Photo: Christopher Michel
シリコンバレーで活躍するVCを紹介する本企画、今回取り上げるのはFloodgateのAnn Miura-Ko(アン・ミウラ・コー)氏だ。Floodgateは、Lyftなど著名なスタートアップに初期段階から投資を行い、成功を収めたベンチャーキャピタルとして有名である。日本人の両親を持ち、アジア人そして女性であることをアドバンテージに変え、VCおよび教育者として邁進を続ける同社Co-founding PartnerのAnn氏に話を聞いた。

GitHubやAirbnbへの投資を見送った過去も

――御社はLyftやTaskrabbit、Twitch、Twitterなどの有名スタートアップに投資実績があります。御社のVCとしての戦略は何でしょうか?

 1990年代から2000年代初頭までは、テクノロジーの構築に非常にお金がかかったため、シリーズAでは500万ドルで50%の株式を取得するというのが一般的な相場でした。今では想像できない話です。2006年にAWSが台頭し始め、テクノロジーの構築にお金がかからなくなりました。創業者は、会社の50%を売る必要がなくなり、起業するために莫大な資金は必要なくなりました。

 当社は2008年の創業時から、主にプレシードやシードステージ、時々シリーズAなど、非常に早い段階にある企業に対し、おおむね50万ドル〜200万ドルの間で投資を行っています。これは、創業から12年間変わらない当社の戦略です。

Ann Miura-Ko(アン・ミウラ・コー)
Floodgate
Co-founding Partner
Palo Alto出身。Yale大学にてElectrical Engineeringの学位を取得。1998年よりMcKinsey & Companyにて無線インターネットのSenior Business Analystを務めた後、2001年より主に初期段階にあるスタートアップに投資を行うVC、Charles River VenturesにてAnalystを務めた。2003年にスタンフォード大学修士課程に入学、2008年にFloodgateを共同で設立し、Partnerに就任。2010年に同大学よりQuantitative Modeling of Computer Securityの博士号を取得。2019年にYale大学の評議会メンバーに就任。

――製品もない、収益もない段階から投資するということですね。どうやって投資を判断するのでしょうか?

 投資先を見極める要素は3つあります。1つは、創業者と彼らが持っているアイデアです。迅速に何でも作れるような創業者がいいですね。通常は4〜6週間の製品サイクルで評価を行います。

 もう1つは、創業者が世間より十歩先を考えているかという点です。「迷路の全貌を見ている」創業者は、信じられないほど好奇心が強く、学ぶのも早いです。

 3つ目は、彼らが技術・規制・その他の社会的な変化に関するインサイトを持っているかです。これは指数関数的なインパクトをもたらす変曲点の見極めに役立ちます。この3つの要素があれば、製品が完成していなくても構いません。

Image: Floodgate HP

――投資を決める意思決定プロセスについて教えてください。

 至ってシンプルです。私たちは「極端な賛成と反対を引き起こすような案件が破格のリターンを生む可能性が高い」という信念から、一人のパートナーが熱烈にある企業の成長を信じられるなら、投資します。

――投資を見送ったことでチャンスを逃したケースもありますか?

 かなりありますね。GitHubもその1つです。彼らはVCは避けていたのですが、私たちは説得に成功し2008年に創業者と会うことができました。面談後、彼らは私たちから資金調達してもいいと言っていましたが、ビジネスプランを書いてくれませんでしたし、いくら資金が欲しいのか把握していませんでした。彼らが真剣にビジネスを作ろうとしているようには思えなかったので出資しませんでしたが、GitHubを見送ったのは痛かったですね。

 他には、Airbnbも見送りました。私たちは、彼らがエアベッドよりシリアルを多く販売していた時から見ていましたし、興味深いビジネスモデルでしたが、自分の家を知らない人とシェアすることや、そのダイナミクスを理解しきれず、リスクを取りませんでした。

 また、PinterestがBessemer PartnersやAndreesen Horowitzなどの著名VCから出資を受ける前にも話をしていたのですが、こちらも残念ながら見送ってしまいました。

危機下こそ、最高のスタートアップが生まれる理由

――次のイノベーションはどの分野で起きると考えていますか?

 個人的には、知識の収集や管理方法にとても興味があります。例えば私は自分が読んでいる本を記録するためにGoodreadsを使っていますが、知識のSNSがもっとあればいいのに、といつも思っています。リモート化が進む中で企業にとっても重要なことですし、ニーズに応えているサービスはあまり多くありません。

 消費者がオーディオをどう利用するかということにも興味があります。現在はほとんどのオーディオコンテンツはプロが制作しています。消費者が制作できるようになったら、ビデオ、写真や文章で起きたように、爆発的に普及するのか、興味深いです。

 他には、データのプライバシーにも興味があります。今やデータはあらゆる場所で作られ、2〜3倍のデータが生成されています。プライベートなデータの取り扱いを心配しない人はいないと思いますので、今後この分野では多くの新しいサービスが登場すると思います。

Photo: Christopher Michel

――コロナ禍において、シードステージなどアーリーステージにある企業が資金調達に困っているように見受けられましたが、実際はどうでしょうか?

