partnersは、イスラエルの経験豊富な投資家2名と三井物産が、共に運営するイスラエルのベンチャーキャピタルだ。ローカルに根付いたベンチャーキャピタルとして、スタートアップ投資リターンの最大化を第一目的に活動すると同時に、同社のファンドに参加する日本の投資家に対しては、イスラエルのスタートアップエコシステムへの窓口として細やかな支援を行う。同社でManaging General Partnerを務める竹内寛氏に、イスラエルスタートアップエコシステムについてのインサイトや日本企業のオープンイノベーションについて聞いた。

イスラエルスタートアップに関する、日本企業への水先案内人

―まず、Magenta Venture Partnersについて紹介してもらえますか。

 Magenta Venture Partners(以下Magenta)は、イスラエルのスタートアップに投資するベンチャーキャピタル(以下VC)です。2名のイスラエル人投資家と、総合商社の三井物産が対等なパートナーシップを組み、運営会社を経営しています。Magenta(マゼンタ)は、少し蛍光がかったピンク系の色の名前で、赤と青を混ぜて出来る色です。日本の国旗にある赤色と、イスラエルの国旗にある青色を混ぜ合わせたMagenta色、それが社名の由来です。イスラエルの優れたテクノロジーと日本の産業界が持つ強みを組み合わせて新しい価値を世に提案したい、との思いから命名しました。

 ファンドは2018年10月の運用開始ですが、三井物産としては1997年からイスラエルに人を置いて活動していますし、イスラエルでのVC投資は自己資金ベースで10年以上の経験があります。自社で長年イスラエルでのVC業務を経験した上で、その発展形としてMagentaがあります。Magentaは三井物産のCVCではなく、日本の事業会社中心に三井物産以外の外部の投資家からも資金をお預かりし、VCとして投資リターンを追求することを目的に活動しています。三井物産は運営会社のJVオーナーであると同時に、投資家としてもファンドに参画しています。

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―ファンドに投資している日本企業に対して、事業開発支援も行っていますか。

 そうですね。弊社は現在9,000万米ドル規模のファンドを運営していますが、投資家は自動車部品大手の小糸製作所等の日本の大手事業会社中心です。

 ファンドに投資頂いている日本の事業会社は、投資リターンのみならず、我々から様々なスタートアップの情報を入手し、それを事業開発に役立てていくという目的を持っています。Magentaは、いわゆるVCであると同時に、事業会社がイスラエルのスタートアップを活用して新たな事業開発を実現するための、協業プラットフォームとしての側面もあります。

―小糸製作所など、Magentaのファンドに投資している日本企業からは、どういう理由でMagentaが選ばれているのでしょうか。

 Magentaは、VCとしての投資事業を行う傍ら、投資家である事業会社に対して、イスラエルベンチャー企業を活用した事業開発を支援する様々なメニューを用意しています。事業会社から見れば、イスラエルに自社で情報収集・事業開発拠点を設立したり、イスラエルをカバーするCVC活動を自ら立ち上げるのに準ずる環境を、Magentaに参画することでDay 1から得られるメリットがあります。

Image: Aritra Deb / Shutterstock.com

「スタートアップにとっても最高な組み合わせ」になることを目指す

―日本企業に対する事業開発支援について、少し詳しく教えてもらえますか。

 ファンドに投資頂いている事業会社の興味に合わせて、フィットするスタートアップを毎月定期的に報告しています。紹介実績として、年間で100件程度は紹介していると思います。まず、これが基本ですね。

 そして、スタートアップとの各種コミュニケーションの支援や、提携や協業の議論・協議への支援も行っています。事業会社からの出向者の受入やトレーニングも承ります。事業会社からイスラエルのスタートアップへの投資についても、投資契約の交渉や、デューデリジェンスの支援も行っています。また、その投資対象企業がMagentaとしても投資妙味があれば、Magentaも一緒に共同投資を行い、スタートアップの取締役会に入って運営のサポートを行っている事例もあります。日本の事業会社がイスラエルのスタートアップに出会い、投資して活用するために必要な一連のサポートを、イスラエル現地で行っています。

 三井物産では、以前から世界の様々な地域でビジネスを展開してきました。その過程で、スタートアップへの投資や共同事業開発を進める際の課題にも多く直面し、経験を蓄積してきました。このような経験から得た知識やノウハウも活用して、日本の事業会社がそうした課題を乗り越えるためのお手伝いを、サービスとして提供しています。なお、私自身も三井物産の社員として、シリコンバレーでのスタートアップ投資や日本での事業開発経験を持っています。

