米中に次ぐ世界第3位のスタートアップ大国・インド
――まずは、インドのスタートアップ事情について教えてください。
インドのスタートアップに着目すべき理由は、大きく3つあります。1つめが「米中という2大国に次ぐ世界第3位のスタートアップ大国である」こと。ユニコーン企業数・資金調達金額などあらゆるKPIで統計的に優位であり、スタートアップのM&Aマーケットは世界上位クラスにまで成長・成熟しています。
2つめが「シリコンバレーの最大派閥がインド人移民一世である」こと。テクノロジーやグローバル企業にはインド人経営者が非常に多く、アメリカのユニコーン企業の創業者もインド人がとても多いです。さらにいえば、「インド系」ではなく、インドで大学まで出た「一世の移民」、つまり自ら海を渡った世代であることがほとんどです。
インドではSaaSが非常に盛んで世界の年商ベースで見て10%弱をインド企業が占めています。アメリカで上場したFreshworks社やZoho社などもインド生まれ。「創業者がインドでモノづくりをし、ヘッドクォーターとマーケティング、資金調達はアメリカで」という企業が非常に多いですね。
3つめが「グローバル大手企業(フォーチュン100クラス)のイノベーション拠点となっている」こと。インドのシリコンバレーといわれるバンガロールでは、すでにAIやデータサイエンティストの人材クラスターが発生しています。
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インドのスタートアップ資金調達額は、この1年ですでに前年比の3倍に。2021年(1〜12月)の3クォーターまでで3兆円を集めており、日本の通年分と比べてもおそらく6~7倍はあるでしょう。
また、KPMGの最新資金調達ランキングでは、世界1位と4位がインドの企業です。ユニコーン企業数も2020年時点で30数社だったものが、2021年には70社を超えて世界3位となっています。
エグジット戦略で最も多いのは、後続の投資家に株主が少しずつ売却するセカンダリー売却です。
M&Aの場合は2つのケースがあり、1つが市場シェアや事業拡大を狙う現地デカコーンによるもの。もう1つが大企業によるM&Aであり、今まではアメリカのビックテックが行うケースが多かったですが、近年では現地の財閥などによる買収も増えています。エコシステムが成熟してくると、こういったマーケットも成熟してくるといえるでしょう。リライアンス社や、タタグループといった国内の大手財閥による買収も非常に盛んですね。
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IPOについては、以前はアメリカへ出るケースがほとんどでしたが、国内の証券取引所へのユニコーン上場も産まれつつあります。本格的ユニコーンクラスのスタートアップとしてインドで初めて上場した、ウーバーイーツ(Uber Eats)のローカル版ともいえるゾマト(Zomato)社は、上場時の時価総額は1.5兆円程度になりました。上場した4つのユニコーン企業のいずれも、1〜2兆円の時価総額になりました。今後も上場を目指すと公表している企業は数十社あり、今後も大型のテック企業の上場の行方が注目されています。
なお、現在はインド―中国関係が非常に悪い状況です。中国からインドへの投資はほぼ事前承認制となっていますが、実際にこれまで承認されたケースはほぼありません。アメリカではトランプ政権時代にTikTokを禁止する話がありましたが、インドではそれ以前から中国製アプリは全て使えません。中国が参入できないこの状況は、逆に日本がインドに行くチャンスともいえるでしょう。
日本の数倍のスタートアップ投資が行われている東南アジア
――東南アジアのスタートアップについてはいかがですか?
