<目次>
・すべての解決策はアイデアから始まる
・アイデアの「量」が「質」を決める
・では、どれだけ「たくさん」のアイデアを生み出せばいいのか?
・スティーブ・ジョブズは「ノー」を何回言ったか
・間抜けなアイデアを切り捨てると何が起こるか
・アイデアを生み出すのは「筋トレ」のようなもの?
・毎日、毎朝、アイデアを10個考えてみよう!
すべての解決策はアイデアから始まる
d.schoolとは、スタンフォード大学の教育機関であるHasso Plattner Institute of Designの通称だ。デザイン思考(Design Thinking)を学び、創造力(Creative Abilities)を発揮することで様々な問題解決につなげられるような学習体験を提供しているという。
シリコンバレーのエコシステムの中心であるスタンフォード大学の学生は、学部などを問わずd.schoolのプログラムを受講できる。日本の大企業などもd.schoolと連携した人材育成、研修などに取り組んでいる。
そのd.schoolでエグゼクティブ教育ディレクターを務め、デザイン思考の指導やグローバル企業へのアドバイスなどを行ってきたUtley氏。イノベーションやアイデアの創出についてこう語る。
「私たちは皆、素晴らしいアイデアを求めていますが、それがどのように生まれるかを実際に理解している人はほとんどいません」
The Boston Consulting Groupなどを経て、2009年にd.schoolに参画。2010年からDirector of Executive Educationとして、デザイン思考プログラムの指導や、多国籍企業のイノベーション戦略への助言、カリキュラム設計、パートナー開発などを行う。2022年10月、Perry Klebahn氏との共著「Ideaflow: The Only Business Metric That Matters」を発刊。
「この13年間、私はd.schoolでエグゼクティブ・プログラムのリーダーを務め、デザイン思考と呼ばれる方法論を教えてきました。そして『ある問い』が私の頭の中で何度も湧き上がってきたのです。『いったいブレイクスルーはどこから来るのか?』この問いへの集大成が『Ideaflow』という本なのです」
「すべての解決策はアイデアから始まります。私は日々の生活や仕事における解決策を生み出し、世界をより良い場所にすることができるようなアイデアを生み出すことができる新しい練習方法をお伝えしたいです」
日々優れたアイデアを生み出しイノベーションを起こす、というと、とてもハードルの高いことのようにも聞こえる。だが、Utley氏は著書についてこう説明する。
「この本の核となることは非常にシンプルです。イノベーションは、イベントでも、ワークショップでも、スプリントでも、ハッカソンでもありません。それはIdeaflowを習得した結果であり、すべての行動を向上させる練習なのです。イノベーションはPractice(実践、練習)であり、Ideaflowを最大化した結果なのです」
Utley氏はイノベーションはパフォーマンス的な「儀式」ではないと指摘し、創造性(クリエイティビティ)はどんなビジネスにも不可欠なものだが、生まれつきの先天的な才能ではないと断言する。「創造性は、体力や体の柔軟性と同じように、訓練して身につける能力です」
アイデアの「量」が「質」を決める
イノベーションとは実践・練習であると指摘するUtley氏。カリフォルニア大学デービス校の心理学の教授、Dean Keith Simonton博士の研究を挙げ、こう断言する。
「アイデアの『質』を決定する唯一で最大の要因は、アイデアの『量』です。これは芸術だけでなく、科学でも工学でもビジネスの分野でも同じです。経験的に、これは最も確立された現象の1つであり、量が質を左右するのです」
「どうしたら良いアイデアを思いつくかという質問は、間違った問いです。問うべきは、どうすればたくさんのアイデアを思いつくことができるかということです。多くのアイデアを生み出すこと、それが重要なのです」
アイデアを出せば出すほど、その中から良質なアイデアが生まれ、イノベーションにつながると言う。Utely氏が「イノベーションは、イベントではなく、練習・実践だ」だと強調するのは、イノベーションやアイデアは「ひらめき」や何もないところから生まれるのではなく、毎日の積み重ねやチームの意識を変えることで「アイデアを多く生むことに焦点を当てる」必要があるからだ。
「イノベーションや創造性を発揮しようとしても、認知の偏りや組織のあり方によって妨げられることがあります。イノベーションは定期的な実践と注意を払うことによって強化することができ、チームがこれまでとは違った方法で働けるようサポートする賢明なリーダーによって解き放つことができます」
個人やチームが一定時間内に流れ出るように生み出すアイデアの量が「Ideaflow」であり、創造性を測るビジネス指標になると指摘する。
創造性・創造力を強化し、たくさんのアイデアを解き放つ簡単な練習方法を毎日繰り返すこと。どのアイデアがうまくいくかを判断するために安価で迅速なテストを実行すること。Ideaflowを中心に据えることの重要性についてチームや組織を説得する方法。これらのことを、本を通して学ぶことができるという。
Image: Jeremy Utley HP
では、どれだけ「たくさん」のアイデアを生み出せばいいのか?
