生成AIスタートアップへの投資に沸いた2023年を経て、2024年のスタートアップ投資市場はどのような動きを見せているのだろうか。2024年前半を振り返るとともに今後の展望を先読みするべく、TECHBLITZ編集部は国内にとどまらず世界各地で投資の機会を狙う日系ベンチャーキャピタル4社(ジェネシア・ベンチャーズ、グローバル・ブレイン、モノづくりベンチャーズ、トランスリンク・キャピタル)にアンケート調査を実施した。各社の投資担当者らに市場全体の動向と各社の専門領域の「イマ」を、それぞれの視点から語ってもらった。

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*記事内のVCの並びはアルファベット順

ジェネシア・ベンチャーズ
「シリーズAの実現要件がより厳格に」
 私たちは、日本のみならずインドネシア、ベトナムを中心とした東南アジア、インドといった新興国への投資を推進しています。

 日本と比較すると、ここ2~3年の同地域のスタートアップへの投資額はレイターステージを中心に相当の調整が進んでおり、厳しい状況は継続しているものの、資金調達総額、資金調達件数共に減少傾向だったところが、2024Q1以降、件数の方はやや回復傾向にあると言えます。

 一方で、私たちが主戦場とするシードステージでは、引き続き多くの起業家が生まれていますが、著名シードVCのファンドの大型化が進み、シリーズA以降への投資にシフトする傾向があります。その為、シリーズAの実現要件がより厳格になり、ポストシードやプレAといったエクステンションラウンドが引き続き増加すると考えられます。

 今後はユニットエコノミクスがポジティブに成立しているスタートアップは、レイターステージでも資金調達が可能、かつ以前以上に資金が集中する傾向が強まると感じています。

Eコマース/マーケットプレイス領域の今後の見通し

 東南アジア含む新興国におけるあらゆる産業のB2B取引を滑らかにすることにチャレンジをしたEコマース、マーケットプレイスなどのプレイヤーを見ていると、テクノロジーによるマッチングの限界を感じるシーンが増えてきています。

 テクノロジーは、あくまでも手段であって、ステークホルダーの本質的な課題を解決していないことによる、持続的な成長を作れていないケースが資金調達環境の悪化により、より顕著になってきているように感じます。

 取引の効率化だけではなく、ソフトウェア&データ基盤を事業の肝とし、オペレーションの効率化など、当該産業のビジネスの現場にどれだけ滲み出せるか?が肝となってきています。

QoalaとBuymedが大型資金調達

 上述のように資金調達環境が厳しい中で、上手く自社の提供価値を高めながら、事業を大きく成長している投資先のインドネシアQoalaは2023年末にUSD46.9M、ベトナムBuymedはUSD51.5Mと大型の資金調達を成功しています。

鈴木 隆宏
ジェネラル・パートナー
2007年4月、サイバーエージェント入社。学生時代から、インフルエンサーマーケティングを行う子会社CyberBuzzの立ち上げに参画。その後、サイバーエージェントグループのゲーム事業に関わり、子会社CyberXにてモバイルソーシャルゲームの立ち上げ及びマネジメント業務に従事。2011年6月よりサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)へ入社し、日本におけるベンチャーキャピタリスト業務を経て、東南アジアにおける投資事業全般を管轄。東南アジアを代表するユニコーン企業Tokopedia(インドネシア)、Coda Payments(シンガポール)への投資など、多数の経営支援を実施。専門分野:Eコマース、フィンテック、ヘルステック。

グローバル・ブレイン
「海外進出する千載一遇のチャンス」
 インフレ抑制のため2022年以降、グローバル全体で政策金利が段階的に引き上げられてきました。直近のインフレ率低下を受けて欧州中央銀行が6月に利下げを決定したものの、まだまだ先行きは不透明です。

 米国ではシード、アーリー期において投資金額や時価総額がやや持ち直してきていますが、IPO市場やスタートアップ投資は依然として停滞しており、資金難が続いているためスタートアップの大量倒産の可能性もありえます。地政学リスクも踏まえると、停滞が長期化することも充分考えられます。

 日本はグローバルと比較すると、これらの影響が軽微です。海外でレイオフされた優秀な人材を獲得できる可能性も高まっていることも含め、海外進出する千載一遇のチャンスが訪れていると言えます。グローバル・ブレインとしてはこの機会を逃さないためにも、世界で戦えるスタートアップをバックアップし、海外進出の支援も積極的に行っていきたいと考えています。