東南アジアもインド同様にスタートアップが伸びており、2021年1〜9月までの資金調達額は約2兆円になっており、日本の4〜5倍にあたる金額です。
ユニコーン企業数も2021年に一気に増え、30社を超えました。2021年8月にインドネシア国内証券取引所でスタートアップとして初めてブカラパック(Bukalapak)社が上場したのを皮切りに、スタートアップの上場観測が続いていますし、実際に米国市場での「スパック(SPAC)」上場も増えてきています。
これまではシンガポールの上場企業で時価総額トップはDBS銀行、2位はシンガポールテレコム、その他銀行や不動産などでした。ですが、実は今、同国最大の上場企業はシーリミテッド(Sea Limited)というスタートアップです。ニューヨーク市場に上場しています。ですから、シンガポール、ひいては東南市場で時価総額トップは、オンラインゲームやEコマースを展開する設立10年ほどのスタートアップ、シーリミテッド、となります。スパック上場した配車アプリ運営のグラブ社(Grab)も7位につけています。
また、東南アジアのグリーン経済の市場規模は2030年までに年間100兆円になるといわれ、環境汚染が深刻化する中、素材系、脱炭素系、EVなどのスタートアップも多く登場しています。日本政府はASEANの脱炭素に1兆円の支援を約束しており、今後日本企業も東南アジアで活発に取り組んでいくと思われます。
東南アジアでEコマースをはじめDXが急速に進む理由は「リープフロッグ(カエル跳び)現象」と「国民の若さ」にあるでしょう。先進国とは違ってビジネスインフラや既存産業がもともと未整備だったために、最新技術の導入で一気に進みました。加えて、高齢者が多い日本とは逆に若い層が多いため、デジタルの導入が一気に進みやすいのです。
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日本のEコマースの年率成長は8%ほどですが、東南アジアでのEコマースの年率成長は60%です。フードデリバリーやライドシェアといったオンライン上のサービスも、みな同じように伸びています。さらに、金融・物流・医療・教育・農業などの分野でも、DXにより大きな革命が起こっています。
とはいえ、インドネシアの地方では、まだスマホやPCで物を買うまでいっておらず、いわゆるガラケーを使っている人が多いのが実情です。そこで、Eコマースのブカラパックの導入事例として、雑貨屋、コンビニのような小売業者、零細店舗がハブとなり、店長が自分のスマホで近所の人たちの商品を注文するという代理店的な役目を担い、ソーシャルなインパクトを与えています。テクノロジーを使ったリテール革命、マイクロビジネス革命が起きています。
今後の経済発展のカギはこうした小売・零細店舗の業務効率化であり、そこにうまくマッチする技術をもつ企業が、大きく成長していくのではないでしょうか。
「細分化」「非近代的」「リープフロッグ」がカギ
インドや東南アジアでのビジネスを考えるときは、次の3つのキーワードを意識するといいでしょう。
1つめが「細分化」。東南アジアの各国はもちろん、インド国内でも州によって、人種・言語・宗教・発展度合・経済格差・商環境は全く違ってきます。
2つめが「非近代的」。小規模零細ビジネスが多く、ローテクで、近代化、経営投資がなされていないからこそが、チャンスでもあります。
3つめが「リープフロッグ」。既存のビジネスインフラがないゆえに、デジタルネイティブなイノベーションが先進国より早く進みます。
これまで昔ながらの日本の大企業は「自前主義」、組織内のR&Dや新規事業を、という方法がオープンイノベーションへと変わってきました。投資をする際は、フロンティア探索と呼ばれる新事業・新技術発掘を目的とする場合もあれば、シナジー効果が目的の場合もあるでしょう。どちらかに偏ることなく、両方をバランス良く行うことが大事だと考えます。さらに、ある程度の知見がある領域で、短期的なシナジー、成功を求めず、マイノリティ投資をしながら徐々に買い増しをしていくことで、不確実性のリスクヘッジができるでしょう。
「複数」を意識することも大事です。ベンチャー投資でもオープンイノベーションでも成功率より失敗確率の方が高く、少数の成功から大成功が生まれるものです。なるべく複数の投資を行い、かつ手法もマジョリティ買収だけではなく、マイノリティ投資、ジョイントベンチャー、事業提携などをそれぞれ複数行いながら、成功パターンを拡大させていくことをお勧めします。
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フィンテック、教育、ヘルスケアに大きな伸びしろあり
――スタートアップの評価基準について教えてください。また、他国のエコシステムと比べて特徴はありますか?