 私たちの周りではそういうことはありません。プレシード、シードそしてシリーズAでも投資が行われていますし、予想されていたような投資ペースの鈍化は見られません。

 コロナ危機は、誰も直面したことがない事態ですし、不安や心配があります。しかし、この状況下においても多くのスタートアップが市場の回復を待たずにスタートしています。厳しい時期にこそ最高のスタートアップが生まれる理由の1つは、起業するために平常時以上の勇気が必要だからです。もし、あなたが創業者で頭から離れないアイデアがあり、今すぐ始めなければならないと感じているのであれば、それは、大成功を収める可能性を秘めた“クレイジー”な考えだからなのかもしれません。

 危機的な状況におけるアグレッシブな賭けは、良い結果をもたらします。

 私が12年前にFloodgateを創業した時、両親は私が仕事を見つけられなくて起業したんじゃないかと心配していました。しかし、起業家に対する世の中の認識は変わりました。10年以上前と比べて最近は起業リスクが低くなっていますし、社会的にも素晴らしいことだと考えられています。スタートアップのCEOになれば、親が喜ぶようになりましたから、これも起業を目指す人が減らない理由の1つだと思います。

他人と違うことがアドバンテージになる

――キャリアについてお聞きします。Floodgate設立までの経緯をお話ししてもらえますか。

 イェール大学3年生の時に、当時ヒューレット・パッカード(HP)のCEOだったルー・プラット氏を大学校内の見学にご案内しました。その際にプラット氏からご提案があり、一週間HPの社内でプラット氏に同行させてもらう機会を得たのです。

 HPでの一週間の同行が終わった後、プラット氏から2枚の写真が届きました。1枚には、オフィスの椅子に座りプラット氏と話をしているビル・ゲイツ氏が写っていました。そして、もう1枚には、同じ椅子に座ってプラット氏と話をしている私が写っていたのです。この瞬間、私の夢が広がりました。プラット氏はこの写真を通じて、私が何者になるか、なれるのかという可能性を示してくれたのです。フォーチュン50にランクインする企業のCEOが、一介の女子大生を気にかけてくれ、自分では想像できなかったような大きな夢を与えてくれました。大学では電気工学を学んでいたので研究職に就くつもりでしたが、これがきっかけとなりビジネスの道に進みました。

 大学卒業後はマッキンゼーで数年働いていましたが、その後にある出会いからボストンにあるCharles River Ventures(CRV)というVCで働くことになりました。転職直後には9.11が発生し、スタートアップコミュニティにとって非常に難しい時期を経験しましたが、この厳しい状態の中でも素晴らしい尊敬できる創業者たちを目の当たりにしたことが大きな原体験になりました。

 そしてサイバーセキュリティ分野での起業を考え始め、その過程でスタンフォード大学の博士課程に入りました。そこで、スティーブ・ブランクという人気講師と共に起業の授業を教えることになり、授業のゲストスピーカーとして来てくれた、投資家のマイク・メープルズ氏と出会い、彼の仕事を手伝うようになりました。

 そうした中で、「私たちなら新しいタイプのVCを作れると思う。Floodgateの共同創業者になってくれないか」と誘いを受け、起業をやめてVCの創業に参画することにしたのです。博士課程中にFloodgateを設立し、18ヶ月になる娘を育てながら設立1年後には博士号を取得し、第二子も出産しました。私の人生で最も“クレイジー”な時期でしたね。

――素晴らしい実行力ですね。米国のVC界でアジア人女性は多く見ないと思います。

 アジア人女性に対しては、物静かで、優しくて、喧嘩もしないイメージが定着しています。私は、こうしたイメージを持たれていることは、アドバンテージになると考えています。自分が一般的なイメージと違うことを示せれば、相手の注目を集めることができますから。

 高校時代にスピーチやディベート大会に積極的に参加しました。最初は全くうまくできず、ひどいものでした。両親からもやめた方がいいと言われましたが、あきらめずに挑戦を続け、最終的には全国大会で優勝しました。この経験から、アジア人でも、女性でも、言葉を使い自分の存在を示すことができることを学びました。大学時代は、電気工学部のクラスで唯一の女子生徒として、男子生徒と対等に学び活動することに自然と慣れました。大学院でも男性ばかりの環境で過ごしました。こうした経験はビジネスの世界でも活きています。