Utley氏は、アイデアの量が質を左右し、まずたくさんのアイデアを出せるようになることが必要だと強調する。では、「たくさん」とはいったいどのくらいの量なのか。
「実はスタンフォード大学の実証的な研究があるんです。それによると、1つの商業的成功を生み出すのに必要な数字は2,000です。2,000のアイデアが必要なのです」
「この数字は、私たちが『アイデア比率(Idea Ratio)』と呼んでいるものですが、1つの商業的な成功を生み出すには、5つの製品を発売する必要があり、そのためには100のプロトタイプを作る必要があります。100のプロトタイプを作るには、2,000のアイデアがあってできるということです」
「医薬品では、その比率は10,000対1とも言われます。ジェームズ・ダイソン(ダイソン社の創業者)はバッグレス(紙パックなし)掃除機を完成させるまでに5,127台の試作品を作りました。TacoBellの食品研究所の所長は商品開発で2,000種類を試したと言っています」
「要するに、自分が必要だと思うよりはるかにたくさんのアイデアを出す必要があるのです。間抜けなアイデアや全く駄目だと思うようなアイデアも含めて、目標とすることが実はアイデアの『量』だと気づいたとき、組織やチームとの関わり方、顧客・市場との関わり方などが変わり始めます」
スティーブ・ジョブズは「ノー」を何回言ったか
では、どうすればアイデアの量を増やせるのか。どうやってたくさんのアイデアを生み出すことができるのか。Utley氏はその質問にこう答える。
「悪いアイデアでもいいんだよと、自分やチームに『許可』を与えることです」
間抜けに聞こえたり、的外れだと思われたりするかもしれないアイデアを話すのは勇気がいることだ。しかし、どんなアイデアでもとにかく考え出すこと。「良いアイデア」を生み出さないといけないという「縛り」から自分やチームを解放することがアイデアの量産につながり、そこからイノベーションが生まれていくということだ。
「良いアイデアを得るためには、悪いアイデアも必要です。この100年間で、最も有名なイノベーターの1人であるスティーブ・ジョブズという人は、その真骨頂と言えるでしょう」
「ジョブズの言葉に『イノベーションとは、1,000のことにノーと言うことだ』というものがあります。多くの人はこの言葉を誤解しています。彼の言葉はどこを強調しているか分かりますか?」
「ジョブズはどうやってiPhoneやiTunes storeを思いついたのでしょうか。全く何もない所からアイデアがビビッと閃いたのでしょうか?彼はたった1つのアイデアからこれらの製品を作り出したのでしょうか?もちろんそうではありません。ジョブズについての著作がある友人に聞くと、ジョブズには『何度もノーと言う必要がある』、つまり1,000回でもノーと言える数多くのアイデアがあり、そこから素晴らしいイノベーションが生まれていったということです」
「ジョブズのデザイン・パートナーの話によると、彼は毎日一緒にランチを食べ『おい、ジョニー、おバカなアイデアを聞きたいか』といつも話していたそうです。そしてほとんどの場合、ジョブズのアイデアはひどいものだったそうです(笑)。彼は、楽しいアイデアを得たいなら、くだらないアイデアも喜んで持たなければならないことを知っていました」
Image: Ruslan Grumble / Shutterstock
間抜けなアイデアを切り捨てると何が起こるか
人はつい「成功」や「解決」への最短距離を求めがちだ。だが、「良い」アイデアを生むには量が重要であり、「悪い」アイデアも切り捨ててはいけないという。
「アイデアというのは、あらゆる自然現象と同じです。統計学的に言うと『正規分布』に当てはまるということですが、これはどういうことでしょう?もし、あなたが「質」という軸で考えると、あなたのアイデアのうち、本当に楽しい・素晴らしいと思えるものは、ほんの数パーセントしかありません」
「アイデアの大部分はまったく平凡なものです。そして、同じくらい小さな割合で、まったく間抜けなアイデアもあるのです。それはそれでいいんです。これは正常な分布です。この分布を見て、『私は楽しいアイデアを出すのは好きだし、普通の平凡なアイデアでもいい。でも、間抜けなつまらないアイデアは出したくない』と考えるとします。そこでやりがちなのは、この分布の左端を切り落とすことです」
