運用総額30億ドルを超えるVC、DCM Ventures。シリコンバレー、東京、北京にオフィスを構え、20年以上にわたり世界各国のベンチャー企業へ投資を行っている。同社のCo-Founder & General Partnerである茶尾克仁氏に、注目のスタートアップ領域、米国・日本・中国の最新動向、日本企業へのアドバイスを語ってもらった。

茶尾 克仁
DCM Ventures
Co-Founder & General Partner
大阪府出身、ブラウン大学経済学部経済学科卒業、スタンフォード大学経営学修士課程(MBA)を取得。リクルート、アップル、Mckinsey & Companyを経て、JCI日本通信株式会社を共同設立し、CFO & CTOとして活躍。1996年にDCM Venturesを共同設立。現在、51job会長、Renren取締役も務める。

シリコンバレーで注目している4つの領域

―まずスタートアップのトレンドについての質問です。いまDCMが注目する投資領域は何でしょうか。

 大きく分けて4種類あります。まずブロックチェーン。これはさらに3種類に分かれます。ICOの手前のSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)で投資する方法と、会社自身が投資してSAFTもしくはICOを組む方法。あるいは、既存の会社で自分たちが顧客ベースを築き、これをもとにしたネットワークでブロックチェーンをかませて別途でファンドレイズするパターンもあります。

 次に、人間がやりたくない難しい労働をロボット化するという分野にも着目しています。

 それから、アグリテック・フードテックにも注目しています。一例を挙げると、南サンフランシスコでPlentyに投資しました。これは室内でレタス、トマト、イチゴなどをつくる会社です。ソフトバンクをはじめ投資額は計約2億ドルに及び、シリコンバレーのシリーズBラウンドのディールとしては米国最大規模のものでした。

 もう1つはフィンテック。我々はアメリカ最大のフィンテック会社SoFiに投資していますが、他にもBill.comやSigFigなど次世代の面白いフィンテック会社があります。ビッグデータを利用して顧客獲得単価を最小に抑えるというのが、今の1つのテーマになっています。その他、トランプ政権の影響で金融関連も緩和に向かうだろうと思います。ですから、規制緩和の中でどういう新たなチャンスが生まれてくるかについても関心を寄せています。

良いスタートアップを見極めるポイント

―茶尾さんはメディアで「The Top 100 Venture Capitalists」にも選出されています。良いベンチャーキャピタリストとは、どんな人のことだと思いますか?

 ベンチャーキャピタリストの模範や典型といったものはありません。色々な背景を持つ人が、様々な条件のもとで成功しています。最終的に重要なのは「会社を見る目」ですが、判断要素となるのは「チーム」「プロダクト」「マーケット」です。一般的にVCは先見の明が必要だといわれますが、コンセプトや、世の中がこう変わるという先読みは状況によっても刻々と変化するため、良いチームやタイミングといったその他の条件も大事なわけです。

 さらに具体的にいえば、優れた人脈を持っていると良いチームに出会えるし、色々な企業と接触があるとトレンドを速くキャッチできます。また評判も大切です。投資対象の会社自身がVCのデューデリジェンスをすることもあるため、VCが過去にどのような仕事をしてきたかは重要なのです。

 もう一点ポイントとなるのは、企業の成長段階がアーリーステージかレイトステージかによる違いです。レイトステージはビジネスモデルができあがっているため、数字を見て分析できるのに対し、アーリーステージだと、人に賭ける部分が大きくなります。マーケット調査といっても、これからできあがっていくマーケットに投資するわけなので、調べようがないからです。この場合、重要なのは、そのチームが良いプロダクトをつくれるかどうかです。マーケットがなくても顧客のニーズに応じて良いプロダクトができるか、という見極めの目が問われます。

―茶尾さんは起業家出身の投資家です。シリコンバレーでは起業家出身の方が多いですね。

 起業家には起業家の「目」があります。起業経験のある投資家は、優しいところと厳しいところ、両方の「目」を持っています。起業家出身の投資家は自分自身が苦労した経験があるので、厳しい言葉のなかにも優しさがあり、起業家もアドバイスを受け入れやすい。他方、コンサルや投資銀行出身の投資家が厳しいことを言うと、起業家は「オペレーションしたこともないのに・・」と反応してしまいがちです。一般的に起業家は、起業経験のある投資家を好むようです。

 シリコンバレーでは起業家が成功して自身が投資する例が多く見られます。しかしこの5〜10年のトレンドとしては、VC自体が業界として確立されてきたので、どちらかというとエリート志向の人間がVCをやりたがります。その結果、シリコンバレーでも、サラリーマンVCが増えてきた印象がありますね。

世界のテクノロジーの中心は、シリコンバレーと北京

―シリコンバレーが世界的に注目されている一方で、人件費や地価の高騰もあり、一部では「シリコンバレー離れ」も起きている印象があります。

 20年前なら「投資対象はシリコンバレーの50マイル以内で、それ以外は見る必要がない」というのが常識でした。DCMはその時期にアジアにも投資しましたが。結局、テックセンターがオースティンやニューヨーク、シアトル、ロサンゼルスなどアメリカ国内にどんどん増えていき、それらのテックセンターでは良い人材に恵まれるので良い企業も生まれるという構造です。

―企業のスタートが、場所を問わず容易になったということでしょうか?