CCUSやDACへの投資が増加傾向

 グローバルで厳しい環境が続く中、Climate Tech領域は比較的堅調で、2023年にはVC投資額全体の10%程度を占めるようになりました。依然として米国が投資額としては一番大きいものの、欧州の割合が20%と過去最高となり、過去5年間で2倍となる伸びを見せています。

 Mobilityなど以前から注目を浴びている分野が投資額としては多くを集める一方で、Industry領域、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)、DAC(直接空気回収技術)など、二酸化炭素削減のポテンシャルが高い技術への投資が増える傾向も見られます。そういった分野では引き続き政府からの助成金など、事業の加速をサポートする動きが活発ですが、投資対象としては開発している技術やサービスに競争力のあるスタートアップが、中長期的な目線で注目されると考えています。

国内有数の支援チームによるサポート

 グローバル・ブレインは、世界9カ国に拠点を持つ独立系VC。純投資ファンドのほか、各業界のリーディングカンパニー18社とCVCを運営する。運用総額は約3,000億円。国内有数の支援チームを抱えていることも特徴で、事業戦略、知財、採用、セールス、マーケティング、PR、開発などの領域で、施策の実行から振り返りまで徹底したサポートを行う。

百合本 安彦
代表取締役社長
富士銀行(現みずほ銀行)、シティバンク・エヌ・エイ企画担当バイスプレジデントを経てグローバル・ブレインを設立し、代表取締役社長に就任、現在に至る。

モノづくりベンチャーズ
「『ドライパウダー』が優良銘柄に集中」
 当社が月次で実施する調査によると、米国のプリシードおよびシードステージの資金調達は、2023年中頃に底を打ったようです。2024年第2四半期の調達額は2022年第3四半期の水準まで回復しました。しかし調達件数は2割程度と、低い水準です。これはスタートアップの資金調達環境は引き続き厳しく、多くのスタートアップはブリッジラウンドでしのいでいるものの、AI系など一部の優良銘柄で、大規模なシードラウンドがあるなど資金が集中しているためと思われます。

 これは2020年から2021年の低金利時代にVCが集めた空前の資金が、2022年以降の資金調達環境の変化で、「ドライパウダー」としてVCの手元に残っているためと見られます。この時期に調達された資金は、2024年から2026年ぐらいまでに投資する必要があります。

 当社がフォーカスするハードウェアの分野では、ロボティクス分野での投資が引き続き堅調でした。生成AIが人とロボットとのインタフェースを大きく改善するとともに、AI向けのシミュレーションデータの生成など、多くが実装され市場に出てきています。

AI投資の恩恵受けるロボティクス領域

 米国では生成AIで始まった大型投資が、ロボティクス分野に波及しています。AI技術への巨額投資の恩恵を受け、ロボティクス産業は製造、物流、小売、医療、農業など多くの分野で成長しています。その結果、ロボティクス産業のサプライチェーンは自動車業界のように進化するでしょう。世界的な部品供給網の整備や安全性・信頼性の確保が重要になるからです。自動車系企業がロボティクス企業に出資や買収する事例が増えるでしょう。

 製造業では、人間の作業をロボットに置き換える動きが本格化しています。独BMWは、2024年1月にFigureと提携して、人型ロボットを使った製造工程の自動化に着手しました。また労働力不足を受けて、中小企業などでは協働ロボットの導入が進んでいます。

 ハードウェアでは、生成AI対応のEDGE/AIチップやセンサー技術、持続可能な新素材や動力技術、バッテリーなどの分野が、ロボティクス産業の成長の恩恵を受けそうです。

米国で「Monozukuri Tour」や「Deep Tech Forum」開催

・2024年後半に米国東海岸で、最新のAIやロボティクス業界のスタートアップや投資家・アクセラレーターと交流する視察ツアーMonozukuri Tourを実施します。
・2024年10月15日にシリコンバレーで、「ロボティクス」をテーマにしたイベントDeep Tech Forum Silicon Valleyを開催します。
・2025年1月中旬にニューヨークで、「気候変動」「AI」「ロボティクス」をテーマにしたDeep Tech Forum NYCを開催します。

関 信浩
Founding Partner & Chief Investment Officer
2015年にモノづくりベンチャーズの前身であるFabFoundryをニューヨークで創業。2017年からハードウェアやディープテックのシード投資の責任者。VCになる前は、サンフランシスコのスタートアップの経営者として、2010年の自社売却をはじめ、資金調達やスタートアップ買収などを経験する。2011年に日本企業に一部事業を売却した後は、日本企業のオープンイノベーション実務やスピンアウトに従事。カーネギーメロン大学MBA(専攻は起業学)。東京大学工学部金属工学科卒。