竹内 寛 Dave Takeuchi
Managing General Partner
三井物産(株)企業投資部所属。2004年、同社VC子会社(Mitsui & Co. Venture Partners) 米シリコンバレー拠点立ち上げの為渡米し、現地で米スタートアップ投資業務に従事。2009年に日本帰国後、三井物産の複数部門で自動車・IoT分野の米スタートアップ投資と日本での事業開発に従事。同社経営企画部イノベーション推進室で、全社イノベーション推進体制の企画・推進。2018年10月、Magenta Venture Partners設立、Managing General Partnerに就任。現在イスラエルに駐在し、同国スタートアップへの投資業務に従事。早稲田大学大学院 理工学研究科卒(修士)。ソフトウェア工学専門。dave@magenta.vc
 
 日本の事業会社がスタートアップ投資を検討する際に辿る、典型的な議論のプロセスを1つお話ししたいと思います。例えば、事業会社はスタートアップに投資する際、そのスタートアップに対して一定の影響力を行使できることを期待するケースがあります。しかし、スタートアップは独立した企業ですし、事業会社の支配権を及ぼせる出資比率でない限りはその影響力には限界があります。経営者はスタートアップ自体の価値最大化を目的に行動し、そこに綱引きが発生します。

 日本の事業会社からすれば、せっかく投資するのだから「自社の開発プロジェクトへの対応を優先してほしい」と考えますが、スタートアップから見れば是々非々の対応になります。スタートアップの製品や技術の販売も、事業会社側が「自社に優先して売ってほしい」と言っても、他企業からより良いオファーがあれば、スタートアップはそちらを優先する必要が生じます。

 スタートアップのイグジットもそうですね。スタートアップにせっかく投資して協業しても、将来他の企業にそのスタートアップが買収されては困ります。そのため、事業会社側が投資契約書の中に他社からのM&A提案への拒否権や既存投資家に有利なM&A交渉権を希望する場合がありますが、株主全体への受託者責任を負っているスタートアップの取締役会は、そのような権利を含んだ投資契約書の締結を承認することはできません。

 このような流れで交渉が続き、スタートアップへの影響力発揮に一定の限界があることが明確になってくると、事業会社の中ではそもそも何のために投資をするのか、といった議論が始まります。コントロールするためには、マジョリティを取るかM&Aをすれば良いのでしょうが、アーリーステージのスタートアップは技術や製品も開発途上でリスクも高く、一足飛びに子会社化やM&Aを決めるのは難しいケースも多いでしょう。

 このジレンマというか問題を解くカギは、言葉にすると単純なのですが、スタートアップから見て「この日本企業と組むことが結果的に自分の会社にとってベストだ」という形を目指すことでしょう。他の投資家と共にスタートアップに投資をするということは、投資先企業の成長にベットすることですから、事業会社としてメリットを取る目線のみならず、事業会社からスタートアップの企業価値向上にどのような貢献ができるのかを考える必要があります。

 そして、それを事業会社側が進めたい新製品開発や新事業推進とどう整合させていくのか、そして事業会社側とスタートアップ側のメリットが相互に最大化するような組み方は何かといった点を検討し、事業会社自体の行動計画にも落とし込んでいく。そして、スタートアップと締結する投資契約書や共同開発契約といった他の契約書にもこの対等な互恵関係的精神を整合的に反映させていく、といった工程が必要となってきます。

 スタートアップに投資をする時は、「スタートアップにとっても最高な組み合わせです」という形を作れたら、出資比率に関わらず良好な関係を築けると思います。逆に、ベストなパートナーになれそうだからこそ出資してインサイダー化する意義がある、という順番で考えても良いかもしれません。

 そして、投資実行後はインサイダーとしてスタートアップの実力や協業のポテンシャルをよく把握した上で、場合によってはインサイダー化の先に控える将来のマジョリティ取得に備える。Magentaでは、事業会社のこのような議論や試行錯誤のプロセスに寄り添い、共に課題や対策を考えた上で、スタートアップへの投資や共同事業開発を進めるプロセスのお手伝いをしています。

Image: Magenta Venture Partners

―MagentaはアーリーステージからシリーズA、Bを対象にしていますが、投資先から御社が選ばれるために、どのようにアピールしているのでしょうか。

 私たちは「イスラエル人が参画している日本のVC」ではなく、「日本からの投資家が参画しているイスラエルのVC」です。ベンチャーキャピタル業は、圧倒的にローカルビジネスだと私は思っています。そこで生まれ育って、10年、20年とビジネスをやって、投資もやって、勝った、負けたとやってきた方々が周りにいて、その中でディールが回ってきます。特にアーリーステージ投資はローカルズの世界です。