 たしかに、Skypeなど、海外から成功を収めた企業も現れている時代です。世界中どこからでもスタートできる状態になったといえます。理由は、インターネットとモバイルでiOSとAndroidといった世界基準ができあがっているからです。加えて、特にモバイルについて見ると、会社を起こすイニシャルコストが2000年のピークと比べて桁違いに低くなっています。2000年当時は自分の会社でほとんどのシステムを築く必要がありましたが、今はオープンソースとなり構築費も非常に安くなっています。このようにスタートするバリアが低くなってきたことは事実です。

 とはいってもテクノロジーの中心は、いまだにシリコンバレーと北京です。シリコンバレー離れも指摘されますし、たしかにシリコンバレーを離れて成功した企業もたくさんあります。たとえばSnapchatもロサンゼルス発です。しかし大量に人材がシリコンバレーから流出しているかというと、違うでしょう。少人数で新天地に進出してスタートさせて成功する企業はありますが。元来シリコンバレーは中国系とインド系の移民が多いため、母国に戻って起業する人材リソースの流出がここ十年激しくなっているのは特徴的です。

日本、中国、シリコンバレーのエコシステムの比較

―日本、中国、アメリカに渡る、あなたの広い視点から3カ国のスタートアップエコシステムを比較するとどうでしょう?

 3カ国のシステムを比較すると、それぞれが似てきたようにも思います。北京が似てきた点といえば、近年のインフラ整備が顕著です。20年前だとベンチャーを扱う弁護士も会計士もいない、外から雇う人材も足りないという状態でしたが、今ではシリコンバレーと同等のインフラが整っています。一方で明らかな相違点といえば、中国ではFA(ファイナンシャルアドバイザー)を雇って資金調達している点です。よい会社の8〜9割はFAを利用しています。他方、アメリカの場合はFAがいなくても資金調達できます。

 共通点は、今、3都市とも、いま3都市ともバブル気味だという点です。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が日本でも増えていますね。東京を筆頭として、起業するには今とても恵まれた状態です。ただし怖さもあります。上場企業の場合4半期ごとにサイクルがあり、景気が悪くなるとCVCは状況を見て引いていきます。ですからこの状況がいつまで続くかは疑問です。

―今の景気の特徴は何でしょうか?

 ドットコム・バブルと、リーマン前のバブル(注:住宅バブル)に続き、今は3回目の好況を迎えています。今回の特徴は、ホットな業界が分散している点です。99年のドットコム・バブル期はほとんどがインターネット関連でした。リーマンの時期は、ちょうどモバイルが出てきて誰もここまで大きくなるとは予想していませんでした。今はホットなエリアというのが色々なマーケットにわたっている。「たしかにバブルではあるが、どこが一番バブルというのがあまり明確ではない」のが特徴といえるでしょう。

 また既存の業界の関わり方についても注目すべきものがあります。自動車にしても家電にしても流通にしても小売にしても、それがあてはまります。インターネットやモバイルの登場により、今までは「せこく」携わっていたのに対し、既存の業界を大きく変革するようになっています。

 たとえば私が住んでいるカリフォルニアには、Teslaなどがあるため、これからの電気自動車の伸びを考えるわけですが、電気自動車内で皆が何をやるかといえばモバイルでしょう。当然、ユニークなインフラが必要になります。また住宅であれば、家電コントロールが脚光を浴びるでしょう。先日、ホームセキュリティー機器企業Ringがアマゾンに110億ドルで買収されましたが、それ位ハウスコントロールが重要になります。IoTの一環ですね。

ソフトウェアとミドルクラスの台頭が生み出す、ホットな北京

―日本では最近、ハードウェア関連で深圳が注目されています。

 シリコンバレーとハードウェアでつながっている深圳については、Tencent周りのエコシステム、そしてハードウェアという2点で注目しています。

 とはいえ、ハードウェアで伸びているXiaomiなどは、結局北京が本拠地です。成功しているスタートアップとしては北京が圧倒的といえるでしょう。その理由の1つは北京大学、精華大学の存在にあります。もう1点の理由としては、政府機関が多いので企業としてやりやすい。メディア系の企業をしていると政府と手をつなぐ必要があります。加えてVCも多く資金集めがしやすい。それらの要素を足し合わせていくと、北京がやはり中心となります。

―北京では、特にどのような領域がホットだと感じますか?