トランスリンク・キャピタル
「AI需要でデータインフラ投資が好調」
 データセンターは、企業や消費者の依存度がますます高まるインターネットクラウドのバックボーンであり、データセンターへの世界全体のCAPEX(資本的支出)は2,500億ドルを超えています。オンプレミスの企業ワークロードがクラウドに移行する過程は成熟期にありますが、最近のAIインフラ需要の増加により、2024年のフィジカルなデータインフラ投資の成長率は15%を上回る見込みで、今後もこの傾向は続く見通しです(米調査会社Dell’Oro調べ)。

 AI需要の恩恵を受けた企業として最もよく知られているのはNVIDIAです。同社は半導体メーカーからAIシステムプロバイダーへと進化しました。NVIDIAのQ1(2024年4月28日までの3カ月間)の売上高は18%増加し、年間売上高ランレートは1,000億ドルを超えました。AWS、Microsoft、Google、Meta、Oracleのような「ハイパースケール」と呼ばれる大規模なデータセンターを持つ顧客が増収に大きく寄与しており、ハイパースケールのCAPEXは年間約1,660億ドルと推定されています。

 民間投資において、グローバルなベンチャー投資の水準は過去数四半期にわたりほぼ横ばいで、いずれの四半期も約1,000億ドル台で推移しています。これは近年のピークだった2021年の50%程度の水準で、COVID-19を背景とした低金利により過熱していたベンチャー投資市場がリセットされた格好です。VCによる2024年Q1のインフラソフトウェア投資(データセンターへの主要な投資分野)は前期比でわずかに伸び、約100件の投資ラウンドで合計約20億ドルに達しました。これは、2020年のコロナ前の水準に戻ったと言えます。

トレーニングから推論への移行がもたらすチャンス

 AI向けのデータセンターインフラは、従来のSaaSやクラウド技術の波が押し寄せた際に必要とされたものとは異なるでしょう。AIアプリケーションは、前世代のアプリケーションよりも計算負荷が指数関数的に高く、また、ターゲットパフォーマンスを提供するために物理インフラのエンドツーエンド最適化に大きく依存しています。データセンター自体の課題としては、変化の激しい電力需要見通し、電力効率、冷却技術、レイテンシー、計算処理およびネットワーキングのニーズが挙げられます。

 物理インフラは製造業重視で、資本要件も高いため、従来はベンチャーキャピタル(VC)の焦点ではありませんでしたが、VCにはこれらの課題に対処するための選択的な機会があります。よりトラディショナルなVCの投資対象分野において、AIはトレーニングワークロードから推論ワークロードへと移行していて、この移行はインフラソフトウェア企業にとって顧客のペインポイントを解決するための大きな機会を提供します。さらに、大規模言語モデル(LLM)のトークンコストのコモディティ化の傾向は、顧客の推論に関する取り組みを大幅に増加させ、迅速なスケーリングが可能な堅牢なインフラが必要となります。

 トランスリンクでは、カーボンフットプリントを削減し、アプリケーションの安全で迅速かつ高性能な展開を可能にし、ハイブリッドクラウドを強化し、可観測性とメンテナンスを改善する技術、ならびにネットワークパフォーマンスを加速し向上させる技術に関するデータセンターの投資機会に関心を持っています。

投資先のアジア展開・ビジネス開発を支援

 トランスリンク・キャピタルは2007年の創業以来、累計10億ドル以上を運用する、シリコンバレーに本拠地を構えるベンチャーキャピタル。主としてアーリーステージのグローバルスタートアップへリード投資家として投資を実行。シリコンバレーのほか、日本・韓国・中国・台湾にオフィスを構え、各国企業との連携を活かして、投資先のアジア展開・ビジネス開発を支援する。

Brendan Walsh
Venture Partner
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールでMBAを取得し、カリフォルニア大学デービス校で日本学の学士号を取得。トランスリンク以前はMaxLinearで2度にわたり100Mドル以上のビジネスをゼロから構築した。最初の時期には、マーケティング、販売、ビジネス開発、資金調達(ベンチャー投資およびIPOプロセス)を担当し、プレ収益から公開企業までを監督した。2度目の任期では、ビジネスユニットのGMとして5Gラジオ基地局ビジネスを概念から構築し、ネットワークインフラ市場への最初の有意義かつ非常に収益性の高い参入を達成した。MaxLinear以前は、シリコンバレーで日本のモバイル技術会社Hikari TsushinおよびPhilipsで企業ベンチャーを担当し、米国投資を管理した。



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