 米国では、経営幹部層にアジア人をあまり見かけません。アナリストやアソシエイトには多くいますが、経営トップの役職に就いているアジア人は限られています。経営トップで活躍するには、自分自身を、そして意見を力強く表現する力が必要です。スピーチやディベートで培った表現力と、既存イメージを壊し自分は違うことを示すことに慣れていたことが、私にとってアドバンテージとなっています。

Photo:Christopher Michel

――日本で育った典型的な日本人にとって、反対意見を恐れずに自分の考えを表現する力を養うことは大きな課題です。

 私は日本の教育は受けていませんが、日本にある両親の実家で夏休みを過ごすことが多かったので、日本人が他人にどう思われているか、とても気にすることを理解していますし、大好きなところでもあります。自分の地域社会、隣人や親戚に対して深い思いやりを持てますし、日本の良いところだと思います。

 しかし、気にしなくてもいい時もあります。他人と違うことは大切なことですし、それが「武器」になることがあるからです。例えば、VCに対して排他的なカンファレンスでは、VCとしては参加を断られましたが、女性として参加を許されたことがありました。他と違うことで助けられたことが実際何度もあります。

 人と違うことは良いことですし、相手の記憶に残ることです。他から突き出ることで、競争を回避できる場合もあります。

実行力と深いインサイトにこそ価値がある

――シリコンバレーで活動している日本のCVCに何かアドバイスはありますか。

 CVCの良い例として思いつくのは、Googleの運営するCVCですね。同社は、投資組織も投資戦略もコアビジネスから切り離していることが印象的です。通常のCVCのように、自社の戦略を重視した投資ではなく、自社内のリソースを最大限活用しながら、「トップクラスのリターンを作る投資家」であることを重視しています。これにより、投資能力が高く人脈がある人材の確保にも成功し、それがより良い案件をもたらすという好循環を作っています。

 また、多くの企業がIP(知的財産)に関心を持ちますが、これは1990年代または2000年代のスタートアップエコシステムの価値観です。今はIPではなく、実行力と深いインサイトを得ているかが重視されています。現代のエコシステムでは、どれだけ早くビジネスを構築できるか、そして他の人が知らないことを知っているかということに価値があります。

――出資する以外に日本企業がシリコンバレーのエコシステムに入る手段がありますか?

 日本企業がシリコンバレーのエコシステムに入るには、まずは現地にオフィスを持ち、プレゼンスを示す必要があります。シリコンバレーでは、皆が「The Best」から学びたいと考えています。ロボティクス、自動車、半導体、通信、ゲームなど、日本が強い分野はプレゼンスを示せるのではないでしょうか。日本企業は自分たちの強みはどこにあるのかを考えた上でシリコンバレーに進出し、周知させるべきだと思います。

 他には、現地企業の買収も1つの手段です。特に今のような不況時にはスタートアップがエグジットできる機会が減っています。単なる買収ではなく、ノウハウと資本力がある日本企業の参入となれば、歓迎されます。

 日本で開催するカンファレンスに米国の起業家をスピーカーとして迎え、交流を深める試みはすでに行われていますが、日本企業や大学で米国の大学教授などが、起業家精神を教える機会を持ち、関わる場を増やすといいと思います。社会人だけでなく、大学生や大学院生も交えて、アイデアを交換すると、より多く新しいアイデアが生み出されます。

 例えば、スタンフォード大学では、現役の起業家のOBが大学で教える流れが確立されており、起業家精神のエンジンが動き続けています。私自身、スタンフォード大学で、学部生と大学院生を対象にしたプログラムで教えていました。同じことを日本でも実現したいと考えている人は多くいると思います。

――AnnさんはVCとして素晴らしいキャリアを築き、お子さんも3人いらっしゃり、すでに多くのことを達成されています。今そして今後、どういったことに情熱を注いでいきたいと考えていますか。

 私は教えることが好きです。VCとしてフルタイムで働いていますが、スタンフォード大学のメンタープログラムに継続的に参加し、年間を通じて学部生12人を教えていました。こうしたボランティアの教育活動は、今後も継続していきたいです。

 家庭生活について言えば、夫も企業のCEOなので、夫婦揃って多忙な毎日ですが、お互いを支え合い、バランスを取りながら家族との時間を大切にしています。夫と私の夢は子どもたちを素晴らしい人間に育てることで、13歳、11歳、そして8歳になる3人の子どもたちには、優しくて賢い人に育ってほしいと考えています。そして物事を創る人になってほしい。創造力を持って、自分の未来を切り開いてほしいです。

 私も夫も、移民の子どもです。アメリカに住んでいる血縁者は両親だけで、親戚は皆米国外にいるので、お互いの両親をとても大切にしています。両親、子ども、そして夫とはお互いを一番大切にしているからこそ、自分の興味を追求できています。それは、私にとっては、教えることとでありFloodgateです。Floodgateも私の子どものような存在ですから。



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