 1つはソフトウェアです。北京はソフトウェアにお金を払うという習慣が今までありませんでしたが、「月千円とか数万円なら」と流れが変わりつつあります。また中国という国自身がITをつくり始めていて、プロテクトのためソフトウェアに伸びしろを見い出しています。

 もう1つは消費者のミドルクラスが増えている点です。日本でいえば高度成長期が終わったころのイメージです。「海外旅行したい」「車やテレビを買いたい」といった欲求がここ10年で伸びています。これからの時代、彼らが「海外旅行はもういい、次に何を買おうか?」という時、たとえばシェアリングエコノミー、コンビニエンスが注目を集めることになるでしょう。

―日本企業と中国のスタートアップとの連携について、どう思いますか?

 中国、北京のスタートアップの動きは、シリコンバレーに比べ、日本でまだ十分にウォッチされていない気がします。市場規模は同じくらいなのでアンバランスです。もっともシリコンバレーの方がやりやすいのは事実です。理由は3点あります。まず日本企業としては中国語より英語をしゃべりやすい。もう1つは歴史的に、ですね。残り1つは社会的、政治的な観点で「日本の会社は・・」と言われることがあるため。とはいえ日本企業も、中国のホテルなど、テクノロジー以外の分野での投資は多いです。

 中国のスタートアップと日本企業がどう連携しうるかについては、シリコンバレーと同じだと思います。投資もできるし、会社も買える。加えて広いマーケットがあります。

日本企業は小さな投資に走って様子見しがち

―シリコンバレーのスタートアップと日本をつなぐ上で、障壁はありますか。

 「日本の会社につなげる」という意味では、DCMは1996年の創業以来、20年以上にわたりずっと続けています。ただし日本やアジアとつなぐ際に、ハードルとなるテーマや条件もあります。金銭的な関係とオペレーションの関係で、シリコンバレーと隔たりが大きいからです。

 前者についていえば、コーポレートベンチャーも近年日本で増えているものの、日本企業の場合、担当者が3年単位でローテーションしてしまうケースが多いわけです。シリコンバレーは人間関係が重要な世界なので、企業の担当者が異動してしまうとそれを維持できない。我々もトップたちと長年にわたって付き合いはありますが、逆にそうしていないと関係性づくりが難しいのです。

 またオペレーションについていえば、アメリカの会社から接触する場合、相手に質問を連発でもしようものならスパイと疑われたりしかねません。一方で日本企業からオペレーション担当者が来ても無口だと、アメリカの会社は「なぜ来たのか」「何を考えているのか」と真意がわからず戸惑うケースがあります。つまり意思疎通がちぐはぐになりがちなのです。

―そのほかに、何か日本企業の傾向はありますか。

 日本企業に共通して見られるのは、小さな投資に走って様子見がちなケースがとても多いということです。我々のファンドにはソフトバンク、リクルート、楽天などからも投資してもらっていますが、ソフトバンクのようにドーンとマネーを注ぐとか、リクルートのようにindeedを買収するとか、楽天のようにスタートアップを買うとか、思い切りが必要です。

 得てして、日本のメーカーは「ほんのちょっと入って情報を得る」動きが多いので、本当にベネフィットを得ているのかという疑問が残ります。またこの世界では失敗する会社数の方が多いので、日本企業からはギャンブルに映りがちです。そのため、失敗する要素がある会社は皆怖がるわけです。しかしそれを怖れる限り、良い会社にも出会えません。そのあたりを理解して投資しなくてはいけないのですが、やはりサラリーマンが急にギャンブルをするのは難しいということでしょう。

長期にわたって「やるならしっかりやる」

―シリコンバレーで、現地に通じているキャピタリストを雇うという選択肢もありますが?

 その場合、日本で支払われるスタッフとの間に給料のちぐはぐが生じます。それが嫌な企業もあるでしょうね。やるならインテルのように25年くらい長期間で持続させないと難しいですね。インテルは意識的に独立で動いているうえ、景気に関わらず投資し続けているので、良いレピュテーションを得ているのでしょう。

 シリコンバレーでは、景気次第で撤退する企業も多いのが実態です。ドットコム・バブルの後もリーマンの後もそうでした。だからこそ逆に撤退せず投資し続けるCVCがあれば、シリコンバレーでも高いレピュテーションにつながると思います。長期でコミットし、「やるならしっかりやる」ことが大事だと思います。



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