Image:Utley氏の話を基にTECHBLITZ編集部作成
「そこで何が起こるかというと、この正規分布の左端にある間抜けなアイデアを切り落とすことで、楽しいアイデア・素晴らしいアイデアも失ってしまうということです。悪いアイデアだけを取り除くことはできません。なぜなら、質とは私たちの考え方の多様性を反映するものだからです。ですから、基本的には、どのような配分を望むかを選択することになりますが、もしあなたが楽しいアイデアを求めるのであれば、そのアイデアを生み出すには一見間抜けなアイデアも必要だということです」
Utley氏はこう付け加える。「『つまらないアイデアはいらない」という人は、それでもかまいません。でも『平凡なアイデア』の束だけが残ることになります。私はこっちが好きだけど、もう一方はいらないと選ぶ人もいるでしょう。しかし、非対称の分布を作り出すことは不可能です。ですから、量が重要であるのと同様に、ばらつきも大事なのです。どうすればアイデアの量とバリエーションを増やせるかを考えてみてください。この2つが、イノベーションの筋肉を柔軟にするために重要なのです」
そして、一見「おバカな」「間抜けな」アイデアでもチーム内で出せるようにするには、ハーバード大学で組織行動学を研究しているエイミー・エドモンドソン教授(Amy C. Edmondson)が提唱する「心理的安全性」や「共通言語」がポイントになると指摘する。
アイデアを生み出すのは「筋トレ」のようなもの?
その上で、Utley氏はこう説明する。「Ideaflowという本を通してお伝えしたいのは、アイデアの量とバリエーションを増やすこと、イノベーションとは練習、実践である、ということです。そこを掘り下げたいと思います」
「練習というのは、つまり考え方です。アスリートを思い浮かべてください。私の妹はバレーボール選手ですが、彼女が冷蔵庫から1ガロンのミルクの容器を取り出した時に何をするか分かりますか? 家族にスポーツ選手がいる人なら知っていますよね(笑)。彼女は1ガロンの牛乳をダンベル代わりにアームカールをするのです。それがアスリートのマインドセットというものでしょう」
「では、イノベーターにとってのマインドセットとはどのようなものでしょうか?イノベーターが直面するすべての問題は可能性です。イノベーションの筋肉を鍛えるチャンスなのです。イノベーションは、新しい製品やサービスだけではありませんし、新しいビジネスモデルだけではありません。多くの人がイノベーションを考えるときにそこを勘違いしています。イノベーションとは問題解決であるということです。問題を解決する技術なのです」
「あなたが直面するすべての問題は、問題のアイデアであり、それを解決するためには、たくさんの可能性が必要なのです」
Image: Lemberg Vector studio / Shutterstock
Utley氏はプライベートの経験からユニークな例えを紹介する。Utley氏の自宅では、ガラス窓のついたドアを、8歳の娘がいつもバタンと強く閉めてしまうことでガラスが割れてしまうハプニングに何度か見舞われた。怒っても娘はまた同じことを繰り返してしまう。Utley氏はガラス窓を割らないようにするためにどうすればいいか、妻と話し合った。
「娘を外出禁止にするか、iPadを取り上げるべきか。たいていの場合はこういう手法を考えてしまいますが、これは『アインシュタイン効果』と呼ばれる認知バイアスです。人間が最初にもっともらしい解決策に固執する傾向のことです」
Utley氏は妻に提案し、夫婦で一定期間内に解決策のアイデアを出し合うidea quotaをやることにしたという。「娘がバタンとドアを閉めることで窓が割れてしまう問題に対して、ただ1つの結果や、1つの解決策を考える代わりに、私たちは10個のアイデアを出すことを日課にしました」