スタートアップに関しては、産業の変遷において黎明期・勃興期など、どの段階にあるのかを大まかに見ます。例えば、約10年前に我々がEコマースに強みをもつブカラパック社への投資を始めた際は、インターネット産業の勃興期でした。現在は、単純にEコマースの企業に投資をしても難しいですよね。また、新興国では宇宙やバイオといった長い期間を要するものは育ちづらい一方で、台頭している中間層の可処分所得が狙えるような、例えば教育やヘルスケアといった分野には伸びしろがあります。最たるものはフィンテックでしょう。
他国のエコシステムと比較した特徴についてですが、新興国と先進国との大きな違いは「レバレッジ」です。新興国では可処分所得が高いこともあって借金してモノを買うケースが多く、当社の社員も月収の何倍もするiPhoneを割賦やBNPL(後払い決済)などで買っています。
要は、その国や産業の発展度合いに応じて、対象とするスタートアップがどの位置にいるのかを見ることが重要です。早すぎてもダメで、我々は7年ほどで花が咲くような分野や企業を狙っていますね。
――東南アジアの中でどの国や分野が、成長を牽引しているのでしょうか?
東南アジアの主要6カ国(フィリピン、マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシア、シンガポール)では、今は圧倒的にインドネシア一強です。ユニコーン企業も、ほとんどがインドネシア生まれです。シンガポールはヘッドクォーター機能であり、人材とお金が集まっているのでグラブ社などが本社を置いています。ただ、その他の4カ国もかなり伸びてきており、これからが狙い目でしょう。特にベトナムは中間層がだいぶ増えてきて注目です。
――シンガポールはヘッドクォーター機能とのことですが、現在でも周辺諸国のスタートアップがそこに本社を置く状況に変わりはないですか?
変わらないです。インドの会社も登記上の本社はシンガポールであることが多いですね。投資家からの人気も高いほか、法的、税、為替など経済の基礎条件が整っていることが、その要因です。
――米国やイスラエル、中国などで協業をする日本企業はテクノロジーを求めているケースがほとんどですが、東南アジアやインドではどういう目的で活動を行うのが適切でしょうか?
テクノロジーの3大産地はアメリカ、イスラエル、インドだと思いますので、インドは外さないでほしいですね。特に、SaaSやAI、サーバサイドといった分野でインドは大きな強みをもっています。東南アジアでテクノロジーといえばシンガポールです。市場はインドとインドネシアにあると考えていいでしょう。
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――インドや東南アジアのスタートアップにとって自国市場の魅力が増している現在、彼らが日本市場に興味を持つことはありますか? 日本企業が提供できる価値はどこにありますか。
SaaSやRPAを手掛けるテクノロジー系のスタートアップは日本市場に参入したがっており、日本企業と連携する意味があるでしょう。ただし、Eコマースなどサービス系企業はめったに出てこない上にほとんど成功しないので、あまりお勧めはしません。提供できる価値として最も喜ばれるのは、客になることです。特にシード・アーリーステージの企業は、導入実績として日本企業の「ロゴ」を掲載することを誇りに感じています。
レイトステージやユニコーン一歩手前の企業では1〜2億円の投資では足りないケースが多いので、なるべく早い段階で入る方がいいでしょう。もちろん、その分リスクも高いですから、我々のようなVCなどを活用してリスクマネジメントをしながら進めていくといいと思います。
――インドと東南アジアでは非常に多くの企業がありますが、どう発掘していけばいいでしょうか。
まずは、現地に入り込むことです。ある程度の権限・責任がある人が現地に暮らしてエコサークルに入るという段階を踏まないと、多少の出会いはあっても成功確率は低いでしょう。我々のようなVCやアクセラレータ、公的機関を活用するのも有効です。
――最後に、日本で新規事業やDXを推進している担当者へひと言お願いします。
2022年半ばには、コロナ禍の最悪状況はピークアウトすると予想されています。国際的な往来が難しい中でこれだけインドや東南アジアのスタートアップが勃興し、世界中の投資マネーが集まっているのですから、往来がスムーズになったときはとんでもないことになるのではないでしょうか。ぜひ早めに、リスクマネジメントをしながら進めていただければと思います。