 したがって、まずはローカルなベンチャーキャピタルとしての強みが基本です。イスラエル人パートナー2名は、両名共に長年のVC投資経験やハイテク分野での事業運営経験を持ち、それが投資検討先から評価されています。それに加えて、日本企業とのパートナーシップ構築支援や顧客紹介、そしてファンドへ参画頂いている日本企業との協業推進など、日本企業との事業開発支援をきめ細かく実行していることも評価されています。

イスラエルスタートアップは、設立時からグローバル市場を目指す

―シリコンバレーでもスタートアップ投資の経験がある竹内さんから見て、イスラエルとシリコンバレーのスタートアップやエコシステムはどういったところが違いますか。

 イスラエルは国の面積がだいたい四国と同じで、人口は約900万人と小さい国です。国内人口は東京都より少ないので、イスラエルのスタートアップは最初からグローバル展開を目指しています。設立前から、例えば「米国や日本で勝負するためにイスラエルで会社を作ります」という感じです。これが一番大きな違いだと思います。

 米国は市場規模が大きいので、米国のスタートアップは、まずは米国市場で勝負し、次に日本やヨーロッパ等の国外市場を目指します。例えば、日本の会社が米国のスタートアップに声をかけても、「まずは米国市場で生き残る目途を立てるのが先決で、日本での取り組みはその後」と言われ、それを真に受けて後で行くと、株価も高くパートナーシップ面でも争奪戦になっていたりします。一方、イスラエルではDay 1から外国企業と組むことが前提になっているので、日本企業としてもよりアーリーステージから入り込みやすいと思います。

Image: Nick Brundle / Shutterstock.com

―イスラエルのスタートアップは、日本市場に高いプライオリティを置いているのでしょうか。

 それは産業によりますね。日本のマーケットで売りたいという側面は無論ありますが、それに加えて、個別のスタートアップがグローバル市場で勝負するために最適なパートナーが日本企業であれば、Day 1から日本企業と組むことを考えるということです。

 例えば、自動車や産業機械等、日本が比較優位を保持している産業分野で勝負しているスタートアップであれば、その分野でグローバルに事業展開している日本企業と組みたいと思うでしょう。

イスラエル企業は課題を知りたい

―イスラエルの企業と付き合う上で、やってはいけないことや、やった方がいいことはありますか。

 イスラエルのハイテクコミュニティやスタートアップ・VCコミュニティは大変狭く、良い評判も悪い評判もすぐに広がります。これは、シリコンバレーも同じだと思いますが、スタートアップ・VC業界は狭い業界です。従って、やってはいけないことがあるとすれば、悪い噂として広まるような、理にかなわないことはしないということでしょうか。

 やった方が良いことについては、イスラエルには、特徴のある技術シーズは多々存在しますが、先ほどお話しした通り国内市場が狭いため、それらの技術を用いて解くべき具体的な課題や市場のペインポイントがありません。イスラエル人は日本人を含む外国人に、外から市場の課題を持って来ることを期待しています。イスラエルの技術で解決できる課題を持っていて、その解決に対して投資を含めた行動を起こしてくれる外国企業を求めています。

 オープンイノベーションをやりたい、と言ってイスラエルに来るだけでは、具体的な成果を上げるのは難しいかもしれません。何をやりたいのか、はっきりしていないからです。あくまでもイスラエルとの比較論ですが、米国のスタートアップの中にはビジョナリーで、コンセプトの提案や未来を垣間見せるようなサービスを技術とセットで提供するスタートアップもそれなりにいますので、ある程度「事業会社として何をするか」も含めてスタートアップからインサイトを得られる場面もあるでしょう。一方、イスラエルはよりテクノロジー指向で、相対的にシーズ寄りです。従って、事業会社側に解決すべき課題ややるべきことがあってイスラエルに来ることで、より高い親和性が生まれると思います。

―具体的な話ができると、VCとしても紹介しやすいということはありますか。

 当然そうなりますね。例えば、新型コロナウイルスの流行もあり、足元で無人化や自動化分野が改めて注目されていると思いますが、同分野に関する課題を持ってイスラエルに来て、その課題をうまくテクノロジーを使って解決できそうな会社や人と話をする、といった具合です。

 これは、言ってみればDX(デジタルトランスフォーメーション)に関してしばしば指摘される問題と通じるものがあります。すなわち、ビジネスを変革するためにデジタルを使うのが本質で、デジタルをやるためにそのはめ込み先を探すのではない、という論点です。やりたいことがあった上で、足りない部分や必要な部分をイスラエルに求める、ということですね。

後半はこちら

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