「妻は目を丸くしていました。なぜうちの夫はキッチンでイノベーションの話をするのかと(笑)。その後、私たちはidea quotaを実行しました。10個目に思いついたアイデアは、外出禁止やiPadを取り上げるといった最初のアイデアよりも、素晴らしいものでした。最初に『量』を考えることで、より良い解決策を導き出すことができたのです」
「10個目に思いついたアイデアはこうです。我が家には4人の娘がいるのですが、8歳の長女は3人の妹たちに『なぜ我が家のルールが必要なのか、ルールは無意味ではなく守らないといけないか』を教えます。このアイデアを基に実験が始まりました」
小さな妹たちに家のルールを伝えることで、8歳の長女の行動は変わっていった。長女は「我が家のルール」を妹達に伝えることで自分自身の行動に責任を持つようになり、外出禁止やiPadを取り上げるよりはるかに効果的な解決策となり、「ドアを強くバタンと閉める」という行為も改善されたという。
「人間には最初に思いついた解決策に固執してしまうバイアスがあります。でも、『正解を考える』のではなく、『たくさんの答えを考える』というように目標をずらすことで、可能性が大きく広がるのです」
「つまり、私たちが解決しようとしている問題には、正しい答えが1つだけあるわけではありません。たくさんの答えがあるのです。そして、自分にたくさんの答えを探す『許可』を与えることで、より良い答えを発見する可能性が劇的に高まります」
Image: PV productions / Shutterstock
毎日、毎朝、アイデアを10個考えてみよう!
自身の子育てにおいてもIdeaflowを実践することで解決策が見つかったという事例を紹介したUtley氏。たくさんのアイデアを思いつく筋トレとして、日々の実践の重要性を教えてくれた。
「これは私が『アイデアのダム(池)』と呼んでいるものです。これまで私はIdeaflow、つまり毎日のアイデアの流れについて話してきました。1日に10個のアイデアを出すと。1年間にどれだけのアイデアを思いつくでしょうか?3,600です。1年間で3,600個のアイデアを考えるとは、すごいことですよね。重要なのは、問題に遭遇したとき、すぐに2,000個のアイデアを思いつくことではなく、直面するすべての問題に対して常に『量を生み出す習慣』を身につけることです」
「世の中に問題は山ほどありますが、それは素晴らしいことでもあります。毎日1つの問題に対してアイデアを出すよう取り組むことで、私は自分自身に毎日挑戦できるのですから。一方で、例えば、『私はきれい好きです』という人が『シャワーをしたのは30年前です』と言ったり、『5歳の時にピアノを習ったので私はピアニストです』と自称するのはおかしなことですよね(笑)」
「同じように『私はイノベーターです』という人が『5年前にブートキャンプに行きました』と話しても、それはイノベーターの定義ではありません。大切なのは、イノベーションを起こすためにあなたが毎日何をしているかということです。イノベーションとは、新製品や新サービスを発表することではありません。それは、イノベーションの特例的な部分です。イノベーションの日常的な実践部分は、単純なことです。新しいインプットを集め、簡単な実験を行い、より良くするための代替案を出す、そういうシンプルな行動の繰り返しこそが、時間をかけてイノベーションのインパクトを蓄積していくのです。それが、私が提唱するIdeaflowなのです」
Image: magic pictures / Shutterstock
最後に、Utley氏は日本の読者のためにこうメッセージをくれた。
「私は日本の大企業とのコラボレーションなどを通して、日本文化について学ぶ機会に恵まれました。そして『ゼロイチ』で何かを生み出すことに苦労し、イノベーションを起こす手法を知りたがっているのは、日本人だけではありません。世界共通なんです」
「日本の企業や人々がこのようなイノベーションの能力を身につけ、イノベーションを生み出す仕組みを構築しようとしていることは、他の国とも共通するものです。組織は人間の集合体であり、1つの考えに固執する傾向など、あらゆる偏りが人間の偏りであり、組織の偏りでもあります。Ideaflowを実践すること、日々たくさんのアイデアを生み出す練習や習慣を身につけることで、こういった偏りを取り除くことができるのです」