南出大介氏は2008年からシリコンバレーに赴任し、アーリーステージのEvernote(のちのユニコーン企業)に投資した実績を持つ投資家だ。2013年からはCyberAgent Ventures米国代表として、複数のシード投資を成功させている。今回は日本企業がぶつかりやすい壁とその突破法などを語ってもらった。(取材協力:ビジネス道場、ハッカー道場)

南出 大介 Daisuke Minamide
CyberAgent Ventures
アメリカオフィス代表
南出 大介(みなみで だいすけ)
1997年、株式会社NTTドコモに入社。国際事業部門・マーケティング部門に所属。2004年、米バデュー大学経営大学院を卒業。2008年よりDoCoMo Capitalにてシリコンバレーでベンチャー投資およびビジネスデベロップメントに従事。アーリーステージのEvernoteに投資した後、ボードオブザーバーを歴任。2013年、株式会社サイバーエージェント・ベンチャーズに参画し、アメリカオフィス代表に就任。ベイエリアを中心に、これまで11件のシード投資を実行。IoTやAI、AR/VRなど、モバイルインターネットに関する幅広い領域で投資を行う。2015年、横須賀市が推進する「ヨコスカバレー構想」実行委員会の顧問に就任。
https://medium.com/@dminamid

9年間にわたり、シリコンバレーで事業開発と投資を実行

―まずは南出さんの仕事内容から聞かせてください。

 CyberAgent Venturesのアメリカオフィス代表として、シリコンバレーで投資活動を行っています。現在までに投資した11社のうち、数社がイグジット。今後もシードやアーリーステージのスタートアップに対して、積極的な投資を続ける予定です。

―前職でもシリコンバレーで活動していたそうですね。

 初めてシリコンバレーを訪れたのは2008年6月。リーマン・ショックの直後です。ドコモ・キャピタルというNTTドコモのCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)で活動していました。

 当時は金融危機の影響でVCの投資意欲が低い時期。しかし、CVCは基本的にストラテジックリターンが目的なので、どのタイミングで投資してもかまわない。だから、いち早くEvernoteを見つけて投資することができました。結果的には、好機にめぐりあったのでしょう。

―CyberAgent VenturesはCVCでありながら、フィナンシャルリターンを追求しているんですか?

 その通りです。おそらく、日系のCVCで純粋に投資リターンを求めているのは当社とGREE Venturesくらい。そのほかのCVCはストラテジックリターンを主眼としていると思います。

最大の壁は自前主義にとらわれたメンタリティー

―南出さんは9年間にわたってシリコンバレーで活躍し、数多くの企業を見てきました。そのなかで日本企業がぶつかりやすい壁はありますか?

 いちばんはメンタリティーの壁です。日本の大企業の悪弊は、自前主義・独自主義・覇権主義。ぜんぶ自前でやろうとするから、なかなかイノベーションが生まれない。変な自信やプライドが邪魔をして、シリコンバレーの新しいものに飛びつけないんです。

 具体的には「〇〇事業部で開発している」「同じような案件を検討している」など、社内競合を盾に新しい提案が退けられるケースが多い。仮に新規事業が検討段階に入ったとしても、スタートアップに対する理解不足が次なる壁として立ちはだかります。

―もう少し具体的に教えてください。

 「下請け」や「業者」の類型として、スタートアップをとらえてしまうんです。少なくとも対等な関係とは考えていない。すると、本社からムチャな要求が飛んできて、まとまりかけた交渉もまとまらなくなります。

 たとえば、私がドコモ・キャピタルで活動していた頃は、最初の投資委員会で「なにがもらえるんだ?」と必ず聞かれました。すぐに「日本での独占販売権はもらえるのか?」「ライセンス収入の何割がもらえるのか?」みたいな話になってしまう。それって「ウチが金を出してるんだから、なにかをよこすのは当たり前」というメンタリティーなんです。

社内ルールは伸びきった事業を維持するための仕組み

―だから、話が前に進まないわけですね。

 くわえて、社内の価値基準やルールも新たなチャレンジを阻害する要因です。企業のさまざまな仕組みは、その会社の事業が伸びきったところで完成します。つまり、既存事業を維持・継続させるために最適化されたものであって、新しいことをやるための仕組みではない。それゆえ、シリコンバレーでうまくいかないんです。

―どんな仕組みが問題になるのですか?

 メンタリティーの問題とも重なりますが、ひとつは組織の壁です。基本的に大企業はタテ割り型。事業部横断型のチームや社長直轄部隊をつくっても、たいてい社内に敵が生まれてしまいます。その結果、社内調整に時間とリソースを費やすハメに。交渉の現場で「持ち帰って検討します」と連発していたら、相手に見限られるでしょう。

 また、自治や権限の壁も問題です。たとえば、本社側の所属部署の方針が変わると、シリコンバレー側の方針も変えなければいけなくなる。その結果、駐在員が対応に追われ、これまでの積み重ねも水泡に帰します。

 さらに、数年単位の人事ローテーションも大問題です。シリコンバレーでは人脈が必須。前任の駐在員と一緒にあいさつまわりをしても、一人ひとりの信頼関係までは引き継げません。

既存のルールを前提として、問題を解決するには

―社内の仕組みやメンタリティーは根深い問題なので、なかなか変えづらい気がします。

 進出の目的を明確化すれば、解決の道筋は見えてきます。まったく新しい事業を創るのか? 既存事業にアドオンして業績アップをめざすのか? はたまた、コストカットや業務効率化をめざすのか? それぞれの目的によって、適切な解決法は異なります。

 新規事業を立ち上げる場合、既存の仕組みを変えなければなりません。仮に自社の価値観が変えられないならば、分社化してイチからルールをつくるべき。難しいのは、既存事業にアドオンする場合です。既存のルールがベースになるので、それを変えるか、抜け穴を探します。

―どんな具体的な方法があるのでしょうか。

 まずルールを変える方法から紹介しましょう。私がドコモ・キャピタルの設立を起案した時に実行したのは、役員や幹部の説得です。つまり、「自社に足りないものを補うために、シリコンバレーの技術が必要だが、現地のルール・スピードで動かない限り仲間にいれてもらえない」という点を論理的に説明して、ルール・メーカーたちの理解を得てサポーターになってもらう。できれば彼らを現地に連れてきて、その空気や先進性を体感してもらったほうがいいでしょう。こういった方法は遠回りのようですが、いちばんの近道です。その結果、ある一定額までは投資委員会だけで決裁できるようになり、現地のスピード感で動くことができるようになりました。

役員会議を突破せずに、会社の承認を得る“抜け穴”

―ルールの抜け穴とは、どういったものでしょう。

 ひとつの例としては、カギとなる会議で承認をもらうことです。一般的に会社が大きくなると、役員ごとに所掌範囲がふりわけられます。そのため、全役員が集まっているのに、ひとりの役員が事実上の決裁権をもつ会議があるんですよ。その会議で承認を得れば、役員会議をクリアしたようなもの。「みなさん承認したので、それでいいですよね?」と話を進められるんです。

 したがって、必ずしもすべての会議体を突破しなくてもいい。役員会議という“甲子園の決勝”で優勝しなくても、県大会を優勝するだけで承認をとれるケースがあるんです。社内規定を読みこめば、そういった抜け穴が見つかるでしょう。

オーナー企業の場合は直訴も選択肢に

―厳密には社内規定に抵触していないとしても、勇気がいる方法です。

 そうですね。社内に敵をつくらないように、事前の調整は必要です。とはいえ、本気でやりたい案件に出会ったのなら、それくらいはやるべきでしょう。

 また、オーナー企業の場合、ソフトバンクのケースが参考になります。同社の事業開発担当者がVRのおもしろい案件を見つけ、社内規定にそって担当役員まで話をあげました。でも役員からNGが出たので、社長に直訴したんです。

―すべての手続きをすっとばす正面突破ですね。

 かなり強引な手法です。社長が会議室を出たところをムリヤリつかまえて、ヘッドマウントディスプレイをかぶせました。そして3分間のエレベーターピッチを行った結果、「おもしろい。いくら必要なんだ?」という発言を引き出したんです。ソフトバンクで孫さんがゴーサインを出したら、もう誰も反対しません。

 この方法は簡単にマネできませんが、彼には覚悟がありました。もしこの会社でダメなら、退職してVRスタートアップの日本展開を支援するつもりだった。それくらい腹をくくらなければ、大きい会社は動かせないでしょうね。

目的が明確な進出企業は増えている

―南出さんがシリコンバレーに赴任したのは2008年です。その頃から現在まで、日本企業が抱える問題は変わっていませんか?

 少し改善しています。2008年から2年間くらいはシリコンバレーを去る日本企業が多く、2010年ごろに再びシリコンバレー熱が高まりはじめました。でも、当時は進出の目的があいまい。「シリコンバレーがおもしろそう。よくわからないけど、ウチも出してみよう」といった動機が主流でした。一方、最近の進出企業は目的が明確です。製造業をはじめ、多くの企業が新しいプロダクトや事業のタネを探すためにシリコンバレーを訪れています。

 とはいえ、メンタリティーは根深い問題です。いまだに自前主義・独自主義・覇権主義がはびこっているので、いくら案件をもっていっても賛同を得られにくい。そもそも“社員の意識を変える取り組み”がされていないんです。だから、ルール・メーカーに直接はたらきかけるしかありません。

メディアやコミュニティを通じて、日本企業の情報共有を

―そういった問題は基本的に個別企業が解決すべきですが、容易ではありません。たとえば、シリコンバレーに進出している日本企業が連携することで解決をサポートできませんか?

 可能性はあります。2008年当時はこういった媒体の取材や講演の機会はありませんでしたが、最近はスタンフォード大学の櫛田先生のような研究者も日本企業の問題点を発信してくださっています。

 また、「SUKIYAKI」のような取り組み(日本企業のシリコンバレー駐在員が集う新規事業開発を目的としたコミュニティ)を通じて、さまざまな成功体験と失敗体験が企業の垣根を越えて共有されるようになりました。個人レベルの情報発信も含めて、こういった動きを加速させる必要があるでしょう。私自身もMediumで日本企業向けにシリコンバレーで成功するためのアイデアなどを発信しています。

リクルートの戦略的なユニコーン投資とAI研究

―南出さんが注目する日系の事業会社やCVCを教えてください。

 リクルートは非常に戦略的ですね。同社は昔からシリコンバレーに進出していたものの、投資に本腰を入れたのは2013年ごろから。その際にユニコーン(企業価値が10億ドルを上回る未上場企業)へ投資したんですよ。だから、いまも現地のスタートアップから信頼されているし、VCからも一目置かれています。

 また、対外的なアピールも上手です。2015年にAI研究所を立ち上げて、「これから人工知能の研究に力を入れる」というメッセージをグローバルに発信しました。これはシリコンバレーのインナーサークルに入るために、極めて有効な取り組み。その結果、彼らはAI分野以外のスタートアップにも投資し、いいディールをつかんでいます。

―メンタリティーの面はいかがでしょう。

もともとの企業文化かもしれませんが、受け手の共感力が高いと感じます。一般的な大企業の場合、シリコンバレーの駐在員が「このアイデアおもしろいよね?」と提案しても、なかなか本社側が乗ってくれません。でもリクルートの人たちはアンテナが高いので、「おもしろい!ぜひ日本でやろう」といった共感を得られやすい。実際、投資先が日本人スタッフと来日して、数多くの事業提携を行っています。

ヤマハCVCの驚異的な現地化スピード

―そのほかに注目している企業はありますか?

 ヤマハ発動機のCVC(Yamaha Motor Ventures & Laboratory Silicon Valley Inc.)です。ヒト型自律ライディングロボット「MOTOBOT」の開発など、ユニークな取り組みが多い。そして、現地化のスピードは日系企業の歴史を変えるほどのレベル。スタートアップなみの超高速で活動しています。投資も含めて、これから成果が出てくるでしょう。

―ほかの日系企業と比べて、どこが違うんですか?

 現地代表の西城さんが社長や幹部たちを“落とした”ことです。つまり、ルール・メーカーを説得して、シリコンバレーで事業開発する意義を腹落ちさせたわけです。

 彼はシリコンバレーのダイナミズムを体感して、新しいルールで動く会社をつくることを提案しました。しかし、社内の人たちは理解してくれない。そこで社長を含めた役員を現地に呼んで、ぶっとんだスタートアップばかりを紹介した。西城さん自身も、彼らがやろうとしている本質は理解していなかったかもしれません。とにかく、ヤマハの2歩も3歩も先を行っている世界を見せたんです。

 すると案の定、社長は「シリコンバレーで起こっている新しいことが理解できない」とつぶやいたそうです。その言質がとれたら、しめたもの。経営トップに“自分を含めた役員陣が理解できないこと自体が会社の問題”と思わせたんです。

ホンダとパナソニックがたどりついた「分社化」という結論

―いまはヤマハ本体の別会社として活動していますよね。

 もし事業開発部のシリコンバレー駐在所だったら、本社のルールにひっぱられてしまいます。だから、分社化して自治と権限、予算を確保したのでしょう。そして、新しいことをやるための新しい判断基準を新しい会社に埋めこんだと推測しています。

―社内の壁を解消するために、分社化は有効なんですね。

 特に今年から、このトレンドが広がっています。ホンダは4月にシリコンバレーの研究拠点を分社化して、独自の意思決定をできるようにしました。時を同じくしてパナソニックもCVCを設立し、外部からベンチャーキャピタリストを招へい。駐在員ができることには限界があるので、シリコンバレーの仲間を自分のチームに入れたわけです。そして、ストラテジックリターンだけでなく、親会社の事業範囲から離れた投資も行います。

 両社ともにシリコンバレーで長年苦労したからこそ、仕組みをつくりかえたのでしょう。こういった取り組みは“過去の経験から学んだ答え”と私は理解しているので、今後の動向が非常に楽しみですね。

シリコンバレーは失敗の宝庫。先達の経験から成功のタネをつかめ

―これからシリコンバレーに進出する企業に対して、アドバイスをお願いします。

 くりかえしになりますが、まずはシリコンバレーに進出する目的を明確にしてください。それは無用な社内の壁をつくらないため、または壁を乗り越えるためです。「競合企業が進出したから」なんて手段が目的化していたら、うまくいくはずもありません。

 そして、すでに進出している会社の経験から学んでください。シリコンバレーは世界一成功の数が多い一方、失敗の数も多い。日本企業だけでも、信じられないぐらい多種多様な失敗をしています。そういった失敗の宝庫から、成功のタネをつかんでほしい。既存の仕組みやルールにとらわれず、新たなチャレンジをしてもらいたいですね。



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